大草原ひとりぼっち
2話目です。
書き溜めとかできてないのでもう追い込まれてます。
ぽつん、と
地平線が見えるくらいの広野にひとり、だ。
びっくりするくらい、ひとり、だ。
人の物音は、しないし、トリパニアに向かうこの街道を使う馬車なんて乗合馬車では週に2回だ。
商隊だって多分滅多に通らない。
「二番目に近いのに、一番遠い国」って言われてるくらいだもん。
絶望的だ。
この様子だともう少しであたりは真っ暗になってしまうだろう。
時計や日計器なんてものがあればよかったんだけど、そんな高級品は持ってない。
ここは、街道からほんのちょっとだけ離れた草原のど真ん中。
あたりにみえるものは、
馬車がとおれるような整備された大きな道、と、
ひたすらな、草原と言うか、広野。
そして遠くには深い深い森。
街なんて当然だけどもうかけらも見えない。
あのまま、街からトリパニアへ向かう道を行っていたのであれば、
まだ少なくともあと三日はかかるとは聞いていた。
馬車でね。
馬車でだよ。
私は単身。
移動できるとしたら、徒歩。
こんな何もない草原のど真ん中に一人。
順当に考えたら辿り着けるわけもない。
都合の良い場所がないから今日も野営だと朝に聞いたし、
なんなら昨日だけじゃなくて、今日、そして明日は野営だと言われていたくらい。
だからこのあたりに村や集落があるだろうとも思えない。
それに、遠くに見えるあの森は「深蒼の大森林」にちがいないはずだ。
つまり「魔獣蠢く不帰の森」ってこと。
学校で何度も何度もしつこく教わったことを思いだす。
大森林の近くがなぜ、何もない草原なのか。誰も、住まないのか。
誰も日暮れ後には出歩かないのか。
そう。
これから夜になるってことは、あそこから、魔獣やら魔物やら獣やらが出てきてうろつきはじめる、ってことにほかならないのだ。
いま、そんな中に私は、たった一人でいる、ってことだ。
先週、新生活に想いを馳せながらママの遺した大きな旅行鞄に旅荷物を詰め込んだ。
おいしいものや、綺麗だって言う街並みを想像しながらさ。
もう、辿り着けるかどうかすらわからないけどさ。
その旅行鞄といつも持ち歩いている手荷物用のバッグだけが残された荷物のようだ。
床下にに詰め込んであった2箱ぶんあった私の引っ越し荷物はどうなったんだ。
いや、それどころじゃない。
これだけ置いて放り出されている、ってどういうわけだ。
もう、さっきから背筋には寒気というには激しすぎるような震えがきている
軽快なツッコミを脳内で入れていたって、この状況に体の底から震えが、きている
指先が、ぷるぷる。
声が震える。
寒い季節でもないのに吐いた息まで震えている。
なんなのよ、これは。
このままじゃ私、死ぬしかないじゃん。
恐ろしさっていうのは、こうやって人からいろんなものを奪うわけなのだね。
真っ当に、真剣にどうしたらいいかかんがえなければならないのに、立つことすらままならない。
ほら、呑気な鳥のさえずりも、だんだんときこえなくなってきた。
夜が、やってくる。
ぽろり、と涙がこぼれ落ちた。
いけない、こんなことをしている場合じゃない、逃げないと、どこかに隠れないと。
木の一本すらないのに?
なにかないかと、手持ちの荷物を確認してみる。
お財布は無事。お守りも、無事。手荷物は全て残っている。
私をこんな目に合わせた相手は強盗ですらないってこと??
いったいなんなのよ、って言うかこの旅行鞄どうすんのよ。
荷物はそんなにたくさんじゃないから、なんとか持ったまま移動はできそうだけど、これを持ってたら走れない。
置いて行くしかないのかもしれない。
ああ、だめ、もう日が暮れてきた。
せめて、明るいうちに、どこか身を守れるところに行かなくちゃ。
ううん、そんなところが近くにあるなんて知らない。
そもそもここはどこなのよ。
考えようとすればするほど、混乱は深まっていく。
これじゃだめだ。せめて、なにか使えるものとか持ってないの私?
行ったり来たりする思考にイライラするけど、落ち着いていられる様な余裕なんてどこにもない。
使い慣れた旅行鞄の鍵も、うまく持てない、回せない。
ああもう、こんなことで手間取ってる状況じゃないのに。
なんなのよ、これ。
どうすりゃ良いのよ!!
バン!と、鞄を叩いてしまったところ、手首から慣れない感触が返ってきて驚いた。
なにこれ。
私の手首に何かついてる。
おずおずと見てみると、それは小さな袋だった。
小さな袋が私の手首に丁寧に、ぎっちりと、柔らかい飾り紐で結びつけられていた。
こんなのみたことないけど……外側からさぐってみると、なかにはつるりとした珠がはいっている。
もしかして!?
こんな豪華な袋は見たことがない……
けど、この、不思議な模様が記された小さな布袋に入った珠はみたことがある。
白い袋に、精緻な刺繍と飾り紐。
「あ!これ、たぶんそうだ!」
そう、口に出してしまいながら珠を持っていない方の手を思いっきり伸ばした。
祈る様な気持ちで、その、何もないように見えるわたしのまわりの空間を探る。
手を伸ばして、思い切り飛び跳ねたら、硬いものに触れた様な気がした。
「ある!!!」
心臓が露骨に飛び跳ねて涙が滲む。
そのまま、手を伸ばしたまま、数歩進むと……あった、よかった!!!壁だ!
硬い、見えない壁が、そこにある。
すべすべで、ツルツルな壁
ぺたぺたと、不必要なくらいに触りまくって確かめてしまう。
ある。
壁が。
あるんだ。
これは、結界だ。
結界がある。
後ろはないとか、穴が空いているとか、まさかないよね??
周囲を一周回ってみて、さわりまくってみた。
全周、壁に触れることができる。ああ、この安心感。
透明な壁が、わたしをぐるりと取り囲む球体のように張り巡らされていたのだ。
今度は恐怖ではなく、安堵のあまり、足が震えてきた。
よかった、すぐには死ななくてすみそうじゃないか。
膝が、折れる。
立ってられなくて、仰向けに寝転がる。
足をちょっと、伸ばしてみる。
ある。
結界があるよ。
とりあえず、泣いた。
お隣の三歳児みたいに、大きな声で。
私をここに置いていった人たちは私が死ねばいいとは思っていなかったんだ。
ひとしきり泣いて、息ができる様になってきた
いけない。
これで安心して良いわけじゃない。
結界には有効期限があるのだ。
震える手でその小袋の結び目をなんとか、そおっとほどき、手首にある袋をはずしてみた。
見慣れない小袋の中から出てきたのは、見慣れた小石。
そうだ。やっぱり「結界石」だ。
澄み切った水にほんの少しだけ青い花の汁を垂らした様な色の透明な小石がひとつ
その小石はうっすらと熱を帯びてほんのりと光っている。
表面にほんのりまたたく「73」と言う数字。
これだ。
この石が作動できるのは、あと73時間。
この結界はあと73時間は稼働してくれる、という印。
よかった、十分だ。
これが動いてくれている間は、私は守られる。
この壁の中にいる限り、魔物も魔獣も私に気づくことはないのだ。
魔力を持った人間にはわかる信号を結界の外に知らせてくれる機能もあったはずだ。
ここでおとなしく待っているなら誰かに気づいてもらえるかもしれない。
たすかるのかもしれない。
安堵のあまり、さらにとどまることなくボロボロと落ちてくる涙は他人事のように放置した。
この石が、いまのわたしの命の綱なのだ。