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カエルには、吸盤があるのだ。  作者: 半崎いお
プロローグ
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プロローグ

なんだかんだで初投稿です。

よろしくお願いいたします。

「うぇっ、……マジか……」

 自分でもびっくりするくらい濁った声が出た。

 もしかしたらって、思ってたよ確かに。

 でも、まさかね、まさかねって。

 そんなこと、まさか、しないよね、って思ってたらこれだよ。

 悪い予感と、新生活への不安との区別とかって難しくない!? 

 はい、できなかったらこんなことになりましたってやつ?

 あたりには、なにもない。



 さっきまで、私は乗合馬車に乗っていた。

 それは確かだ。

 すみ慣れたぺリスの街から、トリパニアへと引っ越しするための、1週間の旅、の3日目のはず、だった。

 覚えているのは、昼ご飯の後の日差しが気持ちよくて、眠くなってきた、こと、

 最近よく眠れなかったところに、馬車の振動と、数日間も代わり映えのしない景色

 うとうとしてしまったのがいけなかったというのか。


「孤児院からトリパニアに行くとか言って出て行くやつのほとんどは間の街道に捨てられて殺されるんだぜ」

 街で聞かされた出どころもよくわからない噂話を信じるべきだったと言うのか、ほんとうだったというのか。

 トリパニアへ行った姉さんや兄さんたちからきた手紙を見せてもらっていた私たちはそんな噂、信じていなかったのに

 信じて、いたのに。



 あたりの、荒涼とした景色が絶望をあおる。

 あたりは、広い荒野と、そして街道。

 なにもない。

 みごとになにも、ない、場所に

 ひとりでポツンと、佇んでいて

 これから、日が暮れる。


 あっちに見えるのは魔獣が出ると言う魔の森で

 ここは、安全策がしっかりしていなければ通過できない死の荒野とまで言われる、草原。



 あんまりにあんまりなことで現実感を持てないけれど、そんなこといってちゃ確実に死ぬよ、これ……ねぇ。





 +++++++++++++++++++++++++++++++++



 この街道を通るたび、突然の事態に途方に暮れたあの日を思い出す。


 全身を走る初めてのリアルな「詰んだ」にじわじわと体が覆われていく、あの感じ

 あれを、恐怖というのだろうか。

 それとはまた、ちょっとちがう言葉が似合う様な気がするけれど。

 そっけないハウスマザーや無骨な街の人たちに、それでも守られていたのだと知った日々。

 そして、数々の出会い。

 手に入れた、手段としるべ。


 あの日から、あんまりに遠くにきた様な気もするけれど、あの日のあの気持ちのままで生きている様な気もするね

 そう考えていたら、首元に柔らかい感触が押しつけられた。

 口数は少ないけれど、優しいエディスはあの日の不安をリアルに思い出してしまった私を案じてくれたのだろう

 何も言わないけれど、その気持ちはじわりと伝わってくる。


「ありがとう、エディス」

 わたしが首に巻いているスカーフをいどころに定めている小さな小さな相棒は、その声を聞いてもう一度、わたしにその柔らかい毛皮をすりつけてくれた。極上の感触に頬が緩む。最高の精神安定剤よねぇ、なんて呟いたら、もう一回。蘇りかけた強大な不安に染み込む様に、柔らかい感触が私の気持ちを塗り替えてくれる。


 あのころは、まだぺリスの町しか知らなくて、フェーディスの王都すら知らなかったのにね。

 ちいさな相棒の姿を思い浮かべたことすらなくて、もちろんアルディだって、セランだって、見たことすらなくて、ね。



 そんなとき、能天気な鼻歌がきこえてきた。

 呑気に歌なんて歌いながら近づいてきたのは、セランだ。

 もう、これがアルディだったらお前のせいだろって蹴り倒してやるところなのに。

「ミソノ、これがいい」

 わたしと馬のランディに並走するような位置どりをして、セランは私に花束を渡してきた。

 スミレの花をメインとして、クローバーやらなんやらが混ぜられた可愛らしい花束だ。

「ほんと、器用だよねえ。絶妙に可愛い」

「ふふ、ありがとう。だって、綺麗なものの方が美味しそうでしょ」

 そうやって笑うセランの周りに、穏やかな風が吹く。

 うん、もう今のわたしはもう、孤児院で、得体の知れないこの草原で小さくなっていた子供じゃないんだ

 こんな、柔らかい時間が、もっともっと続きます様に。


 そう祈りながら、わたしはセランから渡された小さな花束にそうっと息を吹きかけながら、祈りを込めた。

 大きな大きなセランの瞳が、にいっ、と、笑う。


 大丈夫

 今日も

 世界は綺麗だ。


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