間話 ユリウス
※ユリウス視点※
最初の憧れは会ったことのない英雄だった。
本の中で見ただけだ。けど、その英雄が己の剣一つで悪を斬っていくその様子が、すごくかっこよかった。
魔力が発生する少し前、「体もしっかりしてきたしそろそろ剣術の稽古をつけてもいいかもしれないな」
と父が言った時俺は喜んだ。そして決めた。俺も剣術を極めてあの本の英雄…剣術の神、「剣神」のようになるのだと。
だが、そんな気持ちは長続きしなかった。
いくら木剣を振っても「剣神」のように木剣で岩を斬れるようにならないし、すごい派手な技も使えるようにならない。俺は不貞腐れて稽古をサボるようになった。父は説教していたが、母が「まだ小さいんだし無理させない方がいいでしょ?」と宥めていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
剣術の稽古をサボり始めて数日、俺に魔力が発生した。自分で調べようと思ったわけじゃない。
その時の俺は魔術教本なんか全然読んでいなかったため、家の机の上の淡い青の魔水晶がどんなものかなんて知らなかった。何も知らずにそれを触ったら緑に光り、母がそれを騒ぎ立てたせいで父にも魔力が発生したことがバレた。それで父が魔術の稽古をつけてやろうと言ってきた。
正直言って嫌だった。「剣神」と並んぶ英雄…魔術の神とも呼ばれる「魔神」にも憧れてはいたが、どうせ俺はあの英雄達みたいにはなれないんだと思うと、やる気が出なかった。だから断った。
翌日、父が説教してきた。「お前も男たるもの戦えるようにならないといけない。お前にはまだわからないかもしれないが…大切なものを守るためには力が…」途中から聞いてなかった。「まぁゆっくりでいいから稽古を始めよう。明日でも明後日でも、気が向いたら声をかけてくれ」
最後にそう言ったのは聞いていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
次の憧れはよく会う口うるさい男だった。
俺は家から逃げ出した。特に計画もなかったが、逃げ出した。俺は稽古なんて受けたくないのに、執拗に稽古しようと言ってくる親が嫌で逃げだした。何も考えずに走っていった結果、道に迷った。いつの間にか、村の周りの森の中に居た。俺は泣いた。何も考えてなかったから、どう帰ればいいかもわからない。昼間なのに薄暗い森の中でで一人ぼっちになってしまった。俺には泣きながら歩くことしか出来なかった。
泣きながら俺は歩いていた。時々「父さん…母さん…」と呟きながら歩いていた。
すると少し開けたところに出た。
そこにはすごく大きな木があった。今までの短い人生で見た一番大きいものは父だが、父を三人積めばやっと届くか届かないかくらいの高さで、横は父が四人並べばちょうどいいくらいの幅だった。すごく綺麗な木だった。森の中には入ってこなかった日の光が、その木の葉を照らし光っている。そんな光景に見惚れて、一時的に孤独の恐怖を忘れていた俺は、近くから聞こえた音で我に帰った。さっき抜けてきた森の方から音がする。
そこで脳裏に浮かんだのはまだ剣術の稽古を真面目に受けていた時に父から聞いた魔獣呼ばれる生き物だ。
悪い魔力を取りこんだ生き物で、人を見ると襲ってくる凶暴な生き物…と父は言っていた。
この物音は、俺を見つけて襲おうとしている魔獣なんじゃないか…そんな悪い予感が頭を巡る。その数秒後、森から何かが出てきた。
「ひっ!」
思わず叫びながら逃げようとしたが、腰が抜けてしまって動けない…どうしよう…死にたくない…父さん…母さん…
俺は死を覚悟し、厳しかった父さんと優しかった母の顔を思い出す。…だが魔獣が俺を襲う気配はない。すると
「よかった…こんなとこまで来て…心配したんだぞ…!」
俺は恐る恐る顔をあげる。よく見るとそれは魔獣ではなかった。人間だ。見慣れた茶色い髪で、腰に剣を下げた男…
「…父…さん…?」
父がそこに立っていた。すると父さんは俺を抱きしめてこう言った。
「ごめんな…母さんの言う通りお前はまだ小さいのに…俺が無理やりなって欲しい子供の姿を押しつけて…稽古ばっかりさせようとして…」
…何故謝るんだろう。悪いのは俺なのに。
「お前だって…やりたいことだってあるよな…それを考えてやれないで…ごめんな…」
…そんなことない、俺は特にやりたいことなんて…何もないのに…
「…ごめん…なさい…」
「お前は悪くねえだろ…お前は逃げたのだって俺のせいだしな…ともかく…見つかってよかった…」
…父さんは探しに来てくれたのだ。自分の言うことも聞かず、挙げ句の果てに逃げ出すようなダメな息子を。
「…どうして…来てくれたの…?」
「そりゃあ…お前が俺の可愛い息子だからだよ」
「俺…やりたいことなんて…何もないのに…「剣神」みたいになれないからって…父さんの稽古サボって…逃げ出して……どうしようもない息子なのに…」
それを聞いて父さんが少し驚いた顔をするが、すぐに言った。
「お前がどんなダメ息子だろうと、俺の可愛い愛息子な事に変わりねえだろうが。
お前だってまだ子供だ。「剣神」みたいになりたいって思うのも普通だし、俺も子供ん頃は憧れてたしな。あんな風になれないからって拗ねて稽古サボったくらいで…あの時はちっと怒っちまったが…その程度で、愛息子を見捨てると思うか?」
「お前がそんな理由でサボってたのは知らなかったしちょっとショックだがよ、それを察してやれなかった上に厳しくしすぎた俺にもやっぱり悪い所はある。…だから…ごめんな」
父はそう言って頭を下げた。
側からみて、大の男が泣いている子供に頭を下げる光景は滑稽に見えるだろう。
だが、悪いのはこっちなのに、見捨てられてもおかしくないのに、わざわざ自分を追いかけて来て、息子のダメだった所を聞いて尚、自分も悪かったから…と頭を下げるその姿が、ユリウスにはカッコよく見えた。
「…父さん」
父が頭をあげる。
「…何だ?」
「自分からサボっていたのに…どうかとは思うけど…」
そういえば父は稽古の時はこういう喋り方しろって言っていたなぁ…そう思いながら父の顔を真っ直ぐ見て…
「もう一度…俺に稽古をつけてくれませんか…?」
今、自分が一番してほしい事を口にした。もう涙は止まっていた。
父は一瞬驚いたような喜んでるようなよくわからない顔をして
「ああ…もちろんだ。待ってたんだぜ?お前の気が向いて声かけてくれんのをよ」
今度は満面の笑みを作りながらそう言ってまた俺を抱きしめてきた。
その日から、俺の憧れはあったこともない英雄から、毎日のように会う父親に変わった。