好きな人を見守る婚
久々に二千文字突破。でもやっぱり短い。
私はユーナリア・ターンテーブル。しがない子爵令嬢。私には好きな人がいる。幼馴染で執事のジーク・フェボルだ。私達は子爵令嬢とその執事でありながらも、ジークの家が代々我が家に仕えているおかげで一緒に育った。
私達はいつだって一緒にいた。遊ぶときも、お勉強の時も、お昼寝の時も。気が付いたら私達は二人で一つになっていた。いつか心が離れる日が来るなんて、思っても見なかった。私は自然と、物心ついた頃にはジークに恋をしていた。でも許されない恋だとも自覚していて、誰にも悟られないよう注意を払っていた。
そんな私の気持ちに、いつのまにか母だけは気付いており、『絶対バレてはいけない』『将来結婚する時には忘れなさい』と厳命された。それでも、私はそれだけでよかった。今、ジークといられるなら、それでよかった。そんな恋にも終わりは来るのに。
ある日、ジークを連れて買い物をした帰り、ジークがふと足を止めた。彼の目の先には…可愛らしい、平民らしき女の子。その娘もジークを見て足を止めた。…傍目から見ても、運命的な瞬間だった。二人が恋に落ちる音が聞こえた気がした。
私と正反対の、スレンダーで可愛らしい女の子。ジーク、貴方そんな娘が好きなのね。私はグラマラスで美人な方だけど、あんな可愛らしさは持っていない。
ー…
あの日から数日後、ジークが休暇を取って外に出て、るんるん気分で帰ってきた。なんでもあの時の娘を見つけ出して連絡先を交換したとか。カフェで一緒にお茶もしたらしい。名前はミレイユ・エピックさん。平民で、エルドラード伯爵家の御令息、カミル様にお仕えしているらしい。
私が「貴方みたいな野蛮人が彼女に釣り合うかしら」と軽口を叩くと、ジークは私の頭をわしゃわしゃと撫で回し、「そんなやきもち妬かなくたって、俺は俺やお嬢が結婚してからも、ずっとお嬢が一番ですって」と言った。
なんて無責任な男だろう。
だけど、もっと無責任なのは私の方。不毛な思いを抱えて、綱渡りのような恋をしているのだから。この思いがバレたら私達は…いや、ジークは間違いなく破滅するのに。
好きになって、ごめんなさい。ジーク。せめて、幸せになって。
ー…
今日はジークとミレイユさんの結婚式。小さな式だけれど、私は参加した。ミレイユさんのご主人のカミル様も出席されていた。
「では、お二人は誓いのキスを」
二人の唇が触れ合うその瞬間、私は堪えきれず涙を流した。きっと、傍目からは従者の幸せを願う優しい主人のように映っているだろう。
ふと、なんとなくカミル様の方を見る。カミル様も同じように泣いていて、私と目が合うとびっくりしたような顔をした。
式が終わると、私達は示し合わせたかのように二人きりで話した。話は大いに盛り上がり、私達はたった数分で名前で呼び合う仲になった。話はもちろん、ジークとミレイユさんのこと。やはり、カミル様はミレイユさんが好きだったらしい。私と同じ。幼馴染兼侍女である彼女が好きで好きでたまらないらしい。ミレイユさんは結婚を機に仕事を辞めてしまうらしい。私はジークと一生主従として一緒にいることも出来るけれど、カミル様にはそれすら許されない。なんてこと…。
…?…あ。
「カミル様、よかったら取引しません?」
「…ユーナリア嬢?」
「私と結婚してくださいませんか?」
「…!?」
私は正直政略結婚でどこの誰とも知らない男と結婚したくない。貴族としてはいけない考えなんだろうけど…ジークの側で、不幸な自分を見せたくない。その点、カミル様とは色々な意味で信頼を築けそうだし、仲良く出来そう。
カミル様は我がターンテーブルの婿養子になれば、ジークと一緒に我が家の使用人用の部屋に住むことになるミレイユさんとまた会えるし、カミル様は次男。ターンテーブルの子供は私一人だけ。カミル様はしがない子爵家とはいえ、これからも貴族でいられることになる。ターンテーブルとしてもカミル様のような有能な方が婿に来てくだされば願ったり叶ったりだ。
「…なるほど、よくわかりました。では、早速今日婚約を貴女のご両親に申し込んでおきます」
「よろしくお願いします」
ー…
今日は待ちに待ったカミル様と両家の両親の顔合わせの日。今日正式に婚約が決まる。ジークは無邪気に「お嬢なら大丈夫ですって!自分に自信を持って!」と背中を押してくれた。胸がズキズキと痛む。気のせいだ。私とカミル様は『好きな人を見守る婚』をするのだ。ジークが笑っているのに、不幸なことなんかあるもんか。
…ああ、今、カミル様もこんな気持ちなのかなぁ。
「さあ、お嬢。行きますよ」
「ええ、お願いね」
私とお父様とお母様は馬車に乗る。お父様は三人きりになると、「伯爵家の次男でしかも有能な方を婿に迎えるなんて、でかした!」と大喜び。お母様は複雑そうな目を私に向ける。私はただ微笑み無言を貫いた。
ー…
伯爵家に到着した。早速カミル様とご両親にご挨拶する。両家の顔合わせはすんなりと終わり、晴れて私達の『好きな人を見守る婚』計画は上手くいった。時間が少し余ったので私達は「あとは若いお二人に任せて」と二人きりにされた。
「ユーナリア嬢。…いや、そうだな。ユリア。一緒に我が家の薔薇園でも見に行かないか?」
「ええ、カミル様…えっと、ミル様?」
私はなんだか気恥ずかしくてふふ、と笑う。それにつられてミル様も笑う。
ミル様のエスコートで、伯爵家の素晴らしい薔薇園を堪能した。薔薇、好きなんだよね。
「ユリア」
「はい?」
「この『好きな人を見守る婚』だが、俺はただそれだけのために結婚するのではなく、真実君と素晴らしいパートナーになりたい」
「え?」
「今日まで、色々考えたんだが…やはり、家族となりやがては子供も授かるわけだから、その…恋はミレイユに捧げてしまったが、愛を君に捧げたい」
「…」
「迷惑、だろうか?」
「いいえ。私も、家族愛か友愛か、はたまた恋愛感情かはわかりませんが、きっとミル様に愛を捧げてみせます」
「ユリア…ありがとう」
「ふふ。だって私達、お互いにお互いの一番にはなれないのですもの。愛がなければ、きっと直ぐに壊れてしまいます」
「ああ…たしかにその通りだな」
こうして私達は、結婚までの一年で慎重にお互いの距離を考えながらも自分なりの愛をお互いに捧げあって打ち解けていきました。
ー…
そして今日。ようやくミル様との結婚です。
「幸せにすると誓う」
「私も、ミル様を支えてみせますわ」
では、誓いのキスを…。
私達が誓いを交わした時、ジークとミレイユさんが泣きそうな顔をしていたのは気のせいかしら?
実は両者とも両片思いだったりとか。まあ、それでも叶わないものは叶わないし、運命は運命だけど。