一方その頃、レーナたちは
「今日の依頼は……うん、なかなか良いと思う!」
「高難度の依頼が豊富だな」
レーナがギルドで貼られている依頼を確認する。
ミルド国のギルドは、平均して依頼のレベルが高い。高難度と呼ばれる報酬が多い依頼がたくさんだ。
レーナのような強い冒険者にとって、こういったギルドはとてもありがたい存在である。
自国ララノアでは、常に高難度の依頼が貼りだされているわけではないため、時期によっては二週間ほど待たないといけない時があった。
その過去を思い出すと、やはり外の世界を体験してみて良かったと思える。
広い世界を渡り歩いてこそ冒険者という職業だ。
「一応今日はアイラちゃんも同行だから、この前のヴァンパイアみたいな依頼は受けられないけどね」
「あ……すみません」
「ううん! 謝らなくていいの! アイラちゃんがいると、依頼がスムーズに進むし!」
レーナは慌ててシュンとしているアイラをフォローする。
レーナ自身何度も言っていることだが、アイラは決して足手まといなんかではない。
むしろ、いてくれないと困る場面が多いくらいだ。
敵モンスターの詳しい情報が分かるというのは、アイラが思っている以上に戦闘面で大事なこと。
最初に邪龍と出会った時など、アイラがいないとあそこで死んでいたかもしれない。
とても頼もしいサポート役である。
「そうだぞ。アイラは俺のスキルも鑑定してくれるからな」
「レーナさんにライトさん……ありがとうございます!」
「ということで、この依頼とか丁度いいと思うの。どう思う?」
そう言ってレーナが手に取ったのは――貴族の墓に住み着いた魔物の依頼。
詳しい情報を見ると、そこにいるのはたった一匹らしい。
墓に住み着くというのもなかなかだが、一匹でいるというのもなかなかだ。
住処が墓地ということで、サイズはそこまで大きくないことが予想される。
邪龍のような巨大な化け物なら一匹での行動は珍しくないが、それ以外で群れを作らないのは理解しがたい。
一匹を好む魔物なのか、それとも墓地から出ない理由でもあるのか。
「確かに敵が一匹だけなら簡単そうだな」
「連携してくる魔物は厄介だからね」
「私も賛成です」
特に揉めることもなく、三人が受ける依頼は確定する。
難易度としてはBランクの最上位程度。高難度依頼の中でも中間くらいだ。
先日のヴァンパイアの依頼がAランクだったことで簡単そうに見えるが、実際はギルドの中でもクリアできるのが一割程度であろう。
Sランク相当の力を持つライトやレーナでも、決して油断はできない相手であった。
「じゃあ依頼受けてくるね! ちょっと待ってて」
「ありがとう。助かるよ」
レーナはタタッ――と足音を立てて受付に向かう。
慣れない国のギルドであるが、その行動は手慣れたものだ。
ライトとアイラが軽く雑談をしていると、あっという間に後は出発するだけの状態だった。
「はいお待たせ」
「毎度のことだけど早いな」
「近くまで馬車を出してくれるみたいだし、早くしないと置いて行かれちゃうからね」
レーナは時間を気にしながら馬車があると聞いた方向に向かう。
この馬車はランクが高い冒険者しか利用することができないが、往復かつ無料で貸し出してもらうことができる。
移動が多い冒険者を配慮したギルドからの優しさだ。ありがたくレーナたちも使わせてもらうことにしよう。
「馬車は貸し切りなのか?」
「ううん。相席する冒険者が一人だけいるみたい――ほら、あそこ」
レーナは馬車を指差して確認する。
そこには、出発する準備を整えてレーナたちを待っている冒険者がいた。
この冒険者が今回馬車を共にする仲間らしい。
顔も名前も知らないが、ここに居る時点で猛者に分類される者だ。
自分たちの依頼に付いてきてくれれば頼もしいのだが、きっと受けている依頼は別の依頼だろう。
「こんにちは。三号車ってこの馬車ですよね?」
「そうだよー。アタシは途中下車するけどよろしくね」
「何の依頼に向かうんですか?」
「お尋ね者の魔獣を数匹って感じかな」
レーナを先頭にして馬車に乗り込むライトたち。
先客の冒険者は、自分たちと同い年くらいの若い女だ。
明るくてお喋りそうな女――茶髪の長い髪が特徴的である。
この若さで活躍しているなら、それなりに強いスキルを有しているはず。
ぜひとも気になるところであるが、いきなりスキルを聞くという失礼をするほどライトも節操がないわけではない。
隣にいるアイラは、彼女のスキルを見ておおおぉと唸っていた。
「見ない顔だけど、この辺りの人じゃないのかな?」
「あ、はい。ララノア国から来ました。レーナです、よろしく」
「へぇー。アタシはノノカね。ずっとミルド国で生きてるから詳しいよ。分からないことがあったら何でも聞いてね」
とても頼りがいのあるセリフを言ってくれるミルド国の先輩ノノカ。
まだミルド国を手探りで生きているライトたちにとって、こういう人間の存在はより一層輝いて見える。
それに、この出会いはチャンスだ。
現在、どうしても聞きたい質問がライトには丁度あった。
レーナももちろん考えていることは一緒であり、すぐに行動に移す。
「……変なことを聞くんですけど、この国に来たばかりの危険な冒険者ってご存じですか?」
「本当に変な質問だね。危険な冒険者?」
「はい、ちょっと人探しをしてて」
「まあ心当たりがないわけではないけど……」
レーナの質問に、ノノカが何やら知っているような反応を見せた。
そこまで自信があるわけではないが、心当たりがないこともない――という雰囲気。
今は何よりも情報が大事な段階。どんな情報だとしても聞いておきたい。
「ぜひ教えてください!」
「危険って言うと語弊があるかもだけど、最近ミルド国にSランク冒険者が二人来たらしいんだよね。もしかしてその人のことだったりする?」
……ライトとレーナは顔を見合わせる。
「Sランク冒険者……片方はレーナだとして、もう一人いるってことだよな?」
「うん、全然知らなかった。一体誰なんだろう」
「……え? ちょっと待って! アンタってSランク冒険者なの?」
ライトたちの話を遮るノノカ。
どうしてもSランク冒険者という単語が聞き逃せなかったらしい。
Sランク冒険者とは、全冒険者の憧れと言っても過言ではない存在。その称号を持つ者は、一つの国に百人もいないレベルだ。
普通ならお目にかかることさえ困難な相手なのだが、まさか目の前にいる同年代くらいの女の子がSランク冒険者なのか。
にわかには信じられないが、同時に嘘であるとも断言できない。
彼女の雰囲気は他の冒険者たちとは一線を画すものがあるし、レーナという名前も微かにどこかで聞いた覚えがある。
……とにかく本人に聞いた方が早い。
「そうですよ。でも、まだまだ新人なので知らないと思います」
「スキル教えてよ! アタシ馬鹿だから名前だけじゃ思い出せなくてさ」
「《剣聖》というスキルです」
「え!? まさかあの《剣聖》!? アタシ知ってるよ!」
ノノカはうひゃーとオーバーなリアクションを見せる。
どうやら「剣聖のレーナ」の名は国を跨いだこの地でも浸透していたようだ。
嬉しいというか恥ずかしいというか。
顔までは知れ渡っていないことに今は感謝するべきかもしれない。
「史上最速でSランク冒険者にまで昇格した子だよね? いやー、まさかこんなところで会うことになるなんて……」
「いえいえ、そんなに言われるほどではないです」
「そんな天才が人探しなんて、さぞかし凄い人なんだろうなぁー」
「と、とにかくもう一人のSランク冒険者は誰なんですか?」
レーナの問いに、ノノカはうーんと悩んだ。
「申し訳ないけど、女の人ってことしか知らないんだよねぇ」
「え? 女性なんですか?」
「そうそう。Sランク冒険者の女が二人来たって聞いてたの。最近はギルドに顔を出したりしてるらしいけど」
女のSランク冒険者――それは探せば絶対に見つかるくらい希少な存在。
この情報だけでも、その人物にはグッと近付いたような気がする。
ギルドに足を運んでいるというのなら、さらに見つけやすくなるだろう。
まだその冒険者がマリアの探し人かどうかは分からないが、一度会ってみるというのも手かもしれない。
マリアの事情は関係なく、レーナとしても非常に興味が引かれる存在だ。
「……分かりました。ありがとうございます」
「うん。お役に立てたなら良かったよ。見つかるといいね」
ノノカはニコッと笑ってレーナたちを応援した。
今まで出会った中でも記憶に残るくらい親切な冒険者だ。
ノノカが途中下車するまでの一時間、残りはミルド国の名所や美味しい物の話をする。
和気あいあいと、もう友人と言ってもいいくらいに仲良くなった。
こういった同業者との距離が近いことが冒険者のいいところなのかも。
馬車で揺られていることも忘れるくらいに話は盛り上がる。
そして、楽しい時間が終わるのはあっという間だ。
「……んー、そろそろ降りないと」
「あ、そうなんですか。頑張ってください。またギルドで会いましょう」
「うん、また会おうねー。それじゃ」
最後にレーナと一つの約束をして、ノノカは手を振りながら馬車を降りる。
彼女の依頼も簡単なものではないため、何が起こるか分からない。
でも、きっとノノカなら無事に帰ってきてくれるだろう。
それに、無事を祈らなければいけないのはノノカだけではないのだ。
自分たちもこれから戦いが控えている。
レーナは緩んでいた雰囲気から気合を入れ直す。
「ノノカさん……いい人でしたね」
「そうだね。世界があんないい人ばっかりだといいんだけど」
「急に話が大きくなったな……」
規模の大きい話をするレーナに戸惑いながらも、ライトは隣に置いていた剣を背中に背負う。
自分たちの目的地もここからそこまで離れていない。
まだこの辺りは魔物がいない地域ではあるが、それでも油断は禁物だ。
それはレーナも同じであり、アイラも緊張したように肩に力が入っていた。
「この依頼が終わった後も大忙しだね」
「ああ。この情報はマリアにも伝えるのか?」
「ううん、まだ早いかなって。そのSランク冒険者の人が危険かどうかってのも全然分かってない段階なんだし」
「まあそうか。でも、どうやって危険かどうか確認するんだ?」
「実際にこの目で見てみればいいんじゃないかな?」
えええ――とライトは一歩引いた反応。
レーナは簡単そうに言ったが、直接会うというのはかなり攻めた行為だ。
相手が未知な存在だけあって、どんな展開になるか分からない。
穏便に遠目から見るだけで終わる場合もあるが、視線に気付かれて揉め事になる可能性も。
すぐに頷いていいのかちょっと怪しい。
昔のレーナならもう少し慎重だった気がするが……自信が実力に追いついてきたと解釈しておこう。
「だ、大丈夫なのか? 大胆過ぎる気がするけど」
「うーん、きっと大丈夫だよ。話しかけたりするわけじゃないし」
「そうですね。遠目からでもスキルなら確認できます」
「……そこまで言うなら信じるよ。とにかくバレないようにだな」
結局、ライトはレーナを信頼して首を縦に振る。
スキルを確認するだけでいいのなら、そこまで時間もかからずリスクもないはず。
ただ、もしもの時のためにすぐ引けるようにしておかないと。
「さ、今は目の前の依頼に集中しないと。油断できる難易度じゃないし」
「その通りだな。アイラも準備はできてるか?」
「ちょっと緊張してますけど……大丈夫です!」
アイラはライトを心配させないようグッと握り拳を作った。
彼女にとってはこれが準備らしい。とても微笑ましく気が緩みそうだ。
アイラがその拳を使わなくていいように、敵からしっかりと守ってあげないといけない。
レーナもきっと同じ気持ちであろう。
結局目的地に到着するまでの三十分ほど、アイラはずっと拳を強く握ったままであった。




