二つのスキル
「……ふぅ。今日の分は終わったな」
大量の木の実をカゴに入れ終わったライトは、仕事の終わりを喜ぶように息をつく。
《木の実マスター》のスキルを授かってから一ヶ月。
ライトは聖女に言われた通り、農民としての暮らしを営んでいた。
ひたすら木の実を採取して金に変える毎日。
《木の実マスター》のスキルを持っているとしても、贅沢はできないギリギリの生活だ。
いつまでも冒険者になれなかったという事実が脳裏によぎり、作業にも身が入らなくなっている。
「まさかレーナがあそこまで凄くなるとはな……」
そんなライトとは対照的に。
レーナの噂はとどまるところを知らず、農民であるライトの耳にまでしっかりと届いていた。
《剣聖》のスキルは伊達ではなく、今ではSランク冒険者として活躍しているらしい。
今のレーナならば、農民であるライトの千倍は稼ぐことができるはずだ。
これほど早く結果を出すということは、レーナには元から才能があったのだろう。
ここまで差をつけられてしまうと、もはや嫉妬の感情すら抱くこともない。
ライトの顔と名前だけでも覚えてもらっていたら万々歳だ。
「――なんて言ってても仕方ないか。先に飯の準備をしておかないと」
ライトは自分の不甲斐なさに呆れながら、やれやれと今日の夕食の準備に取り掛かる。
この一ヶ月間で、農民の生活にも大体慣れてきた。
《木の実マスター》のスキルにより、木の実だけならいくらでも確保することが可能だ。
主食が木の実というかなり偏った生活だが、調理法の工夫などによって何とか飽きずに生きている。
「ラ、ライトさん、そちらのお仕事は終わりましたか……?」
「あぁ、ちょうど終わったよ。アイラ」
今住んでいるボロボロの家の中から、アイラと呼ばれた少女が申し訳なさそうにライトを呼ぶ。
農民という職業に相方は必要不可欠だ。
たとえアイラのような心もとない少女でも、いるといないとでは天と地ほどの差がある。
なかば村長から押し付けられる形でアイラを引き取ることになったため、複雑な事情がありそうな気がしないでもないが、今は深く考えずに毎日を過ごしていた。
知らぬが仏――アイラがその話をしようともしないため、わざわざライトも聞くようなことはしない。
「お、お疲れ様でした。食事の準備ができてますので……どうぞ」
「うん、ありがとう」
ライトはこの生活に慣れてきたものの、アイラはまだ慣れ切っていないようだ。
相方であるはずのライトにも、常に敬語で話しかけている。
(警戒されてるのかな……レーナみたいに雑に接していい子じゃなさそうだし)
何とも言えない信頼関係。
必要最低限の会話しかないというのは寂しいものだが、無理やり仲良くなろうとして嫌われるのも馬鹿らしい。
ライトもまた、一歩引いたコミュニケーションで接するしかなかった。
「そ、その……今日の収穫はいかがでしたか……?」
「え?」
言葉に詰まりながらも。
珍しくアイラから会話が始まった。
あまりに唐突であったため、逆にライトの方が緊張しているくらいだ。
アイラなりに勇気を出した結果なのだろうか。
話しかけなければ良かった――という後悔の念が、表情にしっかりと表れている。
「す、すみません……何でもないで――」
「今日は結構良い方だったよ。特に、スキルの実とか」
「そ、そうですか……!」
アイラが作った料理を二人で食べながら、ライトは今日という日を振り返る。
《木の実マスター》の効果によって、普通なら一週間ほど待たなくてはならない期間も、たった一日で収穫することが可能だ。
今は、ライトの人生を変えた元凶であるスキルの実を重点的に育てている。
本当なら見たくもない木の実であるが、この実が一番効率的に金を稼ぐことができるため、甘んじて受け入れるしかない。
「とりあえず、聖女とかギルドとかにスキルの実を売り込めば、数日は何とか生きていけるかな」
「えっと、料理用にその木の実を何個か使ったのですが、よろしかったでしょうか……?」
「ん? まあ、ちょっとくらいなら売値もそこまで変わらないし全然――って、え!? 料理の中にスキルの実を入れたのか!?」
久しぶりに出した大きな声が、ボロボロの家の中でアイラへと向けられる。
いきなりの大声であったため、アイラもビクリと体を反応させていた。
いつものライトであれば、すぐにでも謝っていただろう。
しかし。
今はそんな余裕など一切ない。
二個目を食べたら死んでしまうと、あれほど念入りに注意されたスキルの実を食べてしまったのだから。
(体が……熱い。一ヶ月前と同じ感覚だ……!)
まさかこのような形で死ぬことになるとは――ライトの頭には、後悔という気持ちすら湧いてこなかった。
アイラに対しても、申し訳なさしか感じられない。
こればっかりは、しっかりと教えていなかった自分の責任だ。
このまま死んでしまえば、アイラは自分が殺したと罪を背負い続けることになるだろう。
どうにかして、アイラに罪がないことを伝えなければならない。
「……アイラ」
「は、はいっ、どうなされました……?」
「お前は何も悪く――って、あれ?」
ライトはアイラの顔を見る。
何が起こったのかさっぱり分かっていない様子だ。
そして、それはライトも同じだった。
「何で死なないんだ――っつ」
ズキンと頭が痛む。
これもまた、一ヶ月前にスキルを得た時と同じ感覚だ。
しかし。
今回は聖女の鑑定を通さずに、頭の中で獲得したスキルが浮かび上がった。
《剣神》――と。
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