別れ
「木の実マスター……? それって……」
「木の実に関係するスキルですね。農民としては、それなりの能力だと思いますよ。おめでとうございます」
淡々と。
聖女はレーナの方をチラチラと見ながらスキルの説明を始める。
ライトのことなどどうでも良く、《剣聖》のスキルを持ったレーナが気になって仕方ない様子だ。
「そ、それじゃあ、冒険者にはなれないってことですか……?」
「諦めた方が良いでしょうね。これからは、農民として生きていく方が無難でしょう」
未だに聖女の言葉を受け入れることができないライト。
冒険者になれないだけならまだしも、農民しか道がないというのは想定外だった。
農民は数多くある職業の中でも、最底辺と言えるほどに稼ぎが少ない。
ここまで外れのスキルを引き当てたとなると、やり直そうとした愚か者の気持ちも分かってしまう。
「ラ、ライト……」
呆然としているライトに声をかけたのは、今までずっと隣にいたレーナだ。
察しの悪いレーナですら、《木の実マスター》が外れスキルだと分かっているらしい。
ライトにかける言葉が見つからず、名前を呼ぶことしかできていない。
「だ、大丈夫だよ、ライト! 私も農民になれば良いだけだから! それならこれからも一緒に――」
「何をふざけたことを言っているのですか!」
ビクッとレーナの体が反応する。
怒りの感情がこもった言葉を浴びせたのは――紛れもない聖女であった。
机の上に置いてあった水がこぼれ、プルプルと震えた様子でレーナを見つめている。
「レーナさんでしたよね。貴女は、自分にどれほどの価値があるか分かっていないみたいです。《剣聖》のスキルを持った人間なんて、十年に一度も現れないのですよ?」
そこからは、聖女による熱弁がずっと続くことになった。
最近優秀な冒険者が不足していること。
《剣聖》のスキルは、かつての英雄たちに並ぶほど凄まじいスキルであること。
もし冒険者になれば、農民の数千倍は稼ぐことが可能であること。
有無も言わさぬほど一方的な喋りに、気の強くないレーナは容易く飲み込まれてしまう。
「――分かりましたか? とにかく、この後は私に付いてきてくださいね。冒険者ギルドへの報告など、様々な手続きがありますから」
「は、はい……」
レーナは、聞こえるか聞こえないか分からないほど小さな声で了承の返事をする。
聖女の必死な説得に押し切られてしまった形だ。
その顔には、不満そうな顔がしっかりと表れていた。
「もう二度と農民になるなんてことは言わないでくださいね。逃げ出したとしても、絶対に探し出されることになりますから」
「はい……」
この僅かな会話の中で、聖女はレーナが押しに弱いタイプだと見抜いているらしい。
たった今脅しを入れたことによって、レーナには抵抗する気持ちが完全に削がれている。
やはり聖女は本気だった。
今更農民のライトが何か言ったところで、それは全く意味を成さないだろう。
ライトは、レーナがしょんぼりとした顔で連れて行かれる光景を見ていることしかできない。
「……ライト。待ってるから!」
その言葉が。
ずっとライトの心の中に残っていた。
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