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第二話:出会い 二部

それから三十分後、リビングにはいつもの四人が朝食の白飯と味噌汁と卵焼きとたくあんが並んだテーブルに座していた。


「朝飯抜きじゃなかったの?」


卵焼きを頬張りながら姉、霧島奈々はそう尋ねた。


「よく考えたら、今日のご飯炊けるように予約してたから、『今日の晩御飯抜き』に変更したわ」


「ちょ、ちょっと! 今日は確か焼肉パーティーじゃなかったの? それも松坂牛の」


「そうだって! 明日の晩御飯抜きでもいいから今日だけは勘弁してくれよ」


弟である霧島颯太も加わり、二人揃って額に冷や汗を浮かばせ、必死な表情で母親に抗議する。


「これもいい機会だ。おまえたちももうちょっと仲良くするよう心がけろ」


白髪が目立つ髪、ネクタイを締めたスーツ姿の父親が母親の意見に念を押す。


年が一つだけしか違わない思春期真っ盛りの高校生兄弟に仲良くしろというほうが無理な話だろう。


「それとも……来月のお小遣い無しの方がよかったぁ〜〜?」


呑んでいた麦茶のコップをテーブルに金槌を振り下ろすかの速度で叩き、兄弟二人を同時に睨みつける。


蛇に睨まれた蛙のごとく二人は硬直し、持っていた箸を床に落としてしまう。


「お、俺今日朝練あるから、お先にっ!」


「あ、こら置いてくなぁっ!」


姉の儚い断末魔も耳に入らず、ソファーに置かれたボストンバッグを引っつかみ、脱兎のごとく家を飛び出す。


いつもなら肌を震わせるほどの寒さに一文句言ってやるところだが、今日はむしろ汗が垂れるほどに暑かった。


もちろん、あの母親のせいであるのは間違いない。


あの目を見てしまうと数分はまともに呼吸できないくらいの効果があるようで、颯太は自宅から離れた今も胸に手を置きながら呼吸を荒げて登校している。


(あの目をみたのは一年ぶりだな)


徐々に落ち着きを取り戻してきた心臓に安堵し、これからは見せかけだけでも姉と仲良くしようと決意する颯太だった。




『朝練』というのはいわゆるも朝練習、部活の朝に行う練習である。


近くには住宅街と商店街が発展する町で唯一の約二百メートルの坂道を登った高所に建つ私立渡河学園わたりががくえんは中等部と高等部があり、颯太が通う高等部にはほとんどが中等部の出身のエスカレーター式学校である。


二年G組十四番霧島颯太が所属する部活は剣道部、それも二年でありながら主将という実力を持っている。


さらに颯太は成績も学園順位は一桁という才色兼備、文武両道という言葉がぴったりな一般の女子なら放っておかない存在だった。


しかしとうの本人はその自分の異常なモテ度を生まれながら持病を患っているくらいに嫌っていた。


どうしてかこうしてか颯太は昔から女子、特に同世代の女子が苦手であった。


例外と言えば実の姉の奈々と……、


「よ、おはよっ! そうちゃん」


学校に続く三つの坂道のうち一番急な坂道の上を絶賛登校中だった颯太の肩を軽く叩き、横に並んで挨拶するこの一人の女子くらいなのだ。


赤みがかった自然なショートヘア、真珠のように白い肌、太陽のように明るい笑顔を浮かべて颯太に向ける。


制服の胸のリボンの色が黄色であるのは颯太と同じ二年生である証だ。


「よう、椎名しいなも朝練か大変だな」


二年G組十六番椎名美代、颯太と同じく剣道部所属で腕も二年の中では実力は相当のものであるが、成績は毎回赤点寸前という能天気天然バカでもある。


だがルックスはアイドル顔負けの顔立ち、スタイルは学園一で特に胸の大きさは歩くだけで揺ら揺らと揺れ、男子生徒の目を一杯に引くほど。


さらに剣道部だけでなく二年生の中ではクラスという枠を越えたムードメーカー的存在なのだ。


「そうちゃんこそ、毎日欠かさず朝練してるんでしょ? 私だって週三くらいしか参加しないのに」


「まあ、俺はな。それより椎名はこの前の中間テストの補習の勉強は終わったのか?」


「もちろん終わってないよ」


マンゴーのように巨大な胸を張り、「えっへん」と自慢げに威張る。


当然颯太は「威張るな」と手首のスナップを利かせたツッコミを入れる。


「ったくしょうがないな。今回もそうだと思ってノート作っておいたぞ」


そう言って椎名に手渡した高校生が一般に使うノートの表紙に『バカのための補習ノート』とネームペンで記載されていた。


「ひ、ひどいよ〜〜バカじゃないってば、ただ勉強してないだけで……」


手渡されたノートで埃を払うような軽い力で颯太の頭を連打しながら椎名は泣き叫んだ。


「それをバカだって言ってるのがわかんないのか? これに懲りたらもう少し真面目に勉強しろよ」


「だ、だって〜〜」


がっくりと首を落としてうなだれる。


「文句があるならノート没収だぞ」


いつの間にか椎名の手元に握られていたはずのノートは部活で豆だらけの颯太の手に戻っていた。


「は、はぁう〜〜ん、か、返してよ〜〜」


取り返そうと必死に跳躍するも背丈が颯太より五センチも短い椎名には高々と伸ばされた手元にそれには届かず、間抜けなウサギのジャンプを繰り返す。


「次のテストは全教科最高記録更新できると約束するなら返してやる」


「え、そんなの無理だよ。私のお頭が空なの知っててそういうイジワル言うの?」


涙で潤う瞳を晴天に輝く太平洋の水面のように煌かせ、上目遣いで颯太の顔を覗き込む。


その表情はふさふさな毛玉のようなチワワよりも愛らしく、プロボクサーのフックが鳩尾に入ったくらい強烈だった。


「その顔は俺には効かない。そういう顔はおまえにより寄ってくる男子生徒にでもやってやれ。たぶん十人に一人くらいは心臓麻痺を起こすぞ」


「わ……私はそうちゃんしか――――――」


トーンが急に落ちていくその先の言葉は颯太の耳には届かず、椎名は口元をすぼめてその自慢の太陽の笑顔が消えてしまった表情を伏せてしまう。


「なんか言ったか?」


「……」


「ノート返すからさ元気だせよ」


「やだ」


と言いつつ眼前に差し出されたノートをカルタ取りのように素早くひったくり、今度は奪われないようにカバンのファスナーの奥に収めた。


「補習の勉強手伝ってやるからさ」


「やだ」


頬を風船のように膨らませ、首を「ふん」と横に振る。


心なしか椎名のアスファルトを蹴る音のリズムが早くなっていくのを颯太は感じていた。


歩く速度を高めてどうにか椎名の隣に居座りながら機嫌を直そうと頭からひねり出した条件を提示する。


「じゃあ、今度買い物に付き合ってやるよ。椎名の好きなだけ俺を連れまわしてもいいからさ」


もうすぐランニングからダッシュのスピードに切り替わろうとしていたすぐ直後の事だった。


突然動いていた足を止め、沈黙すること数秒間。


「ほんと?」


アスファルトに向けられた表情の読めない顔、トーンの低い声でそう尋ねた。


「ああ、ほんとだって」


「一緒に補習の勉強手伝ってくれるの?」


「もちろん」


「今度の日曜日に一日デートしてくれる?」


「おう、もちろん」


そしてさらに沈黙の間が数秒、


「じゃあ、約束だよ」


天使の笑顔が再び光臨する。


「えへへ」


颯太もようやく肩の力を抜き安堵するが、ふと自分が了解してしまったことに違和感を覚えた。


(デート?)


鼻歌を語りながらスキップを踏む椎名の嬉しそうな表情を眺めているとそんなモヤモヤする違和感も煙草の煙のように消えてしまった。


「そうちゃん、約束だからね」


振り向きざまで海のような青空を背景に颯太に言った。


「わかってる。俺が約束破ったことあるか?」


「ない。そうちゃんが裏切らない人だってことは幼稚園のころからわかってるよ」


椎名は颯太と幼稚園以来の幼馴染で、それは小学校、中学校、そして現在の高校生にまで持ち越されているほど深い関係である。


颯太の女子が苦手になり始めたのは中学生の頃、それ以前の女友達は椎名だけだったのが現在に至っているのは言うまでもない。


「俺も椎名が底抜け、じゃなくて底なしのバカだってことはわかってる」


恥ずかしくて「笑顔が一番似合ってる」だなんて言えるはずもなく、ごまかしにいつも颯太はそう言ってしまうのだった。


「ふふ、そうだね」


それでも純粋な微笑みを浮かべて、再び鼻歌を奏で始める椎名。


足取り軽いステップでアスファルトを打つ音が加わる。


早朝の薄ら寒い気温を暖めてくれるような気持ちを感じながら颯太は寝癖のついた髪をつまみ、履き始めてから一年以上経つのにも関わらず未だ履きなれない革靴で地を踏みしめていった。


書けば書くほどぐたぐたな文章になっていく気がします。承知のうえで次回もご覧下さい。

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