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世界絶望の孤独人  作者: 羽島 空
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プロローグ



その少女はとても可憐だった。

熱を加えて水分を減らした生漆を思わせる長い黒髪は、彼女の容姿端麗な姿をより一層際立たせ、周りの情景をも取り込む凛とした雰囲気に包まれていた。


僕と彼女の出会いは、それはそれは忽然としていて、それこそ必然だったのかもしれない。彼女の座る様子を窺い見るに、此処へと赴いた心情は僕と同じだ。


彼女もまた、僕と共通して世界に絶望した者だ。

周りの人間を拒絶し嫌悪感を懐き、殺意すら覚えた人間の顔。けれど、彼女の表情とは裏腹な言葉が返ってきた。


「そんな、人間を嫌うなんて滅相もない。私はこの上ない程に人間が好きだぞ?。」


────は?


最初、僕は正直彼女の発した言動を理解できなかった。

虚言だと思った。いや、理解したくなかったのだと思う。何故ならまた一人になるのが嫌だったから、真実の心中ではないと勝手に上手く改変したのだ。


隣に座るその少女は、続けざまに薄く意地悪げな微笑を此方へと向ける。暗闇で光を帯びる双眸は紅く深紅に輝いていた。


清流のザーッと紡がれる音が、目の前を流れる川から発する。ふと広く続く夜空の常闇に視線を向けると、その闇に寄り添う様にして、綺麗な円形の満月が存在していた。黄色く黄金に、月光が溢れ出し常闇に混沌と輝いている。


「お前は寂しい人間だ。愛されたいって目をしている。」

「……愛されたい、ですか。そんな事は願ってないですよ。」

「本当か?お前の言葉一つ一つ私から見れば虚言に聞こえるが。」

「何を根拠にそんな事言うんですか?」

「この世で最も私が得意とする勘だよ勘っ。」

「……話にならない。」


思わず溜息をつく。そして彼女という人間は、刹那的に生きているのだと感じた。凛とした容姿からクールと掛け離れて思った事を包み隠さず言う性格をしている。


「強ち間違ってはないだろう?死人くん。」

「…………………。」


僕は人間が嫌いだ。だから愛されたいなんて思っていない、思う筈がない。他人は疎か家族、身内すらどうなったって構わない。故にだろう、疾うに僕の周囲には結果的に拒絶の目を向けてくる人間しか残っていなかった。


だから僕は彼女に対してこう返す。


「……くだらない推測ですね。敢えて言います、僕意外の人間全員死ね。無残に残酷に苦しみながら死んでしまえ……ってね。」

「おー怖いなーお前。その内に私は含まれてるのか?」


嘲笑気味に微笑して、僕は言った。


「全ての人間って言ったでしょ。当たり前です。」



再度沈黙が巡る。川辺から見ていた川へと向ける視線を、僕は思わず右へと向けた。すると、先程まで傍らに座していた彼女の姿は、そこには無かった。


「あれ…。」

「こっちだ、バッカもーん。」


代わりに頭頂部へと打撃される感覚が僕を襲う。


「いっつつ…。」

「反射神経が鈍いな、少年。今のを避けられないなんて、死人くんにザコを足すぞ?」


思った以上の痛みを伴い、僕は大仰に頭頂部を両手で抑えた。

声のする後方へ体ごと視線を向けると、消えた筈の少女が無表情に此方を見下ろし佇んでいた。


僕は渋面を作り言う。


「勝手に変な渾名を付けるな。あと、今の不意打ちは誰だって避けられないですよ。」

「そうか?少なくとも身内では避けられた奴はいるぞ?」

「へぇー…。じゃあその人達は貴女同様バケモノですね。」

「その物言いはあながち間違ってはいないな。…っと、いけないいけない。もう10時30分過ぎかー。私はこれにて退散しなければな。」


そして少女は浮き足でステップを踏む様に淡々と階段の傍へと歩いて立ち止まった。一瞬フワッと艶のある黒髪が浮くと、再び沈んで元通りになる。僕は首だけ後方に向けながら、何か思う訳もなく、ただ彼女の軽快な行動を見詰めていた。


此方に背を向け佇む少女は、不意に首だけ僕へと向ける。

闇の中で奇怪に、振り向きざま弧を描いて深紅に光る双眸が僕を見据えて捉えると、ニッと笑って少女は唇を開いた。


「少年。明日もまたここに来い。そしたらこの頼れる刹那さんが話し相手ぐらいにはなってやろう。」

「刹那?それが貴女の名前なんですか…?」

「そうだ。霧谷刹那、それが私の名前だ。転じて少年、相手に名を尋ねる時は自分から名乗るのが道理ってものじゃないのか?」


不覚だと思った。いや、自分から名乗らなかった事へのそれではなく、後々思う。何故僕は彼女に名前なんて訪ねてしまったのだろうと。関心なんて無い故に、他人の名前などミジンコ程度に興味がない筈なのに…。


渋々僕は彼女に、自分の名を名乗った。


「……僕の名前は○○です。」


自分自身の名前は嫌いだ。天と地程に自分の性質と噛み合っていないから。名ずけ親である父と母は、僕に対してどんな思惑でこんな荷が重過ぎる名を付けたのだろう、と嫌気がさす。


「まるで真逆だな、お前と名前の性質。」


清々しい程に、彼女はハッキリと言った。

真顔の面持ちで、悠々と一つ欠伸をしてから言葉を続ける。


「それはそれで面白いし、私はお前を気に入ったよ。性根の腐った捻くれ者は嫌いじゃない。けれど、その性格って果たしてさがなのか?」

「………いいえ。」

「え、違うの!?」


驚きおののく彼女を意に介さず、僕は床石から立ち上がった。


この人間嫌いと言う性質を携え始めたのは、記憶からして中学に上がった時期だっただろう。親からの虐待と身内、友人達からの拒絶を思い知った結果が今の僕を作り出している。


けれど逆に考えた時、この世界がどれだけ汚れているのか知っていなかったら、僕は今でも決して叶う筈のない淡い幻想を抱いた道化者になっていただろう。だからある意味、これは救いなのかも知れないと考えている。


「さがだとか、性質だとか、そんな物はどうでもいい。結果的に、今の僕が居ることが、この世界の醜悪を物語っている。」

「ん?おっ。お前も帰るのか?」


淡々と、彼女とは別側に掛かる階段の方へ歩いて行く。


「ええ、さようなら。」


そう一言素っ気なく彼女に述べ、僕は階段を登り川辺を後にした。






一本道の街灯の光が巡る帰路を歩きながら、ふと思う。人と話したのは何時ぶりだっただろうか、と。


















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