「わるい。」コウイチはそう言うと眠そうに缶コーヒーを飲んだ。
8. 旅立 …協奏
「なんだよ。」オレはベンチに並んで座る友紀とコウイチに向かって言った。
「わるい。」コウイチはそう言うと眠そうに缶コーヒーを飲んだ。
「びっくりした?」友紀はそう言うと、白いコートを脱いでベンチに座った。
「いつから来てるんだよ。」オレもコーヒーを飲んで、友紀の隣に座る。
「いつからだっけ?」友紀はとぼけてコウイチに聞いた。
「おととい。」コウイチはそう言うと、肩をすくめてベンチの端っこに腰をかけた。
「なんだよ、お前ら付き合ってんのか?」オレは思い切って尋ねてみた。
「そんなわけないだろ。」コウイチが首を振る。
「明日には帰るよ。」友紀はそう言うと、クスクスと笑った。
「そっか。」まだオレは二人をいぶかしげに見ていた。
「そうだよ、お前が来るって友紀の方は知ってたぞ、なぁ。」コウイチはそう言うと、コーヒーを飲み干して立ち上がった。
「そう。」静かに青髪が揺れる。
「あっこから何も聞いてなかったけどな。」オレは缶コーヒーを捨てるゴミ箱をさがしたが近くにはなかった。
「お姉ちゃんには黙って来たから。」彼女はそう言うと、楽しそうに笑った。
「東京駅に着いてから連絡してきたんだぜ。」コウイチはそう言うと、空き缶を投げるフリをした。
「ねぇ今夜は三人でトランプでもしようよ。」友紀は飲みかけのコーヒーをコウイチに渡した。
「昨日も付き合わされたよ。」コウイチはまだ眠そうに、友紀のコーヒーを飲んだ。
「そっか。」オレはコウイチの手のひらにあるそのコーヒーを眺め続けた。
結局、神様っているの?友紀は眠い目をこすって聞いてくる。もしいるのなら変なイタズラはやめてほしいもんだ。オレだってコウイチだって混乱してしまう。その晩、三人でババ抜きをしてオレは何度もジョーカーをひいた。「負けた。」「弱いね。」「もう一回。」そんなやり取りが何度も深夜まで続く。しかもそれは終わりの始まりでしかない。まったく手の込んだ罠を仕掛けたもんだ。友紀は翌日、新幹線で帰っていった。コウイチはアクビをしながら、「神様か。」とつぶやいた。
「生むなら生むで、ちゃんと言ってほしいよ。」あっこはそう言うと、車のデッキを叩いた。
「おい、やめろよ。家の車なんだから。」オレは運転しながら、ラジオのスイッチを入れる。
「だってさ、連絡するとか言って全然ないんだよ。」あっこが窓をあけると、窓からは初夏の匂いが舞い込んだ。
「ああ。」ラジオのDJは能天気に鼻歌なんて歌っている。
「あたしを除け者にして。」あっこはそう言って、背もたれを倒した。
「そういうんじゃないだろ。」オレはフォローするも、どうしたらいいのかわからない。
「頭おかしいよ。だって姉だよ。」彼女は背もたれから後部座席に這い出した。
「おい。」バックミラーでオレは、後ろに寝転ぶ彼女を見る。
「だって。」あっこは顔を伏せてうつむきになてって黙り込んだ。
「ああ。」オレにはどうすることもできない。
「なんであたしだけいつも。」ラジオからキヨシローの歌声が聞こえてきた。
「そんなことないって。」オレは頭をかいた。
「そんなことあるよ。コウイチだって。」あっこはムクっと起き上がると、後ろからオレの背もたれを叩いた。
「やめろって。」オレはスピードを緩める。
「なんで行っちゃうんだよ。」彼女はそう言いかけて、一瞬黙った。
「東京行くってどういうことよ。」あっこは後ろからオレの座席を再び叩く。
「その話し、今しなくても。」オレは見えない彼女に向かって言った。
「あたしはどうなるの。」あっこはそう言うと、腕をオレに回した。
「おい。」オレはゆっくりと車を側道に停めた。
「なによ。」あっこはスルリと腕を放して横を向く。
「やっぱり。」オレはフロントガラスから闇夜を見つめた。
「行かなきゃ。」後ろからは彼女の静かな悲しみだけが響いてくる。
色んなものを受け入れる時期、耐える時期、動く時期。何事にもタイミングというものがあるのかもしれない。そう考えると、そのときのオレの身に起ったことも仕方のないことだったのだろうか。オレは一人だけで生きているわけではない。いろんなものに囲まれて、そのつど戦いながら、時に負けながら勝利を目指す。九回裏ツーアウト「あきらめるなよ。」コウイチがオレの肩に腕を回す。
「ねぇ、起きてよ。」妹はそう言うと、オレの肩を叩いた。
「え?」オレは家の台所でウトウトしていた。
「ねぇそらが。」ミユはそう言いながら、黙ってオレを見つめた。
「そら?」オレは立ち上がると、横の部屋に寝かされている姪っ子のところに行く。
「ほら。」妹は泣きながら、娘を抱き起こす。
「そら。」点滴を受けてチューブだらけの姪っ子が目を開けている。
「よかった。よかった。」ミユはほっぺたをこすりつけている。
「ああ、よかったな。」オレも体の力が抜けた。
「もうダメかと思ったよ。」妹はそらに向かって全身で愛情を示した。
「お母さんとお父さんにも言ってくるよ。」オレは姪の頭をなでたあと、深夜の階段を駆け上がる。
「ありがとう。」オレは途中にある仏壇の前で言った。
「空ちゃんがそっちに行くのはまだ早いからさ。」幼い兄の面影が写真から染み出して、光を放っていた。
「オレもまだ、あと少しがんばるよ。」窓からは満月の光が差し込む。
「それじゃ。」オレは手を合わせると、再び闇夜に足を踏み出した。
「目覚めたよ。」オレは思い切って、声を出してみた。その瞬間、意識の光が昔は感じたであろう恐怖を払いのけた。
幼い日の妹が言う。「そんなの無理だよ。」オレは仏壇の前で足を組んで、鳥になりたいと言った。「動物になったら、悲しいとか怖いとかムカつくとかないからさ。」「そりゃそうかもだけど。」妹はカキ氷を食べながら、オレにとりあうわけでもなく足を投げ出している。「死んだとか生きてるとかも関係なく、飛んでいける。」オレが言うと、妹は首をかしげた。
「ねぇコウイチのこと、どう思ってた?」オレは河原を歩きながら口に出してみた。
「どうだろ。」リンはそよ風に舞うように、でもしっかりと歩き始めていた。
「いい兄なわけ、ないよな。」オレはそう言ってボールをポンと空に投げると、彼女が言った。
「変な人?」彼女は空中のボールを見上げた。
「そりゃいい。」オレは笑いながらボールをキャッチすると、リンに手渡した。
「あまり相手はしてくれなかったけど。」色白の彼女は、まぶしそうに太陽を眺める。
「そんなもんだよ。兄貴って。」誰のことを言っているのか自分でもわからない。
「うん。」二人は河原に腰をかけた。
「でもリンちゃんのことすごく心配してたよ。」オレはボールを彼女から受け取ると言った。
「そっか。」彼女はその細い体を震わせた。
「うん。」オレは振りかぶると、ボールを川に向かって投げるポーズをした。
「うん。」リンはそれを眺めている。
「リンちゃんもしたいことしたらいいよ。」もう一度、ボールをリンに渡す。遠くで犬が吠えている。
「うん。」彼女はそう言うと、ボールを返した。
「お母さんとか色々言うかもしれないけど、関係ないよ。」オレは自分自身に言っているのかもしれなかった。
「うん。」オレは川に向かって、今度は本当にボールを投げようとする。
「待って。」リンがそれを止める。オレは投げるのをやめた。
「それ、ちょうだい。」その瞬間、風が吹く。
「ああ。」また一歩風に向かって踏み出した。
そして風が吹く。「ねぇあたしたち、いつまでも友達だよね。」あっこは制服のスカートをグッと押さえながら言った。「当たり前だろ。」コウイチは答える。「もっと。」オレが言う。「え?」芝生にオレたちは寝転ぶ。「もっと風吹いてくれないかな。」スカートを見ながら言う。「バッカじゃない。」あっこはそう答えて、オレとコウイチを蹴った。
「名前は?」半年ぶりにオレが東京から帰ってくると、地元の町はクリスマスの準備をしていた。
「海。」彼女はそう言うと、黒髪を冷たい風にさらした。
「いい名前だね。」オレはそう言うと、ベンチを通り越して歩いていく。
「海のような、でっかい男になってもらわないとね。」ベビーカーを揺らしながら友紀は歩く。
「父親の分までな。」オレがそう言うと、友紀は黙ってうなずいた。
「そうだね。」そして再びベビーカーを揺らす。
「あっこは元気か。」オレはコートの端を赤ん坊に触らせた。
「お姉ちゃんはいつも明るくて元気。」そう、それが彼女のいいところ。
「うん。」友紀は少し彼を見つめた。
「自分で連絡したら?」赤ん坊がコートを放してくれない。
「ああ。そっちは仲直りしたんだな。」オレがそう言うと、友紀は笑った。
「ケンカなんてしてないよ、もともと。」姉妹ってそんなもんなのか。
「こんな感じだよ、いつも。知らなかった?」知ってるさ。一人は離婚、一人は母子家庭。
「幸せなら言うことはない。」オレが言うと、北風が吹く。
「あ。」友紀は赤ん坊を抱きかかえる。
「なに。」オレは身を小さくする。友紀は赤ん坊をマフラーでくるむ。
「雪。」ユキか、赤ん坊が手のひらを広げて世界の感触を感じる。それは瞬きするような、新鮮なときめきにあふれて空から帰ってきた。