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青い髪ラプソディ  作者: ふしみ士郎
7/8

「ああ。」オレはそう言うと、彼女の家の階段にある七人の小人を眺めた。

7. 旅立 …狂想

「それで帰ってきたの?」あっこは門の前でそう言うと、かかとをトントンと鳴らした。

「ああ。」オレはそう言うと、彼女の家の階段にある七人の小人を眺めた。

「お父さんになんて言おうかな。」彼女はその階段の下で腕を組んだ。

「また連絡するって言ってたけど。」彼はつけっぱなしだった車のエンジンを切った。

「とにかくあがる?」あっこはそう言うと門の扉を開いた。

「あ、いや、だってお父さんもいるんだろ。」オレは車の前に立って、家を見上げた。

「そうだけど。」彼女はちょっと不満そうにする。

「じゃあ待ってるから。」彼は門にもたれかかる。

「準備、ちょっと時間かかるよ。」彼女の白い家は高台の上の住宅地にあった。

「いいよ。」オレはその高台から見える景色を眺めた。

「わかった。」彼女は勢いよく階段を上がっていく。

「うん。」時間と空間の波が、ゆっくりとオレを突き動かそうとする。

「ねぇ。」あっこは玄関のところから叫ぶ。

「え?」彼は振り向いた。

「ありがとね、いろいろと。」彼女はそう言うと手を振った。

「あ、ああ。」再び、風が吹く。


オレはコウイチと歩きながら言う。「今でもさ、あっこは気にしてるのかな。」東京から地元に戻る晩だった。小さなクリスマスツリーが改札口には置いてある。「気にするって?」「いや、中絶のこと。」ああ、とコウイチは下を向いた。「そりゃさ、簡単には忘れられないと思うけどな。」それはそうだ。だけどそれを知ってしまったオレはどうしたらいいんだろう。「見守るしかないんだ。」コウイチはそう言うと、混雑した駅のトイレの冷たい風に身を小さくした。


「そうですか。」あっこのお父さんは落ち着いた口調で言った。

「はい。」彼は、久しぶりに彼女の家の大きくて白いソファに座った。

「友紀もさ、相談してくれてもよかったのに。」あっこはそう言うと、オレンジジュースをコップに注いだ。

「身内だから、逆に言いづらかったんだろ。」そう冷静に言う彼女のお父さんは、目をつむると何か考えているようだった。

「そうですよね。」オレも同意を示す。

「本当にそう思ってる?」あっこは深々とソファに沈みこむ。

「ああ、向こうは逃げ場所みたいなもんさ。」あっこは何も言わない。

「そうですか。」少しの沈黙の後、お父さんがうなづいた。

「でもさ、友紀は本当に生む気なのかな。」あっこはためらってから、そう述べた。

「もう五ヶ月なんだろ。」オレはそうつぶやく。なんで気づけなかったのか、という自責の念が空気を覆う。

「子どもは責任を持って育てないと。」お父さんは誰に言うとでもなく口を開いた。

「でも、相手は。」あっこが口を挟む。

「うん。」オレの手はなぜか震えた。

「困ったもんだ。」お父さんは話しの着地点を探るように言った。

「あーあ、誰のせいでこうなったんだろ。」あっこが独り言のように言う。

「誰のせいでもない。」誰かをかばうようにオレは答える。

「いや、責任は誰かがとらないと。」とはあっこの言葉。

「そう。」彼女のお父さんが相槌をうつ。オレは静かに言葉を飲み込んだ。


 オレの妹ミユは、十八才で子どもを産んだ。デキチャッタ婚には親も最初は反対した。しかし高校を卒業すると同時に籍をいれた。相手はオレの友達のシンジって奴で、「中絶するなら、責任はとれません。」と訳のわからない説得をして、責任をとった。そして生まれた娘の空が七才になる前に、浮気をした。ミユは一晩中泣いていたけど、結局離婚した。娘のことを思うとシンジだって泣いたかもしれない。でも責任は宙に浮いたまま、すぐそこに漂っている。


「あーほんと。」妹はそう言うと、涙で腫れた目をこすった。

「大丈夫。」オレはミユを励ました。

「そうね、まだもっと不幸な人もいるしね。」妹はそう言うと、シンジの顔を見た。

「不幸って、オレのことか?」シンジはウンザリした態度を見せる。

「やめろよ、くうちゃんいる前で。」オレが二人の間に割ってはいる。

「お兄ちゃん、このコずっと眠ってるんだから。あたしがおばあさんになっても眠ってるんだから。」マイナスの感情に巻き込まれた妹はそう言うと、また目をこすった。

「こするのやめろよ。」シンジはモト妻にそう言いながら、娘のホホをなでた。

「ちょっと手を洗ってよ。」ミユはモト旦那に対してキツイ。

「先生、なんて言ってた?」シンジはミユを無視して、オレにそうたずねた。

「とにかく今は様子見るしかないって。」原因不明、そんな病気が今の時代まだあるんだな。

「ほんと高い金払って入院して、意味あるのか。」シンジはそう言うと、領収書などを取り出した。

「ちょっとやめてよ、ここで。」ミユはそう言うと立ち上がって、その書類を奪い取った。

「なら、外で話すか。」シンジはまだ冷静だったけど、内心は燃えたぎるものがあるみたいだった。

「ちょっとお願い、お兄ちゃん。」ミユはそう言うと、静かに病室を出た。

「ああ。」シンジも首を振りながら病室を出ていった。

「くうちゃん?」一人病室に残された子どもの目から、水滴のようなものが流れるのにオレは気づいた。


 オレは時々考える。自分が生まれた意味を。「でも意味なんてないのさ。」コウイチはそうウソぶいては笑ってみせた。まだ地元の暖かい風に吹かれて、バイクを走らせていた頃。それからコウイチは、生まれた町をとうとう離れた。「なんで?」ってオレは思ったけど、バンドも解散していたし、止める理由はなかった。それから一年、「お前も来いよ。」って言われたわけでもないのに、オレも地元を離れようとしていた。


「どうも。」とオレは言ってその畳の部屋に久しぶりに入った。

「ちょっと待っててね。今お茶いれるから。」おばさんはそう言うと台所に行った。

「コウイチ。」オレは、仏壇にある写真を眺めた。そしてお線香を一本あげた。

「なにしに来たの。」後ろから声がする。

「え?」彼が振り向くと、そこには色白の女の子が立っていた。

「リンちゃん。」久しぶりに見た彼女は、痩せているというかやつれている感じがした。

「なんで何回もウチに来るの。」部屋着のままのリンはそう言うと、オレを眺めた。

「なんでって。元気そうだね。」オレはそう言った。だけど無気力なリンの姿は、お世辞にも元気に見えなかった。

「もう来ないで。」妹と同じ年齢の、二十四才のリンちゃん。

「また来るよ。」オレとコウイチ、妹たち。一番キレイなお年頃。

「うるさい。」リンはそう言うと、逃げるように後ろの階段を駆け上がろうとした。

「お兄ちゃんに。」オレは言葉を投げかける。リンは立ち止まる。

「コウイチに頼まれたんだ。」リンは下を向いた。オレは立ち上がった。

「昔みたいに外に出よう。」オレはリンの黒髪に触ろうとしたが、一瞬躊躇した。

「それで散歩でもしよう。」リンの肩が静かに震える。

「ウザい。」今にも倒れそうなリンをオレは抱きしめたかった。

「もっと早く来るべきだったんだ。」オレはリンをそっと支える。

「出てってよ。」リンの声は震え続ける。

「リン。」オレはどうしたらいいのかわからなかった。

「出てって。」リンの声は静かに旋回し、階段を駆け上がっていった。

「ああ。」オレは呆然とたたずむ。


オレとコウイチは妹たちに笑いかけた。「お前たち、ウザイ。」「ほんとだぜ。」コウイチはそう言うと、リンのヘルメットをパンとたたいた。オレはミユにメットを投げて渡す。「もうこれっきりだからな。」オレはそう言って、バイクのエンジンを吹かす。「早く乗れよ。」コウイチが言うと、リンは後ろに恐々と乗った。「お兄ちゃん、ゆっくりだよ。」後ろから話しかける。オレたちは思いっきりスピードを上げて、河原沿いを走った。


「思うんだけど。」コウイチはオレを出迎えるとつぶやいた。

「なに?」荷物を抱えて、オレは何かを変えるチャンスをさぐっていた。

「東京って、公園多いよな。」コウイチはそう言うと笑った。

「そう?」オレにはその意味がわからずに、つられて笑うだけ。

「みんなさ、休み場所が必要だから。」休み場所ね。

「そう、ここは働く町。」働く町か。オレはベンチに座るサラリーマンを見た。

「出会いとチャンスのある町。」出会い、チャンス、夢と希望。欲望と罪。

「いいよな、そういうの。」オレはそう言ってみた。地元とは違う空気を感じていた。

「いーもわるいも、すべてがある町だ。」コウイチはそう言うと、ポンとオレの背中を蹴った。

「なーこれ持ってきたんだけど。」オレはかばんからボールを取り出した。

「おう。」コウイチはオレからボールを奪い取った。

「投げてみろよ。」オレがそう言うと、コウイチは高々とボールを真上に投げた。空は青かった。

「こっちに。」オレがそう言うと、コウイチは再びボールを真上に投げる。

「おい、こっちだよ。」昔みたいに投げてみろよ。

「ほら。」コウイチはそう言うと、ボールを全然ちがう方向に投げた。

「なんだよ。」昔みたいにキャッチボールすることはもうできないのだろうか。

「わるい。」コウイチは笑う。オレがボールを拾いに行くと、女の子がボールを拾ってくれた。

「すみません。」オレがボールを受け取ると、風が吹いて女の子が微笑んだ気がした。

「あ。」その瞬間、オレはボールを落とした。

「どうしたの?」女の子はそうつぶやくと、笑った。

「うん。」オレはボールを拾った。東京の公園でその青い髪がなびいていた。

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