第5章・鉛の案山子(ブライシュトローマン
◆第5章・鉛の案山子●
気がついたら車内は暗くなっていました。
「どうやら天国ではなさそうですね」
ブッシュマスタ―は斜めに傾いた状態で停止しています。
私は時刻を確認しようと、わずかな緑の光を頼りにスマホを取り出しました。
画面は真っ暗でヒビだらけ。完全に沈黙しています。
「データが壊れてなければいいんですけど……」
中にはBL関係の画像データがたくさん入っているのです。
自室のノートパソコンに入っていないお宝画像もあるので、消えちゃったら私、もう生きて行けません。
「そうだ、アヴリル……采女ちゃんは?」
シートベルトを外して、ベルトポーチからLEDライトを取り出して点灯ました。
アヴリルは無事でした。壊れた左肩から漏れる光が、ぼんやりと周囲を照らしています。
運転席を確認すると、しぼんだエアバッグの前で采女ちゃんがノビていました。
とりあえず息はあるので大丈夫でしょう。
「さすが軍用の防弾ガラスは頑丈ですね」
どうやら車両の前半分が瓦礫に埋もれているようです。
フロントグラスは表層の何枚かにヒビが入っているものの、割れるどころか凹んでもいません。さすがは軍用の防弾ガラスです。
「さて、ここはどこでしょう?」
ライトを消して生き残っている窓から周囲を確認すると、むき出しのコンクリート壁や柱が目に入ります。エントランスの高い天井はパネルが一部しかなくて、崩れた壁から光が差し込んでいました。
「建設中の建物に突っ込んだようですね」
ゆがんだ後部ハッチの窓を見ると、ヒビの間に例の大型トラックが見えました。
後ろ半分が瓦礫に埋まった状態で横転していて、周囲に潰れた亀さんたちが転がっています。
――ガンッ! ガンッ!
巨人さんは閉じ込められているのか、脱出しようと内側から荷台を叩いています。
ドリットさんのお姿は見えませんが、おそらくご存命でしょう。
トラックのどこかに閉じ込められているのかもしれません。
「今のうちに応急修理をしちゃいましょう。え~と松葉バネ松葉バネ……」
スイッチを入れたLEDライトを口に咥えて、アブリルのワンピースを下ろして胸部ハッチを開けます。
「慌てず急いで正確に……」
右胸にある胡椒入れ型の回転式拳銃を立ち上げて輪胴を外し、機関部を分解して松葉バネを取り出しました。
「膝の修理が先でもいいんですけど……とりあえず起こしちゃいましょうか」
実を言うと、私にはアヴリルが眠った原因に心当たりがあります。
今、手に持っている胡椒入れ型拳銃の輪胴です。
いつも整備の時は口うるさいアヴリルですが、この回転弾倉を外した時だけは大人しくなるのです。
その時は完全に眠ったりはしませんでしたが、明らかに活性が落ちていました。
「さて、ものは試しです」
分解した開閉器の組み立てを終え、輪胴の銃身の一つから固まった蝋をピンセットで掻き出します。そして鹿革に包まれたエメラルドの弾丸を引き抜きました。
本来は雷管を外してから輪胴を叩いて弾丸を落とすのですが、雷管の取り出しは神経を使う作業です。専用の器具がなくてもできますが、緊急時なので今回はパスします。
「うんうん、思った通りですね」
薬室内の火薬が燃え尽きて、カラッポになっていました。
「やっぱり無煙火薬が燃料になっていたんですね」
おそらく残り2発も空でしょう。雷管の点火薬には異常がないので、この回転弾倉の火薬だけがアヴリルの動力源となっているのかもしれません。
きっとエメラルドの弾丸が関係しているのでしょう。
「この3日で火薬を使い切ったみたいですね」
さきほど繁華街で具合が悪くなったのは、燃料切れが原因かもしれません。さきほどの戦闘で消耗したのかもしれませんが、おおむね一日一発ずつ発射薬を消費しているのではないでしょうか?
全弾3発、稼働時間は3日と半日といった所でしょう。
「では、さっそく先輩に貰った早合の出番ですね」
まずは空の薬室から、ピンセットとティッシュで燃えカスとグリスを掻き出します。
「結構汚れてますね」
無煙火薬は黒色火薬と違って、ほとんど燃えカスを残さないはずです。
「密閉された状態で、時間をかけて反応したからでしょうか?」
疑問をよそに、早合の包装紙を歯でちぎって中の銃弾を捨て、中の火薬を銃口に注ぎました。
黒色火薬は無煙火薬と違って、爆薬に近い性質を持っています。火薬と爆薬の中間といった所でしょうか?
火薬の反応は派手に燃えて膨張するだけの【爆燃】と呼ばれますが、対して爆薬は反応速度が音速を超えて、衝撃波を発生させる【爆轟】を引き起こすのです。
要するに、火薬はシュボッ! で、爆薬はドカーン! なのです。
正直、生きた心地がしません。
「無事に帰れたら、少しでも長く活動できるように工夫しましょうね」
ブリティッシュ弾用のコルダイトなら、もう少し長持ちするかもしれません。
コルダイトは19世紀に開発されたダブルベース(ニトロセルロースにニトログリセリンを添加した混合物)の無煙火薬で、芯棒状に形成して用途に応じた長さに切って使います。
銃身の短い拳銃なら短く切った速燃性パウダーを、ライフルなら長く切った遅燃性パウダーを用います。
そして黒色火薬なら粉状、無煙火薬は円筒形や楕円形の顆粒状に作られます。
無煙火薬はこの円筒の長さで燃焼時間が決まり、長いほど燃焼時間が伸びるのです。
もちろん長ければ良いってものでもないでしょうが、アヴリルの場合は別です。
その体内では火薬の燃焼と言うより、ゆっくりとした化学反応が行われているのですから。
黄色い素麺みたいなコルダイトを薬室に入るギリギリの長さに切れば、かなり長い燃焼時間が期待できるのではないでしょうか?
「後日いろいろと試してみましょう。最良の火薬が見つかったら、毎日一発ずつ交換してローテーションを組めるかもしれませんね」
レンコン型の回転式弾倉なので、一発消費するたびに弾倉が回転するのでしょう。シリンダーに番号を振ったシールを貼っておけば、後で使用状況を確認できます。
……いえ、できれば目印を彫刻したいです。もちろん私が隙間なく彫ります。
「ふう……」
一息吐いてからエメラルドの弾頭をハンカチで拭いて、鹿革で包んで輪胴に装填しました。
「蝋とライター……何か代用品はないですかね?」
本来なら溶かしたグリスで弾丸を固定するのですが……。
「そうそうリップクリームがありました」
ポケットからリップを出してポキッと折って、指でよく捏ねてから銃口に押し込みました。
「ちょっと柔らかいけど大丈夫ですよね?」
トラックを見ると、荷台が壊れ始めているのか、巨人さんがガンガン叩く音が変化しています。
「もうすぐ出てきてしまいそうですね。とりあえず1発で良しとしましょう」
あまり時間がありません。私は素早く輪胴を銃本体に戻して、アヴリルの胸部ハッチを閉じました。
閉じると肩から漏れる緑色の光が増して、周囲が明るくなります。
普段より強く明滅している気がしますが、おそらく発射薬を黒色火薬に変えたせいでしょう。
「アヴリル、起きてアヴリル……」
ほっぺをムニムニしてアヴリルを起こします。
起こしながら後部ハッチの窓を見ると、バガンッ! と音がして巨人さんが現れました。
どうやら右脚の松葉バネを交換する時間はなさそうです。
……と思ったら、今度はトラックの運転室を殴り始めました。
殴るだけでなく、右腕の爪で天井を剥がそうとしています。
「なるほどドリットさんはあそこですね」
ドリットさんは運転室の後部座席に隠れてご無事だったようです。
ドイツ語らしき喚き声も聞こえます。
声にイライラ感があるので、巨人さんの作業は難航しているご様子です。
「もう少し時間ありそうですね」
それではちゃちゃっと修理しちゃいましょう。
私はアヴリルをフニフニするのをやめて、右膝の分解に取りかかりました。
自作の分解マニュアルはまだ胸部ブロックしか作っていません。
ですがお師さんに渡された設計図はおおむね把握しています。その記憶を頼りに膝のロック機構を解除して、アヴリルの右脚を取り外しました。
「うんっ……やっぱり重い……!」
セミモノコック構造とはいえ金属製ですものね。
大柄な私は腕力に自信のある方ですが、やはり女手では無理があるようです。
「帰ったら筋トレしましょう」
お師さんのお店で働くなら、これくらいは平気で持ち上げないといけません。
「うんしょっ……と!」
外した右脚をひっくり返すと、接続部から壊れたバネがコロコロと転がり落ちました。
「これば見事にへし折れてますね」
松葉バネはピンセットを半分に切ったようなパーツです。
というか、ピンセットは松葉バネの原理でできているのです。
ただし根元は溶接や接着ではなく、鋼材をV字型に曲げた構造にして強度を上げています。
それでも銃器において真っ先に壊れるのが松葉バネなのです。酷使されているのです。
「うん……むにゅ、ふぁ……タクミ?」
アヴリルが目覚めたようです。
「ちょっと待ってね。いま脚を戻すから」
左胸から取ったバネを、ラジオペンチで関節部に押し込みました。
後は右脚を装着するだけです。
セルフ共食い整備ですが、胸の回転拳銃に影響はないはずです。
ロック機構のクッションがなくなってガタつくでしょうが、壊れちゃったりはしないでしょう。
ドガンッ!
「ひゃわっ!」
巨人さんがブッシュマスターの歪んだ後部ハッチを叩き始めました。
どうやらドリットさんは運転室からの脱出に成功したようです。
ハッチは元々壊れかけなので、剥がされるまでそれほど時間がかかるとは思えません。
「ちょっと揺らさないでください! こっちは精密作業中なんですよ!」
ああもう右脚がうまく繋がらないじゃないですか!
「妾も手伝うのじゃ!」
揺れる車内で、アヴリルが膝に右手を添えて誘導してくれます。
「嵌った!」
「手を離すのじゃ! ロックするぞ!」
カチカチと自動的にロック機構が作動します。アヴリルを起こしたのは正解でした。
その時、バキバキッ! と後部ハッチが剥がされました。
「早うベルトを外すのじゃ!」
自分ではうまく外せないようです。
「あわわ待って待って~! ……って、あれ?」
壊れた入口から右腕を突っ込む巨人さんですが、私たちのいる座席まで手が届きません。
巨大な【苦悶の梨】を爪のように開閉させていますが、私たちを捕まえるのは難しそうです。
「ラッキー! 今のうちにシートベルトを……」
アヴリルの体重でも壊れなかったのか、ベルトはあっさり外れました。
「まだ立たないで。まずは右脚の動作確認よ」
巨人さんは私たちを引きずり出すのを諦めたのか、突っ込んでいた腕を引っ込めています。
「曲げ伸ばしか?」
準備運動を始めました。
「他に壊れた所はある?」
「左肩が閉じぬ」
さっき壊れた開閉機構です。
「そこは私じゃ無理。他は?」
「右胸のバネがないのじゃ」
「それは右膝に移植しました」
「ではもうないのじゃ。立つぞ?」
アヴリルがふらつきながら立ち上がりました。
ドガンッ!
「きゃっ!」「わひゃんっ!」
今度は天井を叩き始めました。衝撃でアヴリルが反対側の座席に倒れますが、耐衝撃シートがふんわりと受け止めてくれます。
って、確か天井には……。
「機銃手用の上部ハッチ!」
装甲車の弱点の一つです。
いくら巨人さんの腕がただの鉄製でも、何度も叩かれたら蝶番が壊れてしまいます。
「大変! 采女ちゃんがケガしちゃう!」
ハッチのすぐ前に運転席があるのです。
ハッチが狭いので引きずり出される心配はないと思いますが、それでも采女ちゃんに危険が及ばないとは限らないのです。
「采女ちゃんを動かすのは無理そうですね」
いつ天井が破られるかわからないので近づけません。
「車から出て応戦しましょう。アヴリル、拳銃出せる?」
アヴリルは自動砲の他にも銃器を多数搭載しているのです。
初心者の私には右肩の機関銃なんて撃てませんが、拳銃なら少しは扱えます(ただしクソエイム)。
「合点じゃ!」
アヴリルの右腕から拳銃が飛び出しました。ベルギー製のFNファイブセブンです。
「ナイスチョイス! この銃ならいけるかも!」
92式手槍と同じPDW用の副兵装であるFNファイブセブンは、ボディーアーマーの貫通を目的とした軍用拳銃です。
しかも貫通力を落とした民間バージョンではなく、軍や警察で使われるオリジナルの方です。
この5・7ミリのSS190弾の貫徹力なら、巨人さんにも少しは通用するかもしれません。
――射撃訓練で使った92式手槍もそうですが、お師さんはどうやって一般ルートで流通していない軍用拳銃を入手しているのでしょう?
まさか闇ルートの横流し品でしょうか? 変なロマンを感じます。
「アヴリルはここで待ってて」
ファイブセブンの弾倉を確認して安全装置を解除、スライドを引きます。
「何故じゃ! 妾も銃は持っておるぞ!」
両肩の搭載火器は自分では使えませんが、両腕の内蔵火器なら自らの判断で撃てるのです。
「もしもの時は采女ちゃんをお願い。すぐ戻るから」
「タクミっ!」
私は嫌がるアヴリルを振り払って、後部出入り口から飛び出しました。
銃にLEDライトを押しつけて周囲を索敵します。
建設中のエントランスは瓦礫の隙間から光が差し込んでいるので、目を慣らせば十分な視界を確保できます。
奥に搬入口があるようですが、残念ながら散乱した建築資材で埋まっていました。
巨人さんはまだ上部ハッチを叩いています。
ドリットさんは見当たりません。おそらくどこかに芋っているのでしょう。
「今のうちに3点射!」
3発撃った小口径高速弾のうち1発が巨人さんの顔面に当たって、フェイスガード(?)が外れました。巨人さんが一瞬こちらを向きます。
「…………死体⁉」
中にはミイラ化した人間の死体が入っていました。
ボロボロの髪は長く、かつて女性であった事を窺わせます。
「なんて事を……!」
今さらながら、足がガクガクと震え出しました。
とっくにお亡くなりになっているとはいえ、人間を撃つなんて私にはできません。
「そうだ、下半身の車輪を……」
巨人さんは脚の代わりに木製の車輪を装備しています。
おそらく西洋の車輪刑をモチーフにしているのでしょう。車軸はもちろん柔らかい鉄製です。
ファイブセブンにはまだ25発もの弾丸が入っているので、連撃すれば完全破壊は無理でも、走行やバランス維持に支障が出るかもしれません。
こうなったら全弾撃ち込んでしまいましょう。
巨人さんさえ動かなくなれば、貧弱そうなリットさんくらい素手でも何とかなります。
アヴリルでも殴り倒せ……死んじゃいますねやめておきましょう。
幸いファイブセブンは反動が軽いので、ガンガン連射しちゃいます。
「壊れろっ! 壊れろっ! 壊れ…………わひゃあっ!」
ガンガン撃っていると、突然何かに右足を掴まれて、引きずり倒されてしまいました。
「さっきの亀さん⁉」
ボロボロになったスクラップ寸前の亀さんでした。
しかも片側が壊れているとはいえ【スペインの長靴】を装備しています。
「くうっ……あっ、んあぁっ!」
ギリギリと締め上げられて、思わずエロ漫画みたいな喘ぎ声を出してしまいました。
私はたまらず弾丸を何度も叩き込みます。
「はうっ……うむぅっ……」
亀さんが壊れて腕|(?)は千切れましたが、絡みついた拷問具は外れません。
それどころか衝撃で足首を痛めたようです。
私は持っていた銃を放り出して、拷問具を分解しようと上半身を起こします。
「これも死体……?」
ふと見ると、壊れた亀さんからネズミさんの残骸が零れ落ちていました。
ネズミさんには全身に針が打ち込まれています。
おそらく拷問されたのでしょう。
これで巨人さんにミイラさんが入っていた理由がわかりました。
ドリットさんは拷問死した人間や動物さんの亡骸を操っていたのです。
ゾッとしました。あのままおさげの風紀委員さんが攫われていたら、ミイラさん入りの巨人さんが1体増えていたかもしれないのです。
「お待ちしていましたよ子ネズミさん」
「!」
目の前にドリットさんが立っていました。
「あぶぅっ!」
ドリットさんに顔面を殴られて転がされます。
「やれやれ、簡単な陽動に引っかかってくれましたねぇ。素人さんは簡単で助かります」
「素人さんはあなたも同じぶぅっ!」
また殴られました。ドリットさんは私に馬乗りになって、転がっていたFNファイブセブンを拾って私の顔に向けました。
「銃器を顔に向けるのはマナー違反です!」
無言で殴られました。
「鉄のお嬢さん! 出て来ないと、こちらのお嬢さんに風穴が開きますよ!」
「出ちゃ駄目! どっちにしても私を殺す気よ!」
また殴られました。
ひょろひょろパンチは大して痛くありませんが悔しいです。
「嫌ですねぇ、すぐに殺したりはしませんよ。急所を外して、ゆっくりと痛めつけてあげるだけです。まずはこの大きすぎる胸に横からズドンと……」
あ、やっぱりそこですか。
これだから殿方は……。
私のルノーUEおっぱいに銃口を押しつけるドリットさんエッチです。
「待つのじゃ! すぐ出るからタクミを殺さないでたもれ!」
アブリルがブッシュマスターの壊れた後部ハッチから、よろよろと現れました。
左肩の九七式自動砲を失っているせいか、左右のバランスが悪くなっているようです。
「また大砲なんか出すんじゃありませんよ? 両手を上げて、ゆっくりと車から離れなさい!」
「わかった……のじゃ……ぐすっ」
こんな時に何ですが、ベソをかくアヴリルも可愛いです。
「鉛の案山子! その鉄屑の頭を潰しておしまいなさい!」
「ちょっと鉄屑は聞き捨てなりませんよ!」
「わぎゃぶっ!」
巨人さんの爪に捕らえられて、アヴリルは頭部をギリギリと締め上げられてしまいました。
「アヴリル!」
でもあの子の頭は金属製です。一部は軽量化のためにアルミ合金を使っていますが、鋼鉄製のフレームで全体の強度を維持するようにできているのです。
ただの鉄材にあっさり潰されるほどヤワではありません。
そもそもアヴリルは頭部を失っても死にませんし、痛くもないのです。
「ちっ……意外と頑丈ですね」
「あたり前です! お師さん渾身の傑作ですよ!」
腫れあがった顔でドリットさんを睨みつけます。ヒョロヒョロのドイツ人(推定)さんは私の気組みに押されたのか、一瞬目をそらしました。
――今、私のリムペットマイン(×2)おっぱいを見ましたね?
この隙を逃す訳には行きません。
私は目の前の銃を掴んで、リリースボタンを押して弾倉を落とし、テイクダウンレバーを回転させてスライドを引き抜きました。
「なあっ⁉」
ドリットさんは驚愕しました。
そう、そのお顔が見たかったんですよ!
「銃職工見習いをナメないでください!」
私は持っていたスライドを投げ捨てました。
これでもうファイブセブンは使えません。
「くっ、このおっ!」
ドリットさんはレシーバーだけになったFNファイブセブンを投げ捨てて、また私の顔を殴りつけました。
2発、3発。
一瞬気が遠くなりましたが、ここで意識を失ってはアヴリルの心臓を奪われてしまいます。
私は手元に転がっていたコンクリート片を掴んで……。
「わぶぅっ!」
ドリットさんがのけぞりました。
私はまだ殴っていません。アヴリルが発砲したのです。
アヴリルの左腕には10番ゲージ(19・5ミリ口径)の短銃身ショットガンが内蔵されていて、暴徒鎮圧用のビーンバッグ弾が3発装填されているのです。
「ふぉごおぉぉぉっ……」
小型のお手玉みたいな弾丸が脇腹に命中して、ドリットさんが悶絶します。
アヴリルは手首と連動したレバーアクション機構を使って、ガチャリと次弾を装填。
2発、3発と容赦なく撃ち込みます。
「あばぶぁおっ!」
ドリットさんは変な叫び声を上げながら、もんどりうって倒れてしまいました。
「全弾命中とはやりますねえ……」
私のクソエイムとは大違いです。今度コツとか教えて欲しいです。
ちなみに右腕には機関拳銃を装備していて、ゴム弾頭の弱装弾が15発装填されています。
バララララララララララララララッ‼
「あばばばぼぼぼぼぼぼべぶぅっ!」
哀れドリットさんはボロ雑巾になりました。
もちろん全弾命中です。
アヴリルは巨大な爪で前が見えないはずなのに、どうやって当てているのでしょう?
「……って、いけない、アヴリルを救けなきゃ」
這いずってアヴリルの元へと向かいます。
拷問具が嵌っている右脚に激痛が走ります。殴られた顔も腫れあがって来ました。
でもアヴリルが現在進行形でされている事は、こんなものではないのです。痛いくらいで四の五の言ってはいられません。
アヴリルは巨人さんに頭を掴まれたまま、鉄筋コンクリートの柱に押しつけられています。
可愛いお顔がどうなっているか心配です。まだ潰れてなければ良いのですが……。
「たどり着くまで、ちょっと時間がかかりそうですね」
……着いたとして、今の私に何ができるのでしょう?
巨人さんを止めるのはもちろん無理です。アブリルの方を何とかするしかありません。
「足を引っぱるのは……首がひっこ抜けちゃいますね」
アヴリルは頑丈なので首が簡単に抜けたりはしませんが、私が引っぱった程度で爪が外れてくれるとも思えません。
たとえ外れても、巨人さんが黙っていないでしょう。
「……引き抜いちゃっても良いのでは?」
頭部がなくてもアヴリルは死にません。
逆に考えるのです。あげちゃってもいいんだって。
巨人さんは『頭を潰せ』とだけ命令されているので、頭部だけ残して逃げれば……。
――いえ駄目です。右足の利かない今の私が、視覚と聴覚を失ったアヴリルを連れて逃げられる訳がありません。
それにいくら痛みがないといっても、目も耳もきかない状態が長く続くと、アヴリルの精神に多大なストレスを与えてしまうかもしれません。
「そうだ心臓!」
胸部ハッチを開いて、お胸の宝石を持ち逃げすれば良いのです。
お胸の火薬が切れただけで眠ってしまうのですから、宝石だけになったアヴリルに意識があるとは思えません。
これならストレスを与えずに持ち運べるのではないでしょうか?
アヴリルを連れて逃げるのは無理ですが、私一人なら何とかなります。
心臓だけ持って行って、後でお師さんに修繕して貰いましょう。
例えボディが全損しても、設計図があるので再生は可能です。
右胸の回転拳銃にもエメラルドの弾丸があるので、輪胴もついでに持って行きましょう。
「巨人さん、このままおとなしくお願いしますね」
アヴリルの足元にたどりついた私は、柱に掴まって立ち上がりました。
右足の激痛でうまく立てませんが、そこは拷問具をギプス代わりにして、ひたすら耐えます。
「アヴリル、お胸のハッチを開きますから、もうちょっとだけ我慢してくださいね」
その時アヴリルの左足が膝下から外れて、私の足元にゴトリと落ちました。
「ひゃんっ!」
ちょっとビックリです。
「まさか先ほどの修理にミスが……?」
いえいえ、さっき直したのは右膝です。
「何……これ?」
墜ちた左足はスライド式になっているのか脛が伸びていて、そこから引金と円盤がはみ出していました。
「……歯輪式の騎兵銃?」
ホイールロック銃は金属製の円盤を回転させて、その摩擦で火薬に着火させる、16世紀の先込め式滑腔銃です。
効率のいい点火方式ですが機構が複雑で故障が多く、値段も高価。
そのせいで火縄銃や火打石式銃に主役の座を奪われてしまった、過渡期の銃なのです。
「これを使うの?」
アヴリルは答えません。
「うん……しょっと」
わたしは座って柱に背を預け、歯輪銃を持ち上げました。
靴を脱がせて土踏まずを肩に当て、巨人さんの壊れた顔面に向かって構えます。
「ええと、こんな時は何て言うんでしたっけ?」
確かB級映画とかで、ラスボスを倒す時に言う定番のセリフがあったはずです。
ガンッ! ガズッ! バキバキッ!
プシャーッ!
アヴリルの頭から水が噴き出しました。
眼球を洗う涙腺タンクが潰れたのです。
頭部はもう全交換ですね。痛ましい限りです。
「お師さんが精魂込めて作った可愛いお顔が……!」
ここからではよく見えませんが、きっと見るも無惨な有様になっているでしょう。
私は若狭くんに怒りや憎しみの感情が薄いとよく言われますが、命より大切な妹のお顔を潰されて、黙っていられるほど聖人君子ではありません。
私の銃はアヴリルを守るために存在するのです。
そうそう思い出しました。一番陳腐でチープな、あのセリフです。
「くたばれバケモノッ!」
トリガーを引き絞ると、ふくらはぎのホイールが回転して火花を散らしました。
パァウゥゥゥンッ! と発射音がエントランスに反響して、肩に強烈な反動が襲いました。
「キャッ!」
衝撃でコンクリートむき出しの柱に叩きつけられます。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRッッッ‼」
撃った弾丸は巨人さんの顔面にすっぽりと入り込んで、後頭部から盛大に火花と閃光を噴き出しました。
「HEAT弾⁉」
成形炸薬弾は中の炸薬が漏斗状に凹んでいる特殊な弾頭で、命中すると先端から高温・高圧の金属噴流が高速で噴き出すモンロー効果と、ジェットがレンズ状に収束するノイマン効果で、装甲を瞬時に一点突破してしまう対戦車兵器です。
第二次大戦時に登場したものですが、現代でも現役で活躍しているロングセラーかつベストセラー兵器なのです。
普通はロケットやミサイルの弾頭に使われる炸薬ですが……。
「ホイールロック銃にカップ式の小銃擲弾(ライフルグレネードで対戦車擲弾ですか……」
恐れ入りました。お師さんはやっぱりあたまおかしいです(褒め言葉)。
巨人さんは頭部を吹き飛ばされ、轟音と共に倒れました。
しかも都合よくアヴリルを手放しています。
「アヴリル!」
墜ちて倒れたアヴリルは上半身を起こして、まぶたの壊れた左目で私を見ます。
側頭部のカバーと顎のジョイントが外れて、右の目玉も失われていました。
あちこちから汚れたオイルが漏れ出して……もうグシャグシャです。
髪の毛も半分くらい消失しています。
何だか涙がこみ上げて来ました。
「ごめんね守れなくて……帰ったらお師さんに直してもらおうね」
私は立っていられなくなって、アヴリルの隣に座りこんでしまいました。
さっきのグレネードで右肩を痛めたようです。
小銃擲弾は空砲で大型の弾丸を撃ち出す仕組みで、ロケットや無反動砲と違って発射ガスの膨張力を全て擲弾の射出に使う構造なので、反動がものすごくキツいのです。
そもそも小銃擲弾は、銃床を地面に立てて撃つのが正しい使用法なのです。肩の骨を砕かれなかったのは幸運でした。
「アヴリル……生きてる? 動ける? 痛くない?」
アヴリルを抱きしめて、壊れた頭を撫で回します。
倒れた巨人さんは中のミイラさんが燃え出したのか、パチパチと周囲を照らしながら黒煙を噴いていました。
貫通したHEAT弾のメタルジェットが天井を焦がして、今にも崩れそうな危険な状態です。
その時、立ち昇る煙が、もくもくと人型に変わり始めました。
「おんなのひと……?」
モノクロだった人型はだんだん色づいて、金髪の成人女性になりました。
ひょっとして、巨人さんの中にいたミイラさんの幽霊さんでしょうか?
女の人は申し訳なさそうな顔をして私たちに無言の挨拶をすると、倒れたドリットさんに近づいて腰を下ろします。
「A…ch…………er!? …………Ic…………t s……ne Pe…………Hoc……it…st!」
ドリットさんは目を覚ましたのか、白人女性さんと何か話をしているようです。
「奥さんか恋人さんでしょうか……?」
まさかドリットさん、誤解で痴話喧嘩のあげく拷問して殺しちゃいましたとか言わないでしょうね?
「……Ic…………auf……u…m…………!」
ドリットさんは泣いています。
お2人に何があったのかは知りませんし、ドイツ語(推定)なので何を話しているかもわかりませんが、どうやら仲直りできたご様子です。
奥さん(推定)がこちらを向いて、にっこりと笑いました。
「あっ……ちょっと待っていえ逃げてーっ!」
助ける時間も体力もありませんでした。
天井から大量の瓦礫がガラガラと崩れ落ちて、2人とも埋まってしまったのです。
「なんて事……!」
あれで助かるとは思えません。
元々幽霊さんな煙の人さんはともかく、ドリットさんはお亡くなりになっているでしょう。
天井が崩れた原因は、もちろん私が撃った対戦車敵弾です。
何て事でしょう。日本人で高校生なのに、キルマークをこさえてしまったのです。
要するに私は、人殺しになってしまったのです。
「正当防衛と過失致死でも、殺人は殺人ですよね……」
ブゥ~ン……。
天井に開いた穴から、ライトをぶら下げたドローンが入って来ました。
「眩し……っ」
思わずアヴリルを抱きしめる力が強くなります。
その時、ドガンッ! という音がして、大型トラックの天井に開いた穴からデンガン先輩が飛び出しました。
「3人とも生きてるか! 車輪野郎はどこだ!」
手遅れにも程がありますが、血まみれになったデンガン先輩の両拳を見てしまったら文句も言えません。
きっとトラックの後部扉を素手でぶち破ったのでしょう。
教都の多重結界を通過した時に、巨人さんの衝突にも耐えた、頑丈な鋼鉄の扉をです。
「GO! GO! GO!」
デンガン先輩の後ろから、特殊部隊さんたちがなだれ込んで来ます。
「我らの大いなる乳を守れ!」
「ウルトラの乳はどこだ⁉」
特殊部隊さんたちは特殊な変態さん集団だったようです。
登場した時は頼もしく見えたのに、どんどん印象が悪くなって行きます。
「ああ、これは助かりましたね……」
生命はともかく私のリトル・デーヴィッドおっぱいがピンチな気がしますが、何はともあれステージ全クリです。素人同士のgdgdな戦いは幕を閉じたのです。
「……アヴリル?」
頬ずりをしようとしたら、お顔をそむけてしまいました。
グシャグシャになったお顔を見られたくないのでしょう。
「女心ですねぇ。でも逃がしませんっ!」
左腕でアヴリルを抱き寄せて、ベコベコになったおでこにチューをしました。
「これくらいで嫌いになったりしませんよ?」
私の愛は無条件で無制限かつ無限大なのです。
今度はほっぺにチューをします。
ガンオイルの味がしますが気にしません。
「むしろこのモジモジ感がたまりませんっ!」
チュッチュチュッチュ。
嫌がるアヴリルにチューするの楽しいです。
「帰ったら元通りに直して貰って、またチュッチュしましょうね~♡」
姿形で愛情が損なわれるなんて間違った認識は、改めなければいけません。
自分のせいで私が怪我をしたと思っているのなら、その考えは正さないといけません。
全身の痛みと疲労で意識が朦朧としますが、力の限りチューを続けます。
チュッチュチュッチュ、チュッチュチュッチュ……。
……気がついたら病院のベッドの上でした。