第3章・はじめてのおでかけ
◆第3章・はじめてのおでかけ◆
「拓美ちゃん、シリコンブラって知ってる?」
アヴリルが目覚めてから3日後の昼休み、若狭くんと一緒に高等部D棟の屋上でお昼ごはんを食べていた時の事でした。
私に女の子のお友達がいない訳じゃないですよ?
この学園は男女比が偏っているので、新入生女子の大半が彼氏を作ってしまいます。
軍隊と一緒で、女子なら例えゴリラさんでも男子高校生をゲットできてしまうのです。
なので同性のお友だちとご一緒にお昼ごはんを食べる女子は、あまりいません。
……ひょっとして私、売れ残ってます?
「知ってますよ。私には縁のない下着ですけどね」
シリコンブラはお胸に直接ペタッと張りつけるタイプの、シリコーン樹脂でできたブラジャーです。
シリコーン樹脂といってもスポンジ状なので、通気性も抜群です。
でも私の12000ポンド爆弾おっぱいを全く支えてくれない構造なので、カタログを見てはため息をつくばかりの、夢のブラジャーなのです。
「アヴリルってノーブラじゃん? あの子の整備をするたびに上半身をさらけ出すのって、さすがに風紀に反すると思うんだ」
若狭くんは力説のあまり、持っていたメロンパンを握り潰してしまいました。
「勿体ないので、ちゃんと食べるんですよ」
それにしても若狭くんって、どこからそんな情報を仕入れて来るのでしょう?
「まさか自分で着けるとか? 男の娘……じゅるり」
「何か言った?」
「いえなんにも」
「とにかく、アヴリルの胸部ハッチって観音開きだし、普通のブラジャーは難しいと思うんだ」
たとえフロントホックのブラジャーを着けたとしても、ハッチの開閉時に肩ひもやサイドベルトが引っかかったり挟まったりして邪魔になります。
だからお師さんも諦めて、アヴリルは10年もの間ノーブラのまま過ごして来たのです。
「でもね、シリコンブラは肩ひもがないオフショルダーで、サイドベルトもない。シリコーン樹脂の粘着力でシールみたいに貼りつける、特殊なブラジャーなんだ」
潰れたメロンパンを口に押し込んで、いちご牛乳で一気に飲み込む若狭くんです。
ちなみに若狭くんは滅多にストローを使いません。500ミリリットル入りの紙パックに直接口をつけて、漢8おとこ)らしく豪快にガブガブと飲むのです。
いちご牛乳が漢らしいかはさておき、これはこれでアリだと思います。
「だから2つのパッドの間にあるフロントホックを外すだけで、ブラを着けたままハッチを開閉できるんだ。アヴリルってブラ着けるの下手そうだしね」
性教育から敵前逃亡した学園長さんの事ですし、ブラジャーの着け方まで教えたとは思えません。 アヴリルはショーツを自力で(椅子に座って)履いていましたが、私はブリーフの履き方を基にしているのではないかと疑っています。
「いいですね。試してみる価値はありそうです」
それに乳首のないお胸は、デザイン的にもちょっと寂しい気がします。
なるほどブラジャーは、あの子のアクセサリーとしてうってつけかもしれません。
可愛い子の可愛いお胸には可愛い下着を可愛く着ける。それが宇宙の真理であり、宇宙の愛というものではないでしょうか?
「問題は、シリコーン樹脂がアヴリルのお肌に吸着するとは限らないって事ですね。お店で試着してみないと」
下着を通販で済まそうなんて、とんでもない話です。何度も苦汁を舐めさせされた私が言うのですから間違いありません。
「そう、だから善は急げ! 授業が終わったらエデゥアール銃砲店に直行して、アヴリルを連れ出そうよ! いつまでも家に篭ってたら錆びついちゃうかもしれないよ!」
この3日間、アヴリルは工房の巻き上げ機に吊り下げられた状態で、ずっと歩く練習を重ねて来たのです。
上達は早く、今ではチェーンなしでも歩けるようになりました。私と若狭くんが一緒なら階段の上り下りだってできるのです。
ちなみに肺を兼ねた胃袋は未完成で、先日作った応急品を継続使用中です。
火薬袋では水漏れや食べ物の臭いが染みつく可能性があるので、内側を樹脂でコーティングする事になりました。現在、校内の専門家に委託中だそうです。
おまけにお師さんがお口に防水加工を施していないのを思い出して、ガンオイルの人体への危険性から、キス禁止令まで出てしまいました。
おかげで私はともかく、アヴリルのおヘソは曲りっ放しです。
「もうメールでエドゥアール先生の許可は取ってるよ。先生の名前で領収証を貰って来いってさ」
何という手回しの良さ。これが美少年のコミュ力というものでしょうか?
「で、拓美ちゃんは、どんなブラがいいの?」
液晶画面に通販サイトを表示したスマホを突き出す若狭くんです。
「調べてみたら結構いろいろあるんだ。フリルつきやスポーツタイプもあるね。ロリコン男は白が好きって相場が決まってるけど、拓美ちゃんはブルーグリーンのストライプがいいの?」
「若狭くんって、そーゆーの人前で出して平気なんですか?」
画面にでかでかと女性用下着が映し出されています。
「僕が着ける訳じゃないし、平気だよ?」
着けないんですか残念無念です。
「で、アヴリルってどんな色が好きなの?」
「それば、あの子にもわからないんじゃないですか? 好き嫌いなんてまだないでしょうし」
生まれたばかりですからね。
「だったら拓美ちゃんの好みで選ぶしかないね。大丈夫かなあ……?」
何を心配してるんですかねこの子は。
「まさか、お店で一緒に選ぼうなんて言いませんよね?」
人手が必要なので若狭くんについて来て欲しいのはやまやまですが、ランジェリーショップに殿方|(しかも美少年)を入れるのは……考えるだけでゾクゾクします。
「言わないよ。でも拓美ちゃんの事だから、何の予備知識もなしに行く気だったんじゃない?」
その通りです。行ってから考えるつもりでした。
「だから今のうちに好みを教えろって言ってるの。何色がいい? オリーブドラブ? ジャーマングレー? まさかデジタル迷彩がいいなんて言わないよね?」
「どうしてミリタリー一色なんです! 若狭くんは私を何だと思ってるんですか⁉」
「ロリコンでショタコンでジジコンでミリオタ銃器バカの変態腐女子」
ロリコンでショタコンでジジコンでミリオタ銃器バカの腐女子しか合ってません!
「もしかしてステンレスブラがいいの? あれって前世紀の遺物だよ?」
「あれ以上装甲厚くしてどーするんですか!」
アヴリルの胸部装甲には戦車にも使われる均質圧延鋼が用いられているのです。7・62ミリまでなら徹甲弾の直撃にも耐えると、お師さんが自慢してました。
ちょっとした装甲車なみの防御力です。大戦中のドイツ戦車兵さんたちが使っていた【昼飯の角度】や【豚飯の角度】(浅い角度で砲弾を弾く防御テクニック)を使えば、12・7ミリ弾だって跳ね返すかもしれません。
「お前ら何でジャーブラなんか見てんだ? まさか一緒に買いに行くのか?」
いつの間にか京野くんが湧いてました。
「デートの約束か? 結局お前らつき合ってんじゃねーかヒューヒュー!」
普通なら怒ったり恥ずかしがったりするのでしょうが、京野くんが可愛らしく両手をパタパタさせているのを見ていたら……何だか萎えました癒されました。
「いや、つき合ってないから」
「私のブラ選んでる訳じゃないです」
冷めた目で『それはない』のジェスチャーをすると、動きが若狭くんと完全にシンクロしてました。
「奈乃ったら邪魔しちゃダメだよ。あっちでお弁当食べようね~」
鷹塚さんが、ひょいと京野くんを抱き上げます。
「話し中にゴメンね。あ~んしようとしたら奈乃が逃げ出しちゃって」
「人前であ~んなんてできるか! 俺は男だぞ!」
鷹塚さんは女の子ですし京野くんは男の子なんですから、どこも間違ってませんよ?
「ピーマン食べないからだよ。あとセロリと人参も」
それは殿方でなくても恥ずかしいと思います。
「こうなったら意地でも食べさせるからね。おば様にも頼まれてるんだから」
「うわこら人前でお姫さま抱っこはやめろおおぉぉぉ~~~~~~~~~~っ!」
ドップラー効果を残して去って行くお2人さんでした。
昭和のパトカーですかあの子は。
「アヴリルにはああなって欲しくないよね」
「大丈夫です。こちらにはお師さんのフランス料理があります」
「自分で作るって言わないのがミソだね」
機会があったら、料理も教えて欲しいです……。
「でもあの子、絶対拓美ちゃんの真似するよ? 拓美ちゃんってブロッコリーは好きなのに、カリフラワーは駄目じゃない」
好き嫌いで駄々をこねるアヴリル……可愛いけど最悪です。
「善処します……」
※
そんな訳で放課後になると、私たちはアヴリルをお買い物に連れて行くために、中央大路にあるエドゥアール銃砲店へと急ぎます。
銃砲店に着くと、扉には閉店の札がありました。
この建物に引っ越した日に、お師さんにもらった合鍵(キャーッ♡)で中に入ります。
これは裏口やアヴリルの部屋にも入れる鍵束で、エドゥアール家の跡取り候補として、お師さんに全面的な信頼を受けている証なのです。
店内に入って隣のガレージを確認すると、お師さんがスクラップをレストアして電動車に魔改造したルノーの4Fがありません。
どうやら外出中みたいです。ちょっとガッカリです。
そんな訳で独り寂しく階段を降りて、地下工房の奥にあるアヴリルの部屋へと向かいます。
「ただいまアヴリル。入りますよ?」
ノックしてドアを開けると、アヴリルはいつもの黒いゴスロリ衣装に身を包んで、いつもの椅子に座ってテレビを観ていました。
画面に映っているのはお子様向けの情操教育番組です。液晶画面には2~3才の可愛らしい幼児幼女(♡)がモッコリした衣装を着て、真ん中で踊っている幼いお姉さんと犬の着ぐるみを無視してはしゃぎ回り、せっせとセットの破壊工作に勤しんでいます。
部屋に入るとアヴリルはテレビから目を離して、椅子から立ち上がって勢いよく抱きついて来ました。
「おおタクミ、待っておったぞ!」
「むごっ!」
返事はできませんでした。
「そなたが学校に行かねばならぬのは仕方のない事じゃが、半日も会えぬでは寂しゅうてかなわぬ!」
アヴリルは加減してくれているのですが、その大質量はまるで抑えきれていません。
タックルによる強烈な慣性ベクトルは、私がその体格にものを言わせて力の限りふんばって受け止めないといけないのです。
私のローリングボムおっぱい(×2)はクッションとしてまるで役に立たず、スニーカーが床を擦って金切り声を上ました。
アヴリルは私のMe323おっぱいに顔を押しつけて、子猫のように頬ずりをしています。
こすりつけられる小さなお鼻の感触が、すっごく気持ちいいです。
「待たせてごめんんね。私も寂しかったよ~♡」
抱きしめて頭をなでくり回します。
アヴリルは見た目こそ可憐な少女の姿をしていますが、目覚めてまだ数日しか経っていないので性格や仕草が少し……いえ、かなり幼い感じです。
体の大きな幼児みたいですえへへ。
「タクミ、お帰りなさいの接吻をしてたもれ! 頬だけではイヤじゃ。唇はもちろん、顔中いっぱいにしてたもれ!」
やたらとキスを迫るのは、おませさんなのか子供っぽいのか。でも大好物です。
「いえキスはお師さんに禁止されてるのでダメです。それ以外なら……」
アヴリルの口内はグリスとガンオイルが塗布されているので、人体に害があるのです。
でも当の本人はオイル臭なんて平気みたいです。
自分の口臭が気にならないのはよくある事ですが、それはそれで女の子的に問題アリな気がします。
「ならばビズじゃ! 頬ならば問題あるまい!」
スイスやフランスには、異性同性を問わず頬に何度もキスをする、ビズという挨拶の 習慣があるのです。もちろん親密な関係で行われます。
アヴリルは私の顔を見上げ、目を閉じてビズをせがみます。
「そ、そうですよね。ホペチューならいいですよね? お風呂でオイル落としてますし」
自分に言い訳してみました。
「それではお言葉に甘えまして……」
私はアヴリルの頭をそっとなでて、その白くてプニプニのほっぺたに……。
「拓美ちゃん、僕もいるって忘れてるでしょ」
若狭くんでした。
「そういえばご一緒でしたねこのお邪魔虫さんは」
「お邪魔虫で悪うござんしたね。でも今日はアヴリルを街に連れ出すんでしょ? あんまり時間ないし、ちゃちゃっと準備しないと!」
「それではちゃっちゃとお着替えするので、若狭くんは出てってください」
部屋から蹴り出しました。
ホペチューは逃しましたが、本日のハイライトはこれからです。
「さ~て、脱ぎ脱ぎのお時間ですよ~♡」
「そう言いながらなぜ抱きつく……わひゃふひゃ~~~~っ!」
ワンフレームでドレスを脱がして、お師さんが通販で買った白いワンピースのサマードレスを被せました。抱きついたのは背中のジッパーを開けるのと、アヴリルを反射的にふんばらせて脱がしやすくする口実ゲフンゲフン。
「わあっ、やっぱり可愛い!」
お師さんは『日本の通販にはロクな服がない』と零してましたが、なかなか捨てたものではありません。
「ほ、本当かのう?」
「ホントホント。すっごくいいですよ!」
アヴリルの足どりがおぼつきません。
いつも厚手で丈夫そうなドレスに身を包んでいるので、急に薄地のワンピースを着せられて不安なのでしょう。
艦載機を失った空母みたいです。
「そうそう、これも着けなきゃね」
頭のヘッドドレスを外して、緑のカチューシャを着けました。
「よし、完璧!」
美少女ライトアーマーの爆誕です! これはもう抱きしめるしかありません!
でも、その前に……
「アヴリル、ちょっと信地旋回してみて」
「しん……なんじゃそれは?」
あらしまった、つい軍事オタクの業が出てしまいました。
「片足を軸にして、くるっと回るの」
私はくるりとお手本を示します。
「お、おおっ」
アヴリルは不安定ながらも、その場で一回転してくれました。スカートが大輪の花のように、ふわりと広がります。
「かわかわかかかわかわわわかかわかわかかわわいいいぃぃぃいいいぃぃっっっっ!!!!」
萌えつきるほどヒートしちゃいますッッ‼
「ど……どうじゃ、似合うておるかの?」
アヴリルは恥じらいながら、スカートの裾でお顔を隠しました。
おヘソと木綿のパンツをまる出しにして……。
「ぱふぅわぷぅ~っ☆」
鼻血を推力増強装置して垂直離陸しちゃうかと思いました。
「どうしたのじゃ?」
「い、いえ……あまりの感動に言葉が出ません」
「良かったのじゃ。タクミに気に入ってもらえて妾も嬉しいぞ」
ゆっくりと歩み寄って、お顔を近づけるアヴリルです。
ひょっとしてビズして欲しいのでしょうか?
「2人だけで楽しまないでよ! 早くしないと帰りが遅くなって、エドゥアール先生が心配するよ!」
ドンドンと扉を叩いて、私たちのムフフ時空に割り込む若狭くんです。
「もう着替え終わってるんでしょ? 入るよ!」
若狭くんがドアを開けて突入して来ました。
「ワカサ、そなたは妾とタクミの邪魔ばかりするのう。何か怨みでもあるのか?」
アヴリルはご立腹です。
頬を風船みたいにぷっくりと膨らませて……。
メチャクチャ可愛いですギュ~したいですっ!
「いつまでもイチャイチャされると日が暮れるんだよ! あと街中でラブシーンは厳禁! ここだって一応校内なんだから、慎みを持たないとね!」
そうでした。ラブシーンはともかく、仮にもここは学校の敷地内。外でもこんな調子でいたら目立ちまくって仕方ありません。
18歳以下は不純異性交遊厳禁(同性は適用外ですけどね♡)って校則もありますし、ここはおとなしく若狭くんに従いましょう。
「そうですね、では行きましょうアヴリル。お外に出るのは初めてでしょう?」
一緒に見に行きましょう、外の世界へ。
「……何の話じゃ? お出かけするのか?」
なんて事でしょう。お着換えに夢中で、お買い物の話をするのをすっかり忘れていたのです。
「ええ、これからブラ……まあ理由は道すがら話しましょう」
若狭くんがドアの脇に立って、ゆっくりと歩くアヴリルを送り出します。
「街へ、行くのよ」
※
中央街の外にある繁華街は少し遠いのですが、幸いアヴリルは肉体的な疲れを知りません。そして学園特区には自動運転車か半自動制御の電気自動車しか存在しないので、交通事故の心配もありません。
循環バスを利用すれば、今から行っても夕方には帰れると思います。
もちろん順調に行けばの話ですが……。
「アヴリル、あれは自動車という乗り物です。怖がる必要はありませんよ?」
お店のカウンターに置き手紙を残して、私たちは今、中央大路の歩道を進んでいます。
初めて屋外に出たアヴリルは、まず南方特有の熱い日差しに驚き、次に道路を走る電気自動車を見て怖がりました。
生まれてこのかたずっと屋内にいたので、無理もありません。
「じ、自動車くらい知っておる! じゃが、あんなに大きくて速いとは思わなんだ……きゃあまた来た!」
アヴリルは私の腕にしがみついて震えています。
「タクミたちはよくこんなところを歩けるの! 妾は怖くて怖くてたまらぬのじゃ!」
「それは可愛い、もとい可哀想だとは思いますが……ちょっと痛いです」
体温がないのでひんやりして気持ちいいのですが、トラックが脇を通るたびに飛び上がるので、私の腕は今にも引っこ抜けそうです。
「そ、それはすまぬのじゃ!」
「もうちょっと手加減してくださいね」
私の腕に集中する事で、せめて自動車から気を逸らせれば良いのですが……。
学園の教育施設が集中している【教都】と呼ばれる中央街とその周辺では、事故防止のために救急車や消防車等の緊急車両を除けば、最高時速40キロの速度制限が設けられています。ですがそんなスピードでも、歩くのが精一杯のアヴリルには未知の速度領域なのでしょう。
その上学園特区は狭いので、自家用車はあまり使われていません。
輸送用の中型トラックや通学バス(低額)、そして教都の外周を巡る路面電車|(無料)が、この島の主な交通手段なのです。
人間よりも大きな移動物体を見るのは、アヴリルにとって今日が初めてです。
テレビで見るのと実物では大違いなので、怖がるのも当然かもしれません。
生まれつき臆病に作られている(推測)せいもあるでしょう。
「肝心のアヴリルがこれじゃ、バスに乗るどころじゃないね。そこのベンチで休む?」
中央大路は生徒が昼食などを購入する購買通りでもあるので、歩道には購入したパンやお弁当を食べるためのベンチがたくさん設置されているのです。
「そうですね。ちょっとだけ休憩しましょう」
私たちは空いているベンチに座って、アヴリルが自動車に慣れるまで待つ事にしました。
休まないと私の肩が脱臼しそうです。
「自動車に慣れるまで、バスはお預けですね」
「まだ震えてるね。やっぱりまだお出かけは早かったかな?」
公園デビューから始めるべきだったかもしれません。ちょっと心配になって来ました。
ベンチに腰掛けたアヴリルは、まだ私の腕の中で縮こまっています。
もちろん抱きしめてるんですよ? 役得は当然の権利です。
「室内だけで訓練したのは間違いでしたね。ご近所でお散歩くらいはすべきでした」
人目を避けて室内で練習したのが裏目に出たようです。
ここは工房に戻って、後日改めて出直すべきかもしれません。
ああでも震えるアヴリルも超絶可愛いです……♡
「やだあの子可愛い!」「お人形さんみたい~♡」「今年のミスコンは盛り上がりそうだ」
通りすがりの生徒さんたちが私たちを見て騒いでいます。
どうです可愛いでしょう! 綺麗でしょう! 羨ましいでしょう!
こんな素敵な子が、私の妹になるんですよ!
「あっ、バス来た」
若狭くんが指差す先には、私たちが乗るはずだった学生寮街行きのバスがありました。
下校時には最大で4台並ぶバスの行列も、今は2台に減っています。
私たちがもたもたしている間にラッシュが過ぎたようです。
「ひゃうぅぅぅ……」
アヴリルは初めて見る大型バスの迫力に震え上がって、とうとう私の80センチ列車砲(右がグスタフで左がドーラ)おっぱいにお顔を埋めてしまいました。
「どうやら今回は撤収ですね……」
目の前でバスが停車して、学生さんたちを吐き出しては飲み込んで行きます。
私たちはそれを、ただ見ているだけでした。
「お、おお……っ?」
アヴリルが次々と乗車する生徒さんたちを見て唸りました。
「タクミ……あれ、乗れるのか?」
震えはもう止まっています。
「妾もあれに乗りたいのじゃ! 早う行くのじゃ!」
テンションまで戻っていました。私の腕をぐいぐい引っぱって、バスに乗り込もうとしています。
「ま、まあ話が早くて助かるけど」
「まったく可愛いったらありゃしません♡」
周囲の影響でバスに乗りたがるなんて、やっぱりアヴリルは子供みたいです。
「2人とも早うせんとバスが行ってしまうぞ! もっと急ぐのじゃ!」
現金にもほどがあります。
そこがまた可愛いんですけど。
※
頑強な塁壁に囲まれた【教都】の南門を出て、繁華街北口の停留所でバスを降りると、目的地はすぐそこです。
屋根つきのメインストリートは歩行者天国なので、自動車や自転車の通行はありません。
「おおっ、人がたくさんおるぞ! みんなタクミやワカサと同じ服を着ておるのじゃ!」
今にも飛び跳ねそうな興奮ぶりです。
大学部以外の生徒は、教都の中でこそ制服の着用が義務づけられていますが、外側にある繁華街は、規定の範囲外となっています。それでも制服を着ている生徒が多いのは、学校帰りに寄り道をする生徒が多いからでしょう。
七宝鏡学園高等部の学生服は、男子がYシャツとネービーブルーのズボン、女子は男子のズボンと同色のセーラー服で、襟に白いラインが入っています。中・高・大学部の制服はデザインがある程度統一されているものの、それぞれ色や細かい仕様が異なっていて、スカーフの色で学年と所属学科がわかるようになっているのです。
中等部の女子は白地の上着に、紺色の襟とスカート。男子は紺のズボン。
大学部の女子は黒地に白襟、男子は黒ズボン(ただし校章さえあれば私服も可)。
しかも制服には水と油と汚れを弾き、厚手で丈夫なのに通気性が良く、しかも燃えにくい難燃性素材が使われています。
高温多湿な土地柄もあって、昼間は制服で過ごす生徒がほとんどです。
男子女子を問わずポーチのついた革製の太いベルトが巻かれ、全体的にポケットの数が多いのも特徴です。工業系の学園なので、工具や小物をたくさん持ち歩けるように工夫されているのでしょう。
この利便性の良さも、制服着用者が多い理由の一つでした。
「看板が色めいて目眩がしそうじゃ! ここは面白いのう! おおっ、あれは何じゃ⁉」
全天候型のアーケードに光る看板、ショーウィンドゥに並ぶ商品見本。
何を見るのも生まれて初めてのアヴリルにとって、この街はまさに宝の山です。
「何じゃこれは? 独楽に変な輪がついておるぞ?」
「宇宙ゴマです。ジャイロ効果で台座を斜めにしても安定して……って、これってジャイロそのものですよね?」
昭和のおもちゃ屋ですかここは。
ひょっとしたらロケット工学を専攻してる大学生が、部品に使っているのかもしれません
「あれは何じゃ? 紙の箱が歩いておるぞ!」
ダンボール箱から機械の脚が生えた二足歩行ロボットが動いています。
「ロボット工学研の実演らしいですね。中身はすごく高度っぽいのに、どうして外装はダンボールなんでしょう?」
伝説の傭兵さんでも再現しているのでしょうか?
「タクミ、あれは……」
ギター弾きの高校生がいました。自作のエレキで演奏していると信じたいです。
「あれは……」
「メイド喫茶まであるんですか!」
店の前で英国式メイドさんがビラ配りしています。
だんだん工業系から離れて来ました。
いえいえ、まだ学園で作った新型ミシンでメイド服を縫製した可能性が残っています。もしかしたら服飾系の学部や部活があるのかもしれません。
「あれは?」
長身の男性が、小さな女の子を高い高いしていました。
――違いました。鷹塚さんが嫌がる京野くんを高い高いしています。
「……迂回しよう」
若狭くんナイス提案!
「賛成! 戦術的転進です!」
「お主らは何の話を……おひゃっ⁉」
私と若狭くんは左右からアヴリルの腕を取って、そそくさとその場を後にします。
ふり向くと、京野くんを抱きしめる鷹塚さんと目が合いました。
ウインクされました。
さすがは鷹塚さん、気づいていたようです。
『巧くやれよ』と言われた気がします。
とりあえず海軍式の敬礼で返答。
そちらも巧くやってくださいね、と。
※
そこには色とりどりの女性用下着が並ぶランジェリーショップがありました。
この学園の生徒はあまり私服を着る機会がないので、女子のファッションは必然的に寝巻きとランジェリー、そしてアクセサリーが中心となります。
そのせいか女性用下着専門店は常に商売繁盛で、店舗が広くて商品も多彩なのです。
「おおっ、カラフルな店じゃのう! 2人とも早う入ろうぞ!」
若狭くんまでドピンク一色なお店に入れとおっしゃいますか姫様むごいです!
「ほれワカサ、何をぐずぐずしておるのじゃ! どこか具合でも悪いのか?」
「いや、男が入るのはさすがに無理でしょ」
結界が張ってある的なパントマイムをする若狭くんです。ギャグが古いです。
「ふふ~ん、やっぱり殿方は近づけないみたいですねえ」
ここには見えないマジノ線が張ってあるのです。スカスカなのにベルギーを制圧しないと進入できない暗黙のルールがあるのです。
「それじゃ、ここは若狭くんを置いて、私たちだけでお買い物しましょ♡」
アヴリルを後から抱きしめて、ふわふわの金髪に頬ずりします。
「わかった、僕はここで待ってる」
若狭くんはここで玉砕するそうです。
わかってて言ってるんでしょうか?
店内だけじゃなくて、ここも死地なんですよ?
「では行って参るのじゃ。ワカサはそこで待っていてたもれ」
「あとで後悔しないように、焦らずゆっくり選ぶのよ」
「できれば早く戻って欲しいけどね」
確かに殿方がランジェリーショップの前で待つのは拷問です。
どこぞの陸軍参謀みたいに、お気軽に死守しろなんて言えません。
「では、1時間後にここで合流しましょう」
若狭くんはここがデッドゾーンだと気づいていないので、さりげなく助け船を出してあげましょう。
「1時間? ちょっと長くない?」
「女子のお買い物ってそんなものですよ? アヴリルにとって初めての下着選びなんですから、それくらい普通です」
「うんまあ、女にはいろいろあるだろうね」
「あっちにネットカフェがあります。用が済んだらスマホで連絡するのはどうですか?」
「わかった」と頷く若狭くん。
「ただし1時間だからね! 5分前に連絡入れて、延長なら料金はそっち持ちだからね!」
「はいはいわかりました。ちゃんとメールしますよ」
「アヴリルの着せ替えが楽しいからって、僕の事忘れないでよ!」
そう言って若狭くんは、逃げるようにそそくさと立ち去りました。
さて、これでアヴリルは私の独り占めですねハァハァ。
「それでは下着店へ、レッツ吶喊!」
※
「おおっ……これは……すごいのう……」
色とりどりの店内に、言葉を失いそうなアヴリルです。
「お花畑みたいですね」
城下町にはランジェリーショップが1軒しかないので、店舗は広くて大勢の女生徒が押しかけています。
神之寝島は亜熱帯なので、女生徒は下着を買って、カバンに複数枚常備しているのです。箪笥の引出しを全て下着で埋めないと、ここでは暮らして行けないのです。
「いらっしゃいませ。お客様、当店は初めてでございますか?」
眼鏡をかけたアルバイトの大学生さんが声をかけて来ました。
学園指定の制服を着ていますが、エプロンと名札で店員さんとわかるようになっています。
「そうです。この子につけるブラジャーなんですが……」
「サイズの計測ですね? ではこちらに」
バイト歴が長いのか、すぐに未計測と気づいたようです。
さすが話が早くて助かります…………じゃない!
「わ、私が計りますから……」
アヴリルを中等部の生徒と思ったようです。
「いえいえ、ここは私にお任せください」
店員さんは私たちに全く触れずに無理やり計測室に連れて行こうと誘導します。
だから乳首つけようって言ったんですお師さん!
「わきゃっ!」
急に動いたので、危うくアヴリルが転びそうになりました。
「も、申し訳ありませんお客様」
「すみません。この子ちょっと足が悪いんです」
テキトーな言い訳をしました。
「そうでしたか。それなら計測室よりバックルームの方がよろしいですね。椅子をご用意いたしますので、こちらへどうぞ」
返って状況が悪化しました。
「あ、あのですねちょっと……」
「大丈夫です。今なら誰もいません」
半ば強引に連れて行かれました。
店員さんは事務室のドアを閉めると、パイプ椅子にアヴリルを座らせて……。
「お客さま、ワンピースを下ろしていただけますか?」
「わかったのじゃ」
ズバッと脱ぎました。
「そんなあっさり!」
小さな乳首のないお胸が晒されます。
「お客さま……???」
「あ、あのこれは……」
絶体絶命です。年貢の納め時です。
「…………申し訳ございません。大変失礼をいたしました」
あらら?
「当店はお客さまの情報は絶対厳守となっております」
ええ……うんまあ、考えてみればそんなもんですよね。
お胸のハッチさえ開けなければ、病気か何かだと思われるのが普通ですよね。
「本当ですか? 絶対秘密にしといてくださいよ?」
「もちろんです。秘密順守は、当店はもちろん学園の基本方針ですから」
店員さんは大学部の先輩で誠実そうですし、ここは全面的に信頼すべきかもしれません。
「……でも、これじゃトップバストの正確なサイズが測れませんよね」
あらかじめ工房で、つけ乳首でも使ってサイズを計測しておくべきだったかもしれません。準備不足が悔やまれます。
「それならお任せください! こんな時のために私たち店員がいるのです!」
店員さんは腕まくりをして、巻尺を引き伸ばしました。そのままヒュンヒュンと振り回し、新体操のリボンみたいにくるくる回しています。
女神さまです! ランジェリーの女神さまのご降臨です!
しかもメガネの女神さまです!
「この道6年のキャリアにかけて、お客様にピッタリなブラジャーを選んでさしあげます!」
※
「お買い上げありがとうございましたー!」
たっぷりと買い込んでしまいました。
レースつきとレースなし、スポーツタイプを各2着ずつ。そしてアヴリルお気に入りの、黒くてピンクのフリルつきが1着。もちろん全部シリコンブラです。
眼鏡の店員さんがバックルームに持って来たものから選んだので、当然ながらサイズはピッタリで、おそらく着け心地も抜群でしょう。
その上ショーツも揃えたので、お師さんに提示された金額|(私が立て替えました)を全額使い切ってしまいました。
消費税込みで合計金額が予算ピッタリなんて……。
「あの店員さん、かなりのやり手でしたね。いろんな意味で」
でも良いお買い物をしました。
ショーツはアヴリルのゴスロリ服に合わせたフリルやレースつき、ちょっとおしゃまなスキャンティー、そして真っ白な女児用コットンショーツを数着ずつ。
女児用ショーツはもちろん私が履かせたくて買いました。絶対似合います(鼻息)。
「うむ、これはなかなか良いのじゃ!」
さっそくお気に入りのブラジャーを着けて、ご満悦8まんえつ)のアヴリルです。
「それでは若狭くんにメールを……あら?」
ふと見ると、目の前に大きな大きなブラジャーが……。
「こっ、これは……っ!」
それはまさに、下着界のP1500でした。
肩ひもは軍用小銃のショルダースリングを思わせる幅広仕様で、お肌と肩の筋肉を守るパッドつき。しかもメッシュ多用で通気性も良さそうです。
カップには強化繊維が重厚に張り巡らされていて、重苦しいおっぱいを力強く引き上げてくれそうです。
おまけにカラーリングはウクライナ空軍式の洋上迷彩。
怪物です! これを作った人は、一体どんな暗黒面に墜ちているのでしょう!
「これは……即買いです!」
トーチカに忍び寄る自走爆雷Fd・Kfz・303みたいに、そっと手を伸ばします。
「あっ!」
先を越されてしまいました。
「……ん? ああすまん」
見上げると私よりさらに背の高い女生徒が、膝まで届く長い黒髪をなびかせていました。
「君が取ろうとしていたのか」
その人はぶ厚い眼鏡をかけていて、黒地のセーラー服から大学部の先輩さんとわかります。
ただし学園指定の制服と違って、あちこち改造が施されています。
上半身は学校指定のセーラー服ですが、スカートの丈が脛まで伸びていて、武道家が着る道着の袴のようです。
シルエットだけなら昔のスケバンに見えなくもありません。
腰には機能性を重視したジャーマングレーの太い軍用ベルトを巻いて、火打ち石式と思われる短筒(前装式のピストル)と、鎧通し(突きを重視した日本式のサバイバルナイフ)が差してあります。背には和弓の入った袋と、矢を収納する空穂も担いでいました。
おまけにはち切れんばかりの爆乳で、和風セーラー服から今にもこぼれ落ちそうです。
まさかこの場に、私と同口径のおっぱいの持ち主がいるなんて……!
そして左腕には【風点】と書かれた、水色に白文字の腕章がありました。
「武風点……!」
東京都神之寝島特別自治区立七宝鏡学園統合生徒会所属・特別自治区内風紀点検委員局は、警察官がほとんどいない学園特区の治安と秩序を守る校則|(特区条例)の執行者です。
局員は捜査権と逮捕権を持っていますし、特に銃器・刀剣類を携帯している武装風紀点検委員は【武風点】と呼ばれ、時には犯罪者の射殺すら厭わない、本物の武装集団なのです。
しかも改造制服の風紀委員さんといえば、特殊部隊か特殊技能者と相場が決まっています。
「すごく……大きいです……」
身の丈が190センチ近くありそうです。
同じブラを取ろうとしていたって事は私のAn-225おっぱいと同サイズって事で、それでいて私より身長が高いって事は……スタイルが……。
はいはいそーですよっ!
どーせ私はデブですよっ!
「これは君が持って行きたまえ」
「いいんですか? でもこれ、凄く良さそうですよ?」
武風点さんだって、アレでいろいろ苦労してそうですし。
「私は色違いをたくさん持っているから大丈夫だ」
うわやっぱり買い溜めしてるんですか!
その気持ち、すっごくわかります!
「しかも色違いが、たくさん……?」
ウッドランド迷彩でしょうか? ダックハント? それともまさか、バルカン迷彩?
「ワルシャワ条約機構迷彩もあるぞ」
レインドロップパターンまであるなんて!
「素晴らしすぎますっ!」
あたまおかしい(褒め言葉)にも程があります!
「実はな、このシリーズは私が無理を言って入荷してもらっているんだ」
道理でこのブラジャーだけサイズが飛び抜けてると思いました!
でもそれって、私たち以外に燃料気化爆弾おっぱいの持ち主がいないって事ですよね……。
「それなら、なおさらダメじゃないですか!」
「いや、愛用者が2人に増えると店に頼みやすい。通販では扱っていないからな」
「あっ、なるほど……」
「このブラはいいぞ? どんなに動いても垂れず伸びず疲れず擦れず、決して型崩れしない究極のキングサイズブラジャーだ。一度これを着けたら、もう他のブラは使えん」
「そんなに凄いんですか⁉」
「訓練の匍匐前進でもビクともしなかった。おかげで有刺鉄線を潜れなくて苦労したがね」
「まさに怖いものなしですっ!」
「だからこれを布教しているのだが……どうやら校内でこのブラを着けられるのは私たちだけらしい」
やっぱりいないんですか教職員さんにもいないんですね。
「……ありがとうございます。これ、大切に使いますね」
「いや、むしろ乱暴に扱ってくれ。こいつは寿命が異様に長いから、定期的に買ってくれないと店に入荷を増やして貰えないのだ」
「大丈夫ですよ。いくら頑丈でも、どうせ半年ともちません」
このサイズのブラジャーは入手困難なので、なかなか数を揃えられません。
そのせいでローテーションを組んでも、すぐに使い物にならなくなってしまいます。
こすれて色あせたり、ブラひもがブチッと切れたり大変なのです。
授業中に切れると、日暮れまでメガトンおっぱいを両腕で抱え続けるハメになってしまいます。
私たちのおっぱいは、常にブラジャー界の飢島を彷徨っているのです。
「こいつの強度はAK並だぞ?」
「うひゃあ……」
不死身じゃないですかそれ。
でもAKを例に出すあたり、私のミリオタ趣味はとっくに看破されちゃってるんですね。
同類相哀れむかと思ったら、類友でもあったようです。
「では買う時に入荷をお願いしておきますね。と、その前に……」
ポーチからスマホを出して、武風点さんに差し出しました。
「アドレス交換しませんか? お互いその……同じ悩みとかありそうですし」
趣味とか身長とか、超弩級おっぱいの事とか……。
「うむ、それはいい考えだ」
そう言って、武風点さんもガラケーを取り出しました。
「私は大学部民俗学学科2年の四条大路碑女。碑女と呼んでくれ」
「はい碑女先輩。私は高等部1年D3組の八板拓美です」
赤外線通信でデータを交換します。
「妾はアヴリル・卯月・エドゥアールじゃ!」
今まで後ろに隠れていたアヴリルが、私の腕とおっぱいの間からひょっこりお顔を出しました。
思わず頭をナデナデしてしまいます。
「そうか、連れがいたのか。ひょっとしてエドゥアール先生のご息女か?」
「そうじゃ! よろしく頼むのじゃ!」
どうやらアヴリルの事を知っているようです。風紀点検委員さんなので、学園長さんから何かしらの連絡が行っているのかもしれません。
「今日はこの子の下着を買いに来たんです」
でも風紀委員さんとはいえ、アヴリルの事をどこまで知っているのかわかりません。
民俗学科なので学園長さんの教え子さんかもしれませんが、アヴリルの話はあまりしない方が良さそうです。
と、そこで手に持っていたスマホが震え出しました。
「あらまあ大変! 若狭くんの事、すっかり忘れてました!」
もう約束の1時間はとっくに過ぎています。きっとネットカフェの中で、かんかんに怒っているに違いありません。
「すみません、従弟が外で待っているので失礼します!」
「拓美君、それを持って出たら万引きで逮捕するぞ?」
左手に怪物ブラジャーを握ったままでした。
「きゃあ忘れてた! レジ、レジに行かなきゃ!」
あわてて会計待ちの列に向かいます。
順番待ちをしながら碑女先輩を見ると、アヴリルの頭を両手でナデナデしてました。
それどころか笑いながら球状艦首(双胴)おっぱいに没乳させています。
「ずるい先輩! それ私の役目です!」
※
「時間かかりすぎ! 連絡くらいよこしてよ!」
ネットカフェの前に行くと、御立腹の若狭くんが待っていました。
「ゴメンゴメン」
全面的に私が悪いので平身低頭平謝りです。
もちろん超過料金は私が払いました。
「ちょっと風紀委員さんと話し込んじゃって」
「風紀委員?」
「しかも武風点さんです」
「それじゃ仕方ないね……って、話し込むなよ待ってたんだから!」
公権力のご威光では誤魔化せませんでした。
「でも、おかげですごいブラジャー見つけちゃいました!」
「ぶ、ブラジャー⁉」
「私のです。見ます?」
「い……いや、いいよ別に」
頬を赤らめる若狭くんマジやばい可愛いですハァハァ。
「ところで帰りはアーケード北口に戻りますか? それとも……」
「まさか南口に行くの?」
ここは城下町の中間地点なので、北上しても南下しても、バス停までの距離は一緒なのです。
「今なら港で夕日が拝めるかも」
「そっか、アヴリルは海見るの初めてだもんね」
「アヴリルも見たいですよね?」
「……………………」
返事がありません。
「アヴリル?」
何やら足元がフラフラしています。
「……くらくらして気持ち悪いのじゃ」
「ひょっとして看板見て酔っちゃったの?」
アヴリルの眼球には狙撃スコープ用の対物レンズが組み込まれています。
それも一枚ではありません。望遠レンズのように何枚も重なっているのです。
お師さんの事ですから、最高級のレンズを惜しげもなく使用しているに違いありません。
「まさか、視野が明るすぎたとか……?」
アヴリルの眼球に網膜8もうまく)はないので、視覚そのものは学園長さんのお呪いによるものです。
おそらく人形用の眼球パーツや義眼の使用を前提としているに違いありません。
まさか眼球をハンドメイドで、しかもレンズの数枚重ねなんて、学園長さんも想定していないでしょう。
凝り性のお師さんの事ですから、倍率の切り替えすら可能かもしれません。
そんな600万ドルな構造でも焦点が合ってしまう、お師さんの工作技術凄いです。
そして環境の変化も原因です。
工房には目に優しいLED照明と白熱電球しかありませんが、繁華街は違います。
普通の人間でも目眩がしそうなデジタル看板やイルミネーションがひしめき合い、磨き上げられたコンクリートの床が照明を反射するのです。
おまけに周囲に人間や動く物体が多いので、動体視力も必要になるでしょう。
外出初心者のアヴリルに、ネオン煌めく繁華街はキツすぎたのです。
「そうか、城下町に入ってすぐにアヴリルがはしゃいだ原因はこれか」
「もっと早く気づくべきでしたね」
視覚の彩度も高すぎるのかもしれません。
普通の人間でも瞳孔が全開になると、色彩感覚が極限まで上がって、身近な風景でも感動するほど美しく見えるそうです。
アヴリルも同じ状態なら、世界の全てが宝石箱も同然でしょう。
これは幸運なのか、不幸なのか……。
「こりゃしばらく動けないね。拓美ちゃん、まだ先生に連絡つかないの?」
「さっきから何度も試してるんですけど……一応メールも送ってみますね」
「場合によっては先生の車が必要になるかもしれない」
学園特区にタクシーは存在しません。外来者向けのハイヤーならありますが、高額なので利用する生徒は滅多にいないのです。
何よりアヴリルの体重では乗用車に乗ると車体が傾いて、色々とバレてしまいそうです。
「今日はちょっと負担をかけすぎたみたいですね……」
いくら肉体的な疲れを感じないといっても、気疲れや視覚・聴覚の疲労は考慮すべきでした。
かなり興奮していましたから、それだけでもかなりの気力を消耗しているはずです。
「とりあえず裏に行こう。ここじゃ目立つし、先生の車も入って来れないよ」
「そうですね。裏路地にもお店はありますし、どこか休める場所を探しましょう」
「アヴリル、歩ける?」
「……うむぅ、行けるのじゃ……」
だいぶ弱っているようです。
裏路地に入って少し行くと、喫茶店がありました。
「閉まってますね」
「でもほら、前にベンチがあるよ」
「ほらベンチですよ。座れますか?」
「ふにゃ……うんとこ……しょっと」
ちょっとババ臭いです。
2人がかりで何とか座らせて、私たちはその両脇に腰かけました。
「むしろ閉店日で良かったかもしれませんね」
アイスコーヒーの一杯でも飲みたい気分ですが、飲食のできないアヴリルの前でグビグビプファー五臓六腑に染み渡るぜぇ~なんてできません。
「とりあえず30分待とう。先生の連絡がなくても、その頃には回復してるかもしれないし」
バス停に行けるだけでも快復すれば、後はどうとでもなります。
問題は、これがアヴリルのトラウマになりかねないって事です。
外の世界を見せようと外出したのに、逆に恐怖を植えつけてしまったら……?
今、アヴリルは私の腕の中で眠っています。
私のBLU‐82おっぱいにお顔を埋めて……。
「アヴリルは大丈夫。きっと嫌な事より楽しさが勝ってるよ」
若狭くんも同じ心配をしていたようです。
「そうですね。でも今回は失敗したと思います」
「でも無駄じゃなかった。問題点がわかっただけでも収穫だと思う」
もう日暮れ時なのか、周囲が薄暗くなって来ました。
「次はお師さんもご一緒の方が良いかもしれませんね」
「それもいいけど、いずれは2人っきりで行ってよ。デートなんだから」
「デートじゃありません! 私は女子……」
その時、ねっとりした空気の壁に衝突したような抵抗を感じました。
同時にパリーン! と、ガラスの割れるような音が……。
「なっ、何ですか今の⁉」
「スチームサウナみたいな……何だ?」
空気のネットリ感は、すでに消えています。
でも、まだ何かがおかしい気がします。
肌がチリチリと危機感を訴えています。
「結界……じゃ……。それも何枚も重ねがけしてお……っぷ」
さすがのアヴリルも目を覚ましたようです。
「今のがわかるの?」
民俗学者で魔術師でもある学園長さんの娘さんです。何かしらのオカルト知識があっても不思議ではありません。
「人払いの結界……内向けと……外向け……よからぬ魔力も……」
どうやら周囲でまずい事が起きているようです。
アヴリルの言わんとする事は何となく理解できますが、マジモンのオカルトなんて、漫画やアニメで得た知識だけでどうこうできる問題ではありません。
「破ってしもうた……結界……」
「ええっ⁉」
私たちはベンチに座っていたので、結界の方が移動していたのかもしれません。
そしてただの一般市民である私と若狭くんに、人払いのお呪いなんて破れる訳がありません。
おそらくアヴリルが持つ何かが、結界を壊してしまったのでしょう。
魔術的な効果をはね返す超●磁バリアーみたいなのを、パリーンと。
……パリーンなんて、陳腐な効果音を使ってますね。
でもこんな場所に魔術っぽい仕掛けがあるって事は……
「ここにいるのはヤバいと思う。逃げよう」
「そうですね、そんな気がします」
こんな裏路地でオカルトさんが何をしているかなんて知りませんが、きっとろくでもない理由に決まってます。
ひょっとしたら学園長さんやその関係者さんたちが作った結界かもしれませんが、それはそれでバレたら怒られる気がします。
オカルトで変態さんな犯罪者さんだったら最悪です。いろんな意味で絶対に鉢合わせしたくないです。
幸い結界は破れてるそうですし、今ならまだ脱出できるかもしれません。
「きゃっ!」
私のスマホが震えて、着メロが流れ出しました。
「びっくりしました……お師さんからですね」
昔のB級ホラー映画にありがちなフェイントです。
「これでお迎えをお願いできますね」
震える手でスマホをタップします。
「もしもしお師さん、今……」
『どこにいる⁉ まだ繁華街か? アヴリルは無事か⁉』
「裏路地の喫茶店前です。アヴリルの調子が悪くて結界がどうのって……」
『何でもいいからとにかく教都に戻……いや待て、手近な風紀委員を護衛に送るらしい。特殊部隊も出動しとるからそこで待っとれ。位置は生徒会がGPSで特定する』
大事になっているようです。
HPの情報では、学園長さんはもう特区に帰っているらしいので、そちらの指示があったのかもしれません。
「移動するの?」と若狭くん。
「ここで待機です。すぐに風紀委員が迎えに来るそうです」
スマホから目を離して周囲を見渡します。
「護衛がどうとか言ってました」
「風紀委員の護衛? それってあれじゃない?」
2つ向こうの角から、こちらに向かって手を振りながら走って来る人がいます。
制服とスカーフの色からして、私たちと同じ高等部の1年生さんでしょう。
三つ編みおさげとリンゴのほっぺが初々しい、可愛らしい女の子です。
【風紀】と書かれた緑色の腕章に紺色の防弾防刃ベスト、そして腰には特殊警棒。
【武装】がつかない方の風紀点検委員さんで、島内のパトロールを主任務とする、いわゆるお巡りさんです。婦警さんです。
「連絡にあった3名を発見しました! 確保して後続の到着を……」
インカムで本部と通信している風紀委員さんですが、その報告は最後まで続きませんでした。
後ろに何かいます。
※
それは、身の丈が3メートル以上もある、真っ黒な巨人さんでした。
もちろん人間ではありません。明らかに人型とは異なるシルエットをしていて、昔のお子様向けアニメに登場する悪役ロボットみたいです。
「何だありゃ……?」
「いかにも悪者っぽいデザインですね」
『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR…』
「見た目通り悪役っぽい唸り声です!」
金属性のボディーからして機械仕掛けかと思いましたが、モーターや油圧シリンダーの類が一切見えません。
足の代わりに木製の車輪がついている事といい、明らかにメカトロニクスやエレクトロニクスで動くロボットではありません。エンジンや電気モーターの作動音が聞こえないのです。
私はそんな非科学的な存在を、他にも知っています。
アヴリルです。あの巨人さんはこの子と同じ、魔術の業で動いているに違いありません。
金属製の胴体はエジプトのミイラさんを入れる棺に似ていますが、デザインが西洋的です。
昔、図書館で借りた拷問関係の本で見た事があります。聖母マリア様を象った【鉄の処女】という実用性ゼロの拷問具です。
右腕には巨大な洋梨の形をした棍棒のような物体がついていました。
【苦悶の梨】という拷問具だと思いますが、オリジナルよりはるかに巨大です。
あんなもので殴られたら、人間なんてグシャグシャにされてしまうでしょう。
左腕は縦向きの万力みたいな形をしています。種類と機能はわかりませんが、拷問具に決まってます。
そしてその万力が、風紀委員さんの頭部を捕らえました。
「……あぎゃっ⁉」
風紀委員さんは頭を万力みたいなもので挟まれて、ギリギリと締め上げられてしまいました。片側が巨大な手錠みたいになっていて、風紀委員さんの首に絡めて上下から頭部を押さえつけているのです。
「なんて事を……っ!」
歯茎から血を流して呻く風紀委員さんです。
「ぐ……ぐぎぎぎぎぎいっ! ぎいいっ! ぶっ、うぶゔゔゔぅゔゔっ!」
上下から顎と頭頂部を締め上げられて、喋りたくても喋れません。15禁級のゴア表現です。
「頭蓋骨粉砕器……!」
これも本で読んだ拷問具の一つです。
頭頂部と顎を固定して締め上げる、教会の異端審問官が使う変態さん御用達の器械です。これを填められた人間は、まず顎の骨が砕け、次に歯が折れて、目玉が飛び出します。
さらに締めた頭部を軽く叩くと、脳に直接衝撃が伝わって……。
……最後には頭蓋骨が粉砕されて、18禁級のゴア表現になります。
「拷問具でできた、お人形さん……?」
そしてあれは、人間を拷問して愉しんでいるのです。
「拓美ちゃん! あいつの足元に誰かいる!」
若狭くんが首謀者らしき人物を捕捉しました。
あの巨人さんを指揮、もしくは遠隔操作しているのでしょうか?
「おやおや、結界が破れたと思ったら、子ネズミが迷い込んでいましたか」
現れたのは白いスーツを着た、痩身の成人男性でした。
髪はサンディブロンドで銀縁眼鏡をかけています。どう見ても日本人ではありません。
「日本語を話してる……?」
外国人で犯罪者でも、言葉が通じるなら交渉次第で人質を開放できるかもしれません。
少なくとも後続の特殊部隊さんたちが来るまで、時間稼ぎくらいはできるはずです。
「あなた方が何者かは知りませんが……丁度いい、獲物が増えるのは大歓迎です!」
あ、やっぱり?
「日本語はともかく、人語が通用するとは思えませんね……」
「話し合いは無理そうだね」
本来なら『その人を開放してください』とか言うべきなのでしょうが、この手の殿方にそんな寝言が通じるとは思えません。
大仰に両手を広げて悪役っぽく支配者のポーズをキメている変態さんが、人の話を聞いてくれる訳がないのです。
「アヴリルはまだ走れないし、逃げるのは無理だね。ぶっとばすしかないよ」
若狭くんも覚悟を決めています。私も不思議と恐怖を感じませんでした。
アヴリルが目覚めてからというもの、非現実的な日常が続いたせいかもしれません。
「そうですね。アヴリル、一番大きな銃をお願いします!」
力を持つ相手との話し合いは、武器を向け合って初めて成立するものです。
幸いこちらにも武器はあります……アヴリルの中に。
「まだ気持ち悪いでしょうけど頑張ってください。人命が懸かっているんです」
「……わかったのじゃ」
アヴリルはベンチから離れると、フラフラしながらも片膝立ちになりました。
そしてワンピースから露出した左肩が横にスライドすると、彼女の心臓であるエメラルドの光がパーツの隙間から漏れ出して、周囲をぼんやりと照らします。
そして開いた肩甲骨から、長くて大きな鉄の塊がニョキニョキと生え伸びました。
「うわ、おっきい……!」
それは巨大なライフル銃でした。
アヴリルの横方向に伸びた左肩に鋼鉄製の銃架が据えられていて、その上に超重量級のライフルが鎮座しています。
膝立ちのアヴリルは、たちまちバズーカを構えたアメリカ陸軍兵みたいな格好になりました。
そのライフル銃は私やアヴリルの身長よりも長く太く、機関部には辞書より大きな弾倉が上向きについています。
これはネットで見た記憶があります。
ノモンハン事件で大日本帝国陸軍が使っていた二十粍口径のガス圧作動式半自動対戦車狙撃銃、九七式自動砲です。
「これ銃じゃないですよ! 大砲です!」
小さなアヴリルのどこに入ってたのでしょう⁉
魔法ですか? 魔法なんですか⁉
「ま……まずかったかの?」
「……いえ、これでいいです、むしろ好都合です。いいセンスですよ!」
確か九七式自動砲には……。
「おやおや、銃は子供の玩具ではありませんよ? ほら、そんなものはしまって、おとなしく私の玩具に……」
巨人さんと眼鏡の変態さんが、ゆっくりと前進を始めました。
距離は20メートル弱。これならガバエイムの私でも十分当てられます。
――ではタクミ君、お前さんは何のために撃つ?
お師さんのお言葉を思い出しました。
そして今なら躊躇なく答えられます。
大切な妹を守るためです!
「アヴリル、弾倉の中身は何⁉」
梃子式の装填レバーをガッチャンと引いて、膝立ちで構えて狙いを定めました。
光学照準具ではなく通常の照準器ですが、至近距離ならこれで十分です。
「徹、榴、徹、徹、榴、徹、徹じゃ!」
「了解! んっ、重い……っ!」
九七式自動砲は弾薬込みで65・52キロも重量があるのです。銃床にも銃杷がついていて、これを左手で持ち上げないと動かせません。
道理で重いと思ったら、こんなトンデモ砲を搭載してたんですね……。
「撃ちます! ふんばって!」
「任せるのじゃ!」
ドバンッともの凄い銃声、もとい砲声と衝撃波が轟きました。
「うひゃぁっ!」
轟音に驚いた若狭くんが尻もちをつきます。
「何ですとぉ~~~~っ⁉」
強烈な光が目の前の巨人さんのそばを通り、風圧と衝撃波が変態さんの頭髪を滅茶苦茶にかき混ぜて夜空に消えました。
ライフルの排莢口から空薬莢が勢い良く排出され、アヴリルの金髪をなびかせます。
栄養ドリンク並のサイズを持つ極太の空薬莢が右後方に勢いよく飛び出して、アスファルトの路面に落ちてコォーンと金属音を響かせました。
「銃職工見習いをナメないでください!」
弾丸は20ミリ口径にもなると、弾頭も特殊なものが使われます。
九七式自動砲の実弾には対戦車用の曳光徹甲弾と対特火点用の曳光榴弾があって、後部から爆薬の燃焼によるジェットを噴出し、派手な光跡を残すのです。
ちなみにアヴリルの言っていた【徹】と【榴】は、弾倉内に装填されている曳光徹甲弾と曳光榴弾の順番です。
普通は弾種の変更を弾倉の交換で行うものですが、お師さんは戦闘時のシチュエーションを考慮して、曳光徹甲弾と曳光榴弾を、おおむね交互に装填したのでしょう。戦闘機の機関砲などで使われる装填法です。
「ところで己で言っておいて何じゃが、徹やら榴だの、何の事やらさっぱりわからぬ」
「いえまあ……後で話します」
目覚めてからのアヴリルは整備の時、やれディスコネクターの調子が悪いだの、ほれガス・ロッキング機構に油が足りなくて痒いだのと、指示が細かくて注文も多いのです。
あくまで推測ですが、アヴリルは自身を構成するパーツの名前を把握しているのでしょう。
学園長さんが教えたとは思えませんし、お師さんに教える術はありません。
どうやって部品の名称を知るのかはわかりませんが、おそらく故障した時のために、自己診断機能のようなものがあるのではないでしょうか?
ただし装填されている弾薬の名前はわかっても、その弾丸がどんな効果をもたらすかまでは知らないようです。
「大砲ですと⁉ 何で学校にそんなものが? 貴様、その少女……いや、その人形は一体⁉」
変態さんは狙い通り、ケタ違いの威力に狼狽しています。
でも今の私には、変態さんが何を言っているのか聞こえませんでした。イヤープロテクターをしていないので、発射音と衝撃波で耳がおかしくなってしまったのです。
聴覚が馬鹿になって周囲の音が途絶え、キンキンと耳鳴りがします。
ふと隣を見ると、驚いた若狭くんが、腰を抜かして座り込んでいました。
漏らさなかったのは、さすが男の子です(期待した訳じゃないですよ?)。
でも、あんなに大きなライフルを撃ったのに、衝撃はともかく反動がほとんどありませんでした。
自動砲の駐退機と膝立ちのアヴリルが頑張って堪えてくれたのです。
「まったく、本当にいい子なんですから……」
思わず頭をなでくり回してしまいます。
「嬉し……もっ……のじゃ」
アヴリルは嬉しそうに何か言っていますが、耳鳴りで半分も聴き取れないのが残念です。
どうやら発射された弾丸は私の狙い通りに飛んでくれたようです。
巨人さんと変態さんを擦して、そのまま光の筋を描いて黄昏空へと消えて行きました。
弾丸の衝撃波が人質を揺らします。風紀委員さんは悲鳴を上げていますが、狙い通り大事には至らなかったようです。
「あとは野となれ山となれ……ですよね?」
口径が7・62ミリのライフル銃でも、発射された弾丸は軽く4~5キロは飛びます。
20ミリ砲弾の重量と発射速度なら、さらに飛距離は伸びるでしょう。
自動砲は南側を向いているので、私が撃った弾丸は放物線を描いて海に落ちるはずです。
たとえそこに船があったとしても、有効射程を越えて運動エネルギーを失った流れ弾が、不運な船舶に致命的なダメージを与える可能性はないでしょう。船員さんにあたる確率は、ほぼゼロです。
「初弾が徹甲弾で良かった……」
榴弾は何かに当たると爆発するので怖くて使えません。九七式自動砲の弾種に徹甲榴弾が存在しなかったのは幸いでした。
さて、こちらの戦力も見せましたので交渉を始めましょう。
「人質を放してください! でないと二十粍徹甲弾が巨人さんごと貴方を貫きます!」
次弾は榴弾なのですが、変態さんが知る訳もありません。
そもそもこの手のライフル弾に炸薬が入っているなんて、マニアくらいしか知らないものです。
「そ、そんな事をしたら人質もただでは済みませんよ! あなた方こそ素直に降参して、おとなしく私の拷問を受けなさい!」
あ、聴覚戻ってる。
でも変態さんは、まだ冷静さと拷問への執着を失っていないようです。
「おとなしく拷問を受けろって何ですか! いざとなったら、こちらは一撃で貴方を巨人さんごとバラバラにできるんですよ⁉ バカなんですか死ぬんですか⁉」
今の砲撃で、さすがの変態さんもビビッたようです。
このまま膠着状態を維持すれば、今の砲声を聞いた風紀委員さんたちが殺到するでしょう。
いくら変態さんでも、そろそろこちらの時間稼ぎに気づいて、逃げる算段を考え始めるのではないでしょうか?
でも逃げられるのはともかく、風紀委員さんが連れて行かれるのはまずいです。設備の整った秘密の地下室とかで、本格的に拷問されてしまうかもしれません。
何せ相手は変態さんなので、R18展開くらい、ばっちこいではないしょうか?
「誰が降参なんてしますか! こちらには他にも守るべき人たちがいるんです! 4人死ぬより1人の方がマシなんですから比べものになんてなりません! 必要な犠牲というものです!」
幸い若狭くんは、腰を抜かして【守られるべき人】を演出してくれています。
こんな時はハッタリをかまして、相手に考える時間を与えないのがベターではないでしょうか?
「あ、すみません。犠牲者は変態さんを含めて2人でした」
時間稼ぎなのに時間を与えない。矛盾した作戦ですが、今はこれでごり押しするしかありません。
素人の私には、これ以外に風紀委員さんの安全を確保する方法を思いつかないのです。
「この大砲は戦車の装甲だってぶち抜けます! 巨人さんの後ろに隠れても無駄ですよ!」
戦車と言っても、まだ装甲が薄かった第一次大戦のお話ですけどね。
「ちぃっ、厄介な子ネズミどもですね! 鉛の案山子!」
ブライ何とかと呼ばれた巨人さんが、風紀委員さんを私たちに向けて盾にしようとします。
「そんな事をしても、貴方の下半身を巨人さんの車輪ごとミンチにするだけです! ひょっとしたら人質さんはケガだけで済むかもしれませんしね!」
ちょっとずつ変態さんに不利を覚らせる手段に出てみました。
あまり頭のいい方法ではありませんが、頭悪いフリをするのも作戦のうちです。
変態さんはインテリさんっぽいので、脳みそ筋肉さんとの交渉は苦手じゃないかなぁ、と。
「繰り返します、人質を解放してください! そうすれば逃亡の猶予をあげます! 5秒だけ待ちます! 5、4、3、2、1……」
「わ……わかった、人質を離し……」
その時、巨人さんが突然咆哮を上げました
「ヴヲオオオオオオオオオオオオーーーーーッッ‼」。
巨人の目が赤い光を放ち、左手の女生徒を振り回して暴れ出します。
「ぐぎぎぎぎぎいいいいいいいい~~~~っ‼」
悲鳴を上げる風紀委員さんから何かが弾け飛んで、目の前に白い小さな物体が転がりました。
それは、へし折れた人間の……。
――人質の歯が砕け始めてる⁉
変態さんは何も命令していません。むしろ慌てています。
「何をしているのです鉛の案山子! 一体これは……⁉」
変態さんはアヴリルに目を向けました。
「翠の光⁉」
驚きの表情が歓喜のそれへと変わります。
「……そう、そんなところにあったのですね……」
そして歓喜が狂気へと移り変わって……。
「元・天使長にして魔王たる者の翠玉……」
「……ラピス・ユーダイクス‼」