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断章・その4

◆断章・その4◆


 俺の名はベルナルダン・バルニエール。32歳のイギリス人だ。

 数年前まで英国陸軍特別航空任務部隊(SAS)で曹長をやっていったが、訓練中の負傷で、杖なしには歩けない体になっちまった。

 俺は訓練教官を希望したが、上官が事務職ばかり持って来るのでやむなく退役。デスクワークは嫌いじゃねえが、毎日屋内にこもりっきりでは息がまっちまう。

 年金生活も悪くない、と思ったのは最初だけだった。

 それなら働いて体を動かそうかと思ったが、この足じゃ就職先が見つからねえ。

 事務職ならいくつかあったが、それでは退役を選んだ意味がねえ。軍に戻った方がマシってもんだ。

 そんな訳でスマホの就職斡旋あっせんサイトを眺めるだけの日々を送ってると、ちんけな古本屋でおかしな古雑誌を売っている叔父貴おじきから、とある好事家こうずかのサークルを紹介された。

 何てこったオカルト団体じゃねえか。

 この手のカルトは、ちょくちょく事件を起こしては俺たち特殊部隊に手間をかけさせやがる厄介な連中だ。ちょいと物足りねえが、長年の宿敵といえなくもねえ。

「いやいや、オカルトといっても物騒ぶっそうな団体ばかりじゃねえんだぜ?」

 言われてみれば俺たち軍や警察の目にまるのは、ごく一部のいわゆる|破壊的カルト団体、いわゆるセクトだけだ。それ以外は割と真っ当なのかもしれねえ。

 趣味の団体なら俺にも理解できる。こう見えてもコナン・ドイルやH・G・ウェルズのサイエンス・ロォマンスが大好きなんだ。

「何でも海外にいくつか支部を持ってるとかで、フリーで動ける通訳を探しているらしい。BBは中国語ができるって言ってたよな?」

 BBってのは俺のあだ名だ。軍の同僚どうりょうも含めて、身内はみんな俺をそう呼んでいる。

「ああ、北京語と日本語なら自信あるぜ?」

 仕事柄、本当はアイルランド語もできるんだが、俺がSASにいた事はお袋にも話しちゃいねえ秘密だ。もちろん叔父貴も知らねえ。

 北京語は学生時代に覚えたものだが、日本語は……とあるジャパニメーションがきっかけだ。

 俺が生まれる前に作られた手書きアニメだってのに、銃のスライドが後退して薬莢が飛び出すんだぜ? 麻薬Gメンが作ったって話は伊達じゃねえ。

 しかもotakuオタクな戦友が言うには、原語版は主演声優の怪演技がすごいらしい。

 俺は訓練と実戦の合間に独学で日本語を勉強した。語学に堪能たんのうでないと特殊部隊は務まらねえとはいえ、こんなに早く習得したのは初めてだ。

 おっと、話がそれちまったな。

 とにかく俺は叔父貴の話に乗って、オカルト団体の通訳として各国を飛び回る事になった。

 入ってみるとわかるが、以外とライトな組織だ。SASが今まで相手にして来た反社会的な団体と違って……何というか、要するにotakuの集団だった。

 国際的な大組織なのに気さくでフレンドリーな連中で、ディープなオカルティストとインチキUFOサイト専門のマニアとラヴクラフィティアンが談笑している光景すら見られる。

 占星術からデタラメUFO研究まで何でもアリ。楽しければ法と常識の許す限り表現方法を問わないという、otaku集団ならではの心意気がある。

 ささいな解釈の違いで口論を始めるホームズマニアシャーロキアンとは大違いだ(少なくとも俺の知ってる連中はそうだった)。

 なるほど、これなら複数の国に支部を持つほど大規模になるのもうなずける。otakuは国境をえるって話はマジらしい。

 だが、ここまで組織が大きくなると当然、不心得者も現れる。

 権力にとりかれ私欲に走り、地方支部を物騒なセクト団体にしようとする、テロ組織予備軍みたいな連中だ。

 もちろん最初からそのつもりで入会する馬鹿野郎も現れるし、組織を乗っ取ろうと画策かくさくするクズの団体もあるだろう。そもそもこの業界は陰謀いんぼう好きが多すぎる。

 さすがに運営もだまっていられなくなって、対抗部署を作ったらしい。

 俺はただの通訳で、SASにいた事を隠しているから詳しい事は知らねえが、元・警官や元・軍人とかプロのオカルティストなんかが、それぞれ調査や対処に追われてるって話だ。

 しかし対抗部署といっても所詮は少人数。特に通訳が足りなくなって、俺の所に話が回って来たって訳だ。

 台北タイペイ支部の内偵をやるとかで、北京語のできる人間が必要らしい。

 これは俺にとってもチャンスだった。

 この仕事でセクト団体の割り出しができれば、古巣のSASに情報を送れる。

 軍に復帰して希望の教官職を得る材料にしてもいいし、あわよくばMI5やMI6といった情報局からもお呼びがかかるかもしれねえ。

 教官職は欲しいが、スパイや工作員になるのも悪くねえな。

 壊れた脚を引きずって旅客機で台湾まで行くと、ドイツ人でドリットを名乗るキザなヒョロヒョロ野郎が待っていた。

 そいつはギリシャ語と日本語はペラペラだが、英語と北京語はダメらしい。俺はドイツ語がてんで駄目だったから、必然的に日本語で会話する事になった。

 ドリットの野郎が言うには、台北支部長は賄賂わいろと使い込みで大層ウハウハらしい。とっちめて警察につき出してやろうって話になった。

 野郎のコンテナから妙なロボットどもがわんさか現れた時は、正直おどろいた。エンジンもモーターもねえ器械が歩き回るんだぜ? オカルトってのも案外やるもんだ。

 野郎と2人っきりかと思ったら、結構な戦力があるじゃねえか。

 こうなったら面倒な手続きなんか必要ねえ。支部長をふん捕まえて、実力行使で洗いざらいかせようって計画になった。

 使い込みなんかする野郎は、意思が弱いと相場が決まってる。おあつらえ向きにロボットどもには拷問具ごうもんぐもついてるし、非正規手段は何だかんだで手っ取り早い。

 だがこのドリットって野郎は、捕縛ほばくの計画を何も思いつきやがらねえド素人だった。

 仕方ねえから俺が段取りを全部考えてやったんだ。野郎は目を丸くしていたが、元軍人って話しただけであっさり納得しやがった。まあ軍歴のない奴なんてそんなもんだ。

 カタはあっさりついた。支部長を誘拐して拷問ロボット軍団を見せたら、供述きょうじゅつどころか小便までれ流しやがった。

 だがドリットの野郎はご不満らしい。

 支部長に拷問具を見せた時の、あの殺気。

 こいつ、った事あるな?

 キナ臭くなって来やがった。

 俺に気取けどられたと奴が知ったら、あの拷問ロボットどもをけしかけるに(ちげ)えねえ。さっさと別れて帰国しちまおう。

 ――と思ったら、次の仕事が舞い込んで来やがった。

 日本で何かあったらしく、ドリットに調査の要請があったらしい。野郎の話ぶりからして、かなりの大事になっているようだ。

 ドリットは日本語が達者だが、人数合わせで俺も一緒って事になった。

 目的地は学校らしい。しかも島全体が学校になっているとかで、正規ルートでの潜入はちょいとむずかしそうだ。

 もちろんド素人のドリットに、不正規ルートの手配なんかできる訳がねえ。仕方ねえから俺が全部やってやった。

 キールンでカミノネジマ行きの小型コンテナ船に便乗びんじょうして、目的の島に乗り込む。

 そこまではうまく行ってたんだ。

 だが俺が港でトラックを調達している間にコンテナの中身を見られたとかで、ドリットの野郎が乗組員を皆殺しにしやがった。しかも現地の警備員に死体を発見されるオマケつきだ。

 野郎の目が狂気を帯び始めていた。これは下手に問い詰めると俺まで殺されかねねえ。

 ドリットを素手でくびり殺すのは簡単だ。すきを見て、ちょいとくびひねってやればいい。

 だがこいつを殺すと、後で警察の厄介になった時に面倒だ。

 それに、できればドリットの野郎だけ逮捕されるのが望ましい。俺だけ逃げる。

 とりあえず潜伏せんぷくだ。大型トラックの入れる無人の建設現場を見つけてのキャンプ生活。

 工事が中断されて無人になっている以上、俺たちがここにいるのは返って目立つ。

 監視カメラなどの警備装置は俺がハッキングで誤魔化したが、限界はある。

 そこでドリットの野郎が周囲に人払いの結界をほどこした。

 魔術を一切使わない視線誘導ミスディレクションや心理トリックを駆使くしした結界だとかで、島の警備員やオカルティストたちに気取られる心配はねえらしい。

 野郎と2人っきりなんてゴメンだから、偵察は俺がやった。幸い島には外国人が多いとかで、スーツ姿で杖をついていれば疑われる心配はねえ。

 日本人に日本語をしゃべれるる外国人を信用する傾向けいこうがあるのは助かる。あらかじめ日本円を用意していたのも役立った。

 さて、アジトが決まったら調査任務の再開だ。ドリットの野郎は後でどうにでもなるとして、依頼はきっちりこなしておきたい。

 何でもこの島は敷地の全てが学校らしく、その中央エリアは結界とやらでロボットどもが入れねえらしい。

 これは俺にとって好都合だ。素人でヒョロヒョロのドリットに、潜入捜査せんにゅうそうさなんて芸当ができる訳がねえ。

 ここは昔取った杵柄きねづか、この俺が1人で写真の1枚でもって来ようじゃねえか。

 建設現場にあったホワイトボードから企業名を数社割り出してハッキングすると、あきれた事に地下通路の地図どころか警備情報まで手に入った。

 まったくドリットの野郎のお花畑っぷりにはヘドが出るぜ。軍にいたくらいで本当にハッキングができると信じてやがる。

 ドリットの魔力探知で目標を特定し、地図と照らし合わせると、本部棟ビルの地下室と出た。

 後は俺の仕事だ。キョウトと呼ばれる校舎エリアに、建設現場の地下から潜入する。

 トンネルを進むうちに壊れた膝が悲鳴を上げ始めた。ちょいと歩きすぎたらしい。

 これはれるな。1週間は治まらねえだろう。

 帰ったら休みをもらってバカンスと洒落込しゃれこみたいもんだ。

「ドジんで国際指名手配されたら、中東にでも逃げるか」

 膝の炎症は寒いとキリキリ痛むし、雨が降るとシクシク泣き出す。

 それなら熱くて乾燥した砂漠地帯がいいに決まってる。アラビア語は苦手だが、その辺はまあ何とかなるだろう。

 もちろん任務を達成したら、ドリットの野郎なんかほっぽり出して島からオサラバだ。

 心配なのは年老いたお袋だが、しばらくは叔父貴に任せておくしかねえだろう。

 ほとぼりが冷めたら手紙でも送って、俺の隠れ家セーフハウスに移住させればいい。

「水密ハッチ?」

 本部棟の地下に繋がっているはずの扉を見ると、船舶や海上油田なんかに使われる水密ハッチがあった。開けると中にはもう1つ鋼鉄製の扉がある。

 どうやらこの地下道は、大雨対策で下水道にもなる仕掛けらしい。

かぎはチャチだな。泥棒けなら指紋認証にでもしろっての」

 監視カメラもねえし、この学園の防犯意識は低すぎる。

「ティンプルキーなら手持ちで何とかなるな。せめてアブロイキーにしとけよ」

 不用心にもほどがあるが、誰にも気づかれずに進入できるのはありがたい。

 この学園がどんな組織か、裏表があるかすらわからねえ以上、悪党は非合法イリーガルな行為に及んでいる俺の方だ。できれば誰も傷つけずに調査を完遂かんすいしたい。

 杖のグリップを外して、中のピッキングツールを抜き出す。やり方はグツグツやカチャカチャでホニャララなので秘密だ。

「隊にいたころはバッタリング・ラムでドカンと一発だったんだがな」

 バッタリング・ラムは取手のついた金属製の円筒で、ドアをブチ破るための装備だ。

 マスターキー(一粒弾スラッグショット装填そうてんした散弾銃ショットガン)を使うのも手だが、鋼鉄製の扉が相手だと跳弾ちょうだんが怖い。拳銃弾などもっての他だ。

 ――もちろん音の出る手段は厳禁だし、そもそも今時の特殊部隊に玄関から入る馬鹿はいねえ。

 ただの冗談。ぶっとばす訳には行かねえ。

「訓練教官にさえなれりゃあ、毎日若いモンをしごいて毎日ウハウハだったろうになあ……」

 気分はすっかり犯罪者だ。いや実際犯罪者なんだが。

 おっといけねえ。過去にとらわれてばかりじゃ人生前へ進めねーぜ。

「よっしゃ開いた!」

 内部へと進入して階段を上ると、ファイル棚の並ぶ円形の大広間に出た。

 金属製のたなは全て引き出しで埋まっていて、それぞれ鍵がかかっている。

「ほう、こりゃすげえな」

 中心部に出ると、直径6メートルはある巨大な鏡が、床に食い込むように立っていた。

 黄金か真鍮しんちゅうのような金属光沢を放っている。

 大昔の青銅器は、不純物のせいで黄金色こがねいろかがやいたって話を思い出した。

「そういやこの学校、鏡がどうのって名前だったな」

 学園の象徴かと思ったが、それなら本部棟のエントランスなど、目立つ場所に置くはずだ。

 ひょっとしたらこの鏡には、何かオカルト的な意味があるのかもしれねえ。

「おっ、鏡の横にPCか」

 大型のプリンター複合機も置いてある。

「中身をのぞく時間はねえな。とりあえず写真でも撮っとくか」

 俺はビジネスバッグから日本製の一眼レフを取り出した。ドイツ製も悪かねえが、資料写真なら細部までくっきり映るメイド・イン・ジャパンが一番だ。

 まずはファイル棚の列を撮影し、PCと鏡を写す。

 床と天井も撮影しておこう。俺にはただの建材に見えても、魔術の専門家なら何かわかるかもしれねえ。

 と、そこで鏡の裏側が緑の光を放っているのを見つけた。

 明滅めいめつしている。まるで鼓動こどうしているかのように。

「B級映画ならバケモンが出そうなシチュエーションだぜ」

 中盤で名前もねえザコが殺されるシーンか、終盤で主人公と対立してるグループがリーダーを残して全滅するパターンだ。縁起えんぎでもねえ。

 反対側に回ると、鏡の裏にはびっしりとレリーフがられていた。

「なるほど、ユー何とかってのはこれだな」

 中心に馬鹿でかいエメラルドがはまっていた。直径が1メートル近くある。

「まさかクリーチャーの卵だったりしねえよな?」

 さすがにこんなあやしい宝石を持ち帰ろうとは思わなかった。

 そもそも運び出す手段がねえ。

作戦目標ターゲットを確認。お仕事きっちりこなして、さっさと帰るか」

 一応動画も撮っとこう。

「盗みに来たのなら殺しますよ?」

「いやあ、ちょいと見に来ただけさ。相棒が今頃いまごろ何やってるかまでは知らんがねって…………のぅわぁっ⁉」

 いつのまにか背後にスーツ姿の男が立っていた。

学園アヴリル脳髄のうずいを見たのですから、もうタダでは帰れませんよ……?」

 男はドリットと同じ臭いがした。

 しかもケタが違う。

 拳銃くらいは持って来れば良かったと後悔したが、そんなもんが通用するとも思えねえ。

 おまけに周囲に見えない何かがいる。複数、いや大勢の気配が……。


 がやがや、わさわさ、がさごそ、ごとん。


「そのカメラ、僕にくださいませんかね……」

 俺はふるえながら持っていたデジカメを、そのモジャモジャ頭に渡して……。


 ……気がついたら病院のベッドの上だった。


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