序章
◆序章◆
私が銀玉鉄砲にハマったのは、小学5年の夏休みの事でした。
鉄砲遊なんて年齢的に遅すぎると思われるでしょうが、私の場合はちょっと違います。
彫刻刀を使って玩具の拳銃に、これでもかと言わんばかりにレリーフを彫り込むのです。
いわゆる飾り銃です。
きっかけはお友だちのお兄さんが持っていた、モデルガンの雑誌でした。
それは綴じ込みポスターに載っていた銀色のコルトM1911で、唐草模様の彫刻が、みっしりと金象嵌入りで施されていたのです。
ひと目見た瞬間、欲しくて欲しくてたまらなくなってしまいました。
日本の一般市民は本物の拳銃を入手できませんが、モデルガンやエアガンなら、おもちゃ屋さんや専門店、ネット通販などで誰でも簡単に購入できます。
でも現在手に入る市販品は、安っぽい真鍮製やABS樹脂製のトイガンしかないのが実情です。しかも飾り銃ともなると非常に高価で、小学生にはとても手が出ません。
そこで私は『それなら自分で作っちゃいましょう!』と決意しました。お父さんの書斎から金属製の拳銃型ライターを持ち出して、学校教材の彫刻刀で引っ掻いたのです。
亜鉛合金は金属としては柔らかい方ですが、彫刻ともなればそれなりに硬い素材です。
当然の事ながら刃先がツルッと滑って、手のひらにV字型の穴が開きました。
痛いし血がバンバン出るしお父さんはカンカンに怒るし、慌てたお母さんが救急車を呼ぶ大騒ぎになりました。その時の傷痕は今でもはっきりと残っています。
それ以来、私は両親に隠れてこっそり練習する事にしました。
練習台は主におもちゃの銀玉鉄砲や水鉄砲。プラスチックのおもちゃは適度に軟らかくて彫りやすく、サタデーナイトスペシャルより安価で入手しやすかったのです。
作っているうちに彫刻刀ではもの足りなくなって、電動ルーターも買いました。
電動ルーターとは歯医者さんが使うドリルを携帯式の工具にしたようなもので、プラスチックや木材なら簡単かつ精密に削れる便利道具です。おかげで彫刻の大量生産ができるようになって、中学に上がる頃には、私の彫刻の腕前はちょっとしたものになっていました。
そして部屋中おもちゃの拳銃だらけになって、ついに親バレ。
でも県の彫刻コンクールで何度も賞を取った実績を盾に両親の説得に成功。晴れてその趣味を許して貰えたのです。
私の趣味が公認となった以上、もうこの欲求を阻むものは何もありません。
ガンマニア街道まっしぐら、底なし沼に頭のてっぺんまでどっぷりです
トイガンを買い漁り、銃器やミリタリー関係の本と雑誌が部屋中を埋め尽くしました。
騎兵銃の銃床を彫刻|(もちろんダジャレで作りました)で飾りつけて、マニア仲間さんに羨ましがられた事もあります。
軍資金は飾り銃のネットオークションです。儲かりました。
これも親バレして怒られたものの、あがりの半分を納金する事で和解しています。
でも、このあたりで私の趣味は大幅に趣旨がズレ始めました。外見だけでなく、中身まで飾りたくなったのです。
ABS製のモデルガンを完全分解して、パーツの一つ一つまでみっしりと彫刻を施すのです。
弾倉や銃身はもちろん、撃鉄や内部機構に至るまで丹念に装飾しました。
もちろんパーツを組み上げると中の彫刻は見えません。その出来映えを確認したくて分解し、また組み立てる。その繰り返しになりました。もちろん組み直す時はオイルの塗布を忘れません。
ガンマニアの彫刻家が分解厨に突然変異した瞬間です。普通は逆な気がします。
そして中学3年に進級した時、両親に将来の夢を打ち明けたのです。
『アメリカに渡って銃職工になりたい』と。
銃職工とは銃の修理や調整、改造を行う職人の事です。
でも銃職工の専門学校は国内に存在しないので、海外留学するしかありません。
両親には寝耳に水だった事でしょう。銃の彫刻師なら日本にも実銃・モデルガン共に就職先があるので、わざわざ渡航する必要はないのです。でもまさか、海外で銃職工になりたいなどと言い出すとは。
齢14にして悪い病気が末期症状に至ってしまったのです。
当然お父さんに反対されて口論になりました。
そしてこのまま家庭内DVに発展するかと思われた、まさにその時。
今までスマホを弄っていたお母さんが、ゆっくりと口を開いたのです。
『銃の職人さんになれる学校って、日本にもあるっぽいですよ?』と。
もちろん飛びつきました。
※
そんな訳で私は今、神之寝島にいます。
この島は十年ほど前に奄美群島の無人島を開発して、山を削って周囲を埋め立て大自然を思うがままに蹂躙したあげく巨大な学園を建立してしまったという、いわくつきの土地です。正直、偉い人さんたちはどうかしてると思います。
大きさは約2万8千平方メートル、南北方向に長いヒョウタン形をしています。
南部の膨らみに大きな入り江があって、そこに港が作られています。敷地の北部は学園の教育施設が集中していて、南側を中心に学生寮や教員寮、繁華街などもあります。
もちろん発電所や上下水道、交通網などのインフラ整備もバッチリです。
飛行場は存在せず、ヘリポートが2つあるのみです。南側の港にあるフェリーや連絡船が、本土と島を結ぶ唯一の交通手段なのです。
5万人を越える人口の大半は学生で、世界中から留学生や教職員が集められています。
名前は【東京都神之寝島特別自治区立七宝鏡学園】。
正直長すぎます。TVでアナウンサーさんも苦戦してました。
通称を【学園特区】にしてくれたのが、せめてもの救いでしょう。
学園特区は国内の基礎工業技術向上と職人の育成を目的として設立された、科学・工業系の学校です。
高等部と大学部を主眼に置いていますが、職員さんなど関係者のご家族のために、保育所や幼等部、初等部と中等部も完備されています。
もちろんただの教育機関ではありません。特別自治区の中に学園があるのではなく、神之寝島そのものが学園であり、特別自治区なのです。
元々学校は事実上の治外法権区域なので、それを拡大解釈したと言えなくもありません。でも特区の条例に相当するとはいえ、校則が法律に優先されるとなれば、それはもはや独立国家です。刑法も殺人や一部の重犯罪などを除けば校則が適用されるのです。
特にイジメは重罪で、学園統合生徒会所属の刑部室による校則会議で裁かれます。
【個人用自習室】と呼ばれる独居房に収監されたり、学年によっては『管理職の適正なし』の烙印を押されて出世ルートを閉ざされてしまうのです。もちろん退学もありえます。
校則会議は刑事と民事の裁判を一括で行うので、恐喝や器物損壊はもちろん、パシリも強制労働扱いで賠償金や給料が発生するなど、被害者へのフォローも忘れません。
そして何より特徴的な校則は、特区内での銃器所持が未成年でも認められている事でした。
学園の施設と備品を使えば銃器や爆弾などの密造が可能なので、これに対抗できる装備と部隊を運用する組織が必要らしいのです。
風紀点検委員のごく一部とはいえ、拳銃やライフルや短機関銃を装備していて、軍用装甲車や武装警備艇まで配備されています。機会があればブローニングの12・7ミリ機銃とかじっくり見せて欲しいです。
しかも風紀点検委員の他にも、教員はもちろん一般生徒ですら、許可証さえもらえば拳銃やライフルを所持できるのです。郊外には射撃部の運営する射撃練習場もあるそうです。
そしてもちろん、銃職工を育てる部活も存在しました。
そうそう、みなさんお気づきかもしれませんが、私は女子です。JKです。
性は八板、名は拓美。
クラスの平均よりちょっとだけ背が高いけど、これでも女の子なんです。