妖精は、マフィアなオネエ樣に恋をする
どもです!
携帯で投稿したらどんな感じになるか、実験的に投稿してみます。
どうぞ、ご歓談くださいませー!
なお、この世界は現実のような国の名前が出てきます。ですが、それは置いといて異世界です。
異世界にも、ジャパニーズオタク文化はあるのです。
世界には、妖精がいる。
その存在が明らかになったのは、科学が発展し、見えないものが見えるようになったからだ。
初めて彼らを発見した人物、オッケルベル博士(享年87歳)は、伝承にあった『フェアリー』そのままの姿を見て驚愕し、後に彼らのと共に環境を守るためにその知恵を振るった。
「彼らの存在を脅かす科学が、彼らを見つけ、彼らはそれを受け入れ我々と共に生きると言ってくれた。故に我々人類は、彼らの抱擁に応えるべく生きねばならない」
この世を去る寸前に彼が残した言葉は、人類史にも載り、長く語り継がれる。
その時の彼の周囲には、共に生きた妖精達が、それはそれはたくさんいたと言う。
彼らは自然と科学の狭間に存在し、そのバランスを保つために日々尽力してくれている。
人類が今なお崩壊していないのは、一重に彼らのお陰と言っていい。
その性格はまさに奔放。負の感情など存在しないかのように明るく、細かい事は気にしない。
しかしけして大雑把ではなく、彼らの仕事は往々にして繊細、かつ的確だ。
木々を育み、水を浄化し、風をそよがせる。
それが、妖精という種族。
そして、この物語は、
そんな妖精の一人の少女が、なんの因果かマフィアのオネエ樣に恋をする。そんな物語
◆
さてな、まずはこの物語の主人公を紹介せねばなるまい。
彼女の名前は【ハノビィ】。
フェアリーの中でも特にポピュラーな、自然的、様々な種類のな虫の羽をもつ種。『ピクシー』の少女だ。
体長は20cmほど、栗色の髪に大きな瞳。元気が視覚で確認できそうな程に奔放な、まさに『妖精』の典型のような女の子である。
ハノビィの朝は早い。
母親である、東の森の大樹の枝葉で眠っていた彼女は、感謝と共に目を覚ます。
「お母さん、おはようございます!」
手と手を重ねて大樹に頭を下げる。
その時、彼女の体は淡く輝き、ポワンと光の球が浮かび上がる。
光は母親に近づいていき、ゆっくりと染み込み、消えた。
その瞬間、枝葉が風に煽られ、ザワザワと爽やかな音色を奏でる。
まるで、娘の加護を貰いお礼を言っているかのよう。
「ふふ……それじゃあ、行ってきますね!」
ニコリと微笑んだ彼女を、風が撫でる。
母から背中を押して貰ったのだろう。ハノビィは小さく頷き、踵を返した。
ばさりと羽を広げ、枝を蹴る。
そして、小さく吐息を漏らし、飛び立った。
目指すは、愛しい愛しい、「彼」の元。
◆
タァン!!
火薬の爆ぜる音。
鉄の塊はずっしりと重く、肩に走る衝撃はあまりに大きい。
その筒の意思は、ただただ純粋な『悪意』と『殺意』をばらまき、凶弾は獲物の頭蓋を叩き割る。
拳銃。
人類が生み出した、もっとも愚かしく、もっとも凶悪な兵器。
容易に人を殺害する、闘争と恐怖の象徴。
そんな悪魔を握りしめた「彼」は、床に這いつくばり、壁に寄りかかる壮年の男性を冷やかに見つめている。
「なぁに?そんな顔して、見つめないでちょうだい。アタシには、裏切り者を抱く趣味も、許す優しさもなくってよ?」
その口からは、やや高い、しかしハスキーな美声が漏れる。
腰まで真っ直ぐに伸ばした黒髪は艶やかで、手入れを欠かしていないのはすぐにわかるだろう。
その顔は、パッと見た限りでは見目麗しい女性に見える。
しかし、否。彼をよくよく見てみれば、その顔はどことなく男性的で。
背は空を貫かんばかりに高く、線こそ細いが痩せてはいない。
紺色がかった黒のスーツをビシッと決めたその風貌は、確かに、男性のものだった。
【カオル・オノ】。永遠の23歳を豪語し、「一生乙女で永遠に王子」を座右の銘とする、マフィアグループ【フェンリル】の若きトップだ。
「ひっ、ヒィッ!?あ、ひ、ヒァあぅ、うっ?」
彼の前にいる壮年の男性は、情けない声を漏らしている。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
彼のすぐ真横の壁には、ほんの小さな穴と、薄い亀裂が走っている。
わかりやすく、弾痕だ。
眼前のカオルが持つ拳銃の火薬臭さを鑑みれば、彼に銃撃されて腰を抜かした、というのがわかるだろう。
「情けない声をあげないで頂戴よ、アランティーノ?貴方はいつだってクールで、ダンディで、アタシの理想のオジサマだったんだから……この上、幻滅させないで?」
既に失望してるんだから。
タァン!
「あひぃぃ!?は、ひぁぁう!?ソーリー!ソーリーだミス・カオル!君を出し抜こうなどと考えた愚かな私を許してくれ!」
「ミスもミスターもいらないったら。強いて言うなら、信愛を込めて、カオルって呼んで欲しかったわ」
タァン!
「あっ、か、かひっ、いひぃい……!?」
計3つの弾痕が、ミスター・アランティーノの頬、こめかみ、喉の横にできる。
この時点で、彼の意識は半分飛び、口の端から泡を吹いていた。
「………運びなさい」
「「ハッ」」
彼の部下が、腑抜けになったアランティーノを運んでいく。
あの裏切り者の執務室に残されたのは、カオルだけとなった。
「はぁ…嫌だわ、本当にイヤ。あの子達には売っちゃダメって言ってるじゃない…」
椅子にどっかと腰かけて、テーブルの上に乗っている包みに目を落とす。
ファミリーが取り扱っている、ドラッグだ。
効能はリラックス効果。国によっては、治療の際に少量用いられることもある、中毒性の低い物だ。
しかし、カオル達のいる国では、わずかでも中毒性がある、という理由で違法の薬物として扱われていた。
「……馬鹿な人」
憂いを込めて、今はもう見えない影を追い、扉を見つめる。
彼を粛正したことで、ファミリーは当分活動を制限されるだろう。
惜しい人材だ。しかし、彼は越えてはならない一線を越えてしまったのだ。
妖精に、ドラッグを広めようなどと、愚の骨頂だ。
妖精は自然の存在。人間の悪意で染めようとする行動など、淘汰されるに決まっている。
彼らは純粋なのだ。汚してはならない。
「はぁ…帰りたいわ。シャワー浴びたい。冷蔵庫のプリンが無性に食べたいわぁ」
「私も食べたいです!」
「いやぁよ。あれはアタシが朝から並んで手にいれた秘蔵のプリンなんだからぁ」
「オネエ樣の秘蔵のプリン!?食べたいです、食べたいですー!」
「んもぉ、ワガママ言ったらダァメ……って、んまぁ!?」
カオルは、慌ててテーブルの上の薬を懐に仕舞う。
予想外の相手が、肩に乗っていたからだ。
「んふふー、オネエ樣ったら、いつものお部屋にいらっしゃらなかったからハノビィは寂しかったですよぉ!」
「あ、あのねぇ?毎回言っているじゃないの。ここは、貴女がきていいような場所じゃないのよぉ?」
「オネエ樣の居るところ、ハノビィありです!オネエ樣!」
自分をオネエ樣と呼び、真っ直ぐに見つめてくるこの妖精。名前はハノビィ。
カオルは、彼女になぜだか、思いっきりなつかれていた。
それはもう、求愛と呼べるアプローチを受けるくらいには。
◆
きっかけは、些細な出来事だった。
いや、ハノビィにとっては重大なのだが、カオルにとっては些細な出来事、と言っておこう。
ハノビィは、いつも通り草木を育む仕事をしていた。
彼女の祈りの力は、弱っている者に自分の力を分け与える事ができる。
枯れかけている枝に祈りを捧げると、ゆるやかにそこから若葉が芽吹く。
感謝の気持ちを伝えるように、枝が揺れる。
「よかった。これでもっと、綺麗になれますねっ」
その、言葉にハノビィが乗っている木は、ザワザワと揺れて返事をした。ように思えた。
そんなときだ。
「ふにゃあああ!!」
「ひぃう!?」
ここいらのボス猫、ボンピーが突如襲来。
そこそこにデブ猫ながらも、その有り余る体格とパワーで頂点にあり続ける、町内会のエースである。
「あわわわ、こ、こないでください!」
「ふしなぅー!」
慌てて逃げ出すハノビィ。
しかし、ボンピーは興奮しているのか、ロックオンした彼女の追跡をやめることはない。
彼女は街中まで飛び回り、疲れ果て、フラフラと力なく飛び回った。
そしてついに、とある民家の二階、その窓枠に追い詰められてしまったのだった。
「あ、あわわわわ…」
「ナンゴラゥー!ヤンノフカー!」
ずん!
ずん!
屋根を踏み鳴らし、接近してくるボンピー。
闘争心の権化となった彼の姿は、まさに悪鬼羅刹のごとくであった。
「だ、誰か…」
「ドコチュウにゃんナラァー!!」
「誰かぁぁあ!?」
飛びかかるボンピー。
頭を庇い、しゃがんでしまうハノビィ。
かくして……救いは、訪れた。
「うるっさいわねぇ、モーニングコーヒーが不味くなるわよ?」
ハノビィの後ろの窓が空き、美女がのっそりと現れた。
健康的な鎖骨が覗く、裸ワイシャツに身を包み、コーヒーカップをもったままの彼は、飛びかかるボンピーの首根っこをつかんで、つまみ上げた。
「あんまり騒がしいと、三味線屋に売り払うわよぉ?」
「ふぎんなぅ!ぬかー!ふかー!!」
「………うるっせぇんだよ」
通常二割増しに低いダンディボイスがボンピーをえぐる。
一瞬固まったボンピーは、キュッと尻尾を股に折り畳んだ。
お前は犬か、と言いたくなるような、それはそれは見事な白旗だった。
「あらあら、脅えちゃってカーワィィ。さ、もう行きなさいな?」
大人しくなったことに満足したのか、彼……カオルは、ボンピーを放してあげる。
その瞬間、太り気味の肉体をフル稼働させ、ボンピーは逃げ出した。
後に彼は、カオルの家の周辺を悪魔の住む区域と公言し、野良猫たちがしばらく通らなくなる。カオルは猫にエサをあげる楽しみを奪われてしまうのだが…それはまた別のお話。
「……あ、あの!」
「あら?」
窓を閉めようとしたカオル。
ふと声をかけられ、そちらに目を向ける。
そこには、とても愛らしい妖精がいた。
栗色の髪の毛を後ろで結び、肩を露出させたワンピースのような服に身を包んでいる。
そして、大きな薄黄緑色の瞳。
活発、かつ心優しそうな顔立ち。
まるで人形のようなその子は、何故だかうっすらと頬を染め、蕩けるような笑顔でカオルを見つめていた。
「あらあら、妖精さん?こんな街中までくるなんて珍しいわねぇ。だめよ?この辺りは危ないんだからぁ」
「あ、その、猫に追いかけられちゃって……えっと、助けてくれてありがとうございます!」
「あぁ、なるほどね……ふふっ、いいのよぉ。助けた何て言っても、偶然で成り行きなんだから」
その後、二人は色々な事を話した。
互いの名前。
あの猫の注意点。
森の暮らし。
町の暮らし。
言葉を交わす度にハノビィの瞳は潤み、恍惚の笑顔で彼を、カオルを見つめる。
カオルは、一階にあるカットフルーツを取りに行き、二人で摘まみながらの会話を楽しんだ。
「あ、あの、すみません!」
不意に、ハノビィがカオルに向き直る。
「あらなぁに?おかわりかしら」
「えっと、そのですね!ええと……オネエ樣!」
「んん?」
「オネエ樣と、お呼びしてもいいですか!?」
この時、カオルは何故この申し出を突っぱねなかったのか、と後に語っている。
しかし、それは後悔ではなく、彼女の安全を考えて、の話なのだが。
とはいえ、彼はこの時、
「えぇ、良いわよ?アタシ見ての通り、心は乙女なんだから」
申し出を、受けてしまったのだ。
◆
それからというもの、ハノビィは毎日のようにカオルの元に訪れた。
時に野イチゴを摘んできて、彼にプレゼントし。
時には雨の日に濡れそぼりで現れ、彼に叱られながら暖房で暖められた。
カオルはこの時、既に自分の身の上は彼女に伝えている。
自分は怖いお仕事をしており、危ないからあまり来てはいけない、と。
しかし、彼女はそれからも現れた。
「ハノビィは、オネエ樣のお側にいたいのです!」
そう言って、何度も何度も訪れた。
ついには、彼の職場にも現れる始末だ。
さすがにその時は、カオルも本気で叱りつけたのだが…しょんぼりして帰った後、彼女はずっと、カオルの家の窓にいたのである。
オネエ樣に謝りたかった。その理由で、彼女はいつ帰るかもわからないカオルを待ち続けていたと言うのだ。
これにはカオルも毒気を抜かれてしまい……許してしまったのが運のつき。
翌日、ハノビィはまたも職場に現れ、ファミリー達に妖精なりの手土産を持って挨拶に周り、彼らに自分の存在を認めさせたのである。
ファミリーいわく、可愛いし、ボスと一緒にいるのを見てるだけで相乗効果で癒される。とのこと。
これにはカオルも呆気にとられ、思わず笑ってしまった。
それから、ハノビィが彼らと共にいるのは、なんとなくの了解になってしまったのである。
◆
そして、現在に至る。
「オネエ樣。どうしたんですか?」
アランティーノの事務職を離れ、自分の拠点に帰るカオルに、ハノビィはふよふよと付いていく。
しかし、ハノビィは気付いていた。オネエ樣のモデルばりの歩き方に、元気がないことを。
「ん…なぁに?ハノビィちゃん」
「どこかその、お元気がありません。ハノビィ、また何かオネエ樣を傷つけてしまいましたか?」
「……ふふ、やぁね、貴女のせいじゃないわよ?」
顔の近くまで飛んできてくれた彼女を指でうりうりと撫でてあげる。
すると彼女は、安心したように顔をふにゃけさせる。
「でも……そうね、しばらくは、ここに来ないほうがいいかもしれないわ」
「んぉぶえふ!?」
「不意打ちなのは申し訳なかったと思うけど、今のは乙女としてどうかと思うわよ?」
致し方なし。ハノビィにとって今の言葉は、友達にカムパルの実を食べられるよりも驚愕、かつ避けたい事態なのだ。
「なんでですかオネエ樣!?ハノビィは毎日オネエ樣のお側にいたいです!うなじクンカクンカしていたいです!仕事終わりのシャワー姿を堪能したいです!」
「オタク文化という人間社会の悪しき風習に馴染みすぎよハノビィちゃん?そのワードを教えたのはメリエッタのやつね?後でたっぷりお仕置きしなきゃ」
メリエッタは自他共に認めるジャパニーズBLが大好物のフジョシガール。カオルのシャワー後のワイシャツ姿を常々見たいと公言していた。
ついでに、同じ空間に近衛のマックスが居れば鼻血ものであると、こともあろうに本人達の前で宣言していた豪の者であった。
「それはともかくとしてぇ、アタシの周りで少し、トラブルがあったのよ。しばらくは何が起こるかわからないから、ハノビィちゃんは本当に、事務所に来ちゃだめ。いーぃ?」
「オネエ樣の危機!?ハ、ハノビィがお守りしますよ!」
「とっても嬉しいんだけど、お姉さんとしてはハノビィちゃんが危ない目に合うことの方が怖いの。ね、お願い?」
カオルは宙に浮くハノビィを掬い上げるように抱き寄せると、薄く微笑み顔に近づける。
火薬の匂いは今は薄れ、本来のフローラルな香りがハノビィを包み込む。
この瞬間にハノビィの頭は、まるでハッピー○ーンの粉をキメタようにハイになってしまっていた。
これを、計算でなく素でやっているのだから、カオルは恐ろしい。
「お、お、オネエ樣の仰せのままにぃいっ」
「ふふ、いい子ね」
つん、と、唇を指先でつつかれた。
そして、ハノビィは幸せの絶頂に飛び立ち……ショートした。
◆
その後、カオルには残っている仕事があり、今夜は家にも帰らないという。
麗しのオネエ樣にご褒美をもらったハノビィは、蜂鳥のような軌道でご機嫌に帰路につく。
「あぁんオネエ樣っ、今日はもう顔を洗いませんん~」
頬に手を当てやんやんっと首を振り、小さな体をくねらせる。
はたから見たら、電灯に群がる羽虫と大差ない奇行である。
まぁ、敬愛するオネエ樣に抱かれ、唇を撫でられたのだ。
乙女であるならば、骨抜きにされてしまうのもさもありなんというものだろう。
惜しむらくは、そのオネエ樣は見事なオネエであるということだが。
ザリッ
もう少しで東の森、という所で、その音は響いた。
「もし、そこの愛らしい妖精さん」
薄汚れたスーツ。
片方脱げた革靴。
元は時間をかけてセットされたであろう白髪混じりのオーバーオールは、見るも無惨にボサボサになっている。
「少し、お時間を貰ってもいいかな?」
アランティーノ。
かの裏切り者は、部下の不意を突き、逃走。ここまで落ち延びていた。
フェンリルの幹部としての威厳は今はなく、追っ手の気配に敏感になった、脅える中年に成り下がっていた。
ほんの一時間前まであった栄光など、もうどこにも存在しない。
彼を包んでいるのは、失意。
そして、自分をこんな目に遭わせた者への、怒りだった。
◆
「なんですって?」
アランティーノが逃亡した。
部下から知らせが入ったのは、ハノビィを帰らせてから一時間後の事だった。
アランティーノは、無謀にも街中を走行中の車のドアを開け放ち、飛び降りたのだと言う。
部下の一人がその時に蹴り落とされ、腕の骨を折ったそうだ。
そのまま彼は、人混みの中に消えて行ったのだという。
現在捜索中とのことだが……
「怪我をしたのは?そう、ハーケルね。彼はすぐに病院へ運びなさい。アランティーノが逃げたのだとしたら貴方達では見つけるのは困難だと思うから……えぇ、私も出るわ」
携帯の通話を切り、スーツの上からコートを羽織る。
アランティーノは、フェンリルの幹部の中でも古株の実力者だった男だ。
彼が逃走のみを考えて行動すれば、特定は困難。
しかし、カオルにはある確信がある。
彼が逃走したのだとすれば、このまま逃げおおせるような事はしない。
考えられるのは、手柄を立てて、それを手土産にカオルに詫びを入れにくる。
もしくは……己の行いを認めさせ、カオルに復讐する。
楽観だが、カオルとしては前者でいて欲しかった。
しかし……現実とは、うまくいかないものである。
「着信……いえ、メールね。アドレスは…非通知、か」
スパムメールとは思わない。このタイミングでリストにないアドレスからメールがくるとすれば…間違いなく、彼だ。
どこかで携帯を調達し、暗記していたカオルのアドレスに送りつけたのだろう。
「……………………………………………」
内容の確認は、二秒。
携帯をポケットに押し込む時間も惜しいとばかりに、歩きだす。
「上等じゃねぇか……」
送られてきたのは、たった一文。
『私が正しいのだということを、証明してやる』
そして、一枚の画像。
そこには、ぐったりとアランティーノの手に握られる……ハノビィが写っていた。
◆
アランティーノの考えはこうだ。
妖精に薬を広め、その素晴らしさを広める。
単純なあいつらなら、多少の中毒性でも次の薬を求めてくるにちがいない。
薬を作れるのは、人間のみ。
そう、これは餌付けだ。
妖精に求めるのは、その個々によって分かれる素晴らしい『能力』。
傷を癒す、物を浮かせる、風を巻き起こす。
それらを、人間のために使う兵隊として、教育する。
そうすればファミリーは安泰。磐石の体制を作り上げたアランティーノは、あの生意気なカマ野郎を追い落とし、トップになる、という思惑だった。
「だからこそ、君に協力してほしいのだよ。ミスハノビィ」
気を失い、聞こえていないとわかっていながら、彼はハノビィに語りかける。
今は、町はずれのボロ屋の中にいる。
人目を避けるように進んできたため、日は傾きかけているが、ようやくここまでやって来れた。
息を切らしながら、彼はハノビィをテーブルに寝かせる。
更に、起きた時の逃走防止として、薄い羽根にピンを刺し、テーブルと繋いでしまう。
「今から君に、素晴らしい快楽を与えてあげよう。だから、彼を説得して欲しいんだよ……ははっ、あの馬鹿は、君にご執心のようだからねぇ?」
壊れたように笑い、ボロボロにカモフラージュされたリュックを取り出した。
ここは、何かあった時のためにわずかな食料と、売るための薬を確保されていたのだ。
本当に念のため、という認識だったため、保存状態はそれほどよくない。少し袋が破れており、わずかに中身が漏れている。
だが、構うものか。ひとまず、この妖精を自分の手足にするための薬だ。
「ミスハノビィ。私はね、彼がどうしても許せないんだ…協力して、くれるね?」
にやにやと、醜悪に笑い、ほんの僅かな量を自分で吸い込む。
3分くらいして、程よく肩の力が抜けてきた。
「ん、ん…」
不意に、少女の瞳がうっすらと開く。
意識は未だに朦朧としているのだろう。自分が今いる場所はどこなのか、わかっていない様子だ。
何度か瞬きし、目を擦り…ようやく、現状を理解した。
「あ、あれ?オジサン、さっきの…ハ、ハノビィを叩いた人ですね!?なんてことするんですか!馬鹿になってしまうじゃないですか!」
「この状況でそんな事を脳天気に宣うあたり、後遺症の心配をしなくてはいけないかもな?だが、安心して欲しい」
アランティーノは冗談めかして皮肉を返し、ゆっくりと首を振る。
その瞳は既に、「道具」を見るそれだ。
「君はこれから、壊されるんだ。私を貶めたあの男、カオルを殺すまでの人質になってもらう為にね」
「っ、オ、オネエ様にひどいことするつもりです!?駄目ですよ!オネエ様はこれからたくさんお仕事があるのです、かわいそうです!」
ハノビィが憤ったのは、自分が壊される、という部分ではない。
大好きなあの人を殺す、という一点だ。
自身の危険など度外視。それは人間とは明らかに違う、愚かな思考なのかもしれない。
しかし同時に、確かな美しさを感じさせる、純粋さであった。
彼女は、芯から、『妖精』なのだ。
「っ、はははは!おかしい、なんと間抜けな生き物だ。君は今、自分の立場というものを理解しているのかね?」
「っ…!」
「あぁ、あぁ、安心してくれたまえ。君を殺すつもりはない。むしろ、逆だよ。君にはこれから極上の快楽を与えてあげよう」
アランティーノは一歩、ハノビィに近づく。
囚われの妖精は逃げようとするも、羽根に刺さったピンが、それを許さない。
「さぁ、この薬を吸いたまえ。君に、妖精で初めてこれを吸う栄誉を与えよう」
「い、いやです、それ、いやです!」
もはや、問答などするつもりはないようだ。
薬の袋が、ハノビィに近づけられる。
「やだやだ、イヤ!いやです!誰か、誰か!」
「やかましい子だ…少し静かにしたまえ!」
「いやぁぁああ!オネエ様!オネエ様!」
オネエ様!!
◆
「見ぃつけた」
その声は、今彼女が最も聞きたい声で。
「っ、な、なぜここ、ガァ!?」
その姿は、今彼女が最も会いたい人だった。
狂える男を蹴り飛ばし、壁に叩きつける。
アランティーノは、苦悶の声を上げ、のたうち回った。
「あら嫌だ。暴れないで頂戴。ここ、掃除していないんでしょう?ホコリがハノビィちゃんに付いちゃうじゃない」
ばさりとコートを広げ、舞い上がる埃から妖精を庇うのは、一人のオネエ。
そう、カオル・オノその人であった。
「オ…ネエ、様…」
「んまぁ!大変じゃないハノビィちゃん!羽根を刺されたのね?可哀想に…痛くはない?」
「オネエ、様、オネエ様ぁ」
丁寧に、ピンが抜かれる。優しく、持ち上げられる。
限界だった。
「オネエ様オネエ様オネエ様!うわぁぁぁん!」
「怖かったわね、ごめんなさい…貴方を巻き込んでしまったわね…」
指に抱きつき、大声で泣く彼女を、カオルは優しく撫でる。
震えている。
どれだけ怖い思いをしただろう。
どうやって詫びればいいだろう。
愚かな元部下がしでかした、この事態への謝罪をせねばならない。
だが、その前に…
「ごッフ、かはっ、は、ヒュ―――あ、待っ―――」
「覚悟はできてるな?アランティーノ」
「なん、なんで、なんで…私は見られていない、カハッ、はぁ…!ここに、ここに私がいると、なぜわかったぁ…!」
時間稼ぎだと、すぐわかる問いかけだ。
何故、など、この男は本来聞かない。その質問に意味などないと、知っているから。
ただ、自分の受けたダメージを少しでも和らげる、時間が欲しいだけだ。
だからこそ、カオルは容赦なく、即座に足を撃ち抜いた。
「ぐぎゃああぁぁああ!?はっ、ヒィ!?あ、あ、あ、んぎぃぃぃ!」
「何故か?確かに、お前は誰にも見られていなかったよ。出なければ、アタシはもっと早くここを割り出していただろうさ」
すぐには殺さない。
この愚か者は、ファミリーの定める法に則って、惨たらしく殺すのだ。
だからこそ、カオルも時間を稼ぐ。
部下が来るまで、こいつを殺してしまわないように。
こいつが、自殺など考えないように。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ!?あ、んぐ……なん、なん!?」
「じゃあなんでかって?お前、馬鹿か?」
右耳を撃ち抜く。
痛みもそこまでないし、血もあまり出ないだろうから、撃った。
「あぁ、あ、オォォォォ!?」
「聞けよ、アランティーノ。お前が質問したんだろう?」
「オ、オネエ様…」
キュッと、服を握られる。
ごめんね、ハノビィちゃん。
今のアタシを見たら、これまでの関係はおしまいね。
怖いでしょう?
「お前が攫ったのは、誰だ?」
「な、あ、ア?」
「お前はこの子を、どこで攫った?」
彼が攫ったのは…妖精の、少女。
彼が攫ったのは…
「あ、あ、あ…!」
東の森の、前。
「見られてないわけ、ないだろう。馬鹿が」
カオルの後ろから、気配がする。
一つ、二つ。
否、もっとだ。
『見つけた、見つけた』
『こいつ!こいつ!』
『ハノビィ叩いた!』
『ハノビィ連れてった!』
『いじわる!』
『いじわる!』
何十という数の、妖精たち。
そう、アランティーノは最初から見られていたのだ。
そして、無様に隠れて回るのを、ずっと付けられていた。
「う、うぁ、うぁぁああああ!?」
気が狂いそうだった。
自分が利用しようとしていた、妖精達。
単純で単細胞。使われなければ役に立たない獣。
そう思っていた、妖精達に、ここまでやり込められるなど。
「この子達は、わざわざアタシを探して、教えてくれたのよ。ハノビィと仲がいい人間だからってね」
妖精たちがいなければ、間に合わなかっただろう。
感謝してもし足りない。
「わぁぁ、皆がオネエ様を呼んでくれたんです?ありがとですよ~!」
『ハノビィ!よかった!』
『けがない?へいき?』
『おねえさま、すっげー!はやかった!』
ハノビィの周りを飛ぶ妖精たちは、口々にカオルの事を話し始める。
ハノビィが攫われたの見た妖精達は、真っ先にカオルの元に飛んだらしい。
毎日のように彼女が自慢する、無敵のヒーロー。ボス猫を睨みつけるだけで退散させ、心優しく、男なのに女、なのに男。
彼ならば、ハノビィを助けてくれるはずだと、そう思ったのだという。
そして、彼らの直感は正しいと、今証明された。
「終わりよ、アランティーノ。後は、ゆっくり本部でお話しましょ」
外が騒がしくなる。
どうやら、部下が到着したようだ。
妖精達に目配せすると、彼らはキャッキャと笑いながら飛び立つ。
そして、光に包まれ、あっという間に見えなくなった。
同時に、なだれ込んでくる人、人、人。
彼らは手際よく、アランティーノを拘束していく。
今ようやく、事態は収束したのであった。
◆
さて、後日談は短めに語ろう。
何故って?野暮になりそうだからだ。
まず、アランティーノは生きている。
彼は、ハノビィの言葉により、命を救われたのだ。
「オジサンはいっぱい痛いことされたので、もうおしまいでいいと思います!」
甘すぎる沙汰だが、カオルはこれを受理した。
今頃は、大海原でパルパータでも一本釣りしていることだろう。
妖精をけなし、妖精に救われた男。彼の胸中はいかばかりか。
それを語るのは、また後日。
それよりも皆が気になるのは、こっちだろう?
「オ・ネ・エ・様~♪」
「はぁ…んもぉっ、ハノビィちゃん、今お姉さんはお仕事中なのよ?ポケットに隠れててって言ったでしょ?」
「いいんです~!ハノビィはオネエ様に運んでもらわないといけないんです~。羽が痛いんですよ~?」
そう、ハノビィには、後遺症が残った。
妖精が飛べるのは、イメージによる要素が大きい。
特にピクシー種は、羽根があるから飛べる、という考えが多い。ピンで貫通されたことにより、うまく飛べなくなったのだ。
これに対して、カオルが「責任を取らせて」、などと口走ったのが運の尽き。
マフィアとつるんでちょっとずるくなった我らがハノビィは、ここぞとばかりに叫んだのだった。
「じゃあ、オネエ様のお家に住んでりょ~よ~します!」
まさに後の祭りというやつだ。
部下からはニヤニヤしながら「責任は取らんとですよ、ボス」、「乙女をキズモノにしたんすよ、ボス」とからかわれる始末。もちろん、彼らは即座に関節を外された。
だが、言ってしまったものはしょうがない。
オカマに二言はないのである。
「仕方ないわねぇ…これが終わったら、一緒にフランを食べましょ。だから、ね?」
「んっふふ~、それならいいですよ!ハノビィはオネエ様のポッケでおとなしくしているのです!」
「ふふ、お願いね?」
しかしまぁ、彼は彼で、まんざらでもなさそうだ。
後に彼は、『妖精に祝福されし者』として、世界の危機に立ち向かう一団を率いることになるのだが……まぁ、それは別のお話。
今はただ、この光景を眺めていようじゃないか。
幸せは、今、まさに――――ここにある。
お目汚し、失礼しましたー!