花ちゃんのお話
─花ちゃんが、他校の高校生のスクールバッグを蹴った。
駅で私は電車が来るのを待っていた。この駅は30分に、1本のペースで電車が来る。
田舎でぬくぬく育った高校生達は、春の陽気な天気に浮かれている。
私の前を、6人ほどの男女が通った。とても仲が良さそう。そして、複雑そうな男女だった。
見た感じ、高校二年生くらいかな。先輩も卒業して、気が大きくなっている様だ。
彼らは、地面にスクールバッグをぽいと置いて、ぺちゃくちゃ喋り始めた。
なんだか不愉快になった。置いたバッグは人の邪魔になっていた、彼らのバッグにつまづく人もいた。
でも、注意する勇気が出ない。
一人で黙々と葛藤していると、私の隣に、クラスメイトの花ちゃんが立った。
花ちゃんは、学校で一番の美人さんで、まさに高嶺の花という存在。
私なんかが話せるような相手ではなかった。
綺麗な黒髪を耳にかけて、文庫本を読んでいる。女の私でもうっとりしてしまうくらい美しく可憐だ。
ふと、花ちゃんが顔を上げた。スクールバッグを放り出した男女に気付いた様子。
花ちゃんが注意してくれるのでは、と思ったが、私は花ちゃんの声を聞いたことがなかった。花ちゃんと仲のいい人は当然聞いたことはあるだろうけど、私はなかった。クラスにも、花ちゃんの声をしっかり聞いたことがある人は少ないと思う。
花ちゃんがゆっくりと彼らの方へ歩き出した。揺れる黒髪にうっとり見蕩れながら、私は花ちゃんを目で追った。
スクールバッグの前で足を止めると、彼らの方に一瞥もくれることなく、
花ちゃんはスクールバッグを蹴った。
白く長い脚が、汚い彼らのバッグを蹴った。
持ち主たちがそれに気が付き、何をするんだと声を荒らげた。
駅のホームから、線路に落ちるスクールバッグを、駅に居た全員が見ていた。誰も、何も言えなかった。
花ちゃんが、彼らの方を見ると、彼らは黙って俯いてしまった。
花ちゃんは、表情を変えることもなく、声を発することもなく、改札の方へ向かった。
慌てて、追いかけると、花ちゃんは駅員さんと話していた。
駅員は戸惑った様子で花ちゃんの話を聞いている様。
話を終えると、花ちゃんは改札を出て、どこかに行ってしまった。
花ちゃんの後ろ姿を、ただ呆然と見つめている私の横を、駅員さんが走って通り過ぎた。