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火車の轍 1

この吹き抜けとなったあばら家、もとい、整体屋は『暁』という。文章では伝わらないかもしれないが、実は広さだけはなかなかのもんである。広さだけならちょっとしたお屋敷だ。色んな輩が来るので、スペースだけはしっかりあるのだ。しかし応接間と施術部屋のふた部屋しかないが。どうやらおとなりのだいだらぼっちの工藤さんに整体してたら、ちょっとしたミスでぶち破られたらしい。いや、ミスをしたのは宗氏くんなのだが。


「なぜ君はそうもいい加減なのだね?このボロ屋だって僕らにとっては大事な仕事場だろうに!」


「おぉ?!ボロ屋っつったかこの野郎!っここは俺のもんだからどうなろうと俺の勝手だもんね!言われる筋合いはござんせーんだっつーの!」


「僕は野郎ではないね。女郎だね。ぼくはまぁ、特に君の仕事がなくなろうと正直困らないわけだけども。ここに住んでいる君とは違って僕はそれなりの家もあるからね。寒空の中凍えるのは君1人なわけだし」


「いやいや、茜くん、俺たちは運命共同体じゃないか。冷たいことを言うもんじゃないよ、寒空だけに」


随分情けない男である。


「うるせーな。それにしてもさっきからお前も何してんだよ」


はて、私のことかね。


「君以外に他に人はいないと思うけど?」


私は、ほれ、取材という奴じゃないか。

お主らは私の商売に大きく貢献しているのでね。


「だったらこの天井や屋根ごと修理してくれ。結構儲けたんだろうが」


「よかろうなのだ。この私、吉田帯刀(よしだたてわき)が承ろうではないか!」


先程から失礼しておるのは、私、吉田帯刀(よしだたてわき)という。

しがない小説家である。


「なにがしがないだ。俺らをモデルに随分儲けたくせしやがって」


「そのモデルになった方は、ちっとも儲けていないけれどねぇ」


私もいくつか作品を書いているのだが、その私の代表作が『祓い屋 一ノ瀬宗雲シリーズ』だ。

ひょんな事から2人に出会い、脚色してちょいちょい出したらなんだか売れてしまったラッキーシリーズだ。

ありがたいことに次回は記念すべき10冊目にして累計800万部突破か、とか言われている。会社もいいところに拾ってもらって印税がっぽりだ。アニメにドラマに映画にもなってありがたい限りである。業界では破格の条件が出ているのだ。


「そりゃあ君、一ノ瀬宗雲はかっこいいものねぇ。僕ですら愛読しているよ。勧善懲悪モノだけじゃない、人やモノノ怪の心、理に響く祓い屋だもの。このぐうたらをモデルにしたとはとても思えないねぇ」


「いやいや、実を言うと茜ちゃんへのファンレターが一番多いのだよ。いや、作品中は石神井灯(しゃくじいあかり)だけれども。宗雲を陰に日向に支える男装の麗人、ふと見せる女性らしさが魅力だとか」


「はっ、そりゃすげぇ。そこのガキンチョみてぇな女と取っ替えてくれねーかな。乳もケツもまるで…いやすいません。まだ死にたくない!」


茜ちゃんが可愛らしい笑顔とともに目にも留まらぬ速さで包丁を繰り出しているのを奇跡的に避けている。素晴らしい身のこなしだ!あっはっは。


「笑ってねーで助けろ?!そ、れ、は、やばい!待て!ぬおおおおお?!」


今日も今日とて、平和である。良い天気だ…





「で?ただ覗きに来たってわけじゃねーんだろ?帯刀よぉ」


あれだけ切りつけられながら、傷一つなくすっかり息も整っているのは流石である。茜ちゃんの方がゼェハァ言っているが宗氏くんはもうぐうたらモードだ。


「うん、そうなのだ。今新聞を賑わしている話、知っているかね?」


「あぁ、うん。どれ?」


「知らないなら知らないっていいなよ、君…

謎のひき逃げ事件、と言われているあれだろう?タイヤ痕らしき物が被害者にも周辺にもしっかりあるのにどの車のタイヤにも合わない、とかなんとか」


「そうなのだよ。どの車にも合わないなら逆に目星は簡単だろう、と言うのでね。警察もすぐ動いたんだが…

昨日で5件目の被害者が出た」


警察は決して無能ではない。すでに独自のタイヤ痕がつきそうなオリジナルの車をあれやこれやとチェックしていたが、全てシロだったらしい。メーカーから個人所有まで、その数は100件を優に超える。


「こちらの情報によるとだね、タイヤ痕の他にも残ったものがあったらしくだね」


「もったいぶるなぁ。なんだよ」


「妖気」


「あぁ?そりゃ、警察じゃなくて特監の管轄じゃねぇか」


特監。特殊災害監査委員会。自然災害や人的災害では起こり得ない特殊災害に特化した組織である。その成り立ちや構成員からどちらかと言うと軍隊に近い特殊警察のような組織である。鎖国後幽世と近くなった皇国は特殊災害に対する組織を作らざるを得なかった。


「けどよ、モノノ怪が物質化するにゃあ特殊な機械使わにゃいかんし、その機械は御国しか持ってねぇはずだろ。物質化したモノノ怪は物か人かでも違うが登録されて国で管理してるはずだ」


その通りだ。物として登録か人として登録かはモノノ怪の自由意志に任せられるが、登録しなければ物質化できず、物質化しなければ現世のものには触れられない。見ることはできても意味はないのだ。おとなりのだいだらぼっち、工藤さんは人として登録したモノノ怪である。つまりはモノノ怪の人権や何やらなんてものまで認めている皇国独自の習わしである。


「それで妖気が残るってぇのはおかしくねーか」


そう。誰彼構わず物質化していれば人間は殺されてしまう。ありとあらゆる監査に通ったモノノ怪だけが物質化できるのだ。人を殺すようなモノノ怪がタイヤ痕を残せるはずがない。逆にタイヤ痕を残すモノノ怪が人を殺すわけがない。


「流石である、と言わせてもらおう宗氏くん。その通りだ。だからこそ、君に話しているのだよ!」


「ダメですよ帯刀さん。この人は君とも違って面白いだなんて理由では動かないのはしってるでしょう。それにそんな暇は稼がなきゃいけない僕たちにはない」


「そうだぞ帯刀。金にもならんのにそんな火種に突っ込むほど俺は暇じゃない」


「二人して暇そうに日光浴しておったではないか」


「「それはそれ、これはこれ」」


なんだかんだ仲の良い二人である。


「で、あろうな。そう言うと思って依頼人にお越しいただいた。さぁ、依頼人殿、張り切ってどうぞ!!」


「はぁ、どうも。やっと出番ですかね。伊東と申します。よろしくどうぞ、はぁ」


入り口をババーンと開けるとそこには人好きのする笑顔のおっさんが立っているのである。

男ばっかりで癒しが少ない

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