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The Piper's Callin'  作者: 佐藤みにぃ
第2章
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地球政府(EG)

地球政府(Earth Government)――通称EG――はその名の通り世界一多岐に及ぶ民間の活動団体である。個人でもなく国民でもなく地球人としての利益を優先するための独立政府。それが必要だという考えがウイルスのごとく世界中に浸透し、世論となり、二0五0年に民間運営の統治機構となった。今では一1945年に設立された国際連合でさえ各国政府の圧力を受けざるを得なかった時代の産物として認知されている。

EGの主な事業内容は3つ。地球共通ルールの審議・制定。それに伴う調査・監督といったオンブズマン活動。2ヶ国間以上で起きた政治問題や宗教問題などの仲裁活動。そして何よりも設立当初から力を注いでいるのが宇宙事業である。

 EG設立前は各国人工衛星が宇宙に林立し、そのスペースを埋めるように民間人工衛星が軒を連ねていた。また地球人は次々と太陽系惑星に上陸を済ませ、その大半に無人の研究施設を設置していた。しかし宇宙領土が戦争の火種になることを危惧していたEGはすぐさまそれら全てを管理統制するための宇宙ステーションを開発。2061年には宇宙に浮かぶ人工衛星の中で最も大きな宇宙ステーション――通称、スペース06が正式活動を開始した。そこでは地球政府が各国から厳選した政府高官、技術者、研究者、医者などが常時5000人以上滞在し、研究や会議、議論を重ねている。

 宮前純もスペース06でのキャリア人生を検討した時期があった。彼が初めてスペース06を訪れたのは2139年――彼が25の時である。学生の頃から日本政府高官を目指していた彼は順調にその道を歩んでおり、その候補者のみが受けられる洗礼訪問者リストに載っていた。政府は該当者をふるいにかけること、あわよくばEG関係者とのパイプ作ること、そして将来の日本上流に位置する彼らのネットワーク作りが目的だと、専らの噂であった。候補者達は――緊張と敵対心。したたかな偽善。誰にも劣らないという自負。驕りを律する冷静さ。何でも吸収してやろうという向上心。そして目的を達成するための熱意――を以って乗船した。

シンプルだな――それがスペース06に抱いた第一印象だった。絢爛豪華な装飾が施されているわけでもない。光を反射するように白を基調とした清潔感溢れる内装。見渡す範囲には必要最低限の物資。強いて言うならば、人間と同数以上のドロイド逹が――人間の身の回りの世話から宇宙開発活動まで幅広く従事していた――視覚に入ってくる価値あるものだった。しかし純は2日間の研修中にそれをこっそりと調べて落胆した。またシステムや設備も調べてみたが同様だった。どれもが日本最先端技術と大差なかった。地上ではお目に掛かることが出来ない最先端技術を想定していた分、彼は拍子抜けした。蓋を開けてみれば技術は変わらないのだと。

だが、3日目。スペース06内で働くスタッフに出会ってからは世界が一変した。地上とスペース06の違いは、価値は人にあった。スタッフ達は各自の分野で地位、名誉、権力、金などを持ち合わせ、それに伴う人間的な魅力に溢れていた。複数言語が飛び交う毎日。議論も意見も冗談までもが個性的だった。それぞれが独自の政治的観点、宗教的観点を持っていたがそれらを相手に押し付ける人はいなかったし、相手のそれらを認めていた。倫理性や道徳性は高かったと言える。また何よりも宮前が驚いたのは、彼らが「ああしたい」「こうしたい」という己の欲にとても敏感で、かつそれを現実的に叶えてしまう意欲と独創力、応用力を持ち合わせていたことだ。現代には珍しいアナログ人種――とても人間臭い人々が揃っていた。スペース06は一流の地球人が集う場所。彼らと仕事をすることで宮前は幾つも新たな扉が開いたような心地がした。

だからこそ自分の決断に迷ったことのない純でさえ悩んだ。1年、2年という月日を仲間と過ごしていくうちに、このままスペース06に残ってキャリアを積み上げていきたいと思ってしまったからだ。日本政府で働いていた時に感じた息苦しさ、怒り、喪失感はない。EGでは常に自分らしい言動をとれる。そんな様子を見て純の指導係もスペース06に残るよう推薦しても良いと言ってくれた。

返答期限日の朝、純は指導係に謝罪して自分の想いを打ち明けた。EGで働きたいという気持ちは強い。だが先にやるべきことがある。――自己に関する地図には空白部分があり、それを知るためにこれまで日本政府を目指してきた。純は指導係にそう打ち明けた。秘密を打ち明けたのは初めてだったが、そうすることで純の幹に何かがすとんと落ちた。指導係は微笑んでいってらっしゃいと背中を押してくれた。

 そうして純は3年間という予定通りの研修期間を終えて帰国したのである。


 宮前純は親しみを込めて大きなホログラムに微笑んだ。懐かしい人が顔を出してくれた。

「お久しぶりです。ネメス。お元気そうですね」

「純。久しぶりですね。せめて挨拶だけでもと思って顔を出したのよ。貴方は元気? あぁ……、また痩せたんじゃない? ちゃんと食べているの?」

 彼女の母国は南アフリカ合衆国。ウェーブのかかった茶色い髪の毛を編み込んで腰まで垂らしている。ふくよかな身体にはいつも色鮮やかな民族衣装を身にまとっている。装飾品は夫からプレゼントされた婚約指輪と夫婦の証である結婚指輪以外は一切つけていない。化粧も薄い。そして彼女は何より力強い腕を持っている。

 宮前は彼女のことを母親らしい強さがあるリーダーだと心から認めていた。かつての指導係は地球政府の首相になっていた。

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