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The Piper's Callin'  作者: 佐藤みにぃ
第1章
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緊急避難

 岸本首相にアポイントが取れたと浮かれたのが間違いだった。一時間も待った挙句にやってきたのは秘書ドロイド一体だけだったからだ。逃げられた――そう認めざるを得ない。

「申し訳ありません。岸本首相は仕事が立て込んでおり本日はここに来られない、とのことです。お詫びと言っては何ですが、是非ともお食事を楽しんでいただければと存じます。ここの割烹料理は昔ながらの調理法でとても美味しいと評判です」

 秘書ドロイドは伝言を述べ終わると、間髪入れずに女中に料理を運ばせた。運ばれてくる料理を目の前に鼻息がふんっと冷たく鳴った。

「分かりました。しかし、お勘定は自分で払います。変なお気遣いは結構です」

あくまで客観的に取材をしなければいけない。財布は傷む。だが記者としての立場は守りたい。結果を受け入れて箸に手を伸ばす。毅然とした態度はとれているだろうか。どうせならば美味しく味わいたい。それを見せつけたい。ドロイドはそんな小さなメンツを嘲笑うかのように無機質に微笑み、謝辞を重ねて退室していった。まっすぐ主の元へ帰って録画映像を見せるのだろう。

 料理はどれも美しく丁寧な職人の仕事がなされた芸術品だったが、物足りなかった。好物の水梨でさえ味気なく感じたのは仕事に対する達成感が奪われたことに加え、岸本小百合のことを純粋に思い出していたからだろう。彼女とは高校及び大学の専攻までも同じだった。二人は真剣に日本の将来、いや地球の未来を懸念していた。それを肴にしてはよく酒を酌み交わしたものだ。懐かしく思う。しかし彼女が政治家として、自身が報道家として、それぞれの道を進むにつれて交流は少なくなり、ある時点を境にしてぷっつりと途絶えてしまった。そこが我々の分岐点だったのだろう。

会計を済ませて外に出ると、辺りには誰もいなかった。

「さて、この後はどうするかな?」

 スケジュールを確認しても今日の予定が狂ってしまったことしか分からない。家で残りの仕事を片付けようか――店の出入り口で考えあぐねていると、誰かに背中を叩かれた。振り返ると見知った人物だ。同じ店にいたらしい。そこでピンときた。彼は社会経済方面のベテラン記者だ。

「よお、元気にしていたか? 久しぶりじゃないか」

「有難うございます。ところで先輩は誰に取材ですか?」

「無駄ない物言いは健在だねー。まあ、分かってはいると思うけど……」


“ピィーーーーーーーーーーー”

“ピィーーーーーーーーーーー”

“ピィーーーーーーーーーーー”


二人は反射的に両耳をふさいだ。耳をつんざくような音が辺り一面を襲っている。二人はすぐに政府が発する『緊急警報』だと理解した。

――何がっ!!?

二人が顔を見合わせた瞬間、地面がぐらりと波打った。身体が上下に揺れた。大きくて鈍い揺れだ。

――大きいっ!!

 体の芯がぞくっとした。いつもの地震とは違う。何かがやってくる。

「これはヤバ――」

 言葉を言い切る前に大きな横揺れがやってきた。二人は立っていられず互いにしがみつこうとした。が、転んでしまった。二人は揺れる地面にしがみつくしかなかった。

必死になって腕時計を確認する。十分以上が経過したような心地だが、地震は一分ほどの揺れだった。揺れが収まった地面に影が差した。二体のドロイドがいつの間にか二人を見下ろすようにして立っている。ドロイドはいとも簡単に二人を肩へ担ぐと、地下シェルターまで移動すると告げた。彼らは政府警報と共に音声案内を発していた。

“緊急地震速報です。関東エリアで震度6の地震が発生しています。余震に警戒してください。今回の地震で火事や津波、土砂災害などの二次災害が発生する可能性は八十七パーセントです。皆さん、避難計画に則って避難してください。これは訓練ではありません。繰り返します。直ちに避難してください――”

 ドロイドは足音もなく迅速に走っている。周囲を見渡すと、他の警備ドロイド達も市民の誘導を行っている。子供も大人も混乱のせいか泣き叫んでいる中、ロボットは冷静だ。移動の最中に転んだのだろうか。膝から血を流している老人が目に入った。彼の周りにはロボットの姿が見えない。

「降ろしてくれ。俺は一人でも走れるから、あの男を助けてやってくれっ」

 先輩がそう叫んでもドロイドは同じフレーズを繰り返すだけだった。同じように自分の腰をがっちりと抱えているドロイドも言うことを聞いてくれない。緊急時の人命救助プログラムが発動しているのならば厄介だ。

 家族の無事を確かめるためにピアス型の通信機を起動させた。しかし政府規制が掛かっているという応答しかない。くそっ。メインの通信機はズボンのポケットにねじ込んだままだから、手が届かない。

「おい、離せってば!!! 俺じゃないっ。離せって、降ろせってばっ!!!」

ドロイドが誘導しようとしているシェルターはどうやら自宅とは反対の場所にあるようだ。ドロイドの背中を叩いても、うんともすんとも言わない。まるで物のように目的地へと運ばれていく。

“緊急地震速報です。数秒後に第二の地震が発生します。皆さん、避難計画に従って――”

 ドロイドが告げたとおりに大きな縦揺れが始まった。今度はさっきよりも大きい。顔から血の気が引いていくのが分かった。ぞっとした。耳たぶを触る指先がひどく冷たく感じる。早く家に戻らないと――。

「離せっ――」

ドロイドの背中を殴りながら足で正面部分へ蹴りを喰らわせる。しかし予告通り、また大きな横揺れが始まった。今度の揺れは長かった。完璧な体幹を持ったドロイドでさえよろめいた。その隙に必死で手足をじたばたさせ、ドロイドの腕から何とかして抜けようと身体をくねらせる。

「あっ……」

何とか滑り落ちそうになった時、身体中に電気が走って意識を失った。

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