9.被召喚者の備忘録(4)
この世界の宗教は多神教で、それぞれの神を祀る宗派があるらしい。
だが治療師曰く、多数の対立する一神教が、利害関係で集まっただけの物でしかなく。神を祀る神殿を拠点として活動しているらしいのだが、同じ神を祀る神殿同士ですら対立しているところもあるらしい。そして神殿は信者獲得のために《祝福》を施しているのだが、この《祝福》が信用できない、と。
治療師がそう思うに至った理由は、治療師が常駐プロセスに手を加えている最中で得られた情報だった。
治療師自身には、大地のようなプロセスの機能を詳しく解析する能力はなかったのだが、いくつかの失敗により以下のようなことを学んだらしい。
『《祝福》には種類がある』……神殿ごとに違いがあり、同じ神殿の《祝福》でもいくつか種類があるらしい。治療師には具体的な内容は判らなかったが、規模の違いは認識できた模様。
『《祝福》を再起動するのは危険』……全ての《祝福》がそうである訳でもないらしいが、規模が大きな《祝福》を《加護》より先に再起動した場合、《加護》が消えてしまうことがあった。そしてそうなった患者は、どことなく人が変わったようになり、熱心な信者になってしまったらしい。
『《祝福》の危険性』……《祝福》は怪しい。特に規模が大きな《祝福》は危険である。プロセスに手を加える必要がある患者以外にも、通常の治療を施す際に《祝福》を観察していて気付いたのだが、規模が大きな《祝福》が施されている者には傾向があった。地位の高い有力者、地位は低いが能力は高く周囲に期待されている者、そして見目麗しい女性。そのいかにもな傾向に、治療師は《祝福》の危険性を確信した。
大地はそれらのことを相談され、治療師の助手と称して行動し、患者の《祝福》を《解析・改竄》で調べた。結果は真っ黒だった。《祝福》には、大地が受けた《隷属》に似たような効果(術式)が含まれていたのだ。脳内では『《隷属》キター!』とか騒いでいる。暫くおとなしくしているなと思っていたが、消えた訳ではなかったのか。
具体的な機能までは大地にも判らなかったみたいだが、《祝福》の規模が大きいものほど含まれる《隷属》の術式も多い傾向にあった。施した神殿によっても差はあるみたいだが、一定以上の規模の《祝福》で《隷属》の術式がないモノは皆無だったらしい。思考誘導的な弱い効果のモノから精神支配的な強い効果まで段階的に用意されているのだろうと大地は予想していた。
翌朝。すっかり回復した母親に、《祝福》について聴いてみた。
母親曰く、生まれ育った町で、二回《祝福》を受けたとのこと。
一度目は五歳頃で、両親の勧めにより神殿に赴き、《祝福》を受けたのだが、そのときは特に何もなかったらしい。
二度目は十五歳頃で、元々は《祝福》を受ける気はなかったのだが、神殿の司祭から強引に受けさせられたらしい。元の《祝福》は残っていなかったから、おそらくは上書きされたのだろう。
その後、その司祭に言い寄られたのだが、母親の趣味ではなかったので逃げ出したとのこと。
体が弱くなってしまったことに気付いたのは、それから間もなくのことだったらしい。母親は《祝福》ではなく、呪いでも掛けられたのかも、なんて笑っていたが、笑いごとではなかった。
「母さんが綺麗だから、《祝福》の力で言いなりにしようとしたんだね」
詳細は話さず、警告だけ出す。
「あらあら。ありがとうね。だけど、神殿の人の前でそんなことを言ってはダメよ?」
母さんも司祭の態度から《祝福》の危険性は感じているみたいだった。
傍らでは、ケリーが複雑そうな顔で俺たちを見ていた。
そういえば、ケリーの常駐プロセスに《祝福》は無かった気がする。違う神殿の《祝福》である可能性もあったが、俺には何となく違う気がしていた。
ちょっとくどかったですかね……






