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すみません、アップしてから結構修正を入れてしまいました。
次話へ続く話の流れも少し変わっていますのでご注意を。
セイバーズオンライン。略称、SO。
もう20年は続く、MMORPGのロングランタイトルだ。
アイテムやクエストのアップデートに止まらず、定期的にグラフィックやインターフェースも最新のものにアップデートがなされ、歴史あるタイトルにも関わらず、古くささを全く感じさせること無く、多くのゲーマーの心を引きつけている。
志信がその存在を知っていたのは、かつて彼もそのゲームに熱中していたからだった。
……そう、まだ勇者だのなんだの、そんな夢物語を諦めて居なかった頃。
志信は、勇者の1人として、ゲームの世界の冒険に明け暮れた。それこそ、現実の生活が危うくなるくらいに。
……一緒に、それが本物の世界であるかのように、冒険して回った。
もう引退して15年経つことになる。ゲームを辞めてからはもうその情報に触れることを避けていたので、ゲームサービスが続いていることさえ知らないぐらいだったのだが。
「ここが……SOの世界って、一体」
「SOの世界って言うのは正確じゃ無いと思います」
そう声を上げたのは、それまで沈黙を守っていた、黒髪の女の子だった。
志信の物問いたげな眼差しに、流し目を返す。見た目の割に随分と大人びた仕草をする子だと思った。
「桜花です」
「珍しいけど、綺麗な名前だね」
「それ、その子のキャラ名よ」
「あ……え?」
首を傾げた志信に、沙弥は肩をすくめてみせる。
「あたし達にも本名は教えてくれないの」
「だって、もう要らないじゃないですか、本名なんて……こんな風に異世界に来ちゃったんですから」
黒髪を揺らして、決然とした表情と声で告げるその子……桜花を少し見つめて、ふっと息を吐いた。
――決意って言っていいのかな……たかが名前、でも、名前か……。
大人びた色の中に子供らしい頑固さが宿る……その顔に、生半可な説得とかそういうものは無意味だと悟って、志信はとりあえず話を続けることを選んだ。
「えっと、桜花。正確じゃ無いって言ったけど、どういうこと?」
「これも神様が話してくれたことそのままなんですけど。SOが、この世界を模して作られたんです。こうやって……この世界を救う人を選ぶために」
「……えっと、つまり?」
その言葉の意味を捉えかねて、要領の得ない問いを返してしまう。
「そうなるよね。あたしも最初に聞いたとき、は? としか思えなかったもん」
「この世界を模した冒険を体験させて、この世界を救えそうな人間を選び出す、SO自体が巨大な誘蛾灯だったということじゃ」
――……そりゃ随分と遠大な話だな。
一瞬の思考の空白の後、意味を悟って、志信は頭を掻きやることしか出来なかった。
神様だから何でも出来るっていうことなのだろうか。あちらの……元居た世界に異世界を元にしたゲームを組み上げ、それを誰かに運営させて……本当の勇者となる人間を選ぶだなんて。
ゲームという名の……巨大な……勇者選別システム。そんなものが、現実世界の中に綺麗にはまりこんで存在していただなんて。
「それじゃ、みんなSOプレイヤーだったんだ?」
「お恥ずかしながら、年甲斐も無く熱中しておってのう」
言葉の割に堂々と笑う菊造に、少し気まずげに視線を逸らして小さく頷いた沙弥。いかにも高校生活を楽しんでいる今時の女子高生といったイメージの彼女は、ネットゲームにはまっていたというのは、友達にも秘密のことだったのかも知れない。
桜花は当然のことと、頷いて見せた。
「そういう志信は? SOのことは知ってたんでしょ?」
「俺は、もうずいぶん前に引退したんだよ。まだ続いてることさえ知らなかった」
「ずいぶん前って、どのくらい?」
「本当に前だよ……最後にログインしたのは中学2年だったかな。15年前か……」
「……うわぁ、それはずいぶん前だね。ってか、志信、おっさん」
「お、おっさんちゃうわ!」
20代はお兄さんなのである。強固な信念を持って志信は強弁したが、沙弥はにやにやとした薄ら笑いを浮かべるばかり。
「あたしまだハイハイしてたし、15年前」
「私は生まれてませんでしたね」
「わしは定年退職した頃だったかのう」
若造3人は沈黙する。菊造には誰も何も言えない。年の功とは偉大なものだ。
「……まぁ、そんなわけで、今のSOのことは全然わからないよ。15年も経ったらシステムも変わってるだろうし、キャラも流石にもう残ってないだろ」
「あれ、それじゃ、コンバージョンはどうしたの?」
体ごと頭を傾げた沙弥に、志信も同じように首をひねった。
「こんばーじょん?」
「そ、改宗。勇者なんて言っても、あたしたちみたいのがそのまま連れてこられて役に立つわけ無いじゃん。だから説明された時に、ゲームキャラのスキルとかを使えるようにして貰って」
「だから俺、説明受けてないって」
「あ、そだった。ごめんごめん」
てへぺろ、とばかりに舌を出してみせる沙弥に、ときめくよりはいらっとくる志信だった。
「さっき俺を助けてくれたあれも、ゲームのスキルってこと?」
「そうだよ。螺旋弓。あたし、妖精射手だったから。スキルコールするだけでびゅーんって矢が飛んでくんだから、スゴイよね」
「俺のやってた頃は、弓を使えるクラスは狩人と斥候ぐらいだったよ。そんなスキルも無かった」
「へー、15年前はやっぱクラスも少なかったんだね……」
感心したように言ってから、しかし、すぐに沙弥の表情が曇る。
「でも、てかさ。じゃあ志信はほんとに改宗も受けてなくて。なんていうか……生身のままなの?」
「……その改宗っていうの体験してないからなんとも言えないけどさ。スキルとかそんなの使える気配無かったし。ちなみに……あのさっきの狼みたいなのもゲームに出てきたモンスターなのか?」
「うん、荒地狼。レベル一桁台でも十分戦える雑魚モンスターだよ」
「……そうか」
なんとも暗澹たる気持ちになって志信は俯いた。
百歩譲ってイレギュラーというのはまだ良い、説明を受けられなかったというのも不満はあるが、こうやって必要な情報は得られたから良いとしよう。
だが、勇者として召喚されながらその力を授かれて居ないっていうのはどういうことだろう。
そんなに今まで悪いことをしてきただろうか。
仕事もそれなりに真面目にやってきたし、人付き合いは得意では無かったが、少なくとも回りの人を不快にさせないような気配りは心がけてきたつもりだ。ああ、若干後輩はからかいすぎた反省はあるけれど……ごめん雨宮。
だけど、こんな戦場に丸腰で投げ出されるような、悪いことはしていないと思うのだ。
もし自分の人生にこんな罰を受けるべき罪があるとすれば……いや、その罰はもう十分に受けたはずだと思う。
「ま、まぁあんま落ち込まないで、さ。ほら、あたし達が居れば少なくともモンスターに殺されるようなことは無いし」
「そうじゃ。命からがらとは言え、あんな状況で志信さんはまだ生き延びておる。運にも見放されてはいないということじゃて」
励ましの言葉を受けて、暗い気持ちが去ったわけではなかったが、少しばかり照れくさく志信は頭を掻いた。
「そうだな……釈然とはしないけれど、落ち込んでても何も始まらないのは確かだな」
顔を上げて、志信は、命の恩人である3人の顔を見渡した。
「改めて、助けてくれてありがとう。迷惑じゃなかったら、俺もしばらく同行させて貰って構わないだろうか」
「もちろんじゃよ、旅の仲間は多い方が良いと、昔から言うでは無いか」
ほっほと、名作ファンタジーの魔法使いのように笑う菊造に、志信も口元を緩める。
「爺さん、あたしそろそろお腹減ったな!」
「それじゃあ、またじじいが腕によりをかけて飯をつくってやるとするか。ああ、志信さん、あちらの世界で食べられるようなものは期待しないでおくれな。なにぶん手に入る食材が乏しいものでな……」
「ああ、いや、全然、いただけるだけでほんと、十分です」
慌てて手を振って、それから志信はため息をついた。
本当に、こんなみんな人の良さそうなパーティの人達と最初に巡り会えたのは不幸中の幸いと言うべきだろう、そう思う。
だがやはり、本当に自分は、何故連れてこられたんだろうかと言う不安……疑惑は、あくまで心からは消えなかった。
自分だけ説明も受けられず、スキルも与えられていない理由は……?
食事の内容で明るい会話を繰り広げる沙弥と菊造の横で、桜花だけはただ、感情の読めない眼差しを、物思いに沈む志信に送っていた。