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驚愕の一日二話更新です(

「ねぇ、爺さん。この人あたし達と同じ『勇者』なのかな」

「ではないかのう。スーツ姿なんてこの世界の人達でみたことないからのう……」

「その割には、荒地狼なんかに一方的にやられるなんて、なんだかね」

「ゲームの頃、よっぽど雑魚い初心者だったんじゃないですか?」

「……顔に似合わず酷いこというんだね」


 

 ……目覚めた時に、老人と女の子2人から見守られているというのも、なかなか経験することのない状況だろうなと、暢気にも志信は思った。さっき目覚めた時の状況の急変に比べて、今度の状況は気絶前とのつながりを容易に想像できたという安心感もあったかもしれない。


 そこは部屋の中だった。全面が木で張られた壁にぽっかりと口を開けた暖炉の中で、薪がはぜて、部屋を暖かい橙色に照らし上げている。山小屋とかログハウスという風情だ。


 志信は床に敷かれた布団の上に寝かされていた。気絶する前……助けてくれた人達に運び込んで貰ったんだろうと思う。見回すまでも無く、自分のことを見守るように木椅子に腰掛けた人影が、3つ。

 

 1人は大分年老いた男性だった。顔は皺に覆われているが、真っ白になった頭髪はしかしまだ豊かで、伸びた髭と相まって、仙人か、魔法使いかといった風情を醸し出している。体に纏ったゆったりとしたローブが一層その雰囲気を引き立てる。

 もう1人は、着崩した制服姿の学生。きっと高校生ぐらいだろう。ポニーテールにした長い髪は重たさを感じさせないようにわずかに茶色が入れられ、覗く形の良い耳にはピアスが煌めく。整った顔立ちと相まって、ちょっときつい印象を与える女の子だった。

 最後の1人は、先の女の子よりは幼い感じの子だ。髪型として整えたというよりは、邪魔だから単に纏めたと言った感じにお下げに束ねられた烏の濡羽色の髪。派手さはないが小ぶりで良く通った鼻筋と、薄造りの口元は日本人形を思わせる。


 有り体に言って、女の子は2人とも可愛かった。


――天国かと思いました。色んな意味で。


 そんなことを思った志信だったが、口に出さないだけの分別は身につけている。本音と建て前の使い分けこそ社会人としての第一歩。お電話いただきありがとうございます(作業の邪魔するな殺すぞ)。


 体を起こす。ふと、大怪我を負ったはずの肩に視線をやると、綺麗に包帯が巻かれていた。痛みもほとんど無い。


「……あの、助けてもらって、ありがとうございました」


 そう礼を述べた志信に、老人は相好を崩してみせた。


「いやいや、偶然通りかかって良かった。危なかったのう」

「俺……気付いたらいきなりあんなところに居て、その何が何やら」

「うむ。儂らもあんまり状況としては変わらんが……お名前を聞かせて貰っても良いかね? 儂は村井菊造(むらいきくぞう)と言う」

「名塚志信と言います。えっと、一応社会人で……」

「志信さんも、やはり召喚されて来たのかね?」

「……召喚?」


 首を傾げた志信に、3人は顔を見合わせた。

 老人……菊造の後を引き取るように口を開いたのは、ポニーテールの女の子だ。


「あたしは、倉橋沙弥(くらはしさや)ね。あたし達も気付いたらこの世界に飛ばされた口なんだけど、まずなんかすごい大きいホールみたいなところに集められて、説明受けたよね?」

「え……?」


 沙弥と名乗った女の子の発言に含まれる情報量に、志信は頭が追いつかずにしばらく固まってしまう。


 まず『この世界』と沙弥は言った。

 『この場所』でも『この国』でもなく、『この世界』

 その言葉の指し示すのは、ここがこれまで居た世界とは別の世界だということだ。


――異世界とかマジか……。


 仕事行かなくていいじゃん! というとてつもなく小市民的なファーストインプレッションを追い払って、志信は頭を抱えた。志信とて、小さい頃は異世界大冒険とか剣とか魔法とかに憧れた口だ。しかし、大人になって、アニメだのラノベだのといった趣味は継続しているものの、それはあくまで空想としての趣味に過ぎない。勇者だとか魔王だとかそんなことは現実にはあり得ないと、とっくに諦めていた。


 それが急にはい異世界ですと言われても……気持ちが追いつくには時間がかかる。


 それに、沙弥が告げた、他にこの世界に連れてこられた人間は説明を受けたという事実。

 自分には一切そんな記憶は無い。あの目眩からの気絶――恐らくあの瞬間にこちらの世界に転移したのだろうが――その間に、いくらなんでもそんな長い記憶の欠落が起こったということは考えにくかった。

 つまり、自分はこちらに転移した人間の中で、唯一説明を受けていない、イレギュラーだということだ。


――オンリーワンと言えば、流行だし語感も良いけど、悪い方向にオンリーワンだもんなぁ……。


「あのさ、沙弥ちゃん」


 そう呼びかけた志信だったが、ぎろりと睨まれて思わず肩をふるわせる。


「沙弥でいい。ちゃんなんて子供扱いしないで、気持ち悪い」

「あ……はい」


 素直に答えて、縮こまる。高校生らしい背伸びした感覚だなんて思いながらも、それを口に出す勇気は無かったし、女子高生に気持ち悪いと面と向かって言われると、社会人のお兄さんとしては結構クるものがあった。まだおっさんではないのである、決して。


「沙弥は気が強くてのう。まあ儂ぐらいの歳からすれば、元気が良くてちょうど良いぐらいだとは思うんじゃが」

「爺さんは黙ってて」


 同じ眼差しを向けられながらも、菊造は流してかっかと笑う。

 

「えっと……それじゃ、沙弥。俺はどうも、どうしてかわからないけど、その説明を受けてないみたいなんだ。良かったら、簡単にで良いんで、どんな感じの説明だったのか、教えて貰えないかな」


「構わないよ。いきなりこんなとこにぽんと1人放り出されたんじゃ、そりゃ困っただろうしね」


 そんな返事に、志信はきょとんとしてしまう。

 あんな風に睨まれたから、また文句の一つも言われるかと思ったが、むしろ優しげな目をして気遣う言葉を沙弥はくれたのだった。

 外見はきつく見えるが、中身は優しい子なのかも知れない。


――これがギャップ萌え……これがリアルツンデレという奴か……!


「……なんか文句あるなら聞くけど?」


 胡乱げな視線を向けられて、志信は慌てて手を振った。


「いや、是非お願いします!」


「なんだかね……いや、あたしも正直突然のことで呆然としてて、そんなにしっかり内容把握できたわけじゃないから偉そうなことは言えないんだけどね」


 そんな謙虚な前置きをして、沙弥は語り出す。


「説明してくれた奴は、この世界の神様みたいなもんだって言ってた。あたし達をこんな目に遭わせた目的は有りがちだけど……この世界を救って欲しいってこと」

「この世界は『エファルゲード』と言うらしいのう。もしかしたら、単にこちらで『世界』を示す単語なのかもしれんが」


 手にした小ぶりなメモ帳をめくりながら、菊造が補う。


「この世界は……何か危機に瀕してるってことなの?」

 

 志信の問いかけに、沙弥はこくりと頷いた。


「これもまた有りがちだけどさ……魔王の復活が差し迫ってるんだって。魔王はこっちの時間で、150年前に現れて、世界を滅ぼしかけたらしい。なんとか世界の人達が力を合わせて封じ込めたらしいんだけど、その魂が蘇りかけてて……だから、魔王を倒すために力を貸して欲しいっていうのが、その神サマからのお願い」

「……有りがちだけど、なんか他力本願な話だね。この世界のことなんだからこの世界の人達がなんとかするように仕向けたらって気がするけど」

「あたしも正直そう思ったよ。でも、なんでか知らないけれど、魔王を倒せるのは異世界から召喚された勇者だけなんだってさ。だから、150年前もあたし達みたいに召喚された人達が魔王を封印したんだって」

「へぇ……」


 へえとしか答えようが無かった。


「本当にRPGの世界だな……」


 魔王だの勇者だの。小さい頃に遊んだRPGのお話そのものだった。

 憧れた。勇者になりたいと。悪を倒して、世界を救える勇者になりたいと。

 誰もが通る道だろう。それなのに、誰もが諦めてしまう道。


――俺が諦めたのは……さ。

 

 独りごちた志信の声を聞き止めて、沙弥は何とも言えない表情で頬を掻いた。


「まあ、ある意味本当に、RPGの世界なんだけどね」

「うん?」


 小首を傾げる志信に沙弥は、ため息をつく。


「SOってオンラインゲーム、知ってる?」


 その単語に、少しきょとんとして、しかし、脳裏をくすぐられる感覚に、志信は顎に手をやった。

 確かに……聞き覚えのある単語。掘り起こした記憶の隅から、それを見つけるのにそれほど時間はかからなかった。


「セイバーズオンライン……知ってる。あれ……まだサービス続いているんだ」

「うん。まだ十分人気だよ。それでね、この世界はさ、SOの世界なんだ」

「……え?」


 きょとんとした志信に、沙弥も困ったようにまた、頬を掻いて見せた。

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