狐は鬼畜らしい
転校初日、さて、私は鉄板のごとくハマっております。何にって、もちろん、主人公が転校すると迷うというベタ展開だ。
いや、私にそんなのを望んでいないのはわかっているが、それでもだよ。
迷ったわー。まじどないしよかー?
いやね?そーんなに複雑な造りじゃないのよ。だけどさ、ほら、不良校だからさ?壁に落書きとか物凄くあるのよ。方向とかわかんねーっつーのよ!
それでも歩き続ける私って偉いと思う。
「……おっ」
ふらりふらりとさまよっていると、後ろから何かが走ってくる音がした。
小さく声を上げて、後ろをちらりと見ると―――――
「はっひっ、ふぅうー!!!」
「ひいっ!」
思わず悲鳴を上げた。
ドレッドヘアーの男子生徒が全速力でこちらに走ってきている。その後には誰かが追い掛けているようだ、人影が見える。
これに恐怖を覚えずして何になる!!!
私は悲鳴を上げた後、ビタリと壁に引っ付いた。その横をドレッドヘアーの男子生徒が顔を青くしながら全速力で駆けていった。
風が私の髪を巻き上げる。……スッゲーなはえーな!!
「待てコラ藤……って、あれ、祐葉ちゃん?!」
ハジメさんかぁあーーーーい!!!!
オールバックにした髪は全然乱れていない。…え?本気で走ってないの?
「ハジメさん…何やってんすか…」
「何って…追いかけっこ」
「嘘をつけえええ!!」
「祐葉ちゃんこの前から酷くはないかな?!」
だってどう見ても追いかけっこじゃなかった。一方的な…そう、いうなれば狩猟、狩りだ。
熊を追いかける狐みたいだった。
「と言うか…どうしてここにいるんだ?理事長室に来いと言っていたはずなんだが…」
「あぁ、迷いました」
「………まぁ、うん、そうなるだろうな、ごめんな祐葉ちゃん」
ハジメさんは迷ったと聞くとキョロキョロとあたりを見回し、深く頷いた。
そう思うんなら掃除しましょーやハジメさんや。
「じゃ、とりあえず行くか。着いてきてな」
「はーい」
キビキビと進むハジメさんに付いていくと、ものの一、二分で理事長室に着いた。あるれぇえー?
ハジメさんがドアを開けて招き入れてくれる。失礼します、と一応声を掛けてから入った。
中には茶色の座り心地の良さそうなソファが向き合って二つ、置いてあった。奥にはこちらを向く重そうな机。
ハジメさんはソファにと勧めたので、座った。ハジメさんは、なにやらスマホを弄っておられる…。
「ふっかふか…」
「気持ちいいだろう?」
「遊びに来ます」
「はいダメー」
軽口を言い合うと、控え目なノックが聞こえた。
ハジメさんはその音に目を輝かせて、入るように促した。
誰だろう?
「失礼します」
入ってきたのは、おじいちゃんだった。小さい眼鏡が鼻の上に乗っていて、白髪が素敵ですね。
……うん、やっぱり漫画みたいにイケメン先生来るわけないかー。はは。まあいいか。某あくまで執事な漫画に出てくるおじいちゃんに似ているし。あー、髭があれば……!!
「祐葉ちゃん、紹介しよう、こちらは田辺先生だ。祐葉ちゃんの担任で柔道部の顧問だ」
「こんにちは、田辺です、宜しくお願いします」
田辺さぁぁーーーーーーん!!いや、先生!!
名前にてる!!!あああなんで『べ』なんですか『か』にしましょうよ!!
私は思わず萌えてしまった。いや、仕方ないだろう、リアルタ○カだぞ、リアルタナ○!!
心の中で絶叫していると、ハジメさんが今度は私を紹介し始めた。
「田辺先生、こちらは大塚祐葉さんだ。俺の友人の娘でな、ここの連中よりは真面目だから見守ってやって欲しい」
「ちょっと待たれよハジメさん」
「ええ、分かっていますよ。さ、大塚さん、教室に行きましょうか」
「あっはい」
田辺先生でもスルーすることなんてあるのかと呆然としながら、ハジメさんを睨んでやった。
するとどうだ、ハジメさんはニッコリと笑って言うのだった。
「リアルタナ○さんだろ」
確信犯めええええ!!ナイスだよハジメさん!!ってそうじゃない。そうじゃないんだよ!
私はニコニコと笑う田辺先生に促されながら、ニヤニヤと笑うハジメさんを睨みつけつつ、理事長室を出た。
「そういえば、田辺先生、ここの生徒は派手な方が多いと聞きましたが、廊下に誰も出ていないんですね」
歩きながら、気になることを聞いた。
そう、迷っていながらも思っていてのだが、不良校と有名なこの楓茗高校だが、誰も廊下に出ていない。理事長が知り合いということもあり、少し遅めに登校した私だが、それにしたっていなさ過ぎやしないか。
だって不良校だよ?不良がいてなんぼな学校だ。八時半過ぎでも誰もいない。
その疑問を田辺先生ぶつけて見ると、田辺先生はニコニコとしながら答えてくれた。
「ああ、そうですねぇ。理事長が代わってから、少しずつ規則が厳しくなっていますから」
……いやいやいやいやいや、それだけじゃないぞ、きっと。そんな規則が厳しくうんたらってだけで、不良がそんな大人しくなるもんじゃないと私は思っている。
しかし田辺先生の話には続きがあった。
「まぁ、一番は理事長の作った、新しい校則のせいですかね」
「…校則?」
嫌な予感しかしない。
そして、その校則は私にも適用されるんだろうなぁ…超怖い。
「校則を破ったら、理事長直々に罰が与えられます。もちろん、体罰ではありません。人それぞれ違う物が与えられます」
…いや、さ。あの、田辺先生?それ、にこやかに話す内容じゃなくないですか?
聞いただけではそこまで怖くないように思われる。しかし、あのハジメさんだ。人それぞれ違う物が与えられますって、きっとエグイものばかりなのだろうなぁ…うん、超怖い。
そんな事を話していると、あっという間に教室に着いたらしい。
「では、入ってください、と言ったら入ってくださいね」
といって、田辺先生はさっさと教室に入って行ったが……いや、あの、田辺先生、それ意味無くないですか?だってここの学校、廊下側にも窓付いてるし。教室の中丸見えなんですよねー。つまりは廊下も丸見えなんですよねー。
今だって田辺先生の話聞かないでこっち見てますけど。
それにしたってカラフルな頭だ。私も軽く色を抜いているから茶色だけど、焦げ茶だ。それをはるかに超える色合いに目がチカチカする。
と、そこで田辺先生に呼ばれた。
「大塚さん、どうぞ」
「はい」
三十人ほどに見詰められながら、教室に入る。
田辺先生の隣に立つと、田辺先生が紹介をしてくれた。
「大塚祐葉さんです、皆さん、仲良くするんですよ」
で、終わり。さっさと席に付かせてかれるみたいだ。ちょっと拍子抜けしたけど、転校生からすれば嬉しいことこの上ない。
田辺先生はきょろりと教室を見渡すと、ざわめく教室の中央に目を留めた。
え、まさか……
「大塚さん、あなたはあの真ん中の席です」
まじかぁぁぁあ!不良に囲まれるのか私!
顔を引きつらせている自信がある。が、他に席はないのだろう、覚悟を決めてその席に近付く。
椅子に手をかけると、横の席の人と目が合った。
金髪ロングに蛍光ピンクのメッシュを入れた女子だった。
「えっと、よろしく」
とりあえずそう言うと、その女子はまじまじと私を見つめた。その視線に戸惑いながらも、席につく。
さると、その女子は体ごとこちらに向き直りニッコリと笑った。
「あたし安芸ってゆーの。大塚さんよろしくー」
「うん、よろしくね、安芸さん」
思ったより普通の子だった。いや、ほら、不良ってイメージだとさ、オラオラ系とか、ケバケバ系とか、さ。
まあケバケバ系ではあるけれど、全然嫌な不良じゃない。
そのことに安心して、もう一度よろしくと言ってみた。
すると、その事になぜか驚かれた。なぜや。
安芸さんが口を開いたけど、その前に田辺先生がHRの終わりを促したので、いったん話は途切れた。
「大塚さんって、普通の子だよね?」
田辺先生が教室を出ていった瞬間、安芸さんは声を掛けてきた。
…普通?え、それは平凡すぎてウケるー!という類だろうか。
「ほら、うちらってさ、世間でいう不良ってやつじゃん?その中に不良っぽくない子が来たからさー」
違うっぽいわ。
なるほど、確かにそう思うだろう。私もそう思うものー!
なので、正直に言ってみた。
理事長が知り合いで、すぐに転校できたんだー、と。
「…え?理事長?」
途端に青くなるのは見物だった。耳を澄ませて聞いていた周りのクラスメートも青くなっている。
あれ、これはもしかして、理事長が怖くてお友達できませんフラグ乱立?まじか。
「…大塚さん、理事長と知り合い?」
「え、なにそれ」
「理事長?」
うるさかった教室が更にうるさくなった。
……これはリアルに友達出来ないかもなぁ。ハジメさんの野郎。
とか何とか思っていたら。がしっと肩をつかまれた。
「え?」
「大塚さんっ!あんた、苦労してんでしょ……!!」
「あの、」
「あの鬼畜理事長だもんね!苦労しないはずが無い!!」
「えっと」
「愚痴とかなら何でも聞くからね!このクラス皆大塚さんの味方だからさ!」
うんうん、と頷くクラスメートに思ったのは二つ。
まじか。と、ハジメさんどんだけー、だ。
取り敢えず、ハジメさんのおかげで友達出来た。めちゃくちゃできた。だって一日でクラスメート全員とか思わないでしょ。一気にlineに三十人ほど追加された日だった。
「あ、安芸さん、私大塚ってあんま呼ばれないし、祐葉でいいよ」
「あ、ほんとー?じゃあ祐葉って呼ぶね。あたしのことも安芸って呼んで」
見た目は不良だけど、なかなか優しい。楽しくなりそうな予感に、思わず笑ってしまった。
お父さんに報告することが増えて、嬉しいなぁ。