卒業式
「えーと…あとは天幕と……イスかな」
周りを見渡しながら、今日中に出来る事を見極める。
「会長、イスの数はどうしますか?」
「あーそうだね。3年生の人達の分と保護者と……来賓の人達かー……とりあえず、3年生と保護者の方のイスだけでも揃えちゃって」
「分かりました」
来週は卒業式。私達が尊敬した先輩達の晴れ舞台。
絶対に成功させてみせる。
「肩に力が入り過ぎだな」
体育館の入り口から聞き覚えのある声が……でも、あの人はここには……。
「用ないですよね」
「開口一番から酷いな〜」
卒業式の主役が何故ここに?
「会長はお暇なのですか?」
「今の会長は君だろうが。……まぁ、大学も決まったし暇っちゃ暇かな」
大学の話しは聞いた。名門校だと……そして、遠い事も。
「おーい、ボーッとしてるぞー」
「あ、はい!……なんですか?」
「いや、ボーッとしてたから」
「ボーッとなんてしてません」
疲れているのだろうか。
卒業式の準備も大詰めだというのに、自分の健康管理すら出来ないとは我ながら情けない。
「あんまり、根を詰めるなよ」
「会長はたまには根を詰めて下さい」
「それはイタいな〜」
会長は苦笑いをしながら、イスを並べている生徒を見つめていた。
「会長?」
「ん?……あぁ、なに?」
「会長こそボーッとしてましたよ」
「いやね……」
会長はそこで一度言葉を区切り、何を思ったのか私の頭に手を置いてきた。
「俺も卒業なんだなって思ってさ……3年間はあっという間だった」
会長は私の頭に置いた手で、私の頭を撫で始めた。
「会長……」
「なに?俺らしくないって?」
「いえ、そうではなく」
「ん?」
「手をどけて下さい」
「ちぇ」
「『ちぇ』じゃないです」
「嬉しそうな顔してたくせに」
「なっ!……してません!」
自分でも分かる程、顔が赤くなってる気がする。
「ま、からかうのは辞めるとして……本当……あっという間だったな」
「会長……」
「ふっ……本当、俺らしくないな」
いつもふざけていた会長とは違って、今の会長は私の知らない顔をしていた。
「邪魔しちゃ悪いしな。俺はそろそろ行くよ」
「暇なのにですか?」
「暇暇言うなよな。事実だけど」
いつの間にか、会長の顔は私の知っている楽しそうな顔をしていた。
「暇ではあるんだけど、さっき後輩から呼ばれてな」
え?今なんて?
「初めて話した子なんだよな。なんの用かな」
「男子の生徒……ですか?」
私は何を聞いているのだろう。
「いや、女子女子。だから、余計に呼ばれた理由が分からんのだよ」
「そ、そうですか……」
鈍感……。
この時期に後輩の女の子から呼ばれるなんて、答えは一つしかないじゃん。
「まぁ、行けば分かるからいいんだけどさ」
会長は『何の用かな〜』とぼやきながら、体育館から出て行ってしまった。
「……バカ。本当に会長は昔からバカです……」
幼馴染。そんな関係は小学生で終わった。
今はただの先輩と後輩……決して昔の様な関係には戻らない……戻れない。
『卒業生、入場』
私も含め、この場にいる全員が体育館に入ってくる人達を歓迎の拍手で迎える。
「うぉー!桂先輩、サッカー部は俺達が守りますっ!」
「先輩……先輩っ!」
体育館に入れない一般の生徒は入り口で挨拶をしている。
それより私はこの後に待ち構えてる、在校生代表としてのスピーチで頭がいっぱいだ。
『卒業証書授与』
卒業式はなんの問題もなく進行していく。
スピーチの事で緊張してるものの、卒業式が進むにつれ何か……何かが込み上げて来るものがある。
『在校生代表による挨拶です』
とうとう私の出番だ。
「大丈夫大丈夫」
自分を勇気づけながら、舞台に上がる。
舞台の下には卒業生、その保護者に来賓の方々が……人の多さに急に心臓が激しく動き出して来た。
それでも、失敗はダメだ。会長だって見ているんだし、何より私のせいで台無しにする訳にはいかない。
「え、えっと……あ、あっ!そ、卒業生のみなちゃ……」
噛んだ。
いや、そうじゃない。どうすればいい。
私はどうすればいい。このまま続ければいいのか?何をどうすれば──。
「肩に力が入り過ぎだっ!」
「えっ?」
卒業生達が座っているちょうど中央。
そこには私の見知った顔の人が、立ち上がっていた。
「お前はいつも肩に力が入り過ぎだ!」
その卒業生は……会長は周りの視線を無視し、私に大声でそう言ってくる。
ただ……何故だろう。会長の言葉は何故か、スッと入って来る。
「すぅ〜……はぁー」
『会長はいつも舞台に上がっても、大丈夫ですよね』
『俺だって緊張ぐらいしてるさ』
『でも』
『失敗を恐るな。前を向け』
『え?』
『俺の格言だ。カッコイイだろ?』
頭にそんな思い出が。ただ今なら分かる。
失敗を恐れてても意味ない。恐れてないで、前を向いて──。
「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます!」
今は3年生を……会長を見送るんだ。
「ありがとうございました」
卒業式は無事に終わり、先輩方は後輩達に挨拶回りをしている。
「最後の最後まで世話のかかる後輩だな」
会長は笑いながら、私の頭に手を置いてくる。
「だから、頭に手を置かないでくだ──」
「昔から本当に手のかかる」
昔から……その一言、なんのたわいもないその一言でもう会長に会う事が出来なくなるというのが、急に現実味を増してきた。
「会長……」
「って、なんで泣いてるのっ!?」
言われて初めて気が付いた。
目元に指を持って行くと、確かに濡れていた。
「お、おい。大丈夫かよ」
「行かないで……」
「ん?今、なんて?」
「遠くになんて行かないで下さい!」
一度開いた口は止まってはくれなかった。
「好きなの!ずっとずっと昔から……だから……」
だから……どうして欲しいのだろう。
「だから……だから……」
「付き合うか」
「え?」
「うん、それがいいな」
今、何て言った?
「さーてと。他の奴等にも挨拶でもしてくっかな」
「え……いや、会長。今なんて」
「嫌か?」
「嫌とかそうじゃなくて……」
そーゆ問題じゃない。じゃなくて……。
「えっと……だから」
「本当、想定外の事が起きるとすぐテンパるよな」
「だ、だって!ちゃんと答えてくれないから!」
「はぁ」
「な、なんで溜息なん……ッ!?」
文句を言おうとした。
でも、その文句は最後まで言えなくて……私の口は塞がれてしまった。
「はい、これが答えな」
「……」
思考がついていかない。
今何があって、どうなった。
「おーい、ボーッとするなー」
「……」
「はぁ」
私は今、何をされた……。
「おい」
「あ、はい!」
方を揺すられ、やっと我に返った。
「俺もお前が好きだ」
「えっ!?はっ?いや、え?」
「だから、付き合おう。遠距離になってしまうけど、俺はお前だけを好きでいる」
「……」
「聞いてるか?」
好き?誰が?
私が?会長も?
両想い?
「おーい」
「本当?」
「ん?」
「会長と付き合えるの?」
「お、おう」
「昔みたいに話せるの?」
「昔?」
「昔みたいに……一緒に楽しく出来るの?」
今なら自分でも分かる……私は今、泣いている。
「小さかった頃みたいな楽しい時間が……戻るの?」
「……幼馴染」
「嫌われてると思ってた。だから、戻れないと思ってた」
「違う……そうじゃない」
「……」
「俺はいつの頃からか、お前を意識してしまって……」
「……」
「ごめんな」
私はずっと怖かった。
嫌われてるんじゃないか、何かしてしまったんじゃないか。
そんな無限ループのような考えがあった。
でも……。
「私を幸せにしてよね」
「お、お?」
「バーカ」
「いきなりバカって……」
なんか楽しくなってきた。
「バーカバーカ」
「ちょ、お前より頭良いぞ」
「ふっふーん」
「なんか、偉そうだな」
「私は偉いのです。会長ですから」
今はとても気分が良い。最高の気分だ。
「おっと、生徒会の面々が呼んでるぞ」
「あ、本当だ。行くよ……会長!」
会長……私の幼馴染で私の彼氏で、そんな彼の手を引っ張って行く。
「お、おい」
戸惑いの声が聞こえるが無視して、皆がいる場所へ。
とにかく私は今、世界で一番の幸せ者だ。
卒業式……まだまだ先ですね(笑)
友達にお題を頼んだら『卒業式』と言われてしまったので、書いてみました。
上手くはないと思いますが……感想、お待ちしております。