それでも僕はリア充になって爆発する道を選んだ―3
どれくらいの時間が経っただろう。
ゆっくりと、扉が開いてしまった。
「きてしまったんだね……」
僕の身体が、しっかりとした足取りで病室に入ってくる。
決意に満ちた表情をしていた。
「君は、リア充になってくれ」
僕は、歩み寄った僕に言う。かすれた声で。
――リア充。
彼女、今僕が入っている肉体の持ち主の本名でもあるリア充。僕を見捨てででも、君は充実した現実生活を送って欲しい。
見えない何かに願うのではない。ただ君に願う。
「もう一度言うよ。お願いだ、君は、リア充になってくれ」
どうか見捨てて欲しいと願う。それは、きっと、僕の贖罪みたいなものだ。
彼女が頷いたので、僕は安心した。見捨てて幸せになってくれるんだと思った。
けれど。
「あなたも一緒じゃなきゃ、わたしはリア充になれない」
「でも……」
それじゃあ、いつかは爆発してしまうじゃないか。
いつも隣にいたら、いつも触れ合う危険があって……。
「メール、ちゃんと全部見てたよ。留守電も全部きいたよ。ごめんね、返信しなくって」
「そんなの……」
「記憶を失ってたけれど、メールを見たり、留守電をきいたりしているうちに、全部思い出した。ごめんね。今までずっと助けてあげられなくて……」
「別にいいんだ。ただ、ここは世界の主宰者を名乗る変なヤツがいて危ないから、早く、逃げてくれ」
「そういうわけには、いかないわ」
そう言って、僕に手を伸ばした。右手に触れようとした。
僕は、触れ合いたいと心から思ったけれど、必死に引っ込めるしかなかった。リアミツルと僕が触れ合うと、爆発するっていうんだから。
でも、だけど、彼女は、そんなことは知っているとばかりに微笑んだ。
爆発によって全てを終わらせる気なのかもしれない。この永遠に続く苦しみから逃れるために。
身体がうまく動かない。避けることはできなかったし、実を言うと、避けたいとも思わなかった。知っていてなお、触れ合いたいと思ってくれることが、とても嬉しかった。たとえ全てを終わらせて苦しみから逃避するためなのだとしても。
僕の身体が、ベッドに座った。そのまま覆いかぶさるようにして近付いてくる。
僕の右手が頬に触れた。くすぐったくて、すごく幸せだと思った。
たとえ一瞬だけでも世界で一番のリア充になれるなら、爆発しても良いかもしれないとすら思った。
僕の右腕が吹き飛んだ。目を丸くした。本当に爆発した。
僕の左手が、布団を剥ぎ取る。
僕は彼女の弱った身体を強く抱きしめた。
僕は爆発した。
★
俺の主宰する世界で、二人に並々ならぬ苦痛を味わわせ続けてやった。そして、最後の締めくくりに、見たいものがあった。
それは、爆発。そう爆発。ここは、そのための世界だ!
「リア充を爆発させるためだけに生み出した世界だ! そらァ! リア充は爆発しろぉおお!」
俺の掛け声と共に、男の腕は吹き飛んだ。
「爆発、爆発ゥ!」
二人は抱き合い、その瞬間に男は大爆発した。リアミツルの肉体も、爆発に巻き込まれて跡形も無くなった。
『――僕は爆発した。』
最後の一文を打ち込む。
これで、主人公とヒロインの爆発と共に、リア充爆発物語は終わった。俺はキーボードから手を離し、頬杖をつきながら自分の書いた文章を眺める。
「いい話だなぁ。うん、いい話だ。互いに相手の幸せを願った末、爆発するとわかっているのに、それでも愛し合いたいと思う。互いに触れ合おうとする。なんともドラマチックだ」
互いに入れ替わるという設定があるからこそ、通常より強く心を通わすことができ、認め合うことができる。共通の敵に立ち向かうことで結束を強めるが、しかし最後は、愛ゆえに爆発する。我ながら感動的で、そして残酷で美しい終わり方だ。
「ククク……それにしても……ようやく、爆発に成功したか……ククク」
笑いが抑えきれない。
「フフフ……ハーッハッハッハハ! ついに、ついにやった、やってやった! ついにリア充を爆発させることができたぞ。ざまぁみろ!」
『――それはどうかしら』
「ぬ、何だ……何だこの声は……この、頭の奥に直接響いてくる透き通るような女の声は……」
『こんばんは、世界の主催者さん。わたしは、リア充。リアミツルという名よ』
「リア、ミツルだと?」
『残念だけど、あなたの計画は失敗したわ!』
「何だ、どういうことだ? 何が起きている? まさか、俺の目を盗んで、勝手に物語の世界から脱出したとでも言うのか!」
『そもそもの計画が穴だらけなのよ。よく聞いてね世界の主宰者さん。あの世界で爆発したのは、足立くんだけ。わたしの身体は、爆発の被害を被っただけで、わたしが爆発したわけじゃない。わたし、リアミツルは爆発に巻き込まれただけ。つまり、リア充は爆発していない』
「へ、屁理屈をォ……」
『他にも言いようはあるわ。わたしは、爆発した時、充実してはいなかった。だって、その肉体は、わたしであってわたしじゃなかった。違う人の肉体を借りていただけだった。それって本当に「充実している人」って言えるのかしら。爆発したのは「充実していない何か」だったんじゃないかしら』
「ぐぬぅ! 何を言っているのか、わからぬ!」
『ねぇ、とぼけないでよ、世界の主宰者さん。状況が、どうなってるか、わからない?』
「くそッ、黙れ。黙れ黙れ黙れぇえええ! 幻聴だ! 幻聴だ! これは幻聴だ! 幻聴! 幻聴以外の何ものでもない! 幻聴なんだ!」
俺は頭をパソコンデスクにガンガンぶつけたが、頭に響く声は止まない。
『あなたが創った世界は、リア充を爆発させるためだけに創られた呪いの世界よね。でも、リア充が、それに気付いて爆発を回避した。これは、どういうことだと思う?』
まさか、この娘、俺に操られているとみせかけていた……?
すべてわかった上で、あえてリア充じゃない状態で爆発してみせることで、呪いのベクトルを変化させたと言うのか!?
「やめろ! やめろやめろやめろやめろ、うわああああ!」
『そう、つまり、あなたの呪いが破られたということ。呪いが破られたら、呪いをかけた人に、一億倍返しくらいで、返って行くものよね』
リア充の呪い返しの言葉は、俺の胸にザクリと突き刺さった。
「あああああああああああああああ!」
返って来てしまった呪い。
俺は、急に画面の中から飛び出してきたどす黒い渦に吸い込まれて、そして、自分が主宰していた世界に……堕ちた。
吸い込まれていく。呑み込まれていく。
何とか戻ろうと、もがいても、もがいても、身体がうまく動いてくれない。
光が、見えなくなった。
目を開いた時には、あるはずのパソコンが無くて、かわりに、リアミツルと足立面人の姿があった。
閉じ込められてしまった。苦痛に満ちた世界に。
敗北した俺は、俺が主宰していたはずの世界で、リアミツルと足立面人が楽しそうに充実した日々を過ごしている姿を見せつけられながら、何度も爆発を繰り返している。
死にたくても死ねない。
「なんて地獄だよ……」
だけど、受け入れなくちゃいけない。
俺は、リア充に敗れたのだ。
★
目を覚ました僕は、何かあたたかくて、柔らかいものを枕にしていた。
何だろうかと思って、頭上の柔らかい何かを手まさぐってみたら、「キャッ」という小さな悲鳴の後、頭を引っ叩かれた。
「君は……」
「やっと起きたわね、足立くん」
「リア、さん?」
「あのさぁ、足立くん、わたしが駅のホームのベンチなんていう、とっても目立つ場所で膝枕してあげているのに、うなされるとか、少し失礼じゃないかしら」
彼女は元気そうだった。病弱そうな感じなんか全くなくて、すごくハキハキと喋っている。
「夢……?」
「何が?」
「いや、えっと、あのさ、リアさん、僕のこと変なヤツだって思わずに聞いて欲しいんだけど……実は、僕たちが、爆発してしまう夢を見たんだ……すごくリアルで、僕たちは苦しみ抜いて、精神が入れ替わったりして、最後には大爆発してしまうんだ」
彼女は、しばらく沈黙した後、こう言った。
「その夢には続きがあってね」僕の頭を撫でながら、「リア充になりたいくせに、他人を攻撃するような、卑屈で歪んだ根性を持ったヤツは、聖なるリア充に敗北したから、大丈夫」
「え?」
彼女が、何を言っているのか、わからなかった。
何なんだろうなと寝ぼけた頭で必死に考えていると、僕の頭は、彼女の両手に掴まれた。
リアミツルは、強制的に僕の頭を柔らかなふとももから引き剥がし、無理矢理に起こすと、駅のホーム、自動販売機のある方を指差した。
そこには、一人の冴えない男がいた。
彼は、こちらをぼんやりした目で見ていた。
「見てて」と彼女が言う。
リアミツルは、ホームに立つ男に、ニコリと笑いかけた。
男は戸惑ったように、左右をキョロキョロする挙動不審な動き。
刹那、その男は爆発した。
「うそだろ……何が、起きたんだ……?」
「あれが、世界の主宰者だった男。わたしたちを爆発させようとしていた非リア充よ」
「……あ、なるほど、因果応報ってやつだな」
目の前で人が爆発したのに、なぜか晴れがましい気持ちでいっぱいだった。
爆発の煙が晴れ渡ったところには、まだその男がいた。痛みに呻き声を上げながら立ち上がろうとしている。あの爆発に耐えるとは、すごく丈夫だ。
僕たちは立ち上がり、しっかりと手を繋ぐ。男に背を向け、駅のホームを同じ歩幅で歩き出す。
リアミツルが、手の繋ぎ方を変えた。
また爆発音がした。
好きだよ、と僕が言う。わたしも、と君が言う。
「うあああぁぁぁぁぁ……!」
爆発音と共に、悲鳴が遠ざかっていった。
僕たちは改札を出て、駅の外に出る。
「足立くん、わたしの家に行こう」
「そうだね、お邪魔しようかな」
僕たちのリアルは、とても充実している。
僕たちは脈絡なくキスをした。
また遠くから、たぶん上空から、花火みたいな盛大な爆発音がした。
【おわり】




