それでも僕はリア充になって爆発する道を選んだ―1
はじめは自業自得だと思った。リアさんのやってることといったら、完全にストーカーだったから。
だって一日にメール三百通送りつけてくるとか異常としか言いようがない。電話五十回かけてきて、一回だけ留守電を取ってみたら、すすり泣く声が吹き込まれていたのは、もはや恐怖を感じるレベルだった。しかも、僕は彼女に連絡先を教えた記憶が無いのに、だ。
メールアドレスを教えた記憶も無いのに長文メールが送りつけられてきて、あまりに不審だったので、僕はそれをろくに読まずに消去した。その後も読まずに消去し続けた。
幾度となく鳴る電話も、彼女から掛かってくる時には通話ボタンを押さなかった。
でも、どれだけ無視しても、メールや電話が止むことはなかった。
彼女はリアミツルという名前であり、驚いたことに漢字で書くと「リア充」というのが本名だったから、とんでもないリアルが充実した女の子なんだろうなって、初めて会った時は思っていた。けど、すぐに、そんなのとは程遠い、ひどい名前負けだって思うようになった。
こんなに、僕にメールやら電話やら仕掛けてくるってことは、彼女の日常は、ちっとも充実していないだろう。本当に、リアミツルなんてのは名前負けしまくりだなって思う。リア欠ケルにでも改名した方が、しっくりくるんじゃないかって思うほどに。
病室のリアミツルは、今にも死にそうだった。
どうやらリアミツルの携帯を見たら連絡先が僕しか無かったため、僕が呼び出されることになったようだ。僕は彼氏でもないし、家族でも何でもないのに。
もう助からないみたい、と、看護婦が深刻そうに言っていたのを、偶然きいた。その時は、特に何とも思わなかった。
ゆっくりと扉を開けて、部屋の奥を見る。
彼女が、ベッドに横たわっていた。
「きてくれたんだね……」
もともと白い顔をさらに青白くしながらも、嬉しそうに笑って僕を見ていた。
そんな姿を目の当たりにした僕は、彼女を助けたいと思った。
彼女の大量の迷惑メールや迷惑電話で嫌な思いはしたけど、目の前で弱り切った姿を見てしまったら、やっぱり生きていて欲しいと思った。
「わたし、リアじゅうに、なりたい」
彼女は、傷一つ無い綺麗な手を伸ばしてそう言った。
僕は、その手を掴まなかった。
――リア充。
リア充、か。
もしも願いが叶うなら、彼女の命を助けてあげて欲しい。そしてリア充にしてあげて欲しい。彼女だって、一度生死の境をさまよえば、改心してマトモな女の子になってくれるはずだって根拠なく思うから。
誰に願えばいい。医者がサジを投げたことを、何に願えばいい。神様か、悪魔か、仏様か。
何でもいいから、叶えてくれ。
欲張りで、敬虔さのカケラもない願いを心で唱える。
強く強く、真剣に。
彼女を助けてくれと。そしてリア充にしてやってくれと。
そうしたら、本当に人ならぬ何かの声がきこえた。
『助けてやってもいい』
神か、仏か、悪魔だろうか、あるいは妖怪や悪霊の類のしわざかもしれない。それともただのプラズマか。
僕は、その頭の奥に響く声と会話を交わす。
「本当か?」
『その娘の命を助ければ良いのだろう。簡単さ。やってやる。ただし――』
「ただし……?」
『この娘の命を助けるかわりに、二つも願いを叶えたいと思った欲深い人間からは、代償をいただくとしよう』
その日、僕はリアミツルになった。
僕は、身体の弱いリアミツルの肉体になってしまった。かわりに、僕の、足立面人の肉体は今、彼女のものだ。入れ替わってしまったのだ。
目を開けたら、病院の天井が見えて、すごく戸惑って、夢なんじゃないかと思ったけど、夢じゃなかった。僕は、女の子の身体を手に入れていた。
すぐに退院して、リアミツルの家に行った。
不幸中の幸いだったのは、彼女がアパートに一人暮らしだったことだ。両親とは非常に仲が悪いらしく、別々に暮らしていた。友達もいなかった。中身が入れ替わったことがバレにくくて幸運だと思った。
でも、そうでもないことにすぐに気付いた。肉体が、以前の肉体のように動いてくれない。倦怠感や、慢性疲労が僕を襲って、折角女の子の身体になったのに、何も楽しめなかった。そんなわけで、学校に行くのが本当に大変だったから、僕はすぐに学校に行かなくなった。
体調がどんどん悪化していく。ずっとベッドの上にいるような有様で、買い物に行くことすらままならない。
僕らは、元に戻ることはないという。このまま一生を過ごせという。あんまりだと思う。
学校で見た僕の身体は、幸せそうにしていた。友達に囲まれて、とても楽しそうだ。
本当に、入れ替わった彼女は、これまでのリアミツルとしての辛い日々なんて忘れてしまったみたいに楽しそうにしていて、まるで、僕と彼女が入れ替わったことすら知らないかのようで……。
目を落とした携帯には、僕の――いや、今はその肉体は僕のものじゃないけど――足立面人の連絡先だけがあった。
自分の姿をした人にメールを送ったり、電話をしたり、なんていうのは、何か変な感じだが、僕はとにかく寂しかった。誰かと話したかった。
僕は、自分の携帯にメールをした。
自分と彼女が入れ替わったことや、現在の自分の状況を事細かに書いた長文メールを送った。
だけど、返信がなかった。
ふざけんな、と思った。
だってそうだろう。僕はいきなり孤独になってしまって、急にこんな辛い思いをしているのに、相手は、リアミツルは、僕のメールを無視して、きっとクラスメイトと笑っている。そんな風景を想像しただけで、怒りがこみ上げてくる。
僕は、何通もメールを送った。返信をしてくれと。
メールの内容が深刻なのがいけないと思って、「君は足立で僕はミツル。二人が結婚したら、あだち充の誕生だね♪ 誰か大切な人を喪いながらも野球をする漫画を一緒に描こう☆」という、ふざけた内容のメールを送った。
これも無視された。
そのうちに、冷蔵庫の食材が尽きた。動けないから何か食べ物を買ってきてほしいと頼んだけど、これまた無視をされた。
僕は、ついに電話をした。出ない。何度電話しても出ない。
このままでは死んでしまう。
何度も掛ける。掛ける。掛ける。
通じない。
僕は、泣きながら留守電に助けて欲しいというメッセージを入れた。
身体が思うように動かない。コンビニへの買い物に行けないどころか、身体のあちこちが痛み出し、少し動くだけで激痛が走る。電話の留守電に入れる声も、どんどん苦しげな声になっていった。
水を飲まなければ死んでしまう。食べなければ死んでしまう。
だから、僕は、意を決してアパートの外に出ることにした。
コンビニ弁当を食べて、栄養を補給した。だけど、急に食べ物を摂取したからか、気持ち悪くなって吐き出し、その場で倒れた。




