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始まりの夜

                   1


雨が降りしきる夜。グランスは自宅のベッドで読書をしていた。雨が屋根や窓を叩く音を聞きながら読書をするのが、グランスのたしなみの一つだった。


ドン。ドン。ドン。


 唐突に誰かがドアを叩いた。

「チッ、誰だよ。こんな時間に…」

 グランスは眉をひそめ、ドアを睨みつける。

「…っ」

すると、鍵がひとりでに回り、解錠された。そして、ゆっくりとドアが開きはじめる。そして、ドアの向こうから姿を現したのは一人の少女だった。金色の髪は乱れ、服も泥まみれだ。全身ずぶ濡れで、あちこちから雫が滴り落ちている。

「ぅ…ぁ………たす…………け」

 呻くように何かを呟きかけ、糸が切れた傀儡人形の様にその場に倒れる。

「お、オイ!」

 グランスは慌てて駆け寄り、少女を抱き起こす。そして、少女の口に掌を翳して呼吸しているかどうかを確認する。掌に風が当たる感触がする。気を失ってはいるが、少女は生きていた。しかし、服の所々には血が滲んでいる。

「チッ…」

 小さく舌打ちをした時だった。ドアの向こう側に広がる暗闇で何かが瞬いた。同時にグランスの左手が動き、手甲で何かを弾き飛ばした。それが床に落ちてカランと音をたてる。

「チッ、針か…」

 グランスめがけ飛んできたのは、五寸釘ほどの長さはある針だった。よく見れば表面が濡れている。グランスは少女の襟首を掴み、乱暴に家の奥に投げ込む。

「悪く思うなよ!」

 グランスはそう言いつつ、次々と針を弾いていく。

「オイ、テメェ…。隠れてねェでいい加減出て来いよ」

 グランスは玄関を塞ぐように立ち、剣を構える。すると、雨の中に一人の影が浮かび上がった。黒装束に身を包んだ男だった。

「何だ。テメェは…」

「これは失礼しました。私、お嬢様をお迎えにあがった使いの者です」

 男は右腕を体の前で肘から折り曲げ、深々とお辞儀をする。

「で、何の用だ」

「先ほど申しましたように、貴方が匿われている少女をお迎えにあがったのです」

 男の返答に、グランスはうすら笑った。

「もし、俺が嫌だと言ったら?」

 お約束の問いかけをしたグランスは、その後の展開に心躍らせていた。

「そうですか…。私は戦闘が苦手な者ですから、ここは交渉といきましょうか」

「フン、交渉か…」

 少々期待はずれな展開にグランスは顔をしかめつつも、そう焦る事はないと自分をなだめる。

「そうですね。可能な限り貴方の要望にお応えしますので、その代わり―――」

「却下だ。俺に望みなんてねェよ。俺は気まぐれと金で動く人間だ。だから今日は俺の気分を害してくれたテメェをぶち殺したい気分なんだよ」

 グランスはバキバキと指を鳴らして、今か今かとその時を待ち焦がれていた。

「私の命と引き換えにしてまで少女は欲しくありませんね。交渉決裂ですか、仕方ありません」

 男はやや呆れた様に溜息をつく。

「じゃあ、俺に大人しく殺されてろ。いや、もがいてもらった方が気持ちが良いな…」

 グランスを満たす狂気が、目の前の男が自分に叩きのめされ、必死に命乞いをする姿を思い浮かべさせて止まなかった。

「すみません。私、あなたには殺される気は毛頭あ――――」

 そう言い終える前に、グランスの姿が視界から消えたことに気付いた。同時に、男は肩口からバッサリと斬り裂かれ、鮮血が雨と混ざり合った。

(馬鹿な…!? 全く見えない…)

 男は今自分が目の当たりにしている状況が呑みこめないまま、地面に倒れる。

「ガ……ハ…グホァッ」

 男は倒れたことで背中に衝撃をうけ、肺に入りこんだ血を吐き出す。

「ククク…。どうだ《死ぬ》って感覚は? 怖いだろ。泣き叫びたいだろ。なら、俺にテメェの絶望を聞かせろよォ!!」

 グランスは右目を紅く輝かせ、吠えるように高らかに笑った。その姿は、まるで勝鬨をあげる狼のようだった。

「あなた…まさ、か…《流星》…」

 男は眼を見開き、声を震わせグランスの二つ名を呼んだ。

「今頃気づいたか。だが、もう遅ェよ…」

 グランスは、一瞬にして男のすぐ脇に立ち、剣先を首につきつける。

「言えよ。誰の差し金で来た…」

 グランスは声を低め、男を凄む。

「フフフ…敵に止めを刺さないとは…。甘いですね」

 不意に、男の懐から何かが飛び出した。

「っ!!」

 反射的に右手が動き、その剣先が男の喉を切り裂く。鮮血の飛沫がグランスの顔の右半分を染める。

「チッ…。何だこりゃ…? 首輪か…?」

 男の懐から飛び出し、グランスの首に巻き付いたそれは、ロザリオのついた首輪だった。

「クソ、ハズレねぇぞこれ」

 幸い、何かが起こるというようなことはなかったが、どうやっても外れなかった。

「チッ、仕方ねェ。アレを使うか…」

しかし、右目が再び紅く光る事はなかった。

「…!? 使えない、だと…?」

 グランスは激しく動揺した。グランスには《流星》と呼ばれる力があり、身体能力を著しく上昇させる事が出来る。しかし、さっきまで使っていたはずのそれが、全く使えなくなっていた。

「…こいつの所為か」

 グランスは忌々しそうにロザリオを掴み、握りしめる。一度家の方に目をやり、立ちあがる。そして、死体となった男を一瞥してから家へと歩き出す。雨がやみ、かすかな泥の匂いを鼻が感じ取っていた。


                  2


 ルナは、ある種の焦燥を感じていた。雪に埋もれた植物が春の訪れをじっと待つかのように、ルナの中の何かが目覚めの時を待ちわびているように思えた。しかし、それを感じる度に疼くような痛みが全身を襲った。次第に痛みは強くなり、耐え切れなくなったルナは目を開けた。

「………」

開けた視界には、見覚えのない天井が広がっていた。さっきまでの痛みが嘘のように消え、ただ静かに呼吸する自身の音だけが聞こえていた。

(あれ…? 私、どうしてこんなところに…)

 頭に靄がかかったようにおぼろげで、自分がどうなったのか分からなかった。

「よォ、起きたか…」

 聞き覚えのない声に、ルナは体を起こそうと体に力を込める。

「やめとけ。大人しく寝てろ」

 ベッドに寝そべるグランスは、読書をしながらぶっきらぼうに言い放つ。ルナはグランスに従い、体の力を抜いた。

「あの……」

 ルナは顔をグランスに向け、礼を言おうと口を開いた。しかし、グランスと目があった瞬間、何故か気恥ずかしさが込み上げ、ルナは思わず布団を顔半分までかぶってしまう。

「俺はグランス。傭兵だ。あと、礼とかはいいから、テメェが何者かだけ教えてくれればそれでいい」

 グランスはルナの思考を先読みするようにそう言って、ギロリとルナを睨む。ように見えるが、実は普通に見ただけである。目つきが悪いだけで決して睨んでいるわけでない。

「わ、私はルナって言います。その…逃げて来たんです。研究所から…」

 ルナはしどろもどろになりながらもそう言った。

「お前、遺伝子覚醒者の被験体か…」

「っ!!」

 グランスの口から予想しなかった言葉が飛び出し、ルナは激しく動揺した。

「どうして、それを…」

 グランスは本にしおりを挿み、パタリと本を閉じる。

「俺もテメェと同じ遺伝子覚醒者だからだよ」

 そう言ってグランスは蒼い右目を見せる。

「あ……」

 それを見たルナは、思わずと言ったように言葉をこぼす。それから、少し悲しげな表情になる。

「テメェの金色の右目。それもそうなんだろ?」

 グランスがそう訊ねると、ルナは苦々しそうな顔をして小さく頷く。

「もしかして、グランスさんも、研究所で…?」

「俺はそんなとこいた覚えはねェよ。俺はただの傭兵だ」

 グランスは淡々と答える。しかし、表情は何故か険しいものだった。

「で、テメェはこれからどうする気だ? 追われてるんだろ? 追手は俺が殺したからしばらくは来ねェだろうが、なるべく出発は早い方が良いんじゃねェか?」

 グランスは、まるで厄介者を追い払うかのように淡々と助言をする。ルナは肩を落とし、うなだれる。しかしすぐに頭をあげ、グランスは真っ直ぐ見る。

「あの、図々しいかもしれないですけど…。お願いがあるんです」

 真剣な表情でルナはグランスと向き合う。しかし、それはグランスにとって予想内の展開だった。

「私を、私を助けて下さい。お願いします。何でも、何でもしますから…」

 今にも泣きそうな顔で懇願するルナに、グランスは無性に腹が立った。グランスは立ちあがり、ルナの前まで来るとルナの胸倉を掴みあげる。ルナはビクッと体を強張らせる。

「テメェ、それ本気で言ってんのか? なら、俺がテメェのカラダを要求したら、テメェはその要求を呑むのか?」

凄むような低い声で、グランスはルナに訊ねた。ルナは今にも泣き出しそうなほど涙を両目いっぱいに溜めていた。

「そ……それ、は……」

 ルナは喉元につっかえている言葉をどうにか絞り出すが、殆ど言葉にならなかった。

「…ろくな覚悟もねェくせに、そんな事を軽々しく口にしてんじゃねェよ」

 グランスはルナを離し、再びベッドで横になる。

「あ……。うぅ…っく」

 ルナは遂にダムを決壊させ、その場に泣き崩れてしまう。

(チッ…。これだからガキは嫌いなんだよ。)

 グランスは無性に腹が立った。恐らく、過去の弱い自分と重ねているのだろう。過去のグランスは、本当に無力な子供だった。生きる為に必死になって、幾つもの罪を犯した。

 と、そこまででグランスは考える事を辞め、さっきの本を手に取り再び読み始める。しかし、一向に内容が頭に入ってこない。

「チッ…」

 グランスは本を閉じ床に放り投げると、そのまま目を閉じて夢の中へ逃げ込もうとした。だが、寝付く事は出来ず、しばらくの時が流れた。

 いつの間にかルナの嗚咽は止まり、急に家の中が静かになった。グランスは耳を澄まし、

ルナの様子を伺った。布団を退ける音。足が床につく音。床の上を歩く音。そして、足音がグランスのすぐ横で止まる。

「お願いします。何でもしますから私を助けて下さい」

 さっきのような弱弱しい声ではなく、凛と力強い声だった。しかし、グランスは少々あきれ気味に横目でルナを見た。

「んなっ…!」

 意外すぎる光景にグランスは飛び起きた。

「テメェ…自分が何してるか、分かってんのか?」

 グランスが睨む先には、土下座するルナの姿があった。揺るぎないその姿に、グランスは不覚にも気圧される。

「はい。だって、命の恩人に私はまたすがって助けてもらおうとしているんです。見かえりや役得が無くちゃ理不尽じゃないですか」

 土下座を崩さないまま、ルナは言った。しかし、ルナの体がかすかに震えている事に、グランスは気付いた。

「お前…なんでそこまでして助かりてェんだよ」

 グランスは、昔の自分にもした同じ質問をルナに投げかける。

「分かりません。でも、私はただ生きたいんです。だから、お願いします」

 ルナの凛と澄んだ声が、部屋の静寂に木霊したように思えた。

「…俺はテメェを助けるつもりはねェ。だが、テメェが自力で助かる為の手伝いはしてやるよ」

 グランスは、自分の出した答えが余りにも可笑しくて、思わず笑ってしまう。

「あ、ありがとうございます!」

 ルナは、輝くような笑顔を見せあげた顔を再び下げる。

「言っとくが、これは契約だ。俺は傭兵だからな。契約期限はテメェが一人で生きていけるようになるまで。だが、途中で生きる事を諦めたらその時点で契約は強制破棄だ。いいな?」

 生きることへの執着。それが今、グランスとルナを繋いだ瞬間だった。

「はい! よろしくお願いします!」

 元気良く返事をするルナを見て、グランスは笑みをこぼす。しかし、それを見られたくなかったので、そっぽを向く。

「…今日はもう寝ろ。明日は街へ買い物に行くからな。お前の武器や服も買わねェといけねェしな」

 グランスはぶっきらぼうにそう言った後、そのままソファに横になる。

「ん…? 服…?」

 その言葉に何か引っかかりを感じ、ルナは自分の体を見下ろす。

「…っ!」

 ルナはようやく、自分が来ているのが自分の服でないことに気づいた。ルナは慌てて辺りを見回し、自分の服を探す。

「あ…」

 服は壁に繋がれたヒモに干されていた。そして、その横には――――

「グランスさん。もしかして、私の……見ましたか?」

 ルナはゆでダコのようになった頬を押さえながら、グランスに訊ねた。

「何だって? 俺が何を見たって?」

 しかし、グランスは肝心なところを聞き逃し、訊ね返す。ルナの頬が更に紅潮する。

「だから…。その…ですね。私の…」

 ルナは恥ずかしさで言葉を詰まらせ、上手く言葉が続かない。

「だから、もっとはっきり言えよ。聞こえねぇって」

 グランスは、もじもじしたルナの態度にじれったさを感じ、つい急かしてしまう。だがその瞬間、ルナの中の何かが解除された。

「だから、私のハダカ見ましたか!? 見ましたよね!? 見たんですよね!?」

 ルナは両目いっぱいに涙をため、顔から火を吹いて怒鳴る。それには流石のグランスも度肝を抜かれたが、直ぐに元の態度に戻る。

「別に見たくて見たわけじゃねェし、興味もねェから安心しろ」

 実際、着替えさせている間に抵抗や羞恥はなかった。ルナの体つきはひかえめだというのと、仕事中に女性のけがの手当てなんかもしているから、グランス自身特に気には留めなかった。

「うぅ…。酷いです。女の子に向かってそんな事を…」

 震える声で、絞り出すようにルナはそう言った。グランスは寝返りを打ち、ルナを見る。

「ゲッ!?」

 見ると、ルナは大粒の涙をぽろぽろと零していた。余りの光景にグランスは飛び起きる。

「な、泣くなよ!? そんなハダカ見られたぐらいで!」

「ハダカ見られたぐらいで!? 重要な事ですよ!! しかも、興味が無いなんて言われたら、私…うぅぅ」

 グランスに散々激昂したルナは、そのまま布団に突っ伏してしまった。

「……。チッ…、悪かったよ。訂正する。全く興味がなかったわけじゃねェ」

 グランスは渋々そう言ってやると、ルナはひょいっと顔をあげる。

「でも、面と向かってそう言われると正直引きます」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!!」

 嫌そうな顔をするルナにグランスは全力でツッコミをいれる。

「ケッ…、もう寝るぞ」

 グランスはソファの背もたれに向き合うように寝そべり、目を瞑る。

「本当は、私が風邪引かないようにする為だったんですよね」

 ルナは、ほんの少しだけ嬉しそうにそう訊ねた。

「うるせェ。さっさと寝ろ」

「グランスさんって、本当は優しいんですね」

 その何気ないルナの言葉に、グランスは心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥った。

「……。俺は、優しくなんかねェよ」

 グランスは低い声で答え、そしてルナに聞こえないように小さく呟く。

「単に、甘いだけだ」


初の連載小説を始めました。更新周期は月二回です。拙いかもしれませんが、どうかよろしくお願いします。出来れば感想もいただけるとありがたいです。

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