掌編小説「ご都合宜しく」
お読みくださりありがとうございます。久しぶりの掌編小説で、一部の方にはお待たせいたしました。
郵便局に向かうために、正吉はてくてくと歩いていると、中学校の前を通り過ぎた。中学校のグラウンドでは、生徒が部活をしていた。まじまじとは見なかったため、何の球技をされているか、正吉にはわからなかったが、コーチが、声をかけたり、生徒同士が、叫んでいたり、活気があった。その学校を通り過ぎて、角を左折して歩いていて、正吉は、自分が学生で球技を追いかけていた頃を思い出していた。あのとき、記憶では、その球を追いかけるために、突進をしたり、倒れて砂まみれになったり、密度の濃い交流をしていたものだ。最近のように、電車で地方の学校へ試合を向かっても、日本語以外の言葉が、車内でとびかうこともなかった。話題は、学校の教科や、音楽の話題だったか、そんなことは忘れてしまった。
無常は体感していた。生活が脅かされるような無常は、御免被りたいものではあるが、地球が海続きだから仕方ないといえば、仕方ないのか、各々の平和な閉ざされた空間で満足すれば、それでよかったような、沈んだら沈むでそれでよいではないか、無常なのだから。と、あの頃との違いから思考を巡らしていた。
月日が経てば経つほど、いずれ来る死への可能性が上がってくるように感じた。もっと若い頃は、よく昼寝していたら、後ろから背中を突き刺される夢を見て、冷や汗をかいたものだ。断片的に強い感情の記憶だけが繋がれていく。そうやって、自分の死を感じたときに、あの頃懸命に競技をしていたクラスメイトには、自分の死さえ永劫知らされないだろうし、こちらがクラスメイトの死を聞いたとてしても、心には響かないだろうなと、そう感じた。きっと疎遠になり、今、この瞬間の関係性が薄いからなのだろう、唯一、よく話し合っていた気概のある友がいたが、その者にも知られることはないのだろうなと感じた。なんというか、同窓会というものがあっても、自分は関わりたくないのかもしれないなと正吉は思った。
それでも、今、関わりを持っている方には、自分の死や応答不在を感じてほしいとは少し思う。もっともそんな余計な悲しみを与えないように、なんとか生き延びればなとも思う。郵便局に向かって歩き続けているだけなのに、そんな自分と交わって下さる方のことが思い浮かんでいた。嘗ての共に過ごした仲間について無関心になることを薄情に思う人もいるかもしれないが、自分にはその時ある関係性が大切なのかもしれない。では、一方で、更に長く生き延びる可能性があるなら、この交わりすらも忘却や既に過去の記憶となるのだろうか。そうなってしまったら、今ある思いは間違っていることになるのか。正吉は、携帯電話を取り出して、耳栓を着けて、音楽を聴き始めた。好きな音楽は、ずっと聴き続けているが、自分の死が、この音楽家に知らせとして届くことはまずないだろう。思い当たる方はゼロではないが、多くの関係性は結ばれてないから。反対に、その音楽家の死には、何かを感じるのかもしれない。これは交わりがないのに、悼みを感じるのも変な気はするが、それは、この現在もその音楽を愛し続けているからだろうと思えた。
郵便局に着いたら、前に局員の対応を待っているお客さんがいたので、並んで待っていた。しばらく経ってから、局員に呼ばれ、手にしていた不在届を差し出して、荷物を受け取った。そして、局員にお礼を伝えて、正吉はもといる道を引き返した。歩きながら、荷物の封を開けて、なかにある物を取り出した。冊子が入っていた。正吉は、歩きながら、冊子を読んでいて、少し嬉しく思った。好きな作家が通信販売限定で書いた冊子であった。冊子に書かれた物語を読んでは、閉じて、物語は誰かを救うだろうかと考えていた。忘却と死はとても近い距離にあると正吉には感じていた。身近に自分よりも幼くして亡くなった者を正吉は知っている。忘れないように心掛けているが、いつか正吉もその人のことを忘れてしまうだろう、死ぬのが先かはわからない。昔の時代だって、活気はあったと、白黒の映像を観ては思う。だが、当然のようにその映像に映る人物はこの現在にはいない。そのことが、正吉自身の時代にいる人達もいつかは一斉に去りゆくことを示唆している。去ることが前提にあるのならば、これがたとえ幻のようでも、生きていた時間というのを味わうことが重要なのだろうか。と、考えながら歩いていた正吉に、犬が飼い主とともに向かいから歩いてきてすれ違った。正吉ははあとため息をついた。そうなんだよなあ、もともと、自分達も犬と違いないんだよなあ。誰かの死を知ってしまうと、意味を、どうすればよいかなど考えてしまいがちなのだけど、ただ生きていることから出られないんだよなあ。考えて歩いていたら、正吉は家に着いた。手を洗って、用を済ませたら、お湯を沸かしてドリップコーヒーを取り出し、慎重にお湯を注いだ。まだ次の予定まではゆっくりできるのだった。




