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Ep07_真実を騙る唄の横で語る裏話01

 大きな大河の畔に位置するラクレーンの街は常に水の流れる音が聞こえるといわれている。冒険者の都トラスティンから東にあるその都はさらに東に続く大森林の中継拠点としても機能しており、多くの冒険者が、そしてそんな彼らに商機を見出した多くの商人たちも足を運ぶ。


「んっ、んーんー? あ~」


 多くの人が行きかう大通りの一角。多くの露天商が道の両端で声高らかに前を歩く人々に呼びかける中、手にしたリュートの弦に手を添え喉の調子を確かめる男が一人。灰のマントと雨除けの帽子から旅慣れした様子がうかがえるその男は前に置いた小さな木箱の蓋を開け、すっと大きく息を吸う。


「さあさあ皆さまお耳をこちらに。一度聞いた方も二度聞いた方も……初めて耳にされる方もどうぞしばしこの"ジエン"の唄にお付き合いを」


 辺りをうろついていた小鳥が慌てて飛び立っていくほどの大声での呼び込み文句。間髪入れずにリュートを巧みに鳴らし、ジエンと名乗った男は鳴り響く音に合わせ歌い始める。それを見て何人かの行きかう人々が足を止め、ジエンの歌に耳を傾ける。


「この世界の昔々の物語。300年より少し前の物語。神? 悪魔? 精霊? 今でこそ語り継がれるだけのその存在たち。それでも確かに彼らは存在する。そんな彼らはどこへ行った。ラララ……」


 明るい曲長でテンポよく流れるリュートの音は物語の始まりを盛り立てる。その出だしの甲斐あってかまた一人、また一人と興味をひかれた者が彼の歌を聞かんと足を止めていく。


「神と悪魔と精霊たちはかつて我ら人族とともに暮らしていた。そこに突如現れたるは平穏の幕を下ろす望まれぬ演者、魔族! 彼らは神も悪魔も精霊をも恐れずただただ暴虐の限りを尽くす……ラララ」


 徐々に人が集まりだしたのを見てジエンは口の端を緩める。だがその視界の隅にちらついた大きな影。何事かと演奏ながらに目を向けると横の空いたスペースにやってきたのは少女……のなりをしているのに思わず目をぎょっとさせてしまうほどにバカでかい鞄を背負う女性。相変わらずのピクリとも動かぬ表情筋と無愛想が宿る顔つき……ルーシャだ。


 この大通りは店舗を持たない行商や彼のように唄で路銀を稼ぐ吟遊詩人に自由に開かれた区域。無論、横で商売を始めることに彼はとやかくいうつもりはない。だが地面に商品を置くための布を敷いたのち、じっとジエンの方を見たまま商品を並べ始める様子がないルーシャにどうも気がとられる。


 ジエンはふと目の前の観衆に集中すべくすっと目を閉じ、視線を正面へと戻す。


「か弱き我ら人族を襲う魔族。天は我らを見放した? 抗うすべを持たぬ我らに待つのは終焉? ははは、ご安心を。天は我らを愛してくれた。神が、悪魔が、精霊が! 我らに戦う術を与えてくれた……ラララ」

「ふむ……」


 初めて反応を示したルーシャにピクリと耳を動かすジエン。妙に気を引かれてしまうが観衆の目線はずっと自身に向けられたまま。まるで横に誰もいないかのような様子にピクリと眉をひそめる。


天世ハイネルにおわする神は我らに神聖術式と神の加護、そしての痕跡を宿す無類の強靭な肉体を持つ天人族てんじんぞくを……ラララ」

「"ルーシア"のことですか……まああの人、確かに体だけは頑丈でしたね」

深淵アビスにおわする悪魔は我らに悪魔術式と悪魔の加護、そしての痕跡を宿す比類なき殲滅と破壊の力を持つ天魔族てんまぞくを……ラララ」

「今度は"サタニア"ですか。まあ確かに馬鹿がつくほど力"だけ"はありますから」

「……幻園スピリタにおわする精霊は我らに精霊術式と精霊の加護、そしての痕跡を宿す精霊のいとし子である精霊人せいれいびとを……ラララ」

「はて? "ユグドラ"は人族に無関心ですし愛し子というのは……?」


 ワンフレーズごとにぶつぶつと聞こえるルーシャのつぶやき声。辺りの喧騒や自身の唄う声もあるというのにまるでダイレクトに耳の近くで囁かれるように聞こえるその声に思わずぶるっと身を震わせる。だがそんなことに気を取られてはいけないと自分自身を奮い立たせるように一層声をあげ観衆を沸かせる。


「彼らは我らに力を与え、共に戦い、世界を守る。だが敵もさるもの引っ掻くもの。魔族の中にも不穏な存在。魔王と呼ばれる力持つ種が現れた……ラララ」

「ふむ……"順番が逆"ですね?」

「……は、激しさを増す争いに世界は戦火に包まれた。それがどれだけつづいたか。10年か? はたまた50年? その倍の? とにもかくにもやがて戦いは人の手を離れ舞台は天へ。そう、天上の戦い! 神と悪魔と聖霊と、そして魔族の戦いに……ラララ」

「そんなに長く続きましたっけ? あとルーシアたち以外は"お空の先"になんていませんが……?」


 首を傾げ不思議そうに自身を見るルーシャにぐっと口をつむぎ天を仰ぐジエン。予定していた歌うタイミングを逃し、間に合わせの間奏で場をつなぎ息と心を整える。


「やがて……そう、やがて神の頂である救世神のルーシア様が! 悪魔の王であるサタニア様が! そして精霊の母にして女王"ユグドラ"様が手を取り合い、魔王種を次々とうち滅ぼした……ラララ」

「その仕事が雑すぎてこうして今私が苦労してるんですけどね」


 ルーシャのつぶやきが終わると同時にジエンは勢いよくリュートをかき鳴らし、演奏をぴたりと止め天を仰ぐ。大した長さではなかったが、その額には疲労からではない汗がうっすらと滲んでいる。


 リュートを最後に鳴らしたまま静止を続けるジエンに観客は緊張とこの後の展開への期待からごくりと息を飲む。そしてしばらくの沈黙ののちジエンはゆっくりと顔を下ろし、目の前の観衆たち……ではなく横で地べたに座るルーシャににこりとほほ笑む。


「あの……ものすごくやりづらいからその合いの手感覚でつぶやくのやめてくれない?」


 ジエンの言葉に観客たちは思わずガクッとうなだれ、あるものは笑いながら、あるものはやれやれとため息をつきながらその場を後にする。何人かの物はジエンの前に置かれた箱に手持ちの小銅貨や銅貨を投げ入れる。


 箱に硬貨が入るたびに深々とお辞儀をするジエン。その様子をのほほんと見守るルーシャにジエンは顔をしかめ、ぐっとずれ落ちそうになった帽子を押さえる。


「やれやれ、せっかくいい調子でお客さんが集まってくれたのに……」

「ああ、もしかしてお邪魔でしたか? これは失礼。"物語"に"事実"を突き付けるのは無粋でしたね」

「いや、物語じゃなくて立派な"史実"でしょ。かつて現れた魔族の王である魔王種に対し神や悪魔、そして精霊たちが人族に力を貸し与え撃退したというのは」

「ふむ……史実なのですね」

「君もしかして歴史に関してはからっきしなのかい? あるいはよほど田舎で生まれ育ったとか?」

「まあそんなところですね……」


 ルーシャはポリポリと頭を掻き、ふと思い立ったように後ろに置いていた自身の身の丈以上にそびえる鞄を上るようにしてその口からごそごそと何かを取り出す。


「これ、よかったら演奏を邪魔したお詫びに差し上げますよ」


 そう言って手にした金属製の筒をジエンに差し出す。一見して鉄の筒だがその二つの口も鉄の蓋で覆われたようになって中身はわからない。恐る恐るその筒を手に取るとジエンは不審げに観察を始める。そしてすぐさま口を開く。


「これ……太い鉄の棒って感じではないけど何に使うんだ?」

「そちらは投げ捨てて衝撃を与えると破裂し、その場に強烈な閃光と煙幕を発生させます。どうです? 演奏の演出にピッタリじゃないですか? もれなく催涙効果もついているのでお涙頂戴な曲の演奏の前座に持って来いですよ?」

「持ってこないでくれるかなそんな恐ろしいもの……それ観衆に投げたら俺が衛兵にリードされるやつだろ」

「ふむ……お気に召しませんか。それならこちらはどうでしょうか」


 再度鞄に上りまた何かを取り出しジエンのもとにもどってくる。その手に握られているのは先ほどとは打って変らない、むしろ全く同じにも見える金属製の筒。


「怖いから先に聞くけどそれ何?」

「よくぞ聞いてくれました。こちらは投げ捨てると強烈な閃光……おっと、素敵なフラッシュ効果と害虫除けの素敵じゃないフレーバーを辺りに……」

「うん、いらない。てかごまかそうとしてるけど要はそれも閃光玉みたいなもんだよね? 魔物相手に逃走の際に使うようなもの街中で投げたら演奏場所が牢屋の中になるからな?」

「牢屋で投げれば脱走にも使えて便利じゃないですか?」

「いやそんな用途で使うもんでもないし使ったらダメな奴だろ……」


 二本の筒を両手に、ルーシャはどこか不貞腐れたようにして手にした筒を鞄へと戻しに行く。その小さな背中を見てジエンは頭を痛そうに抑え大きくため息を吐いた。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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