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Ep01_奈落の底ビジネス02

「ええっと……あんたらも落とし穴から落ちてきた……んだよな?」


 内心こいつを警戒するのはなんだかもうばからしい……という気持ちを押し殺したようなずさんな構えでルーシャへの警戒を保ち、ギーネは追加で落ちてきた三人のうちとりあえず無傷そうな男女二人へと問いかける。


「ん! ガルシエラが落ちたから助けようと辺りを探してたらみんな別の落とし穴から落ちちゃった!」

「あはは、最後は二人同時にストンと落ちましたよね」

「みんな別のって……どんだけあるんだよあの通路に落とし穴!」

「あ、375個ですね。天井の穴数えた限りでは」


 ビシッと天井を指さし、どこか得意げに答えるルーシャ。


「数えたのかよ! てかどんだけここで待ってたんだよお前!」

「昨日夕刻ごろからの前日入り?」

「気合入りすぎだろ! てかそれだけ気合入ってんならこんな場所じゃなく"ダンジョン"の入り口で売ればいいだろうが!」


 ダンジョンとはこの世界に試練と実りを与えるためにこの世界を創造した"原初の主"と呼ばれる存在が生み出したとされる。ダンジョンは"魔族"と呼ばれる世界に害をなすものたちを生み出すが、その魔族の素材がまた人々の生活を豊かにもしている。


 そのため冒険者たちは日々魔族を狩り、その素材の売却や討伐の報酬で生計を立てているのでダンジョンの入り口や近辺の街や村では多くの商人たちが店を構える。


 中には多少戦闘をこなす商人も存在するが、それでも好き好んでダンジョンの中で商売をするものはほとんどいない……のだが。


「それだと他の行商もいて供給量が需要量をフルボッコにしちゃうじゃないですか」

「お前……」

「あとここのほうが客の需要も爆上がりで多少吹っ掛けても買わざるを得ない状況の方もいてウハウハハッピー?」

「魔族かよ!」

「私が魔族なら在庫品じゃなくて落とし穴の下で弱った冒険者を一掃処分?」

「お前が商人でよかったよほんと!」


 ツッコミの怒声の連続で息が上がったギーネは最後に大きく息を吐き、すとんとその場にへたり込む。


「あーもうっ! なんか真面目に警戒しているあたしが馬鹿みたいじゃないかよ」

「え、ええっとあなたたちも落とし穴から?」

「ああそうだよ。んでこのルーシャとかいうおかしな商人にあんたと同じく落ちて早々詰め寄られて困ってたんだよ」

「むぅ? 人聞きの悪い。押し売りは私のポリシーに反します」

「うるせぇよ。こんなとこで商売して……お前はまず道徳に反してる」

「法律には反していないはずですが?」

「はぁ……わかったわかった」


 カクンとこうべを垂れたギーネはそのまま大の字になって地面に転がってしまった。疲れて天井をボケっと眺めていたが、その視線の先をひゅんと素早く何かが通過する。そしてそれに続きサクラが小さく悲鳴を上げた。


「うわわっ!? な、何を……って、これ、グレートポーション!?」

「そろそろそちらの方、お加減がまずいのでは?」


 ルーシャの指摘にギーネはぎょっと目を見開いて起き上がり、サクラの腕の中でぐったりとしているモカへと駆け寄る。


「モカ姉!」

「モカ! しっかりして!」


 もはや返事をする体力もないのか、ふるふると身を震わせたままか弱く呼吸をするのがやっとの様子のモカ。それを見てサクラはぐっと表情に力をこめ、ルーシャから受け取った瓶の口をモカの口元に添え、ゆっくりとその中身を注いでいく。


「お、おい何して! それ本当に……」

「私は信じる! あの人の澄んだ瞳を! あれは悪い人の目じゃないから!」


 サクラの言葉にぐっと言葉を詰まらせ、そっとルーシャの方を窺うように見遣る。サクラが澄んだ瞳といったルーシャの瞳はまっすぐと手元の小さな帳簿に向けられており、すらすらと手にした羽ペンで何かを書き、そっと千切ってギーネへと渡す。


 先ほどの無表情とは違ってどこか険しさを感じるルーシャの様子にギーネはごくりと喉を鳴らし紙片を受け取る。そしてすぐさま気の抜けた表情とともに口をへの字にする。


「これって……請求書?」

「グレートポーションのお買い上げありがとうございます。在庫一掃セール価格につき銀貨三枚でどうでしょう?」

「おま……ったく、その値段でいいよ。相場は銀貨五枚のぶつをそんだけ負けてくれりゃ値切る気にもなれない」

「お買い上げありがとうございます」


 深々とお辞儀をしたのち、すぐさまガルシエラたちのほうへと移動し様々な瓶を手に淡々と回復薬の説明をしていく。


「こちらはヒールポーション。簡単な怪我やちょっとした疲労にはもってこいの品です。そしてこちらはハイポーション。重度の裂傷や火傷などの様々なケガにも効く冒険者なら持ってて安心、いえ、もはや転ばぬ先の杖と並んで必需品の一品ですよ?」

「え、ええっと、私たち一応ヒールポーションは持ってて……って、あーっ!瓶が割れちゃってる! ちょっと"シン"、あんたももしかして」

「え? あ、俺のもだ!」


 シンと呼ばれた青年、そしてガルシエラは腰にぶら下げていた袋が漏れた薬でびしょ濡れになっているのに気づき涙目でがくりと嘆き悲しむ。その様子に目を輝かせたルーシャがそっと二本の瓶を手にじりじりと二人に近づこうとするが……。


「あ、僕のは無事なんでどうぞ?」

「ん! 私のも無事!」


 無事に着地を成功させた二人は腰の鞄から無傷の瓶を手にガルシエラとシンへと近づく。


「……チッ!」

「おいあんた今舌打ちしたろ?」

「善良な商人はそんなことししませんよ」

「お前絶対善良じゃないだろ」

「なんてひどいことを。見てください、あなたのお仲間のお墨付きのこの澄んだ瞳を」

「いや、なんかもう死んだ魚の目みたいに生気も善意もなんだか光さえも見えないんだが?」

「あ、やっぱりさっきのお代、相場の五枚で……」

「アナタイイヒトネ」

「感情死んでますよ?」

「お前にだけは言われたくねぇよ!」


 ぎゃあぎゃあと喚くギーネに苦笑を浮かべつつ、ガルシエラは仲間からのヒールポーションを受け取る。


「あ、ありがとうニーベル、ナオシィ! シンは……ほんとあんたは何してんのよ!」

「そ、そりゃお前を助けるために……」

「あんたも落とし穴に落ちて怪我してたら意味ないじゃん! おまけに着地失敗して肝心のポーションを台無しにして!」

「あ、慌てて下へ降りる方法探そうとしてたんだよ」

「だからってあんたねぇ……」

「ま、まあまあガルシエラさん。シンさんもあなたのことを心配して我先にと動き最短ルートで落とし穴に落ちてましたし」

「超駄目じゃん!」

「でもそのおかげで私たちも落ち着いて対処できた……落ちると分かれば風の"精霊術式"もあるから落とし穴なんて怖くない」

「そうですね。落とし穴が他にもあるかもって身構えてたおかげで無事着地できましたし」

「いやいやいや、あんたたちも結局落ちてるし! もし穴が深かったり、落ちた先に棘罠なんかがあろうものなら……」

「もういいだろガル。俺だけじゃなくニーベルやナオシィも心配してたんだよ」


 安堵の笑みで乾いた笑い声をあげたシンにガルシエラははっと仲間たちを見回し、顔を俯ける。その顔はほのかに赤みを帯びている。


「……その、ごめんなさい。もとはレンジャーの私が油断したせいで……」

「もういいって……こうしてみんな無事だったんだし、な?」

「……うん」

「でもまあ、目の前で罠がないか確認してたはずのお前が消えたときはマジで焦ったな。いや、罠探索のレンジャーが落ちるのかよ! ってさ」

「……言うな! 馬鹿シン!」

「うぐっ!」


 脇腹に鋭い拳が入り、落下時よりも痛みに苦しむシン。それを見てどこか楽しそうに笑うニーベルとオナシィ。どこかほのぼのとした雰囲気がその場を包みこんでいく……のだが。


「いやいやいや、笑ってる場合じゃないだろお前らも。早いとここんなところおさらばしなきゃだろ」

「あ……」


 ぽかんと口を開けた四人がはっと辺りを見回す。


「そうか、どうやってここを出れば!?」

「いや、まあそこはルーシャが知ってるだろ。なんせわざわざここで待ち構えてたぐらいだし」

「あ、すみません。かっこよく言ってましたが私も落ちた口です」

「はい?」

「まあ転んでも無料では起きないのが商人なので? せっかくなので露店でもして稼ごうかなぁって」


 ルーシャはお茶目さをアピールすべくウインクをするもかなりぎこちがない。


「お前表情筋が死んでるって言われたことない?」

「天使の微笑みって言われた記憶なら?」

「落とし穴から落ちた時に頭でもぶつけたのか?」

「あ、脱出方法見つけてましたがちょっと記憶が……」

「キミノエガオハキンカヒャクマイ」

「感情表現が魔族の"造魔種"でおなじみのアイアンゴーレムレベルって言われたことありません?」

「ねぇよ! あと例えがなげぇよ!」


 無表情のままこれまた冷めた声で棒読みチックな笑いを上げるルーシャ。その胸ぐらをつかみ詰め寄るギーネ。この場で最も小柄なルーシャだが出るとこは出ており、ギーネに揺さぶられるたびにその胸がぷるぷると揺れる。それを見てシンは呆け、ニーベルは赤らむ顔を慌てて視線もろとも背ける。


 ガルシエラの拳がシンの頭を強打する最中、落ち着いた女性の弱々しい声がギーネを制止した。


「ギーネ、止めなさい」

「も、モカ姉!」

「その人は命の恩人。ひどいことしちゃ"めっ!"ですよ」

「めっ、てそんな子供じみた……それより、もう大丈夫なのか?」

「ええ、グレートポーションのおかげで、ね?」


 そういって両手を横に広げるとギーネはぐっとこらえていた感情があふれたのか、モカへと身を寄せ、やさしく抱きしめる。モカもギーネを包み込むようにぎゅっと抱き寄せる。


「心配かけてごめんね」

「ほんと……モカ姉は運動はからっきしだからな……」


 泣きじゃくるギーネの頭を撫でるモカ。それを見守っていたサクラもぽんぽんとギーネの背をさする。そして二人を邪魔しないようにとゆっくりとその場を離れ、なおも頭を押さえるシンたちの方へと向かう。


「あらためて、お互い災難だったね。私はサクラ。ええっと、シン君だっけか? "パーティ名"はもうあるのかな?」

「え、あ、はい。俺たちは"セイヴ・コロニア"って名前でやってます」


 まだ幼さの残るシンと違いどこか大人びた態度で握手を求めてきたサクラにシンだけでなくガルシエラたちまでもどこか委縮した様子。


「あはは、いい名前だね。私たちは"トライシスター"。見たところ私たちのほうが少しだけお姉さんって感じかな? 君たちはあまりギルドのほうでも見かけたことがないし、装備も新しいみたいだからまだ冒険者になって日は浅い感じかな?」

「俺たち先日ようやくEランクになって。それで初めてのダンジョン探索ならこの"ラシーナダンジョン"の浅い階がおすすめって、ギルドの受付嬢さんも言ってたんで来てみたんですがこのざまで……」

「ダンジョンは日々生き物のように変化してるって言われてるからね。いつ何時何があるかわからないし、恥じることはないよ。それに、私たちだってD級だけどまさにこのざまだしね……あはは。まさかあんな浅層に落とし穴ができてたなんて思わなかったよ」


 ばつが悪そうに頭をかくもその顔はなお変わらずに笑っており、それが失敗にもめげない打たれ強さをシン達に感じさせた。


「あ、ちなみに私の次に落ちてきたのその人です。盛大な悲鳴とともに顔面から落ちてきたのに"はわわ~いたい~"の一言で済んでましたし。最初本当にゴーレムでも落ちてきたのかと……」

「それは言わないでルーシャちゃん! せっかく先輩らしく振舞ってたのに!」

「まあ大方"神の加護"持ちなんでしょう。あなたは元気そうですし、その方たちのエスコートをお任せしても大丈夫そうですね」

「うん?」

「なんでもありませんよ。さあ、少し先の隠し小部屋に転移の魔法陣がありました。それを使えばお外に出れそうでしたので早く行きましょう。もうここに用事も未練も需要もお客も儲け話もなさそうですし」

「後半欲望駄々洩れだよルーシャちゃん!」

「商人の体には欲望しか流れてませんから」

「血も涙もしっかり流しとこうね!」


 サクラの全力の突っ込みをどこ吹く風と聞き流し、ルーシャは置いていたランタンを手にくいくいと手招きをし、闇を割くようにして歩き出した。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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