Ep06_真夜中の商品製作とおもてなし01
パチパチという火の音に混じり、静かに薪が燃え崩れる音が聞こえる。雲一つない平野に広がる月と星々の輝きが見るものに一日の平穏と終わりを告げる。それに従い多くの生き物が寝静まる中、揺らめく焚火の前に座り所狭しと鞄の中身を並べているルーシャ。そしてその横に並ぶようにして座るもう一人の女性。
「呼んでおいてあれですが、見ていても退屈なだけですよ?」
「ぼ、僕のことは気にしないでいいよ。ルーシャの"モノづくり"は見てて面白いから」
「そうですか……ただの仕込み作業なのに物好きですね、"ユーノ"は」
「う、うん……僕が好きでルーシャのそばにいるだけだから」
「好き……ですか」
「ちょっ!? そ、そういのじゃ……ないから」
もじもじと合わせた手の間で指を遊ばせるユーノ。焚火の明りに照らされただけではできないであろう真っ赤な顔を俯け、口をパクパクとさせている。
見た目からしてルーシャと同じ年頃だろう。ルーシャ同様に"女性"と呼ぶか"少女"と呼ぶかの判断に困るどこか幼さの残る顔つき。そして見るものによっては美男子と思われても致し方のないボーイッシュなショートヘア。その体は小柄な少女体形のルーシャよりも少しだけ大人の女性として成長しているようだ。
「そ、それで? 珍しくルーシャから僕を"この世界"に誘ってくれたみたいだけど……何か僕に手伝ってほしいことができたとかかな?」
「いえ? 何もありませんよ?」
「え!? そうなの? じゃ、じゃあなんで僕を呼んだの!? しかもこんな夜遅くに」
「なんででしょう……今宵は無性に一人だと退屈に感じたので、どうせならその退屈を誰かに分けてあげようと?」
「えぇ……なにそれ」
「まあこういう時に遠慮なく呼べるのがあなたぐらいしか思いつかず? あなたなら巻き込んでも問題はないかとも思えたので?」
「それは……喜んでいいの?」
「喜べるのならどうぞ。まあ、"証文式召喚術"《ショウモン・サモン》で呼ぶような精霊たちだと問題児が多いですし。呼んだら呼んだで簡単には"そちらの世界"には帰ろうとせずこちらの世界に居座ろうとしますし。その点あなたはこの世界への出入口さえ用意してあげれば行き来は自分でできますし楽ですね」
ルーシャの言葉にユーノは少し離れた地面、土がむき出しになった場所に書かれたおそろしく複雑な紋章を見てくすりと笑う。
「その出入り口を簡単に準備できるの……たぶんこの世界で可能なのってルーシャだけだよ」
「そうですか? 今日出会った冒険者に話を聞いた限りだと召喚術はこの世界でもあるみたいですよ。まあもっとも、今ではその使い手はいないとも言っていましたが」
「そうだろうね。召喚術は異世界の住人である上位の存在をこの世界に具現化させる術式。僕じゃなくてもっともっと力の弱い精霊を呼ぶだけでも途方もないマナの力が必要だ。"母様"や"あの人たち"がまだこの世界にいた頃ならあふれ出るマナを貸し与えることで召喚術なんてものを人族も使えていただろうけど。今この世界で姿を隠しているような精霊たちじゃいくら人族よりもマナの保有量が多くても……召喚術を行うマナを貸し与えるなんて真似は無理だね」
「普通の精霊には無理でも……あなたならそのあふれ出るマナとやらを貸し与えることができるんじゃないですか?」
「あはは、まあできるだろうけどそんなことしたら母様に怒られちゃうよ。母様や他の精霊同様に僕も一応この世界ではシークレット。あと基本的に不干渉のスタンスだしね」
「不干渉……そこは種族譲り、いえ、母親譲りなのですね」
「そうかなぁ。まあ、単に僕はこの世界の人たちの行く末に興味がないっていうのが本音かな。この世界に魔族が生まれたのは"あの人たち"や母様のせいだけとは思わないし、自業自得だよ」
「……やはり母親……"ユグドラ"にそっくりですよ、ユーノは」
「……もしかして怒ってる? ルーシャ?」
鞄の中でごそごそと動かしていたルーシャの手がピタリと止まる。感情ともどもフラットな口調で話していたルーシャだが、ユーノはそこに少し相手を突き放すような印象を感じた。心配そうな表情で恐る恐るルーシャのほうをチラ見するユーノ。その不安げな視線を向けられたのを見てルーシャはゆっくりと手を自身の頬にあて、ぽんぽんと撫でる。
「別に怒ってませんよ? わたしもつまるところ人の生き死にに興味はありません。あくまで彼らは私の目的のために必要な材料……のようなものですから」
「……ごめんね。なんだかしんみりしちゃったかな」
「謝る必要はありませんよ。私も商人のはしくれですから。無縁の人族たちの命よりも自身の利益が何より大切です」
「……やっぱりごめんね」
「なぜ謝るのですか?」
「だってルーシャ、今日もそのどうでもいい人族の命を救ったんでしょう? わざわざアピアまで呼んであげてさ」
「……こちらは処理に困っていた証文を捌ける。向こうは孤独の淵から救われる。お互いに損のない取引でしたから、人助けは副産物のようなものですよ」
「そうなのかなぁ」
「それよりも鞄の中の要らないものはこのぐらいですかね。さっさと作ってしまいましょう」
ルーシャの周りには魔族の素材らしきものからガラクタのような古びたものまで、およそそれだけでは何に使うかを考えあぐねるようなものが所狭しと並んでいる。
「またいっぱい集めたもんだね。これなんて竜種の鱗とかじゃないの?」
「先日諸事情で竜種の亡骸を一体丸々鞄に詰め込む必要があって……早いところ処理してしまわないと鞄が窮屈なんですよ」
「あはは! 何その理由? というかもしかしてルーシャ、人族を守るために竜種を倒してあげたりしたの?」
「気まぐれな救済取引で何やらこん棒しか出ないと思っていたら私にしか扱えないようなこん棒が出ましてね。まあ、私も救済の歯車の一部にされたわけです。相変わらず何が出るかわからなくて退屈はしませんね」
「ほんとでたらめだよね。"救済の対象にとって必要なものをランダムで生み出す"なんて術式」
「気まぐれな救済取引といい|"創造錬金"《ジェネシスアルケミー》といい、ほんと使う私の身にもなってほしいものですね。そう思うと"不良品"にする”魔改造”はまだ融通が利いて楽ですね」
そういってルーシャは右手に壊れた剣の柄を持ち、左手で大きな盾ほどはあろうかという青白い平らな板状の塊に触れる。
「それ、もしかしなくてもブリザードフローターの鱗だよね?」
「欲しいなら鞄の中に腐るほどあるのであげますよ? むしろ邪魔で仕方ないのでお土産にどうですか? 小柄な精霊用の傘代わりとしてどうです?」
「うん、いらないね」
「残念です。どうせなら木っ端みじんに全部吹き飛ばしておけば楽だったのですが……まあせっかくなので有効活用と行きましょう」
ルーシャがぐっと手の先に力を籠めると手にしていた剣の柄とブリザードフローターの鱗がルーシャの手に吸い込まれるように光となって消える。そしてルーシャが空いた両手を前にかざすとその間で光の球体が生まれ、徐々に形を成していく。
やがて光が収まるとルーシャの手には一本の液体入りの小瓶が残った。素材である鱗の色を継承した青く澄んだ液体をちゃぷちゃぷと揺らし、ルーシャは顔の前に瓶を近づける。
「これは……薬ですかね?」
「どうしてあの素材で薬になるの……ほんと異常だよね、ルーシャの|"創造錬金"《ジェネシスアルケミー》。”素材のレアリティを引き継いで別のものに創りかえる”って……それで? 何の薬ができたの? |"創造錬金"《ジェネシスアルケミー》で作ったものなら鑑定できるんだよね?」
「う~ん……"飲むと一瞬で体温を50度下げる"効果のようですね」
「夏場でも飲みたくないね、それ」
「急いで氷が欲しいときに水分豊富なスライムにでも飲ませればお手軽簡単に氷が作れて便利じゃないですか?」
「それなら水の精霊と氷の精霊の力で氷作るほうがいいかな……労力的にも衛生的にも」
「まったく、これだからハイスぺな精霊さんは。普通の人はそう簡単に複数の属性の精霊術式を使えませんよ」
「いやそうだけどさぁ……ほんと需要ある? その薬?」
「まあ暑苦しい人がいたら水代わりのサービス品として配ることにしましょう」
「凍死待った無しのサービス品って怖い……」
げんなりとしたユーノを横目に、ルーシャはできた薬をごそごそと鞄の中にしまい込む。そしてきょろきょろと次の素材を選ばんと地面を見回す。
「これなんかどう。さすがにこれなら薬にならないんじゃないかな」
ユーノが手にしたのは小さなランタン。ガラクタ類が並ぶ中、そのランタンだけはどこか真新しい。
「ああ、以前私が考案した稀代の販売方式、ドキドキボックス商法で荒稼ぎしようとした際に話の通じない門番のためサンプルで開けた箱の中身ですか」
「情報量がなんだか多すぎないかな今のセリフ……ドキドキボックス商法って何?」
「まあそれはおいておきまして……ランタンとこれでやってみますか」
ランタンの他にルーシャが選んだ素材は一本の金属製の筒のようなもの。中に液体などを入れる用途にしては底もなく、太さも何やらいびつだ。
「一応聞くけど……それ何?」
「以前初見殺しの落とし穴満載のダンジョンで興味本位で本来降りれないであろう奈落の底を物見遊山で見に行ったら廃棄された"動く"鎧が落ちていたのでとりあえず手間賃として腕一本もらったやつですね」
淡々と息つく暇もなく説明を終えたルーシャにユーノが大きくため息をつく。
「相変わらず情報過多だね……というかそれ"リビングアーマー"じゃないかなぁ、造魔種の」
「……てっきり"全自動式ご自由にどうぞ品"かと思ったのですが」
「僕一生その解釈の境地にたどり着けないと思う」
「まあ商人なんてご都合主義の化身みたいなものですから。自身に得ならそれが呪物であろうが古代のアーティファクトであろうが"魔王の右腕の右腕"でもいいんですよ」
「あ……そういうやつなのね。今頃左腕だけで苦労してるんじゃないかな」
ルーシャが再度両手に力を籠めると先ほど同様手にしていたものが消え、光の球体がルーシャの手の中でまた何かを形作っていく。そして……。
「見てくださいユーノ。一本の筒がお手頃サイズの二本の筒に分かれました」
「素材が素材なだけになんだか痛々しく見えちゃう……」
ユーノはそっと自身の右腕をさすり身震いする。それを気にもせず、ルーシャは手にした二本の筒をまじまじと見つめる。
「ふむ……一本はどうやら"破裂するとその場に強烈な閃光と害虫が嫌う香りを放つ効果"のようですよ? これならお手軽に使えて庶民にとっても需要あるんじゃないでしょうか?」
「その効果が筒ともども別々に分かれてたら需要はあったんじゃないかな……お手軽に使うような効果じゃないよ……。それで、もう一本の方の効果は?」
「こちらは破裂すると強烈な閃光と視界を遮る煙幕……なんと催涙効果付きの煙……が同時に発生するみたいですよ?」
「めくらまし特化過ぎない? え? 使ったのランタンだよね? むしろ闇を払い視界を照らすものだよね?」
「まあまあ、これも庶民が使えばお手軽簡単に暴漢や魔族などから自衛できるんじゃないですかね? つまり売れ筋商品の可能性が?」
「それ投げた本人の身の安全さえ担保されてればいいんだけど、効果範囲はどのくらいなの?」
「着弾地点から半径50メートルっぽいですね。広々と使えていよいよ便利?」
「自爆志願者御用達かな?」
どこか使う機会をワクワクと期待するように小さく鼻を鳴らしながら筒を鞄にしまうルーシャ。そんな彼女となおも周囲に置かれたこのあとおかしなものへと変わっていく素材の数々を見てユーノは頭を押さえながらもう一度大きくため息をついた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




