SS02_この世界の伝説とその裏話の一片
〈えへへ~、それじゃあ乾杯!〉
「お、おい!? 本当にそれを飲むのか」
意気揚々としたかけ声とともに手にした杯がわりの木のコップを持ちあげ、アピアはぐっとその中に口をつける。それを心配そうに見守るクレハ。彼女からすると自身の胸元までありそうな大きさの樽に直接顔を近づけて酒を飲むようなアピアの行動。乾杯ののち手にしたコップを下ろしたままアピアが顔を上げるのを待つ。
〈ぷは~っ! やっぱりお酒は美味しいね!〉
「喜んでくれると頑張って酒場で買ったかいがあるというものだが……言葉通り溺れるんじゃないぞ? お酒に?」
〈大丈夫大丈夫! こう見えて私、お酒には強いんだから!〉
「いや……見た目からすると子供にしか見えないしそもそも酒を与えてよいものかと不安になるんだが?」
〈あはは~、たぶんあたしは"クレハ"よりもず~っとお姉さんだよ!〉
「そうは見えないんだけどなぁ……」
けらけらと笑ってコップに再度前のめりになるように頭を入れ中身を飲むアピア。その様子にクレハも口元を緩ませ、ようやく手にしたコップに口をつける。
フィアメルトダンジョンがあるギルサエム山脈。そこから無事帰還したクレハはマテインの街の酒場で何本かの酒と料理を買ったのち、宿屋の一室にて新しくできた仲間の歓迎会を開いていた。もっとも、開催理由の大きな要因はアピアからの酒のリクエスト
である。
「ルーシャも言っていたが……まさかアピアは人間サイズの酒樽の中身を全部飲み干したのか?」
〈んー? ああ、違う違う。さすがにあたしもそんなに飲んだらクレハみたいにおっきな美人さんになっちゃうよ〉
「飲んだら大きくなるのか……?」
〈まああたしの場合は飲んだ分だけマナになっちゃうかな。こう見えて、あたしは音の精霊なんだから!〉
「そうか……いや待て、音の精霊関係なくないか?」
〈あはは! ばれた! 嘘だよごめんね。多分おなかがタプタプになって飛べなくなっちゃうだけかな〉
普段が音の精霊の名に恥じないほどにやかましく音を発するアピア。もちろんそういう意味での"音"の精霊ではないのだろうが、酒が入ってもその陽気さは飲む前との違いがわからない。
「やれやれ、こうして精霊と相まみえることができるだけでも稀有なはずなんだが。なんだかあんまりありがたみがわかないのはなんでだろうな」
〈それだけあたしがクレハにとて親しみやすいってことかな! うん!〉
嬉しそうに笑い、テーブルに肘をつくようにおろしていたクレハの腕にどさっともたれかかるように座り込む。柔らかなその弾力と温もりにどこか気持ちよさそうな表情を浮かべるアピアに思わず笑みがこぼれる。
しばらく静かにその様子を見て楽しんでいたクレハだが、ふと何かを思い出したのかなおも腕にもたれかかる小さき友にゆらゆらと腕を動かし呼びかける。
「そういえばアピアは魔王種が封印されたことを知っていたようだが、精霊たちの中では魔王種はどのように封印されたといわれているんだ?」
〈う~ん、人族が言ってるのとあんまり変わらないかな。ずっとずっと昔の見えざる者の喪失だっけか? 精霊や天使、悪魔がこの世界からいなくなって魔族が現れるようになったっていうのは?〉
「ああ。今から300年前まではこの世界にいたとされるそう言った上位の存在が突如いなくなり、その後魔族が……そして魔王種と呼ばれる強力な特異体が生まれたといわれている。だが300年前にいなくなったとされた神と悪魔、そして精霊の力によって魔王種は皆ダンジョンの奥底に封印されたと言われている」
クレハはアピアを支えていない空いた手で買ってきた肉の串焼きを一本つまむとどこか優雅な仕草で口へと運ぶ。
〈あっ! あたしもお肉ほしい!〉
クレハの腕にぐっと背を押し付けて勢い良く立ち上がるとアピアはクレハの顔に向けておねだりと言わんばかりに両手を振る。それを見たクレハが解放された手で串に刺された肉をはずし、そっとアピアへと渡す。両の手で抱えるように受け取ったアピアはお礼代わりのにかっとした笑みを浮かべたのち肉へとかぶりついた。
〈ん~おいし~〉
「ああ、あの酒場の串焼きは私も好きだ。アピアの口にもあってなによりだ」
〈えへへ~、ありがとう。それで……魔王種のお話だけど、人族と違ってあたしたち精霊が知っているのはその300年前の出来事は"罪滅ぼし"だってユグドラ様が言ってた〉
「ユグドラ様!? ほ、本当に存在するのか!?」
〈あたしたちのような普通の精霊と違ってこの世界にはいないけど、ちゃんといるよ~〉
クレハはアピアの口から出た"ユグドラ"の名に思わず苦笑いを浮かべたまま顔を引きつらせる。それもそのはずで、精霊の中でもユグドラ……真の名を"ユグドラ・グラヴェル"と呼ばれる存在は主の名。そう、精霊の頂点に立つといわれる伝説上の存在として人々の間では語り継がれている。
「ち、ちなみにだが……悪魔の主といわれる"サタニア・クロムス"様や救世の神にして主、"ルーシア・アテルマ"様も存在するのか?」
〈あたしは会ったことはないけど間違いなくいるよ。まあ、ユグドラ様はあの二人とはあんまり関わろうとしなかったみたいだけどねー〉
「え? そうなのか? 300年前の魔王種たちの封印には精霊と神と悪魔たちが力を合わせてあたったと聞いているからてっきり仲が良いのかと思ったんだが」
〈う~ん……それも"罪滅ぼし"だっていうのを聞いたな~。なんでも"関わらなすぎた"のがユグドラ様が"与えられた"罪なんだってさ〉
「関わらないことが罪?」
〈あたしもよくわかんない!〉
両手を広げぱたりとテーブル上に横になるアピア。ぐっと身を伸ばし、ゆっくりと脱力していく。
「はは、伝説上の3人の存在がまぎれもない事実だなんて……その筋の学者たちがこの話を聞いたら驚いてひっくり返るだろうな。まあ、この話をそんな連中に漏らすつもりはないから安心してほしい」
〈うん、その辺はあたしも安心してるし信頼してるよ〉
「……そうか、ありがとう」
〈だってクレハが学者だっけ? その人たちとあたしのサポートなしでうまく話せるイメージがわかないもん〉
そこまで聞いてクレハはガクッとうなだれそのまま勢い余ってテーブルにゴンと額をぶつける。そしてそのままテーブルに頭を打ち付けたまま目を潤ませる。
「そういう意味での安心か……」
〈あはは、ごめんごめん! でもクレハのことは信頼してるよ。だって今日出会ったばかりの私にこんなにも優しくしてくれるんだから〉
アピアの励ましにすっと顔を向けるも徐々に熱とともに頬の紅潮を感じ、身を起こすと小さく咳打つ。
「ま、まあ……私もアピアには感謝している。その小さな身にかかわらずすでに私にとってはかけがえのない大きな存在だ」
〈えへへ~、嬉しい! 嬉しいなったら嬉しいな~〉
テンションが上がったのか、アピアはテーブルの上でダンスとも千鳥足ともとれる足取りでステップを踏む。そして足がもつれ転びそうになったところをそっとクレハの手が優しく支えた。
「これからもよろしく頼む。アピア」
〈うん、こっちこそよろしくね! クレハ!〉
互いに笑顔を向けあったのち、クレハは再度テーブルに置かれた自身のコップに手を添える。それを見て察したクレハもまた自身のコップを持ち、2回目となる乾杯の声とともにこつりと互いのコップを合わせた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^
【2026/02/05】
ユグドラおよびサタニアのフルネーム箇所が誤っていたのを修正orz
あと数字が100年になってるのは300年の誤りでしたので合わせて修正orz




