Ep05_状態異常じゃない異常な沈黙02
「まずはこちらなどいかがでしょうか?」
そういってルーシャが鞄から取り出したのは一枚の薄い板。純白の大理石のように光沢を放つそれはタイルのようにきれいな正方形をしており、大きさは給仕用の盆に近い。その面をクレハに向け、もう片方の手で黒い染料の入った小瓶と筆を手に取る。
「こちらこのように……筆で文字を書けるのですがなんとなんと?」
筆で文字を書いたのちどこから取り出したのか今度はボロ布を手に、板の表面をごしごしと磨き始める。
〈ふむ……書いた文字が消えたな〉
「そうです。これは文字を書いた後も簡単にふき取ることができ、筆談コミュニケーション"しか"……じゃなくて筆談コミュニケーション特化な方にお勧めの一品となっております」
〈言い直してるけどビフォー・アフターともにろくでもないこと言ってるぞ?〉
「商品名はそうですね……"口をつぐむ者の純白板"……だとなんか呼びづらいので"ホワイトボード"とでもお呼びください」
〈口をつぐむ者って……私はしゃべってるつもりなんだが? あと筆談は正直あの時の受付嬢とのやり取りで少々トラウマなんだ〉
「筆談はお気に召しませんでしたか? ならば次の商品行ってみましょう」
ルーシャは手にした板に大きくバツを描いたのちそっと地面に置くとまた鞄をごそごそと漁り始める。その様子を見守るクレハの表情はすでに晴天のもと曇り始めている。
「これならいかがでしょうか?」
〈それは……蝋燭?〉
「こちらお持ちいただけますか?」
そういってルーシャに渡されたのは不思議な黒い色をした蝋燭。剣の柄ほどはありそうな太さのそれは長さも相まってそのまま松明代わりに使えそうである。
「火をつけますので気を付けてくださいね」
〈お、おい大丈夫なのかこれ?〉
クレハの心配そうな表情を意に介さず、ルーシャは地面に置いていたホワイトボードを手に何やら紋章を素早く書き蝋燭の先に近づける。すると蝋燭とホワイトボードの間でホタルのようなサイズの火の粉がふわふわと紋章から浮かぶように現れ、クレハが手にしていた蝋燭に火を灯す。
〈な、なんだその術式は!? 精霊術式か?〉
「……そのようなものです。それよりほらご覧ください」
ルーシャが指さす先、蝋燭の先端でめらめらと燃える火の色を見てクレハは思わず目を奪われる。
〈綺麗……なんだこの氷雪のような薄く青い炎は?〉
「それはおそらく軽度の緊張やナーバスさを表す青」
〈うん?〉
「そちらなんと持ち主の感情を色で表現する蝋燭となっております」
〈感情を色で……?〉
ゆらゆらと揺れる青い火の光をその翡翠の瞳に映し、どこか呆けた様子のままクレハはルーシャの言葉に返事をする。
「例えば怒ってるときは赤。今のように悲しみや不安などは青。気分がいいときは陽気な橙の色になります」
〈へぇ……面白いんだな〉
「ちなみに発情した際には桃色になるとか?」
〈そうか発情時はピンク……って! なんだそれは! 不謹慎というかその……あの……〉
「あ、火の色が徐々に淡い桃色に……」
〈ち、違う! 断じて違う!〉
クレハは慌てて蝋燭の火に息を吹きかけ感情もろともその火をかき消そうとするが一向に火は消えることもなく、むしろ風に煽られ勢いを増す。
慌てた様子で今にも火に手を当てて消そうとまでするクレハの様子にルーシャは不思議そうに首をかしげる。
「照れや気恥ずかしさがにじみ出た場合も同様に桃色になるのですが?」
〈そ、そうか! そういうことなんだな、うん! いや~恥ずかしい恥ずかしい。私の勘違いだな、うん〉
「ちなみに一度燃え始めると蝋燭の芯が燃え尽きるまで火を消すのは難しいので……まあ使い切りのアイテムですね。名づけるならば"感情を仄めかす灯"……だとなんだかイメージが暗く重々しいので"ペンライト"とでもお呼びください」
〈これで意思疎通……はなんか嫌だなぁ。私からすると単に隠している思いが相手にばれるだけのセルフ死の宣告アイテムのような気が。それに会話と比べてコミュニケーション手段としては程遠い気がするんだが?〉
「相変わらず声の大きさは蚊の鳴く声にはるか及ばず……まるで世界の果てで誰かが小声で内緒話をされているかのように全く聞こえないですけど実に言葉巧みなチョイスで商品のデメリットを突かれてきますね」
〈物売りならもう少し言葉巧みな言葉遣いと気遣いを覚えるといいぞ? いや、人の弱みを突く際はむしろ言葉巧みすぎないか?〉
クレハはそっと蝋燭をルーシャに返すと大きくため息をつき、目を細めて無言でシーアに視線を向ける。
「なんだか我が店に対し言われなき不名誉や嫌疑を抱かれている気が……おっと、もしかして言ってました?」
〈いや、まだ何も言ってないぞ。だが概ねあってるけどな〉
「むぅ……いいでしょう。そこまで言うのなら我が店の本気、お見せしましょう」
〈なんだかもう嫌な予感しかしないんだが?〉
ルーシャが次に取り出したのは小さな白い瓶と銀の指輪。まずは指輪をクレハに渡し、身に着けるよう促す。クレハは受け取った指輪を顔に近づけ手にまじまじと見つめていた。だがルーシャの無言の圧とまるで彫像のように感情を感じさせない瞳での凝視に慌てて指輪を右手の人差し指にはめる。
「さて、少々準備が必要なのでそのまましばらくお待ちください」
地面にバツ印を描いたまま放置していたホワイトボードを手に取ると、また筆を取り何かを描き始める。すでにルーシャの脳内では完成形が出来上がっているのか、迷いなく、かつ緻密にホワイトボードに筆を走らせる。その正確無比な筆遣いと出来上がっていく複雑な紋章にクレハは思わずごくりと息を飲む。
〈き、君は商人よりも絵描きとしてのほうが成功するんじゃないか?〉
「"君"、ではなくルーシャです。そして生憎と絵描きとしての才覚は私にはありません。ただ決まったものを間違えることなく素早く書いているだけですから」
〈いや……それができるのは十分にすごいんじゃ……〉
「できました」
クレハのセリフを遮るように手にしたホワイトボードをグイっとクレハの眼前に近づける。見たこともないその不思議な紋章にクレハはふと口元を隠すように手を添え、目を細める。
〈先ほど蝋燭に火を着けた際にも見慣れない紋章を描いていたが……まさか術式の中でも高等技術と呼ばれる召喚術というやつか?〉
精霊術式はこの世に存在すると言われる数多の精霊の力をマナを対価に借りて発動する術式と言われている。その発動の基本は詠唱と祈り。だが、中には精霊を直接具現化し、その力を借りる召喚術と呼ばれる技術がある。
〈神聖術式や悪魔術式でもたしか古来より伝わる紋章を媒体に神の使いである天使や悪魔と呼ばれる高位の存在を具現化させる召喚術はあると聞くが……精霊術式のものも踏まえそれらの技術は現在使えるものはいないと聞いているが……〉
「そんなおおそれたものではありませんよ。第一私は精霊術式なんて使えませんし、精霊の加護もありませんよ」
〈そ、そうなのか? それなら君は神か悪魔の加護、あるいは神聖術式か悪魔術式を使えるということか?〉
クレハの何気ない問いかけにルーシャはどこかばつが悪そうに視線をそらし、小さく「そんなところです」と呟いた。その様子にどこか気まずさを感じたのかクレハもまたそっと視線を逸らす。
この世界では生まれたものは必ず神・悪魔・精霊の加護か……それにまつわる術式の力を宿している。さらに、精霊人や天人族、天魔族など、半人と呼ばれるものたちは加護と術式、その両方を宿して生まれてくる。だが……極まれに加護や術式、そのいずれをも宿すことなく生まれてくるものが存在する。人はそれを疎外者と呼ぶ。
そしてそう言った疎外者を神にも悪魔にも精霊にも愛されなかった忌むべき存在とみなす地域があることをクレハは知っていた。だからこその何気ない問いかけへの後悔と気まずさからであろう。クレハは顔をうつむけ、きゅっと唇を噛みしめる。
「あのー? 一応言っておきますが私、疎外者ではないですからね?」
「"そうなのか"……!? "よかった"……」
クレハははっと顔を上げ、そしてすぐさま自身の口を手で覆う。
「初めて聞き取れましたね。あなたの声」
「……」
クレハはそっと口に当てていた手を下ろし、胸にあてる。ドクンドクンと強く脈動する心音を抑えるようにぎゅっと手に力をこめる。とっさに言葉が飛び出た口はパクパクと動くも、先ほどの透き通るような声は聞こえない。
「どういった経緯でそのようにしゃべれなくなったかは存じませんが……少なくとも綺麗だと思いますよ?」
〈そうか……はは、ありがとう。あんなに人前で自然に声が出せたのは……本当にいつぶりだろう。ずっと一人でいることに慣れすぎて……〉
「まあ歴戦たるボッチ武勇伝はその辺にして、準備できたんで先進めていいですか?」
〈切り替え強引過ぎないか? 君……じゃなくって、ルーシャだったか〉
「なんだかさして聞きたくもない暗い孤独エピソードが延々と続きそうでしたので?」
〈もう少し歯に衣を着せて喋ってくれないか……泣きそう〉
商品の説明をさっさとしたいと言わんばかりにふんすふんすと鼻を鳴らすルーシャにクレハはがっくりとうな垂れ、大きくため息をついた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




