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Ep05_状態異常じゃない異常な沈黙01

「ええっと……ご要望の品はこちらでよろしかったですか?」

「……」


 手にした薬瓶を小刻みにルーシャが揺らすと中に入った薄い青色の液体が荒波のように揺れる。そしてルーシャの前に立つ女性の心はそれ以上に動揺しているのか、ルーシャの何気ない問いにしどろもどろ&あたふたとした身振りで応えようとしていた。


 ごつごつとした岩がいたる所に隆起した険しい山道。地に咲く植物も少なく、岩がむき出しとなった地面も少なくない。穏やかな天気とは裏腹に穏やかではない足場の道中にて、ルーシャはその岩の一つ、平べったい岩を売り場代わりに露店を開いていた。


 あきらかにニーズもなく、普通であれば店を開く場所を間違っていたであろう閑散とした状況。そこに舞い込んだ一人の冒険者風の女性客を前に、ルーシャは顎に手を添えじっと女性客を見つめる。


「うまくしゃべれないようなので沈黙サイレンスの状態異常かと思ったのですが、もしかして混乱の状態異常にもかかっておいでですか?」

「……!」


 頬を真っ赤にして首を大きく横に振る女性。そしてふるふると両手を振りなんとか拒否を示してはいるが、微かに動く口からの声は聞こえない。


「ええっと、少々お待ちいただけますか?」

「……?」


 ルーシャは背負っていた鞄をおろすとごそごそと中身を探り始める。自身に向けられていた視線が外れたことで緊張が弱まったのか、女性はすっと胸に手を当て大きく息を吐く。


 そうしてしばし安堵に浸っていた女性だが、ルーシャがそっと手を伸ばすとすぐさまドキッという音が聞こえてきそうなほどに身を大きく震わせ、顔を強張らせる。


 おそらく本人は笑顔を浮かべようと必死なのだろう。だがはたから見ると口元をひくひくと引きつらせ、目元をぴくぴくと震わせるその様は挙動不審な"女神"。


 そう……非常に残念な様子ではあるが、どこか女神というにふさわしい神秘さと母性を感じさせる大人びた外見を女性は持っていた。それだけではなく、街をすれ違う男性冒険者の過半数を振り向かせるであろう恵まれた豊満な肉体。そしてきゅっとしまった腰元に届きそうな艶やかな翡翠の長髪は日の光を浴びてきらきらと輝いて見える。


 そうした多くの優れた"外見"のアドバンテージを台無しにする程度には"中身"は恵まれなかったのだろう。過度の緊張からか口をもごもごと動かすだけでろくにしゃべれず、目も相手に向けられることなく……むしろ逃げ回るかのようにきょろきょろと泳いでいる。


 見るものの心を奪う容姿の前にその過剰なまでの緊張した反応が目につき、魅力を半減どころか激減させている……といった様子だ。


「こちらを装備していただけますか?」


 ルーシャが差し出したのは淡い桃色の光沢を放つ不思議な腕輪。それを手にした女性は渡された腕輪を顔に近づけじっと見つめている。


「一応言っておきますけど呪われてなんていませんし、あいにくそれは売り物ではないので後で返してくださいね」


 ルーシャの説明に女性ははっと驚いて身を引き、警戒しながらも恐る恐る腕輪を左手に身に着ける。


「さて……これで意思疎通はできそうですかね?」

〈できそうかと言われても……やっぱり怖い!〉

「ああ、できそうですね。追加で一応言いますけど私はあなたをとって食おうと言うわけではないので怖がらなくても大丈夫ですよ」

〈そ、そんなこといわれても……って、あれ? 私の言ったこと、伝わってる?〉

「なにか口だけが動いていてしゃべられているようですが生憎と声は何一つ聞こえておりません。ですが、あなたの考えていることは伝わっております。その腕輪に宿る魔術……"死霊術式"の|"終わらない最後の遺言"《ラスト・ラストウィル》によってあなたの思念が私に訴えかける形で同調されている……という説明でお判りいただけますかね?」


 ルーシャの説明に女性は口に手を当てぎょっと目を見開いている。そしてちらちらとルーシャを見てはまた視線を逸らすを繰り返し、やがて意を決したかのようにルーシャへと体ごと向き直り、ゆっくりと視線を向ける。


〈本当に……私の考えが伝わっているのだろうか?〉

「疑われているようでしたら何か指示をいただけますか? それを私が実行すればさすがに信じていただけるかと」

〈指示……じゃ、じゃあ、三回拍手をしたのち両手を私に向けて開いてくれないか?〉

「かしこまりました」


 ルーシャはそういって拍手をパンパンパンとテンポよく三回鳴らし、手を開いて女性へと向ける。それを見て信じられないといった様子で呆けていた女性はルーシャの無言の呼びかけに気付いたのか首をぶんぶんと振り、どこか表情を明るくさせる。


〈す、すごい! 本当に私の考えていることが伝わっているのか!〉

「ようやく信じていただけたようで何よりです」

〈す、すまない……。私の名は"クレハ"。精霊人せいれいびとで冒険者を生業としている〉


 そういって耳にかかっていた髪をすっと払うとそこにはすらっと細長く伸びた耳。天魔族てんまぞくの特徴である黒い角や赤い瞳。そして天人族てんじんぞくの体のどこかに浮かぶといわれる聖紋。それに並び精霊人の特徴と言われる人のそれと異なり細長く伸びた整った耳がそこにあった。


〈気づいていたかもしれないが、私は人と話すのが苦手……いや、もうできないといっても過言ではない〉

「あ、沈黙サイレンスや混乱状態だったわけではないんですね……お客様じゃないんですね……」


 商機を逃したと察したルーシャが肩を落としたのを見て、女性は話の腰を折られたようにむぐっと口をつぐませる。だが小さくコホンと咳打ち、再び口を動かす。ちなみに声の声量は相変わらず皆無である。


〈こうして誰かと話しができたのはいつぶりだろうか……ははっ。冒険者になろうと最初にギルドの窓口で何とかかんとか筆談で冒険者登録をすませた時以来だろうか〉

「あ、筆談もお話しにカウントするんですね」

〈わ、悪いのか!? あの時は私も気を失いそうなほどのストレスや緊張感、そして吐き気をこらえて乗り切ったんだぞ!? 実際受付嬢から軽く10回は心配されたほどだぞ!?〉

「失礼かもしれませんがよくその体たらく……おっと失礼、性格でよりによって冒険者なんてコミュニケーション能力必須な職につけましたね」

〈失礼だな! わ、私だって本当はいろんな冒険者たちとパーティを組んで様々なクエストをこなしていくことでこの少し気弱で緊張しいな性格を直そうとしたんだぞ?〉


 クレハが大人びた印象とは裏腹にぷんぷんと子供のように頬を膨らませて無言の反抗を示す。否、無言と言うのは語弊があるかもしれない。彼女はあくまでしゃべった気ではいるのだがその声がまるで聴きとれない。無言ではなく"無音"なのだ。


 ルーシャは額に手を当て大げさに辺りをきょろきょろと見まわしたのち、もとから無感情だった表情をさらに冷めた様相にしてクレハをじっと見つめる。


「見た感じですとそのお仲間と思しき冒険者様が見当たらないのですが?」

〈……それは難易度が高すぎて私には無理だった〉

「ええっと……この先の"フィアメルトダンジョン"。竜渓谷と呼ばれる竜種の巣窟にソロで向かわれているのを見るに冒険者ランクは少なくともCランク以上ですよね?」

〈あ、ああ……一応Bランクだ〉

「ソロで魔族の種族の中でも屈指の強さを誇る竜種の相手ができるなんて……それよりは仲間を見つけるほうが簡単なのでは?」


 魔族の竜種はルーシャが言う通り魔族の中でも非常に高い戦闘力や魔族の加護と呼ばれる固有のスキルなどを有しており、そのほとんどが100人単位の小規模の集落を落とすといわれるCランクの脅威として認定されている。


〈ば、馬鹿を言うな! 未知なる思考と感情という剣と盾を構える人間たちとの意思疎通に比べれば大きなトカゲを数十匹一人で相手にするなんて朝飯前なはずだ!〉

「えぇ……そんなヘビーな朝飯前ミッションは聞いたことないですね。それが実話なら冒険者ランクはB級どころかA級になっていてもおかしくないのでは?」

〈そ、そうなのか? 冒険者A級以上になるにはクエストの実績だけでなく人柄を見るための面接があると聞いて……私には無理だし興味もないからよくわからないんだ〉

「気分を害されるかもしれませんがほんとなんでそんなコミュ二ケーション能力を全て捨てて戦闘力に全振りしたようなステータスの冒険者になられたんですか?」

〈ほんと気分を害するな、おいっ! いや、私だって別に好きでコミュニケーション能力を捨てたわけじゃないんだぞ!? ただ人には向き不向きというのがあるだろう?〉

「向きと不向きの極端さがA級超えてますね」

〈ひどいっ!〉


 ルーシャの淡々としたツッコミに涙目で訴えるクレハ。ルーシャは小さくため息をしたのち、ふと何かに気付いたのかぽんと手で相槌を打ち、そのままクレハへと催促するように手を伸ばす。


「そうそう、何かご入用ではなく単にコミュ障の状態異常でしゃべれずに困っていただけのようですので……その腕輪返していただけますか?」

〈え? コミュ障って状態異常なのか……って、え? 返す?〉

「はい。最初にお伝えした通り、そちらは売り物ではないので」

〈ま、待ってほしい! その……言い値で買うからこの腕輪、譲ってもらえないだろうか?〉

「駄目ですよ。その腕輪は一品物の魔道具ですからお値段も天文学的な価格になりますし。何より私にとって必要な物であり、商品ではありませんから」

〈うぅ……そうか……そうだよな。私も職業柄各地で魔道具を見たことはあるが……中でも魔族のスキルや魔術の効果がついたものはそれだけでかなりレアだった。まして死霊術式の魔道具など私も見たことがない〉

「まあ、そちらはお譲りできませんが単に意思疎通をするだけならもっと安価なものもありますよ?」

〈ほ、本当か!?〉


 いまにも口づけを交わせそうなほどに顔を肉薄させてクレハはギンと目を光らせる。その急な接近に動じることもなくルーシャは無言のままぐっと指を立てて任せろと言わんばかりにポンと胸を打った。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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