Ep04_鈍感な君と鈍器持った君へ03
「な、なんでこんなところに竜種が……しかもあの鱗の色と翼のない蛇のような姿……嘘だろ……」
「ん……間違いない……"浮遊する氷結竜"の異名を持つBランクの竜種、"ブリザードフローター"」
「竜種が住まうギルサエム山脈からもまだかなり距離があるはずなのに……本来こんな草原地帯にいるような存在じゃ……いいえ、そもそも個体数も少ないレアな魔族でしょう!? なんでよりによってこんなところに……いるのよ……あはは……」
ガルシエラは恐怖のあまりか、引きつった笑みを浮かべたままその場にへたり込む。ナオシィも青ざめた様子で空を見上げたまま次の行動を起こすことができない。ニーベルは盾に手を伸ばしてはいるが目の前の巨大な姿を前にがちがちと歯を震わせて恐慌状態といった様子だ。
「みんな! 逃げるぞ! ビビるよりも諦めるよりも前に足を動かせ!」
「む、無理だよ……隠れるところもない草原で……あんな大きい竜相手に逃げるだなんて……」
「無理かどうかは死ぬ時まで保留にしとけ! 俺はあきらめないからな!」
「し……シン……ひゃっ!?」
シンは泣き崩れていたガルシエラを肩で担ぎ、なおも震えているニーベルの背をあいた手でバチンとはたく。
「盾をしまってお前はナオシィを! お前まで無理だなんて言ったら蹴り入れるぞ!」
「し、シンさん……わ、わかりました!」
ニーベルは棒立ちのまま固まっていたナオシィの腕を引き、半ば茫然自失となっていたナオシィを現実に引き戻す。
「行きますよ! ナオシィさん!」
「あ……うわわっ!?」
ニーベルもシンを倣いナオシィを両手で抱き上げ、シンのもとへと駆け寄る。
「あいつは確か全身から冷気を放ち自身の影に入ったものに強烈な冷気を浴びせる"コールドレイルドーン"がやばいんだよな」
「はい……なので、まずは落ち着いてやつの動きを見て影に入らないように注意を!」
「ちょ、し、シン! 下ろして! 自分で走れるから!」
「そういうのは震えを止めてから言えよ!」
「だ、大丈夫だから……」
「たとえ大丈夫だとしても……お前が俺より先に死ぬなんてのは絶対嫌だ。あいつの冷気が来ても……絶対に守ってやる!」
「ば……馬鹿シン……」
「ん! 動き出したよ!」
「来ますよ! シンさん!」
「ああ、あいつの初動に全力で注意! その巨体が故に細かい獲物である俺たちをうまく捕らえるのは難しいはず。最初の突撃を交わしたらあいつが向かったほうと逆に全力でダッシュ! いいな!」
ニーベルは力強くうなずき、自分たちに狙いを定めようとくねくねと空中で身を躍らせるブリザードフローターの頭部を注視する。不規則な動きで長身に隠れては現れるを繰り返す頭部の軌道から初撃の回避に全神経を集中させる二人。その背後から予期せぬ声。
「大変ご立派な勇気は結構ですが……使わないんですか、それ?」
「あ、あなた何して……ちょっ!?」
シンに肩で担がれた姿勢のため彼の背後を見ていたガルシエラ。その視線の先でルーシャが手にしていたのはこん棒。しかも殴ると燃えるという危険なそれを勢いよくシンに向かい投げる。
「し、シン! 後ろ後ろ!」
「なんだよいま集中して……うわっ!」
シンは手にしていたこん棒で眼前に迫ったこん棒を叩き落とす。そしてそれがトリガーとなり二つのこん棒の効果が同時に発動した。
強烈な光とともにシンやガルシエラ、そして横にいたほかの二人はぴたりと動かなくなった。その表面は人のそれではなく鉄のように金属質特有の光沢と鋼の色に染まっていた。
そして次に発動した燃えるこん棒の炎が四人を包んでいく。そしてそれを好機と見たのか、ブリザードフローターは弓から放たれた矢のように獲物目掛け真っすぐと襲い掛かり、その頭上を通過すると同時にすさまじい冷気を放つ。
一瞬にしてその場にパキパキと氷の塊が生まれていくが、炎に包まれた四人はその炎がバリアの代わりとなったようで、凍りつくことはなくただその場に石像のように固まったままでいる。
「語弊がありましたね……お譲りしたこん棒の効果は"防御力が飛躍的に増加し、パーティ全員が鉄の硬さを得る"ですが……実際のところは防御力を増加させ"一時的に鉄の塊へと自分たちを変質させる"もの。まあ……聞いてませんよね」
ルーシャは冷気と熱のぶつかり合いから生じた水蒸気の靄の中、さして慌てた様子もなく、どこか冷淡な口調でつぶやき、こんこんと固まったシンの額を小突く。そしてふと思い出したように腰に下げていた黒いこん棒を手にし、まじまじと見つめる。
「今回は私も"救済の歯車の一部"にされていましたか。まあ、このふざけたこん棒が|"気まぐれな救済取引"《ランダムメサイア》で出た段階で気づくべきでしたか。これを使う者は戦闘から離脱できない……つまりあの竜種にソロで勝てない限りは助からないわけですし」
ぽつりぽつりとまるで誰かに言い聞かせるかのような語り方はさながら物語を読み上げる吟遊詩人のようで。ブリザードフローターが浮かぶ空を……否……さらにその先の宇宙のそのまた遥か先までもを見るかのような黒く澄んだ瞳。
終始変わらない感情のないルーシャの顔立ちだが、それでもどこか物寂しさを見るものに感じさせる。両手でこん棒をゆっくりと掲げ、勢いよく振り下ろし地面を殴りつける。地面に打ちつけられた瞬間、大地に生えた草花がルーシャを中心として同心円状に波打つ。そして依然固まったままのシン達の足元に光る魔法陣が浮かび上がり、激しく発光したかと思うと彼らは光の粒子となって風に運ばれるように姿を消した。
"スケープ・エスケープ"が発動したことにより周囲にいたものは強制的に安全な場所へと転移させられた。そしてその代償にルーシャは戦闘から離脱不能というバッドステータスを背負う。
ブリザードフローターは残された少女を見下ろすもすぐさま強烈な違和感を感じたのか、おのずとルーシャに対し威嚇の咆哮をあげていた。
「気づきましたか? スケープ・エスケープの対価で私は戦闘を離脱することができません。そしてそれは"あなた"もです。この戦闘が終わる……どちらかの命が尽きない限り私たちはこの場を離れることができないんですよ……ねえ?」
感情こそ感じさせないが、その威圧感は空間に歪みを生じさせ、空に浮かび自身を見下ろす巨竜を恐慌状態へと陥らせる。それまでの優越感はすでに消え失せ、命の危機と並びたつように迫る焦りから再度咆哮を上げ、ルーシャ目掛け滑空を始める。
「いちいち精霊や"ユーノ"を呼ぶのも面倒ですし、ここは力技で行きますか」
ルーシャはナオシィが持てずに地面に転がっていたこん棒を拾い上げ、向かい来るブリザードフローターを睨み、すっと両手でバットのように振りかぶる。そして自身へと突っ込んでくる頭部に目掛けフルスイングで迎え撃つ。
通常時は小枝10本分。だが装備するとたちまち大樹10本分になるといわれるそのこん棒にどれほどの力が込められたのか。ただの打撃攻撃では説明がつかないほどの衝撃。
ルーシャがゆっくりとこん棒を突き立てるように下したとき、ブリザードフローターの頭があったはずの場所は空間そのものが消滅したかのように奇麗に跡形もなく"何もなくなっていた"。
司令塔を失ったその巨体はずしんと大きな轟音と振動をあげ大地へと墜落する。動かなくなったその亡骸を前にルーシャは何やら困ったかのように腕を組み頭を悩ませ始める。
「これ……後処理のこと考えてませんでしたね。うーん……頼んだら誰か引き取ってくれるでしょうか?」
晴れ晴れとした清らかな草原に横たわる巨竜とその前で頭を悩ませる少女。時折吹き抜ける風が揺らす草の音と"うーん"という蚊の鳴くようなか細い唸り声がしばらくその場に響き続けた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




