Ep01_奈落の底ビジネス01
「ようこそルーシャの露店へ」
「へ?」
平べったい岩の上に敷かれた白い布。その片隅に置かれた使い古されたランタンの灯りが暗闇の中並べられた色とりどりの薬の入った瓶を浮かび上がらせる。そしてそんな商品を前に、実に感情を感じさせない平淡なトーンでアピールするルーシャと名乗る女性。
「お困りのようですが、回復薬はいかがですか? いまなら"ヒールポーション"三本で小銀貨三枚のところ添え木もつけて小銀貨三枚と銅貨五枚ですよ?」
「え、ええっと……お嬢さんはなんでこんなところに?」
突然の売り込み文句に明らかに困惑する女性。軽鎧に身を包んだその女性はとっさに剣を手に身構えていた……が、まだ若い身である自身が咄嗟に"お嬢さん"と呼びかけるほどには小柄で幼さも残るルーシャを見て剣を腰の鞘に戻す。そして呼吸を整え、ようやく絞りだしたような声で問いかけた。
だがルーシャはその問いの意味が分かっていないのか、首を傾げ口元に立てた指を添える。
「需要あるところに商売ありでしょう? ここなら誤爆発注で絶賛過剰在庫有りな回復薬も売れるかなぁって?」
「え、ええっと……それはそう……かも? あれ? おかしくはない?」
周囲の暗闇に溶け込みそうな黒基調の軽装に身を包んだルーシャ。相変わらずの淡々とした答えが混乱の呪文でもあるかのように、女性までも首を傾げ始める。
「おい、"サクラ"! ちょっとこっち来い!」
サクラと呼ばれた女性の背後には二人の女性。一人はどこか慌てふためき素早く手招きを続けている女性。そしてもう一人は足を負傷したのか、その女性にもたれかかるようにしてうずくまる女性。
「ど、どうしよう"ギーネ"! この人回復薬を売ってくれるって! それにあれって骨折にも効く"グレートポーション"だよね!? あれがあれば"モカ"も助け……」
「馬鹿っ! 怪しすぎるだろうこんなところで! もしかしたら"魔族"が人に化けてるかもしれねぇ。油断すんな!」
ルーシャに聞こえないよう、だがそれでもどこか苛立ちと慌ただしさを押し殺した小声でギーネはサクラの頭を小突く。サクラは目元を潤ませこくこくと頷くと戻した剣を抜き、二人を守るようにしてルーシャへと再度剣を構える。
「あ、あなたは誰! どうしてこんな……こんな"落とし穴の落ちた先"で商売してるの!」
暗闇で視界が悪い中、サクラの声が何度も反響する。周囲を石造りの壁で覆われた広い通路の一角。天井には数多の竪穴が伸び、その先に明かりは見えない。ルーシャの持つランタンやサクラとギーネが腰にぶら下げる小型のランタンがなければこの場は完全なる暗闇と化していた。
「ここなら落とし穴から落ちて負傷した冒険者さんがたくさんで商売繁盛? 在庫一掃間違いなし?」
「あ、なるほど~」
「なるほどじゃねぇだろ! あーもうっ! おい、モカ姉支えるの代われサクラ」
「ま、まかせて!」
そう言って二度目の納刀ののち、ギーネに代わりモカと呼ばれた女性を抱き支える。
「す、すみません……私が着地に失敗したせいで」
「だ、大丈夫だよモカ! モカの落ちた先に凸凹した岩が転がってたからしょうがないよ。でも、絶対何とかなる、ううん、何とかするから!」
肩で息をするモカの顔は青白く、その足元にはぽたぽたと血だまりができ始めている。それを見たサクラは目をぐるぐると回しあーだこーだと独り言をつぶやき始める。サクラに変わり前に出たギーネは振り返りこそしないものの、大きくため息をつく。そして……。
「おいあんた、何か身分を証明するもの……そうだ、ギルド証はあるか? 見たところ冒険者じゃなさそうだけど、行商かなんかでも商人ギルドの証明カードは持ってるんだろう?」
「あ、私商人ギルドに所属してないですよ」
「はぁ? おいおい、店やっててそんな話があるかよ」
「ここにその生き証人がいますが?」
商人のほか、冒険者や運輸、鍛冶などの様々な職業においてギルドと呼ばれる組合がある。ギルドに所属する証であるギルド証は身分証明のほか、各国への関所の通行税の免除や所属するギルドでの優遇などメリットは多い。一方でデメリットはせいぜい登録時の費用である小銀貨三枚のみであり、「登録しないのは何か法に触れた罪人」というのがこの世界の常識であり、酒場でおなじみのジョークでもある。
ギーネはすっと腰の後ろに両手を伸ばし、二本の短剣を抜き構える。威圧も兼ねた鋭い眼光でなおもきょとんとしたまま顔色一つ変えないルーシャを睨む。
「悪いがあんたをまだ信用することはできない。だがご覧のとおり仲間が負傷していて……あんたが売る薬は欲しい」
「あ、うちの店"お金第一"、"信用は第九位"ぐらいなのでお金さえもらえれば疑いそのままに親切丁寧な梱包でお渡しできますよ?」
「……え? なんて?」
「お金ですべて解決しましょう? お金こそが唯一の信仰対象?」
「いやいや、そんなこと言ってないだろ! てか色々と駄目だろ! ったく、おかしな……ん?」
「キャァァアアアアアッ!」
ドスンッ!
悲鳴と衝撃音と砂塵が同時に場に響き渡る。巻き起こった砂塵が薄らぐにつれ、もぞもぞと地面の上で痛みにのたうち回るシルエットが浮かび上がる。
「うぅ……よりによって落とし穴なんて古典的な罠にひっかかるなんて……」
おそらく同じ穴の狢。罠を探索する冒険者の中でもレンジャーと呼ばれる役割のものが好む防御よりも素早さを重視した身なり。布製の服の上から急所のみ革製の鎧があてられたその装備を見て自身と同じ格好だと自嘲気味に笑う。
ギーネはニューカマーにしばし目を奪われていたが、はっと視線を戻した先にはすでにルーシャの姿はなく……と思ったが落ちてきた女性のそばで回復薬入りの瓶を片手に目を輝かせるルーシャがいた。
「大丈夫ですか? 落下式駆け込み需要というやつですか? 今なら回復薬に添え木がセットで小銀貨一枚、いかがですか?」
「え!? あ、あなた誰よ!」
落下と同時に詰め寄ってきたルーシャに女性はひどく困惑の様子。そしてそれをデジャヴと感じ呆けていたギーネがぶんぶんと首を振る。
「お、おいお前! ほんとおかしいだろう!」
「そ、そうだよ! なんで私たちの時よりも値段が安くなってるの! そんなのずるいよ!」
「サクラも黙ってろ! あーもうっ! どいつもこいつも……ってこの声、まさか……」
「うわぁぁぁあああああ!」
ドスッ! ドスッ! ドスンッ!
エコーじみた悲鳴かけることの三人分とともに新たに落ちてきた三人の男女。そのうち男性一名が着地に失敗したようで横になったまま足を抑え悶絶している。
「ん! "ガルシエラ"、大丈夫?」
「あ、あわわ、大丈夫ですか"シン"さん!?」
「くぅ~、お、俺のことよりもガルを……イタタ」
現れた三名は先に落ちた女性の仲間のようで、ルーシャに詰め寄られて固まっていたガルシエラは驚きの許容量が限界を超えたのか現実逃避で目を回し始める。
「千客万来ですね」
「なんだかどんどん状況がややこしくなってきたな……」
「そんなこと言っちゃだめですよ。私にとってはまさに降って湧いたような貴重な収入源なんですから」
「お前客商売するなら言葉遣い考えような……」
ルーシャが獲物を見るような目で落ちてきた冒険者を見る……その横顔をギーネは口を開けたまま不機嫌そうに眺めていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




