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3 事 件   (青 界)

 

 

 数日、ファザムは忙しそうで、わたしはずっとひとりで朝食をとることが多くなっていた。このところ、詳しいことは知らないが、何が大きな異変が世界に起こったらしい。

 その朝、ひとりで朝食の用意をしていると玄関の呼び鈴が鳴った。急がしそうに二度鳴らすのはファザムのやり方であった。

「久しぶりだね」

「ええ。仕事のほうがお忙しいようね。無理しない程度に頑張ってね」

「うん」

「朝食、一緒に食べる」

「いや、いいよ。

 ただ、あまり会えないから、顔を見にきたんだ」

「先週の術士諮問委員会で、久しぶりにお顔が見られるかと思ってたのに、出席しなかったわね」

「赤階に行ってたんだ。特別な任務を受けたから。

 あのね、シリン」

 彼は、私を引き寄せた。

「もう会えないかもしれない」

 彼はわたしを抱き締めた。

「待ってよ、こんなときに冗談はやめて。術士のあなたが、どこに行くっていうの」

 そして、彼の言葉は翌日現実になった。

 

 術士諮問委員会の支度が終わり、時刻がきたので、市長室に行ってみると、市長はこれまでにない沈痛な表情で、紫の術士であるゼルダと何やら語りあっていた様子だった。

 じきに、席を立ち、ふたりは会議室に向かった。会議室では、すでに四人の<術士>が揃っていた。紫の術士ゼルダも席につき、青の術士ファザムの席のみが空いていた。

「これより、定例会議を開催いたします。今回は、すでにご存じの理由につき、術士ファザムに代わって、このゼルダが議長を勤めさせていただきます」

 わたしは、市長の席の隣で、キーボードの上に指を躍らせ、会議録をつけていた。

「白階にて起こった異変を中心に、今回の会議をすすめる予定でしたが、それより先に術士ファザムの死に黙祷を捧げ、そして、そのことについて、少しばかり話しあってみたいと思います。

 それでは、みなさま、この階層世界の有能な<術士>にして、素晴らしい人格をもって皆に愛されておりましたファザムの死をいたみ、黙祷をささげましょう」

 皆は起立し、わたしもそれに従った。ゼルダが号令すると、皆は頭をたれた。

 わたしは、ゼルダの言葉が、一瞬理解できなかった。その後に、子細の説明があった。

 ファザムが何者かに、殺害されたということだった。

 会議の要旨から知るところでは、ファザムは彼の部屋のあるローズマンションのロビーで、今朝死んでいたのだそうだ。床の大理石の上を、真っ赤な鮮血が流れ出して、かなりぬるぬるしていたのだという。彼の許を訪れた、まだ若い黄界の術士である彼の弟が、その血だまりに足をとられそうになりながら、そこから発見したものは、ファザムの、鋼のように鍛えられた無駄のない均整のとれた遺体と、心臓をひと突きした、ルビーの刃をもつ短剣だった。

 ゼルダの、淡々とした事件にまつわる報告を聞く一同を包むのは、深い沈黙であり、その沈黙のなかに、わたしの指がたてるキーボードのかすかな音は、きわめて異質のもののようにも、また、ファザムの死を幻想のものにするためのBGMにも聞こえた。

 ゼルダの報告によると、昨夜、赤階に報告に出かけて、明け方、赤階の紫の術士の許から帰ってきたらしい。まだ、自分の部屋にたどり着く前だったはずだ。

 なぜなら、その時、わたしは彼の部屋で彼を待っていた。マーティ・オズワルドのカフェからの帰りに、どうしても会いたくなったので。そして、その朝の言葉の意味を知りたくて。

 彼は、どんな死に顔をしていたのだろう。悲しみはない。あるのは、渇いた空洞であった。

 信じがたい、意識の深淵である。わたしはその事件を信じる気にはなれなかったし、聞きたくもなかった。しかも、心は愕然としていたのに、わたしの指は、冷静に、何事もないように、ワードプロセッサのキーを、正確に、いつもの話し言葉の速度で、入力していく。

 報告は、終わった。ゼルダが読み上げた書類を机の上に置き、着席するために椅子をかすかに鳴らす音を聞いても、しばらくは誰も発言しようとはしなかった。そして、わたしの休みなく動いていた指がたてていた音もやんだ。わたしは、皆がかこむ円卓の中央に目をやった。

 そこにルビーの短剣はあった。ブラインドの間からさし込む、西日を反射して、壁に真紅の日溜まりができた。

 その影が、紅の濃淡としてシルエットを浮かびあがらせていた。

 その壁の紅に、一同の視線は注がれていたが、黄階の術士エリンによってその沈黙が破られたのは、それから、しばらくたってからであった。

「あの紋章は、紅の紋章ですな」

「間違いなく、紅の術士の使うもの」

 その言葉を受けたのは、ゼルダだった。

「あの紋章は、なかでも、高位の術士のみに使用が許される紋章でございます」

 赤の術士カレンディアは云った。

「噂によれば、亡くなられた華妃帝王は、自らの配下の術士たちに、ルビーの短剣をつくらせ、与えられたと聞きますが」

「ええ、ゼルダ殿はお詳しい。あれは、先年、我々を総べる華妃帝王が、この世界の維持のための、正義なる心の証として、皆に手渡されたもの。それぞれの階級にふさわしい印をルビーの結晶のなかに刻印なさり、わたくしもここに、持っております」

 カレンディアは、ふところより、その短剣と同じデザインの短剣を取り出した。それを事件に使われた短剣と並べて置くと、カレンディアの短剣も、壁に新たな紋章を作った。

「ごらんのとおり、その剣と、わたしの剣と、紋章の形にわずかに違いがございましょう。その剣は、行方不明にございますイリス様の剣でございます」

「ならば、明白であろう。

 イリスがこの階にひそんでいたのだ。その隠れ場所をつきとめたファザムを、イリスは殺害したに違いない」

「それは、あまりにひどい言葉でございます。事実関係を捜査もせぬうちから、そのように決めつけられてはこまります、ランディ殿。果たして、イリス様が犯人でございましたら、そのように凶器を犯行現場に残すことも、まして、自分だけが持つそのような短剣を残すようなことがありましょうか。それは罠でございます。犯人は、他にいるはずでございます。

 たぶん、その犯人が、華妃帝王の殺害も行ったにちがいありませんわ」

 カレンティアは激昂してまくしたてた。

「しかし、赤階のご長老がたは、精霊ケサルパーティが黒階より逃げてから、イリスはケサルパーティの魂にあやつれてしまったのだという見解をなさっておられる」

「しかし、当のイリス様はどこに行かれたのだ。そのおかげで、わが緑の術士フレイ様は、力を使い尽くされ、精霊に心を封じられたままなのだからな。

 ゼルダ殿、ここは、ひとまずファザム殿の数日の行動について、お教え願いたい」

 緑の術士ランディは、ゼルダのほうを向いた。

「わかりました。まず、わたしが存じていることのみを申し上げましょう。

 わたしは、紫の首席術士ラプサス老師のもとに、華妃帝王が亡くなられたことを告げにファザムが訪れたことを、老師よりの文書で知りました。

 その文書のなかには、ファザム殿が、華妃帝王の亡くなられたのと同時に姿のみえなくなったイリス様の、他の階層での<影>を監視するための協力を要請してきたそうでございます。老師は、それについて極力便宜をはかるようにと指示をしてまいりました。

 わたしはそれを受け、他の術士の方々には内密に、イリス様の影である者の身辺を伺っている様子のファザム殿に援助を申し出ました。わたしたちは、黄階の修道院で待ち合わせ、そのことを約束して別れました。そのあたりのことは、黄階の術士でございます修道院長が証人でございます。

 そして、わたしどもは、その場で別れました。

 そして今朝、彼が殺害されているという報告がございました。黄界でのイリス様の影の件について報告に来たプラティス殿が、わたしに伝えてきたのです。

 それが、わたしの知っているすべてございます」

「ファザム殿の件について、他になにか存じている方はおられぬのですか」

 それに答える者はいなかった。

「プラティス殿の報告があるまでは、イリス様の件についてはひとまず保留といたします。

 それでよろしゅうございますな、ランディ殿」

 彼は、黙していた。

「それでは、ファザム殿の件については、このあたりでおさめましょう。正式に議題とするのは、もう少し調査の進んだ段階で、次回の会議にということでよろしいですね。

 なお、亡くなられたファザム殿の代理として、当分、青階の守備隊長リッジンが、次回よりその席に座ることとなるでしょう。

 それでは、華妃帝王の亡くなれた件に関して、今後の青階においての統制について話を進めたいと思いますが」

 そして、議事は進行された。

 わたしの心には、空洞が開いたままであった。

 

 

 


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