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2 クリスタルパレス  (赤界)

 

 

 華やかな楽の音が、壮大な王城を囲む城壁の、その塔の上まで聞こえていた。

 師匠の<術士>は、三日前から冥想しているので、ニーは、ひとりで朝のお茶を飲みパンをかじった。

 ほかの宮廷<術士>に仕える子供に聞いた話では、師匠が断食にはいったら、弟子もそれに従うのだそうだが、ニーの師匠のラプサスが語るには、ニーのように小さい子供は、よく眠り、学び、遊び、知るためにはちゃんと食べなくてはならないというのだった。子供は身体を大きくしなければならないので、大人より、その分だけ量を多くとるべきなのだと。

 城壁のむこうの塔に住む青の首席術士オプスティマに仕えるライは、ニーの遊び友達だが、ニーは師匠のラプサスより、冥想を終えるまで、遊びに行ってはいけないと云いつけられていた。

 師匠が、そういう禁止をすることはあまりないことだったので、ニーは素直にそれに従っていた。師匠がいなくては、何もすることがない。もちろん簡単な掃除や、季節の野菜や果物を砂糖づけにしたり干したりすることや、魔術の道具を磨いたりなどの、いつもの仕事は云いつけどおり真面目にやっていのだが、まだ小さなニーには、もっと、何かワクワクするようなことが必要だったのだ。

 楽の音は、新たな旋律に変わり、人々の湧きたつ声が、波のようにさざめいた。

 その音が、ニーの心を刺激するのは無理のないことだった。

 師匠が冥想にはいって間もなく、師匠に仕える紫の城壁の守備隊の隊長、紫の騎士イスタドルが、ニーの許へきて、師匠の許可があるまで、城壁の上にでて、王城の庭を眺めてはいけないと告げにきた。

 そして、ニーは、師匠の云いつけにしたがって、紫の<術士>の正装である紫の衣を着せられていた。国王陛下の前に侍る師匠ならともかく、まだ十才をすぎたばかりのニーがその衣装を着ることは、祝いの日か誰かの喪に服しているときかの、いずれかの場合にしか考えられなかった。

 きのうの夕刻まで、王城は静かであったので、高級官吏の誰かが死んだのだろうと思っていた。そして、師匠の瞑想が終わり次第、その弔問に伺うであろうと思っていた。

 だが昨夜からの、うって変わったような、このざわめきは、ニーが、この王城に入って四年の間で経験した、どのお祭りとも異なるものであった。賑やかさはあるが、その賑やかさはどこか陰欝な感じがするのだ。

 小さな天窓からは、この数日、星も見えなければ、青空も見えない。どんよりと、灰色に空をおおう雲が見えるだけである。

 このような日に祝い事を催すときは、国王陛下はいつも、風を操る紫の<術士>に青空を呼ばせる術をお命じになるはずである。

 しかし、師匠の許には陛下の使者など来なかった。

 ニーは、とても気になった。

 王城で起こっていることが何であるのか。 去年まで、この階層に住む六人の主座<術士>たちは、それぞれ王城の中心の、国王陛下の国事を司る宮の六つの小殿を与えられていたのだったが、それが、突然、城壁の六つの尖塔に住むようになり、城の守りの務めを与えられた。

 詳しいことは、ニーは何も聞いていなかったし、まだ、最初の教程さえ終えていないかけ出しの身が、何も云わぬ師匠に尋ねることはしきたりとして許されなかった。

 青の首席術士オプスティマ師も、ラプサス老師と同様に瞑想に日々を費やしているようで、毎朝水汲み場で会うライも、最近、王宮が不気味で恐いと云っていた。でも、ふたりが語り合う時間はほんの僅かで、すぐにそれぞれは自分たちの塔に帰っていく。不用意な噂ばなしなど 宮廷内ではしてはなならないと師匠から強く戒められていた。

 退屈な日々が続くと、ニーは、外を見たくてたまらなくなった。戒律は守らねばならないが、少年の好奇心をおさえるのもまた難しいものである。

 騎士の話によると、最下位の少年たちを除く赤階にいる<術士>たちが、すべて冥想にはいったということであった。そして、<術士>たちがまだ冥想を解いていないということは、王宮のこの祝いは色の<術士>の祝福なしに、行われているということである。

 そんな推理をたてていると、ニーはいたたまれなくなった。まるで、一人前の術士になったように気分が高揚してくる。

 ニーは、決心し、テーブルを天窓の下まで運んだ。そして、その上にのると、背伸びをして、窓からそっと、中庭を見降ろした。

 たくさんの、正装の貴族たちが、きれいに整列して何者かを待っていた。

 そのとき、塔の階段を何者かが駆け上ってくる足音が聞こえた。ニーは、あわてて、テーブルから飛びおりた。

「ラプサス師に至急お会いしたい」

 扉が、乱暴に開けられると同時に、そう叫んだのは、青の青階術士ファザムであった。

 ニーは、あわてて、その場で目上の術士への礼の姿勢をとった。

「師は、ただいま、冥想中でございます」

「わかっている。大事がおこったのだ」

 ファザムは、奥の階段に飛びついて上りっていった。間もなく冥想部屋の扉が音をたてて開かれる音がした。

「ラプサス尊師。ついに、恐れていたことが起こりました」

 ファザムが、拝礼の言葉もそこそこに老人に告げた。

 ニーは、そっと階段を上がった。

「わかっておる。ついに結界が敗られた。

 黒階に封じられていたはずの精霊ケサルパーティが逃げたときに、取り押さえられなかったゆえ、このようなことになったのじゃ。

 緑の首座術士でいらっしゃるフレイ様は、最後まで、紅の首座術士イリスを正気に戻さんとなさって、ケサルパーティに対抗するべく、みずからの心を、精霊コルディアに封じてしまわれた。コルディアは、今、黒階まで降りて、様子を探っておる。しかし、三日もたてば、精霊より心を分離することが難しくなる。もはやフレイ様は、みずからの身体にお戻りになることはおできになるまい」

「まことに、残念なことでございます」

「ところで、イリスの行方はまだ掴めぬのか」

「はっ、おそらくあの王宮に、まだ留まっていることでございましょう。わが主座術士でいらっしゃるオプスティマ師の申しますには、ひとまず、イリスの影を他階に求めるのが良いとのことでございます」

「わたしも、それに賛成じゃが、誰がそこに降りる。わたしの弟子は、すべて他階の動静を探らせておるので、このニーしか残っておらぬ」

「この身が、その仕事を申し遣ってございます。

 もとより、この身は青階の術士でございますので、支障はございませぬでしょうが、しかし、わたしが、その任につきますと、青の<術士>のうちで残るのは、黄階のプラティスのみでございます。ご存じのとおりプラティスは、先年、<術士>の資格を与えられたばかりの若輩でございますれば、御身のお弟子方にご助力していただけましたらと」

「御身がゆかれるのなら、心強い。当方でも、できるかぎりの情報は提供しよう」

「よろしく、お願い申し上げます。

 それでは、これで」

「うむ、気をつけてゆかれよ。空気が不穏なのでな」

 ニーは、扉のところで聞いていたが、ファザムは去るときに、ニーの頭を軽くなでた。 「忙しくなる。早く大きくおなり」

 ファザムは、ニーにとって、あこがれの格好良い<術士>であった。黄階の青術士プラティスの兄で、まだ結構若いのに、騎士階級のように剣も使えれば、<術士>としての仕事も冴えているので、ラプサス導師に一目置かれる存在である。

「聞いていたか、ニー」

 師匠であるラプサス導師は、瞑想盤に目を落としたまま、つぶやくように云った。

「白階にお暮らしになっていたこの赤階の主でいらっしゃる華妃帝王が亡くなられた。ただいまより喪に服するので、赤の香を用意せよ」

 老人の顔には、深い疲れと敗北が見てとれた。それが何によるものか、ニーにはまだ説明されていなかったが、王宮の異変によることは確実と思えた。

 

 

 


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