24 黒階の解放 (白界より黒界へ)
わたしは、公主たちの云うところの、武装を終えていた。これを武装と呼ぶのは不思議なものだが、わたしに着せられたその大時代的な衣装は、その外見のわりには意外に動きやすいことかわかった。
「黒の老人がどうやら赤階に昇った様子でございますな」
「香嶺様にも、お見えになりましたか」
わたしは、そう返答した。
「おや、その様子では、紫麟様にも見えられましたのか。ご即位されたばかりにして、頼もしいこと」
白公主春黎女皇が、そのように云ってわたしに微笑みかけた。
「このすきに、黒宮にお戻りになられてはいかがです、香嶺様」
「もとより、そのつもり。
紫麟様、そなたにはまず黄階へ降りていただかねばなりませぬが、とりあえず黒階まで一緒にまいりましょう。
春黎様は、いかがなさいます」
「この白階にも、監視は必要でございましょう。
わらわはここに残ります」
わたしと黒公主香嶺女皇は、春黎様とマーティに見送られて、エレベーターに乗った。 そのとき、衣装が、ごく普通の動きやすそうなパンツスーツに変わっていた。香嶺様も同様であった。
黒階には、地下の河が流れていた。世界の形の説明を受けたときに使われていた教科書にあった差し絵と、かなり感じがちがっていて、それは巨大な下水道のような作りであった。
しかし、薄暗いなかにあって、その河の水は案外透明であることがわかった。河のなかに、発光器をそなえた種類の生物が泳いでいるのが見えたのだ。しかし、深さまではわからない。生物は、比較的河面近くを泳いでいる様子であった。
「間もなく、宮殿が見える。術士でも王の資格がなければ出入りできませぬ。他に、王たちの総意によって、この宮殿に幽閉されております『黒の老人』の世話を任された者以外は。
しかし、その実、他にも王たちの総意によって、この宮殿に入ることが許された者がおります」
「ファザムと、プラティスでございましょう」
「さよう。
ふたりには、母親がおりませぬので。
それに、黒の老人に、その罪を忘れさせぬための意味もございます」
通路の向こうに、巨大な扉が見えてきた。
「あれでございますか」
「ええ。宮殿とはいえ、地下の岩盤をくりぬいたもの。いわば、巨大な洞窟というものでございましょうか」
わたしたちは、扉の前に立った。
「ただいま戻りました。
開きなさい」
黒公主香嶺女皇がそう云うと、扉が開き、岩肌にいくつも口を開けた宮殿の窓より、一斉に光がこぼれてきた。
広間にも、どこにも、地下の暗さは微塵も残っていない。
わたしたちが中に入ると、わたしたちの衣装が、また、あの時代じみたものになった。 香嶺様は、満足した笑みを浮かべて、玉座の間に進んでいった。わたしも、その背後につき従った。
「何者じゃ」
香嶺様は、ひとりの女が宮殿にあるのを見て云った。
「二公主様と呼ばれる御方々でございますか」
「さよう」
「お初にお目もじいたします。紫の青階術士、ゼルダと申す者でございます」
「して、その者が、誰の許しを得てこの階にある」
「我々の皇后陛下のご命令で」
「さて、我々は、この世界に皇后なる者がいると聞いたことはないが」
「ご即位あそばして、まだ日がたちませぬので。
貴方様の正式なお名前を、おうかがいしとう存じます」
「我が名は、黒公主香嶺女皇。この宮殿の正式な主」
「では、そちらが白公主様で」
「いや、これは、灰公主紫麟女皇」
「お聞きしない御名でございますな」
「そなたの皇后と一緒で、即位してあまり時が経っておらぬのでな。
さて、我が名で幽閉しておった老人の姿を見かけぬか」
「赤階に昇られました」
「逃亡したと申すのだな。
ならば、その者に伝えよ。
わらわの意に添わぬ者は、この世界には置かぬとな」
香嶺様は、そう云うと、まっすぐ玉座のわほうに進み、そして着席した。
香嶺様の眼が、じっとゼルダのほうを見つめた。
ゼルダは、その視線を受けるのに耐え切れず、わたしのほうを見た。
「あなたは、シリンさんね」
そのとき、ようやく気付いたのか、そう云った。が、次の瞬間には、彼女の姿はもうその場にはなかった。
それまで闇に近かった部屋のなかに、ぱあっと明るい光が広がった。
そして、近くにいたリィンの姿がはっきりと見えた。ゼルダに意識をつないでいたせいか、うっすらと化粧をしている。その顔は、リィンにはそれなりに似合っていた。現在着ているのが、絹の服だったので。
しかし、リィンには、やはり木綿のほうが良いと思った。
「来たわ」
リィンが云った。
「わたし、行かなきゃ」
「どこに」
「お兄様のところよ。
じゃあ、ジュン、またね」
彼女は、いつもの妖精のような軽やかさでどこかに行ってしまった。
ぼくは、その後を追おうとしたのだが、身体の自由が利かなかった。
それからしばらく経って、硬直したような全身の筋肉から、一斉に硬直が消えた。
部屋の入口のほうを見ると、見慣れぬ女が立っていた。
「シリン、さん」
プラティスが聞くと、
「そうよ」
シリンは、そう云った。美しい衣装を身につけていたが、その彼女の姿は、帝王のひとりと云われても充分納得できた。
一昨日に別れたときに、持っていなかったたくさんのものを、シリンは身に付けてきたようだった。その気品も、以前とは異なる種類の美しさも、その新しい唇の色も。
そして、もっとも際立ったものは、その凛々しさだろう。さっぱりと髪を切り、そして紅の化粧をしている。
「綺麗になったね」
「ありがとう。
あなたも、立派になったわ」
「ぼくは情け無いかぎりなのに、そんなことを云われると、嫌味に聞こえる」
口ではそんなことを云ってみるが、彼女の言葉には、どこも嫌味なところはない。もしかすると、ほんとうに、そういう部分がプラティスのなかに目覚めたのかもしれない。
「あなた、ファザムに似てきたわ」
「そうかな」
「ええ、ファザムより、あなたのほうが本物ね」
「さっき、ここに来た」
「ええ、来たわ」
プラティスは、リィンのなかに、宿った誰かの正体がシリンなのだと、彼女の姿を見たときに、はじめて了解したのだった。
「世界の形が変わるって、本当」
「ええ。本当よ」
「でも、世界は崩れないんだね」
「ええ。収支決算があえばね」
「収支決算?」
「そうよ。
今、この世界のイメージは混乱しているわね。術士たちのイメージもばらばら。どちらかと云えば、現在の皇帝を名乗っている者たちのイメージのほうが、統制をとりやすいわ」
「じゃあ、この先、どうなるの」
「あなたになら、云わなくてもわかるでしょう。わたしは、他人から聞いて、了解したんだから。
いつまで寝ているつもりかしら。黄階に行くのだけど、案内人が欲しいわ」
プラティスは、ようやく身体を起こした。
「行くの、上に」
「帳尻を合わせるためよ」
彼女は本当に凛々しかった。
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