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22 皇帝の名 (赤 界)

 

 ラプサスは、赤帝王の王宮において、玉座の間に通された。背後には、赤のイリスとミ緑のフレイをのぞく他の色の三人の首席術士たちが控えていた。

「ようこそ、お越しを、老師殿」

 紅妃帝王が呼びかけた。

 老師は、立ったままで口をつぐんでいる。

「祝いの言葉を述べにきたのであろう。新しい皇帝と、この皇后のために」

「この世界には皇帝・皇后なる支配者は存在しないはずでございますな、イリス殿。それに、その皇帝・皇后とやらは、どちらにおいでなのか」

「なるほど。一筋縄ではいかぬご老人。そなたなら、おそらくそう返答するものと思うておったわ」

 玉座に座るイリスの傍らには、大きな赤い羽の鳥が止まっていた。

「そなたは、その皇帝と皇后がこの場におらば、その臣下となるかえ」

「この身が直接仕えるは、紫を総べる蝣翔皇王陛下であり、ともに世界の安らかなるを見守る帝王陛下・皇王陛下の皆様の志の下にあるもの。得体の知れぬ名を名乗る者の下につくことなどできぬ。

 さらに、その支配の形を乱すなら、我々はそれに対抗する義務を背負うておる」

「わかった。それだけ聞けば充分。

 そなたらの自由を奪うまでのこと。

 そして、わらわの即位の祝いが明けたら、さっそく処刑されていただこう」

「もとよりその覚悟。

 しかし、世界の形を乱すならば、それなりの反動もあるものと知るがよい」

「わかっておるわ」

「それでは、命と引換えに尋ねるが、黄階の数学者の姿が見えぬ。どうした」

「死んだ」

「それは、藍玲帝王の死んだ日か」

「いや、その前に死んでおる」

「では、皇帝とやらに伝えよ。そなたの望んだものは、そなたの敵であるとな」

「わかった。伝えよう。

 ゼルダ、丁重に、客室に案内してさしあげなさい」

 玉座に掛けられた帳の後ろから、その術士は出てきた。

「老師、どうぞ、こちらへ」

「そなたが、イリスにつくとはな」

 老人の言葉をよそに、女は老人を個室に案内した。


「そうか、老師はそうおっしゃったか」

 男は、女に云った。

「悔いておられるか」

「いや」

 そのような返事を聞いても、男は女のほうを見ない。

「わたしがこれを望んだのだから、その責任はとるつもりだがね。

 黒の老人は、この赤階に昇ってこられる頃ではないのか」

「ええ、じきにまいりますとも。

 ゼルダの話によれば、プラティスも、ゼルダが捕らえておりますそうな」

「彼に油断してはいけない。彼のイメージの力は、誰よりも優れておる。

 『影』を持たぬ者は、この世界では力を持つことになるからな」

「それは、もはや御身も同様ではございませぬか」

「果たして、そうかな。

 わたしは、そうなるために、失ったものがある。しかし、彼は最初からそうであり、また、これから得ることができるものもある。 ゼルダは、彼の意識をゼルダのイメージで封じ込めたというが……」

「弱気におなりか」

「いや、やらねばなるまいよ。

 しかし、二公主が目覚められたという話を聞いた。

 問題は、紅妃、きみのほうだ。

 二公主が挑むなら、きみのもとに刺客を送り込むだろう」

「わたしを殺さば、麟子もシリンももろとも」

「知らぬのか。

 二公主は、剣などでは殺さぬ」

「二公主がどれほどのものか。かつての蘇芳帝王の事件のときでさえ、動き出さなかったものが。

 わたしは、黒の老人をお迎えせねば。

 あとでおいでくださいませね」

 女は部屋を出ていった。


 老人が、薄暗い地下より出たのは、幾年ぶりであろうか。エレベーターでこの階まで上がるその間、老人は古い夢の断片のなかにあった。

 目的の場所についた。

 扉が開くと、赤い鳥が老人に飛びついてきた。

「精霊ケサルパーティか」

 忌むべき鳥であった。しかし、老人は、その鳥を胸に抱いた。

「愛しい奴よ」

 その鳥がその身に宿しているものは、それがすべてではないにせよ、老人が見た古い夢の対象の心の一部であったものだ。

「待ったか、この時を。

 わたしは、そなたがいれば何も望まぬが、そなたがそれを望むなら、わたしはそれをかなえよう」

 老人は鳥にささやいた。



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