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18 紅 妃(赤 階)



 天井の高い広間に、たくさんの赤階の貴族たちが集っていた。この宮廷に侍るこの者たちの中に、術士が混じっていないのは、異例といえば異例だが、現在、この宮廷の支配者の境遇を思えば、これは無理からぬことと思えた。

「ところで、新しい赤の帝王様は、お美しい方でございますな」

「さすがに、野心のおありになる方。新たな赤階の支配の時代が参りましょうか」

 そのような会話が、広間のところどころで囁かれていた。

「紅妃帝王陛下がいらっしゃいます。みなさま、お控えくださいませ」

 女官の、その声がひびくと、貴族らは一斉に玉座の前に整列をはじめた。

 すると、じきに、ひとりの女性が広間に入ってきた。一同は一斉に、その女性に拝礼した。

「新しい赤階の帝王、紅妃閣下が、忠実なる臣であるそなたらに、新たなる方針を詔なさいます。

 本日、陛下におかれましては、世界の天であります白階にお上りあそばしまして、その場に集う因習と頑迷にとらわれた旧支配者を一掃なさり、そして、新たなる青階の支配者の座に、藍玲帝王に代わって碧海帝王陛下をご推薦になりました。以後、碧海帝王陛下を白階の六色統合宮殿の主といたし、三層世界の支配者、碧海皇帝閣下とお呼びすることとなります。

 さらに、賢くもお美しい新たなる世界の開拓者であらせられます紅妃帝王陛下におかれましては、以後、碧海皇帝陛下のよき片腕として、紅妃皇后とお呼びすることといたします。

 以後、三層世界は、皇帝と皇后の賢くも革新的な素晴らしい治世のもとに、過去の六皇帝制の廃止を宣言するものであります。

 我々臣民は、皇帝陛下、皇后陛下の、幾久しいご健勝とご繁栄をお祈りするとともに、世界の新たなる建設の成功に努力するものであります」

 宰相は、そのように宣言した。


 女は、真紅に黄金の箔をあしらった豪華な衣装に身を包んで玉座にあった。

 広間を見渡すことのできる天井近くにつくられた小部屋から、男は式典の次第を見守っていた。

 苦い思いであった。

 得るということが、これほどの苦悩とともにあるのだということを、男はこれまで忘れていたのだ。

 昔のことを考えた。

 それは、男が、まだ術士としての修行もはじめぬ頃のことだ。

 ひとりの男が破滅してゆく様を、日々、刻々と変わるその男の顔を、見ていたのだ。毎日、毎日。

 得るもの、望みとは、なんと禍々しいものか。欲しいものは、ただひとつの小さなものであるのに、なんと得難いのだろうか。

 そのために流された血、そして、夢みもしない精神の泥沼へと、心が落ちてゆくのだ。

 命と、心と、そして存在そのものまで、極限のものを浪費して、彼から愛する者をみずからの手にかけさせ、その痛みで魂を破壊してしまった。

 いま、自分はどんな顔をしているのだろうか。あのときに見た、あの男のいくつかの顔の、ひとつであることには間違いなかろう。

 自分の今いる場所が、どこなのかも分かっている。山の頂に立っている。しかもその頂の足の下には、険しい絶壁があり、そして、頼りは、ごく普通のスニーカーのみというありさまで、命綱もない状態なのだろう。下を見れば足がすくみ、身動きがとれなくなるのだろう。

 それは、遠い過去のことだが、まだ、はっきりと覚えている。

 あの破滅した男が、まだ子供だった男に云っ言葉だ。

「忙しくなる。早く大きくおなり」

 そして、はじまった深紅色の時代。術士の流した血で染まる、大理石の床を見ていた。

 誰の記憶だろうか。

 ぼくの記憶だ。

 そして、『彼女』の。

 即位を祝う鐘の音が聞こえた。

 かつて、その時代に鳴らされた、死者を弔う鐘の音と同じ音だった。


「ライ、あの音は何」

 ニーは、二枚重ねた毛布を友人と寄り添って一緒にくるまりながら云った。

「わからないよ」

 答えなど、期待しているわけではない。

 ただ、何も云わないでいることができないのだ。

 昼過ぎから雷雲が空を被い、禍々しい風が森の木々をざわめかせる。冬の来ないはずの赤階の王宮をめぐるあたり一帯が、まるで黄階の雪の夜のように寒々としている。

 オプスティマ師は、修道院長が退出するとまた他の首席術士のもとに行った。ニーとライは、外に出ると危険だということで、塔のなかに残された。

 暖炉は、くべられた松の木が赤々と燃え、寒さを一段と耐え難くしている湿気を乾燥させ、暖めたが、この冷気は奇妙なもので、ひとたび火の明るさの影に入ると、同じ部屋のなかであっても、火をくべる前の部屋のような寒さにふるえあがってしまう。

「ライ、ニー、いるかね」

 戸をたたいて、そう声がした。

 ライは、毛布から出て戸口を開けた。

「首席術士の方々は、精霊にお心を封じられたフレイ様に従って、王宮に赴かれるということだ」

 紫の騎士イスタドルである。

「きみたちは、異変の影響のもっとも少ない黄階まで降りていたほうがいい。わたしが送り届けるから」

「あの鐘の音は何なのでございますか」

「ニー、あの鐘の音は、どのように聞こえるかね」

「いつもとは違う響きのようです」

「それは、空のせいかもしれないな」

「この寒さも、どういうことなのです」

「それも、空のせいだろう」

「なぜ、異変が」

「わたしは、術士ではないのでわからないが、おそらく、新しい赤帝が玉座に就かれたのだろう。首席術士の方々が赴かれたのも、即位の式典の招待状を受け取ったからだ」

「今度の赤帝は、晴れた空を好まない方なのですか」

「たぶん、違うよ。

 誰だって、大自然の祝福を欲しがらぬ者などいやしないさ。だだ、秩序にあわぬ事をしたから、自然界が味方をしないのだろう。あるいは、まだ満ちぬ力であるのに、無理をして力を使い尽くしたせいで、自然を維持する力を失ってしまったのがもしれないが。

 さて、もう質問は受け付けないぞ。すぐに支度をしてくれないか。早くしないと脱出できなくなる」

 ふたりは、いそいそと旅支度をはじめた。


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