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16 王宮よりの招待 (赤 界)

 

 ニーは、昨日より老師が青階に降りていってしまったので、老師の指示により、昨夜より青の塔に泊まっていた。普段なら紫の塔で留守番をしなければならないのだろうが、この世界の異変以来、小さな子供がひとりで残っているのは危険であるとおっしゃるので。 ニーは、ライと寝起きをともにできるのが何よりうれしかった。世界の混乱は、世界の崩壊につながると、昨夜も術士の方々は集って深刻な顔をしていたが、あれほどのすぐれた力をもつ術士の方々がおいでなのだから、この世界のことなど、いずれ解決するだろうと思っている。

 術士としての素養を認められて、術士の塔で暮らすようになってから、ニーは同年代の子供と日常的に遊ぶ機会がほとんどなくなってしまった。たまに、老師とオプスティマ師が、首席術士の定例会で同席するときや、たまに互いの塔を訪問するときに、ライに会うぐらいのものである。

 ライも同じような環境なので、普段なら、ニーとは喜んで、多少師にたしなめられるようなことがあっても、一生懸命に遊んでくれる。しかし、ライは、今度のことでは、ニーほど楽観的にはなれないらしい。

 ニーは、昨夜はライと一緒のベッドで寝ることになったが、そのとき、ライはこう云ったのだ。

「でも、ぼくは最近不安なんだ。あの立派な、術士のなかでは誰よりも強いと信じていたファザム様があんなに簡単に殺されてしまうし、そして、我が青の術士たちの要である藍玲帝王もお亡くなりになってしまったし。 あと、青の術士で残るのは、わが師と、プラティスの兄ぃと、騎士階級のリッジンの三人きりだもの。だって、朝、目が覚めるごとに、誰か死んでしまったっていうニュースだもの。明日の朝のことが、とても恐いよ」 ニーは、どんなふうに返事をするべきなのか、わからなかった。「死」が、これほど身近にあることも、短いニーの一生のなかではまだ経験していないことだから。

「でも、でもさ、どうにかなるよ。

 だって、プラティス様だって、ファザム様よりすごいって、老師はおっしゃっていたから、きっと大丈夫さ」

 とりあえず、そう云ってみた。

「う、ん」

 ライのそれは、仕方なくうなずいてみた感じの返事だった。

「そういえば、王宮はどうなっているのかな」

「知らない」

「楽の音が華やかだけれど」

「うん、そうだね」

 ニーは、せっかく一緒にいるのだからと、話題を捜してみるのだが、ライはやっぱりそれどころではないらしい。

「じゃあ、寝るから」

 ニーが云うと、

「いやだよ、先に寝ないでよ」

 ライは泣きそうな声でいう。

 しかたなく、ニーは、ライがあいずち程度の返事しかしないので、次から次と、話題を捜さなければならなかった。

 そのうち、ニーは疲れて、やっぱり途中で眠ってしまったようだった。

 起きてみると、王宮の数日来の華やかさはが、さらに増していたというわけである。ライとともに、朝の支度を手伝う前に、礼拝のためにオプスティマ師のもとに行くと、師はテーブルの上に、布に包まれたものを置いてじっとそれを眺めていた。

「おはようございます、オプスティマ師。老師より云い遣ってございますので、ライ同様に、見習いの者として雑用をお申しつけくだざい」

「わかっておる。そなたを特別扱いするつもりはもとよりない。

 しかし、王宮はひどい騒ぎだ。かつて、あれほど王宮が乱れた輝きを放っておったことはない。くれぐれも、子供は物見台より王宮のほうを覗いてはいかん」

 オプスティマ師は、ゆうべと同じ注意をくりかえした。

 太陽が、地平線を離れてだいぶ高くなったころであった。

「師匠、表に、紫の黄階術士ルーファム様がおみえになっておりますが」

 外に水を汲みに出たライが、そう告げた。

 オプスティマの指示で通されたかの女性術士は、黄階でのなりわいであろう白と黒の修道女の姿のままでオプスティマ師の前に拝礼した。

「とり急ぎまいりました。わが師ラプサスには、すでに青階において報告したことでございますが、わが師に変わりましてこの赤階の術士の長老をお勤めでございますオプスティマ尊師にも報告すべきと存じまして、まかり越しました」

「ご苦労。して、次第は」

「はっ。

 尊師の配下でございます青の黄階術士プラティス殿の依頼を受けまして、我が黄階においての仕事でございます修道院に暮らしておりました少女、麟子と申す者でございますルが、その者が今朝ほどより姿を消したまま、行方知れずとなっております。

 プラティス殿がおっしゃるには、麟子と申すこの者は、今回の一連の事件の要でございますイリスの、黄階においての『影』ということでございますれば、こうして報告に参上いたしました」

「どのようにして、それが発覚したのか、次第を説明してはくれぬか」

「わが修道院は、黄階においての術士たちの補佐を勤める者たちが連絡場所として使用していることはご存じでございましょう。

 今回の事件のことで、一部に、術士たちの結束を乱すような発言をする者がいるということで、朱の黄階術士ファイディア殿がおいでになり、我々は我々なりに、明らかにされている事実に従って、黄階術士なりの方針を定めようと話し合っておりますうちに、夜も更けてまいりました。

 その頃、この麟子が、いつもはもっと早く就寝するはずでございますが、世の中の異変を、いち早く感じとったのでございましょうか、わたしの部屋にまいりまして、ひとりで部屋で眠るのは恐いので、わたくしの寝室のソファーで眠ってよいかと聞きにきたのでございます。ですが、そのとき、ファイディア殿がおいででしたので、副院長の部屋で眠るようにと、指示したのでございます。

 その夜、ファイディア殿は、修道院の客間にお泊めいたしました。

 それから、わたくしも床につきましたが、修道女の朝は早うございますので、わたくしはいつものとおり、午前三時前に起き、朝課の支度をしておりました。礼拝堂には副院長もまいりまして、麟子のことで二言、三言、話しました。麟子は修道女ではございませんので、朝課には出席いたしません。夜明けの礼拝の一時間前まで、眠っていてよいことになっております。そのときまで、麟子は副院長の部屋で眠っていたはずでございます。

 それから、朝課を終え、次の夜明けの礼拝までのしばしの時間に、私事を済ますためにそれぞれが部屋に戻りましたが、夜明けの礼拝の直前になって、礼拝堂に行きますと、副修道院長が麟子の姿が、朝課のあとより見えないと申します。副院長も、最初は麟子の姿がないのに、自分の部屋に戻ったのであろうと思っておりましたが、夜明けの礼拝の前にいつもなら麟子は台所仕事を手伝うために、厨房にまいりますのに、その日はいつもの時間になっても現れません。あの子は真面目な子でございますので、変に思った厨房担当の者が麟子の部屋に起こしにゆくと、そこにもいなかったのでございます。

 それから、副院長の指示で、手のあいてる者に命じて修道院の中を捜させましたのに、手がかりすらもないのでございます。

 プラティス殿に云い遣っておきながら、このような事になってしまうなどとは、まことに術士として恥ずかしいことでございます。お詫びの言葉もございません」

「イリスは、その娘も必要とみゆる。ならば、いまひとりの『影』の者の身柄も厳重に保護せねばならぬな」

「なにゆえに、イリスは『影』などを求めるのでございましょうか」

「『影』の件で、プラティスより何か聞いておるか」

「いいえ、詳しくは」

「プラティスの奴め、今回の事件について面白い推理をしておってな。時間もないので手短に話すが、殺害された藍玲帝王陛下が赤階の出生であることは存じておるか」

「はい」

「ファザムは、この藍玲帝王陛下の青階においての『影』でな、『影』は同じ姿をしているものだが、藍玲帝王陛下は、帝王にご即位のおりに、意志の力で現在の姿に変わられたのだ。しかし、不思議なことにこのふたりはいずれも、同じ手口で殺されておる」

「『影』は、病などの緩慢な生命エネルギーの消耗以外の形で、他の階の『影』が死ぬと、他の二つの階層に住む『影』は同時に両方が死んでしまいます。いかに藍玲帝王陛下といえど、その法則に逆らえないはずでございます。

 ですが、ファザムの死の折りに、藍玲帝王陛下は変わらずお健やかでございました」「『影』が殺されても、生きていくことができる方法はある」

「それは、自分の『影』を自分の手で殺すことでございましょう。

 ならば、黄階においてのおふたりの影の犯行ということでございますか」

「黄階においての藍玲帝王の『影』は、一介の数学者だ。一日中、研究室にこもってパソコン相手に計算ばかりの毎日よ。

 しかし、この者が、ファザムの死と前後して失踪しておる」

「ということは、彼がイリスの片腕でございましょうか」

「術士の力を借りれば、黄階の一般市民であろうと、青階にはいりこむことは可能であるが、あの者は、世界の三層構造を信じることのない、黄階のせまい世界の常識にとらわれた現実主義者。イリスといえど、簡単に片腕とすることはできなかったであろう。

 しかし、『影』がなくなるというメリットは、亡くなった『影』が持っている能力が他のふたりの『影』に分配されるということにつきる。加えて、『影』を観察していれば、生きている世界は違え、行動パターンそのものに変わりがあるわけではないので、どのように動いているのか、読まれる気遣いがあるが、それがなくなるということだ」

「イリス殿は、それを望んで」

「どうもそうらしい」

「まあ。わたしたちのリィンは、もう」 修道院長は、少し感情的な声をあげた。

「おそらく、その娘はまだ大丈夫。この赤階まで引き上げられてはおらぬだろう。それに、イリスも昨夜から黄階に降りる時間などなかったはずだ」

「確証が、ございますのか」

「これじゃな」

 オプスティマは、テーブルの上にのせられた布の包みより、布を取り去った。

 それは、人間の肘から下の腕である。指には紋章入りの指輪がついている。鋭利な刃物による切り口だが、その骨の断ち方から、かなりの剣の使い手であるらしいことは想像するにかたくない。

 修道院長は、ハンカチで口もとを押さえながら、指輪の紋章を見た。

「これは、黄の紋章」

「黄階の帝王、陽新帝王陛下。そなたの修道院に隣接する教会の司教であろう」

「では、陽新帝王陛下も」

「まだ、生きておいでのようだ。他の階の陽新帝王陛下の『影』が、みな無事の様子じゃから」

「しかし、昨夜は帝王・皇王の皆様は、白階の六色統合宮殿において、お集まりになっておられたのではございませんか」

「どうやら、すべて廃されてしまったらしい。この腕に、このようなものが握らされておったわ」

 オプスティマは、懐より、一通の書状を出した。

「赤の宮殿よりの招待状。新しい赤の帝王が即位するので、その式典に、首席術士として参列せよとのおおせだ」

「何者が」

「サインはイリスのものだ。おそらく、他の首席術士のもとにも、同様の書状が届けられておるだろう」


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