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15 目覚める  (青 界)

  


 夜が明けると、わたしは突然、自由が許された。それまで、ショックで動きがとれなかったこともあるが、一種の軟禁状態で、誰かがついていなければ、トイレにも立てなかったのだ。

 その朝は、まだゼルダの顔を見ていなかったが、その事を知らせてくれたのは、赤階の術士と思われるひとりの老人だった。

 わたしはとりあえず、市庁舎のトレーニングルームに備付けのシャワールームで身体をさっぱりとさせた。それから服を着替えて化粧をした。長いあいだ、化粧などしたことがなかったように感じるが、それはほんの昨日の朝以来のこと。年末に、仕事が忙しくて化粧直しどころではない日々を迎えることがあるが、それと一緒の状態だ。しかし、この二日間という時間の長かったこと。

 医務室に戻ると、高級なスーツをきた女が二人、待っていた。

「シリン様でございますね」

「シリン様でございますね」

 ふたりは、ほんのわずかだけ違うタイミングで、同じことを云った。

「ええ」

「術士たちのつまらぬ事に巻き込んでしまったことをお許しくださいませ。

 その代わりに用意させた部屋に、これからご案内いたします。ご不自由とは存じますがしばらくその部屋をお使いくださいませ」

「あなたがたは」

「申し遅れました。

 わたくし、白階に城をもつ資格を許されております白公主春黎女皇でございます」

「わたくし、黒階に城をもつ資格を許されております黒公主香嶺女皇でございます」

 ふたりの女性は、そう云いながらわたしに片膝をついて拝礼した。

「わたくしどもは、この世界をあずかります三帝三皇がすべて世界の統治を行うことができぬ時のため、この青階の浜辺にございます海と空との色をした船の中で、長き夢を紡ぐ者でございます。事あるときに目覚め、世界の混乱の収拾にあたります。

 今回の事件では、さきほど、世界の天界たる白階におきまして、現在、生命のあります全ての帝王・皇王らより、世界の統師権が奪われてしまいました。

 この世界の混乱を修復するために、わたくしどもは目覚めましたが、その根本たる原因を断つ力はわたくしどもにはございません。

 この混乱の主たる者たちの、影なる者でなくては。

 そこで、わたくしどもは貴方にお願いするのでございます。我らの剣となって、世界の混乱を治めてはくださいませぬか」

 ふたりの女たちの声は、ぴったりと重なっていた。

「突然のことでございますので、ご返事に困っていらっしゃるものとお察しいたしますが、まだ、世界の混乱の影は、この三階には響いておりませぬ。しかし、その影が現れるころには、この世界の事態は、もう回復できない状態となっていることでしょう。

 赤階におきましては、もう数日も前から気象に影響がでております。この青階におきましても、昨日より厚い雲が、空を被っております。

 お返事は、しばらくご休息なされてからで結構でございます」

 わたしは、ふと、ファザムのことを聞いてみた。

「ファザムよりはじまる一連の事件は、この異変とつながりがあるのでしょうか」

「ええ。深く、係わっております。この身からは、一般市民であるあなたさまに、それ以上のことを申し上げることはできません。もし、ご協力いただけるのであれば、そのこともおのずとお知りいただけるものと存じます」

 わたしは、ファザムに取り残されたのかもしれなかったが、それでも現実のなかに生きていかなければならなかった。失ったものは失ったもの。取り返せないのなら、新しい別のものを得なくてはならない。

 わたしが生きていくためには。

 市長もいない今となっては、打ち込むべき仕事もない。

 わたしは身軽であった。そう、家さえも、自分の家さえも持たず、わたしの所有しているものは、バッグひとつのものだから、風に流されてしまわないように、彼女らの申し出を受けなければならなかった。

 どんなことが待っているのか、わからなくても。

「結論が、出たようでございますね」

 女たちは微笑んだ。

「それでは、行きましょうか。

 あなたには、まず戦士になっていただかねばなりませぬ。わたくしどもと同じ武器を、装備していただくために」

 女たちは、わたしのバッグを取り、中からあのルージュを一本だけ取りだした。

「必要なものは、おおむね揃えてございます。ですから、お荷物も置いて行かれませ。ただ、これだけは、あなたにはお入り用でございましょうゆえ、お預かりさせていただきます」

 女たちは、わたしの両側に立ち、わたしを部屋より連れ出した。彼女らは、いったん、エレベーターで庁舎の地下まで降りると、これまで、今は使われていない旧式の変電盤のところまで行った。

 錆び着いて回らないはずの取っ手が、彼女の手の中でくるりと回り、音もなく変電盤の扉が開いた。

 中には、新品のエレベーターがあった。

「では、まいりましょう」

 わたしは、彼女らに背中を押されて中に入った。エレベーターの扉が閉まると、胸に、不安と緊張が渦まいて、息苦しいように感じた。


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