12 ケサルパーティ (赤 界)
プラティスが青の塔にゆくと、そこには見習いの術士のライかひとりで留守番していた。聞くところによると、王宮での異変と、藍玲帝王の事件について、赤階の術士たちの最長老であるラプサス老師の紫の塔に、首席の地位にある術士たちが集まっているという。 プラティスが、さっそくそちらに行くと、ニーが迎えに出た。プラティスが事情を告げると、塔の奥の間に通された。
円卓についているのは、赤の術士イリスと緑の術士フレイを除く四人の術士たちが揃っていた。
「尊師方の重要な討議の最中に、失礼いたします。緊急のことですので、着衣も整えずに参上いたしましたことをお許しくださいませ」
プラティスは、さっそく拝礼し、型通りの挨拶を述べた。
「ご苦労であった、プラティス。書状をこちらへ」
プラティスはその場を立つと、ラプサス老師に書類を差し出した。
老師は、急ぎ書面に目を走らせる。
「わかった。こちらの会議が済み次第、青階にまいろう。それまで、この女性に対する深層探査は行ってはならない。
プラティス、そのことをひとまず書面にして持って帰る必要があろう。間もなく、こちらのほうの会議も一段落するので、それまで別室で待っているがよい」
プラティスは、一歩下がって一礼し、その部屋を出た。
それから二十分もすると、老師はオプスティマととともに居間にやってきた。
「それで、青階はどうなっておるのかな。会議での資料ばかりでは状況がいまひとつつかみきれない。藍玲帝王陛下の件を中心に、できるだけ詳しく話してほしい」
プラティスは、老師のその言葉を受けて話しはじめた。
「ええ。
昨夜、わたしは兄の部屋に泊まりました。 理由は、兄の恋人なる女性に、兄の死をわたしの口から告げるために。それに、まだ報告できる段階に至らぬ、ある事のために、彼女を守る必要があったゆえです。彼女は、兄の部屋の真上に住んでいますから、異変があればすぐにわかりますから。
そして、今朝、わたしは彼女に朝食をごちそうになってから、一緒に家を出ました。そのあと、わたしは黄階に降り、家に戻ってから学校に行きました。
その帰りに、黄階のイリスの陰であるリィンに会いに行き、そして、修道院長に頼んで黒の老人に会わせていただきました」
「黒の老人に、かね。
会うべき理由は」
オプスティマは云った。
「ええ。わたしの推理の領域にあるものを明確にするために」
「わかった。その推理とやらはあとでゆっくり聞こう。続けなさい」
老師にうながされ、プラティスは先を続けた。
「そして、わたしはイリスの影について探ることを命ぜられており、昼過ぎにゼルダ師に会わねばなりませんでしたので、学校の制服のまま急いで青階に上がりました。兄の部屋で簡単な昼食を取って、鞄を部屋に置き、市庁舎に行きました。
そして、市長秘書のシリンさんに取り次ぎを頼んだのですが、会議中だということで、庁舎の最上階部分にはどうしても取り次いでもらえないのです。それで仕方なく、術士の指輪を、受付のわきにある緊急連絡用ホールに差し込みました。じきにゼルダ師がおいでになり、そのまま最上階に連れて行かれ、事態の収集を手伝わされる羽目になりました。 市長の死を一般人に知られるわけにはいきませんので、ゼルダ師が助役に命じて、市長が急病ということで、すべての執務を代行するようにしてありました。
わたしが命じられた仕事は、市長の秘書であるシリンさんが市長室で失神してしまったので、彼女のの介抱をすることと同時に、彼女の身柄を一時拘束すること、それから術士たちに集合時間を繰り上げるように達しすることでした。
会議の席では、シリンさんが第一発見者であり、そして、兄の恋人であり、そして、兄が殺害された日、兄の部屋にいたという事で疑われていました。一時間ほどかけて、彼女ことについて話し合われたあと、わたしがイリスの影についての報告をしたのです。
そして、議題が移り、わたしは、ゼルダ師より書類をことずかって、この世界に上がるためローズマンションに行きました。一度は直行しようと思ったのですが、そこで、ついでに兄の部屋に置いていた鞄を取りに行くことにしたんです。事件が次々と起こり、わたしの仕事も、予定以外のことが次々と出てくるので、この先、いつ、鞄を取りによれるかわからない状況になったものですから。
それで、兄の住むフロアの廊下を、部屋のほうに歩いていました。巨大なマンションの角を曲がって、兄の部屋のドアが見えるあたりに来たときでした。その時爆破が起きたのはです。
わたしは、兄の部屋に行きましたが、あまりに破壊がひどく、天井が抜けていて、シリンさんの部屋まで使用できない状態になっていました。
わたしは、誰も来ないうちに姿を消さなくてはなりませんでしたので、そのあとすぐに赤階に上がりましたが、そろそろ、青階の術士方も、事件を知った頃だと思います。
わたしが直接体験したことは以上です」 老師は、オプスティマに視線を向けた。
「これは、どうも妙ですな」
「そなたも、そう思うじゃろ」
「ええ。なぜ、死人の部屋をあえて爆破する必要がありましょう。まして、何かそこに秘密があるにしても、プラティスとゼルダであらいざらい調べた後だというのに」
「そして、そのシリンとやらの命を狙ったにしても、青階のOLが、このような平日の真昼に部屋におるわけもない。そして、その前に藍玲帝王陛下が殺害されておる。
オプスティマ殿よ、そなた、これから青階に降りてくださらぬか」
「それはかまいませぬが、まず、このプラティスが、ある推理をしたそうですので、一応、聞いてみてからということでは」
老師は、その言葉を受けて、プラティスに話すことを命じた。
夜半すぎ、オプスティマ老師が青階に下ったのを見届けて、オプスティマ老師の塔よりラプサス師の塔に向かっていた。
<カリンニ、カンカニ、ファザム、フォーティア>
頭上を、精霊が飛び去る声を聞いた。
ケサルパーティであろう。
精霊の言葉は鳥の声と変わりがない。しかし、何という不吉な声であろうか。
<ケーク、ケケーク、カニー、ケケーク> いま一度、精霊が旋回して向かってくる羽音である。
頭上で羽音がすると、プラティスの顔に水滴が降ってきた。
プラティスが顔を拭うと、白いシャツの袖繰りが月明かりに黒い染となった。
<クゥワー、ククッ、ケーククッ>
幾度めかの旋回が行われた。
ガサッ、と音がして、何かがプラティスの足元に落ちた。
プラティスは、それを手に取った。
それは、人の手であった。
王位を示す印璽指輪がはめてある。ここでは暗すぎて、その印璽の紋章を見ることができないが、それがいずれかの色王のものであることは明らかである。
「白階よりか」
プラティスのつぶやきに、応えるかのように、精霊はふたたび不気味な声を上げた。
その精霊の声が飛び去るのと、再び声がした。
<シュシュシュ、フィープ>
プラティスの立っている場所から間近にある樹上より、別の精霊の声がした。それまでの精霊の声とは異なり、静かに、落ち着いたものであった。聞く者に真の耳があれば、その精霊の声の中に潜む、深い悲しみの言葉さえ聞こえるのだろう。
<サ、ヴィ、ラ、ディ>
精霊が舞い降りる羽音である。
<クゥイールゥウ。>
精霊は、プラティスの肩に止まった。
<シィ、セ、プラティス>
精霊は、少年の名を呼んだ。
「フレイ、様であらせられますか」
<フゥイー>
美しい緑の羽をもつ精霊、その名はコルディア、緑の赤階術士フレイの魂を封じ込めている。
「精霊に身をおやつしになり、白階に上っておいでとうかがいましたが、もしや、白階におられました方々が…」
精霊は、肯定の声をこそ返さなかったが、白階から降りてきたことが、その答えであるとプラティスは知っていた。




