10 破 壊 (青 界)
一同は、会議室のテーブルを囲んで、すでに一時間ほどを経過させていた。
「…しかし、このような形で、彼女の深層心理を探るのは違反ではございませぬか」
そう聞いたのは、赤の青階術士カレンティアであった。
「たしかに。
もし、やむを得ずこのような事をする場合は、最高責任者たる帝王の裁量を仰がねばらぬのが決まりでございます」
そう同意したのは、青の騎士リッジンであった。彼が、そう云ったのは、他ならぬプラティスの思いを汲んでの事であろう。
「しかし、その裁量を仰ぐ藍玲帝王陛下は今は亡く、そして、その容疑者として、彼女があげられているのです」
事件の捜査をまかされた緑の術士ランデイは、一同を前にして、断固としてそれを行う構えである。
「しかし、そのような場合は、三皇王に申請して、その許可を得るまで、保留ということになるというのが、規定であったと思のですが。
それにランディ殿は、彼女が市長の間に行く前に、買物に行った先の証言を、取ってきたのでございましょうか」
ゼルダが助け船を出した。
「証言は取ったが、しかし、あのとき、この庁舎で彼女にすれ違ったのは、リリスのみではない。他にも数名、中には、彼女と挨拶さえ交わした者もいる。その者の証言では、確かに彼女であったということだが。
それに、仮に彼女が実際に買物に出ていたとして、買物に行く以前、最後に市長の間にいたのは、彼女だったのだろう」
それに、ゼルダが答えた。
「しかし、あのあと、すぐわたくしが市長の部屋に伺いました。ラプサス老師から、メッセージが入ったので、メモだけとりあえず机の上に置こうと思いまして。
その時、部屋に日が差してきたので、明るすぎると思い、わたしがブラインドを下ろしておいたのです。そのときは、異常はありませんでした。毛布から、顔も出ておりましたし」
ゼルダの証言に呼応するように、リッジンが発言を求めた。
「それに、ランディ殿、事件そのものを考えてみて下さい。藍玲帝王陛下は、あのファザムと同様の手口で殺害されたのです」
「しかし、彼女はその朝の居所を確定できない。何しろ、彼女は、事件の起こったマンションの住人ではないか」
「でも、あれが女性の手口だと思われますか。頭蓋骨を、完全に叩き潰す、そのような事を、女性ができると思いますか。顔がわからないほどに」
「しかし、道具によっては、それは可能でしょう」
「たしかに、陛下が殺害されたときは、仮眠中でございましたし、相手は信頼している秘書ですが、ファザムの場合は、ご存じのとおり、我々、騎士階級の者と互角以上の能力をもっておりました。それに、あのようなロビーの真ん中で眠るような人物でしょうか。自分の部屋に帰る途中であったのなら、完全に身体は起きています。それほどやすやすと、殺されることはないでしょう」
リッジンは、ランディと事件をめぐって激しい応酬を繰り広げていた。
「とにかく、青階の術士ではなく、それ以上の術士の裁定を待つのが筋と思いますが、皆様はどう思われますか」
リッジンの言葉を受けて、ゼルダが前に出た。
「わかりました。採決しましょう。
まず、赤の術士カレンティア、あなたはどちらに賛成ですか」
「わたしは、皇王陛下方の決を待つのが妥当だと存じます」
「では、わたしは議長ですので、採決に加わることはさし控えます。
次は青のリッジンですが、あなたはあくまで皇王陛下の裁定を待つお立場ですのね」「はい」
「それでは、次は、緑の術士ランディですが、あなたは、この場で彼女を深層心理を探査することを要請するのですね」
「はい。わたしは、あくまで、この場で決着をつけたい」
「それでは、次は、黄の術士ムーラス、あなたはいかがです」
「わたしは、ランディ殿に賛成します。上級の術士の方々もお忙しいことでしょうし、加えて、早く事件を究明せねば、わが色の帝王陽新帝王の身も危ういでしょうから」
「現在のところは、上級者の裁定を待つが二名、この場で深層心理探査を行うのが二名です。
さて、最後になりますが、朱の術士サディック、あなたはいかがです」
「わたしは、たしかに、これ以上帝王陛下の身に危険が及ぶことは危惧します。ですが、その事で、まだ事件へのかかわりもはっきりしない者を、上級者の指図なく深層心理を探査する事は、市民へのプライバシーの侵害にあたりましょう。
術士は、この世界を守るのが使命。その特権で個人のプライバシーにまで立ち入るというのは、それこそ越権行為でございますな。それに、皆様はあとひとつの場合も推理できるという事をお忘れでいらっしゃる。
つまり、この事件を行った者が、彼女の影を他の階よりこの階に連れて来たうえで彼女が買物に出ているあいだ、影のほうにこの階を歩かせる。あるいは、彼女が犯行の一端を担うとする場合、彼女がこの階に残り、彼女の影が買物にでる。この場合も考慮する必要があるのではないでしょうか。
しかし、この場合は、階層世界を自由に行き来できる能力を持つ<術士>の介在がなれればならない。
彼女の深層心理探査は、それについての検討の後でも良いとわたしは判断いたします。その間に、陽新帝王陛下、あるいは他の三人の皇王陛下方に裁定をお願いすることにしてはいかがですか」
「ただ今のサディック殿の意見は、非常に興味深い見解を含んでおります。以後、その件について検討することも考慮しなければなりませんが、ひとまずこの件に関しては、ということは、三対二ということで、彼女への深層心理探査は行わないということになりました。
よろしいですね」
ゼルダの言葉に、それ以上、反対する声はあがらないようだった。
「さて、サディック殿の意見については、少しデータを集めたうえで討議することにします。
それでは、本日の予定の議題に移りたいと思います。
プラティス、イリスの影についての報告を伺いましょう」
「はい。
わたしは、数年にわたって、黄階のイリスの『影』を監視してまいりました。その理由は、イリスがあまりにも優れた術士であるにもかかわらず、その『影』である黄階の女性が、あまりにも格差がありすぎる生きざまをしているからであります。
これは、あきらかに、本来、黄階の彼女がもっているはずの能力まで、イリス自身の身に取り込んでしまっているからで、そこまで行う能力があるとすれば、イリスの力は術士の当然持たなければならない倫理性にまで抵触することになるのです。
現在まで、幸いにしてイリスは、その黄階の『影』に接触した様子はありません。彼女は、外界と隔てられた、守られた暮らしをしており、簡単に外部の者と知り合うことができないのですから。
彼女の行動をある程度監視することは、彼女とイリスの精神的な接点の大きさからいっても、かなり有効であるとわたしは判断いたします。
わたしの報告は以上です」
その後、すぐにランディが発言を求めた。
「それは、黄階における『影』のことのみのようだが、青階におけるイリスの『影』のことについては触れていないが」
「黄階の『影』については、以前から観察していたこともあり、調査は充分に進んでおりますが、青階においてのイリスの『影』につきましては、なにぶん、時間がございませんので、まだ何も詳しいことは分かっておりません。
他に何か、ご質問はございませんか」
一同は、特に発言を求めなかった。
ゼルダは云った。
「何もないようですので、プラティスの報告については終わります。これから、暫定的な方策についてが、最も急がれることでございますので、そちらに議題を移したいと思います。
ですが、みなさまお疲れのようですので、十五分ほど休憩いたしましょう」
ゼルダの言葉に、部屋はほっとした空気に包まれた。
しかし、ゼルダの仕事は休憩とはいかないようである。
「プラティスは、とりあえず先ほどの件について、赤階のラプサス老師に報告して、以後の指示を仰いできていただきたい。
サディック殿、これまでの議事進行書の写しをこちらにください」
サディックは、いつもなら秘書のシリンが議事記録をとっているワードプロセッサで、その分をプリントアウトした。
プリントアウトの最中に、コーヒーが運ばれてきた。ゼルダは、それを飲みながら、プリンタが停止するのを待っていた。
三枚分ほどのそれをクリップで止めると、ゼルダにそれを手渡した。
ゼルダは、最後の用紙の下の余白に、簡単な文章をそえ、三枚のそれぞれの隅に自分のサインと青階の印を押した。それを書類入れに入れると、プラティスに手渡した。
「できるだけ、急いでください」
「はっ」
プラティスは、その会議室を出た。
ローズマンションに向かい、その中の術士専用エレベーターに向かおうとして、少しの間考えなおして、一度、ファザムの部屋のほうに歩いて行った。妙な予感がしたので。
真昼のマンションは、通路にはだれも人通りがない。どこかで鳥の声がするのを聞いた。そんな静寂のなかで、プラティスの予感は強くなるばかりだった。
間もなくファザムの部屋にたどりつくというところで、大きな衝撃に、プラティスは思わず倒れてしまった。窓の外を、ひらひらとたくさんのガラスの破片が舞い落ちるのが見えた。
プラティスは、すぐに起き上がると、爆発が起こったとおぼしき場所に急いだ。
それは、ファザムの部屋であった。火災は起きていなかったが、中に入ると、天井が抜けていて、上の階のシリンの部屋の天井が見えた。
まだ誰も現場には来ていないので、プラティスは、術士用のエレベーターまで走って行った。
その部屋の主は、すでに死んでいる。その空室に、何者が、どんな狙いをもって爆破工作を仕組んだのか。
プラティスは、とりあえず、赤階の師匠、オプスティマの許に急いだ。
が起こったとおぼしき場所に急いだ。
それは、ファザムの部屋であった。火災は起きていなかったが、中に入ると、天井が抜けていて、上の階のシリンの部屋の天井が見えた。
まだ誰も現場には来ていないので、プラティスは、術士用のエレベーターまで走って行った。
その部屋の主は、すでに死んでいる。その空室に、何者が、どんな狙いをもって爆破工作を仕組んだのか。
プラティスは、とりあえず、赤階の師匠、オプスティマの許に向かった。




