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9 渚 に て  (黄 界)


 女が、浜辺で遊んでいた。

 真っ白なスーツを着て、パンプスを脱ぎ捨てて、波打ちぎわを歩いている。

「そろそろお戻りにならなくては」

 グレーのスーツを着た若い男が、そのパンブスを拾い上げた。

「ようやく最後の仕上げにかかるというのに。あと一歩です」

「あとは簡単。あなたひとりでもできる事だわ。

 大切なものはイメージよ。

 あなたのイメージが強ければ、あなたはこの世界の改革者になれる。もし、崩壊のイメージを持っているとしたら、あなたは不利になるわ。分かっているでしょうけど」

「どちらにせよ、もう我々は引き返すことはできません」

「なら、この勝負に勝つことね。

 ところで、黒の老人の居所はご存じね」

「ええ。ですが、修道院長のところにも、さきほどプラティスが行ったようで、わたしの事も、あなたの事も知れています。鍵がなければ、彼に会うことはできません」

「そう。彼に会っておきたかったのですけど、いいわ。

 戻りましょうか」

 女は、渇いた砂を足にまぶし、そしてそれを払い落とすと、男がパンプスをその場に置いた。それをはいて、ラベンダーホテルの、普段は誰も、術士さえ使ったことのない、鍵のかかった入口に向かった。

 男は鍵を開けた。

 すると、そこには、古びたエレベーターがあらわれた。そして二人が乗り込むと、入口は閉じ、また封印がかけられた。


 黄の黄階術士ルワナのオフィスには、その午後、フリーライター千石美波、こと朱の黄階術士ファイディアと、役所の事務職にある真砂薫こと緑の黄階術士マウリッツが訪れていた。その日、事務の女の子には午後から映画の試写会のチケットを渡して、時間を潰してくるように指示してある。

「藍玲帝王陛下が、ご崩御という事だが、本当なのか」

 マウリッツは、ルワナに聞いた。

「青階のランディ師より連絡が入った。もう修道院長のもとへは知らせがいっているのだろう。今夜、礼拝堂で行われる臨時集会の席で正式に発表があるはずだ。

 しかし、詳しい情報は入ってきていない。ただ、陛下は何者かによって殺害されたのであり、事件は、市庁舎の市長室で行われた、それだけだ。どうやら容疑者とおぼしい者がその場にいたらしいが、どういう人物なのかや、状況、その他はまだ伏せられている。紫の術士、ゼルダ師によってな。どうやら、プラティスには、その容疑者に接触する特権が与えられたそうだが」

「また、紫と青の術士どもの、情報の独占ですな。明らかに、他の術士をないがしろにした振舞だ」

「しかし、マウリッツ、ゼルダ師には、ファザム亡きあとの次席議長として、市長の身に何かあった場合、暫定的にその役割をになう義務があるはずだが」

「しかし、そのことであれば、青の術士の長であるオプスティマ師が降りてきて代行すれば良いこと」

「なれど、赤階においても、今度の異変は重要でございましょう。そろそろ、赤階の術士の方々もそろって会議を催すとうかがっております。

 しかし、その方針が具体的に固まり、実行に移すときまでの暫定的な措置は、当然講ずる必要はございます」

「ファイディア殿は、ゼルダ師を尊敬しておられたな。個人的なことで、客観的な立場をお忘れではないかと存ずるが」

「わが青階術士サディックの申すところでは、ランディ師と話を交わしたおり、ラプサス老師が一連の事件に対して、術士たちの意見の統一がとれぬこと、あるいは、疑心暗鬼によって分裂することが最も危険であるとおっしゃったそうでございます。

 ランディ師は、その忠告は頭に入れられたゆえに、わがサディックにそのようなことを申したのであろうと存じます。そのランディ師の次席におられる方が、そのような言動をなさるとは、あまりに不用意ではございませぬか」

 ファイディアの意見は、辛辣ですらある。

「さりとて、情報の独占は、誉められたことではあるまい。

 なれど、この場は、あくまで公的な会議に備えた、我々の私的な意見を交換する場。ゆえに、言動は柔軟に、あらゆる可能性について語られねばならない。

 この件はいちおう打ちきりということにして、一連の事件のおさらいでもしてみるべきではないか」

 ルワナのその言葉に、マウリッツは賛同の意を表してうなずき、ファイディアは、しかたなく押し黙った。

「しかし、若輩の身でありながら、プラティスの用いられようは、我々をないがしろにしているとも思える」

「さよう。今回のイリスの件でも、イリスの陰を追跡する仕事を、いくらファザムが兄であるとはいえ、そのまま受け継ぐなどと、術士の世界もまったくもって、落ちたものと思われますな」

「まったくです、マウリッツ。

 もっと優秀な人材を、上に推挙するシステムを作らねば」

 一度は黙ったファイディアであったが、次なる話題が、プラティスへの中傷であるらしいということになって、ふたたび怒りをその静かな表情の表にあらわした。

「優秀な人材とは、その能力にプラスして可能性を秘めているという事でございましょう。

 プラティスは、経験が浅いなりに、充分努力をしており、他の術士に迷惑をかけるほどの失策もございません。そして、彼は、これから多くの事を学びとっていける有望な人材です。平安な時であれば、彼は、ゆっくりとしたペースで自分の足場を固め、優秀な術士としての能力を鍛えて出世してゆくことでありましょう。

 しかし、もしも、このまま世界をゆさぶっている異変が続くような事があれば、全ての術士は、自分の持てる力を振り絞らなければならない状況に立つでしょう。その時、どのような人材が残るかです。可能性が高いということは、とりも直さず、いかなる状況に立っても、それをバネにして、より先に進むことです。

 あなたがたが、その程度の視野でしか物事を判断しないのであれば、あなたがたは容易に彼に先を越されることとなります。

 わたしは、もっと実のある話を期待してこの場に出席したつもりでしたが、これではわたしの時間が惜しい。

 これ以上、わたしのお話したい話題がないのなら、これで引き取らせていただくことにいたしましょう」

 ファイディアは、席を立った。

「まだ本題には入っていないのだぞ、ファイディア」

「ですが、わたしは、その本題までのお話で、あなたがたの方針まで了解いたしましたわ。

 得るものが何もない場所に、長居は無用でございます。

 それでは、ごきげんよう」

 ファイディアは、その場を出ていった。



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