序、はじまりの夢
わけがわからないかもしれません。わたしもよくわかりません。
一五○一年、ヴァチカン。
カステル・サンタンジェロのかたわらにあるビシュリエ宮。
晩夏の午後、薄暗い室内では、気怠く、官能的な退廃が、引き降ろしたカーテンの隙間からわずかにこぼれる日射しのなかにけぶっていた。
天蓋つきのベッドにめぐらせたヴェールの奥で、宮殿の当主ある若者は、ひとりの女の胸に頭をあずけていた。
「果てがない」
男はつぶやいた。
「どれほど追っても、果てがない」
女は黙ったまま、男の髪を指で梳いた。
「おまえは、何も聞こえず、何も喋れぬ。 だから、おまえが必要なのだ」
戦いと戦いのなかの休息。
足の下の地面が、いつも崩れ去る幻影に追われているようだ。一刻も早く剣で道を切り開き、走って崩壊から逃亡せねば。
みずからの存在、みずからの出生。生まれたときに着せられた偽りの身分だけが、彼のすべてだった。
しかし、真相は皆、知っている。知っていればこそ、口にしない。
それは、力を持つゆえだ。悪魔の子と影で指さそうとも、明るい光の下にあるうちは、法王の剣として、意のままに動くことができる。
しかし、夜だ。
光の消えたあと、すべての物事は真実の姿をみせはじめるとき、男は恐くなるのだ。
ほんのささいな事が、男から全てを奪ってしまうだろう。今、生きていることこそがまぼろしだ。
「望みがかなう世界に行きたい。
世界の形を意のままにできるような。
たとえば、夢だ。
夜に訪れる夢だ。
もし、この世界で命の尽きる時がきたら、神の御許などに用はない。
天国での暮らしが、どれほどの値打ちがあろう。生ぬるい、まどろみのむこうの幻影にすぎない。もとより、行けぬ身であるなら、わたしの意のままになる世界が欲しい」
女は、その男の言葉が、わかるかのように微笑んだ。
「行きましょう、その世界へ」
女の声だろうか。
だが、女は、一言も喋れないはずである。
ならばその声は幻だろうか。
瞼が重くなるのを感じていた。
半ば眠りかけた、夢ともうつつとも、つかぬ視界だった。天蓋のヴェールの向こうが白く明るくなり、そして、青い海が見えた。
アドリア海よりも明るい青さだった。
白い砂浜が広がり、ベッドは白い小舟となった。
男は眠りに落ちていった。
なんか昔に書いたものがワープロのフロッピーに残っていたので、サルベージして連載してみます。
ワープロってなに?パソコンソフトのワープロでしょと思っているかた、きっとそうです。
パソコンとワープロが別々の時代なんてすごく大昔ですもんそんな昔から私が小説なんか書けるわけないでしょきっとそうよ。
なので直しなんてほとんどしませんから。それでもどうぞよろしくお願いしますね。
これはその時代の日本ファンタジー大賞か何かに応募したかもしれないので完結しておりますよわたしのデータの中では。




