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レディ・チャンドラーは悪女であった  作者:
第二章 レディ・ショーン

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 アイリーンの弟子になった一週間後。セオドアはチャンドラー伯爵家の屋敷に呼び出された。


「今日は両親がいないから安心しなさい」

「男を引っ張り込む時のような台詞は止めてください」


 好きに話して良いと許可されたジャスティンだが、一応敬語で通すことにした。とはいえ、会話の流れですぐに剥がれそうなペラッペラなものだが。


「ご両親に挨拶しなくていいのか?」

「しなくていいわ。むしろしちゃダメ」

「何故だ。大事なご息女を連れ出すのだから、挨拶するのが礼儀だと思うのだが」


 相変わらず強面で雰囲気だけは重々しいが、王族に次ぐ地位にあるとは思えない腰の低さを見せるセオドアに、アイリーンはため息をついた。


「あのねぇ。もう作戦は始まってるのよ。お二人さん、社交界における私の通り名はご存じよね?」

「ええと、……多少は」

「正統な後継者を追い出して伯爵家の跡継ぎになった悪女。ものの価値もわからぬくせに宝石大好きな浪費家。カップルクラッシャー」


 言葉を濁したセオドアとは違い、ジャスティンは流れるように一息で言い切った。


 前妻の娘であるレティシアは三年前に家を追い出されるような形で嫁いでいる。

 嫁ぎ先は国境に近い男爵家で、正直に言って評判はよろしくない。

 代替わりでごたついているようで、ここしばらく社交界に当主は姿を見せていなかった。


 アイリーンは宝石愛好家だが、お世辞にも審美眼があるとは言えない。

 良質な宝石ばかりであった異母姉の母親の遺品を湖に捨て、身につけるのは流行のデザインが施された安物ばかり。その宝石も貢がせたものなので愛着なんてものはなく、シーズン毎に堂々と売り払っている。

 もはや恒例となりつつあるプレゼント合戦では、敗者が贈った宝石はその場で処分するほどだ。男たちも遅かれ早かれ売却されるのがわかっているので手頃な値段のものしか贈っていないが、それでも王宮書記官の給料何ヶ月分かという額だ。


 最後に至っては言わずもがな。

 既婚だろうが婚約者がいようがお構いなし。

 彼女が社交界デビューしたのは二年前だが、別れたカップルの数は両手どころか両足の指を足しても数え切れないほどだ。

 男側の家にとんでもないスキャンダルが発覚したり、没落して破談となったことで助かった女性もいるが、普通に男が除籍されて放逐されたり、女性が結婚を諦めて働きに出たケースもあるのでアイリーンがいい仕事をしたとは思われていない。

 彼女に侍るような男を容認している家なので、醜聞が明るみになっても「まあ当然だろうな」で終わる。

 結果的に助かったところで、アイリーンは家同士の契約を崩壊させたのだから報復されてもしかたないのだが、何故かそうはなっていない。

 その理由について、社交界でまことしやかに囁かれているのは「バックにとんでもない大物がいる」というものだ。


「よろしい」

「よろしいのか!?」


 面と向かってボロクソに言われたのに、腹を立てるどころか満足げなアイリーンに、思わずセオドアは声を上げた。


「以前から知っていたのか、最近調べたのかは知らないけれど、相手のことを把握しようとするのは良いことよ」

「そ、そういうことか」

「それに今回は、最後の二つ名が重要なの」

「カップルクラッシャーが?」

「そう。数々の婚約や婚姻関係を破綻させてきた私と付き合いがあると知れば、婚約の申し込みはぐっと減るはずよ」


 主従は屋敷にある釣書の山を思い出して、遠い目をした。

 この国にいる未婚の娘を網羅しているのではないかと思うほど、途切れることなく連日送られてきている。


「私が短期間で相手をとっかえひっかえしていることは有名だから、ここは無理せず別れるのを待つのが吉。親も娘も虎視眈々と機会をうかがうだけで、露骨なアピールはしないでしょうね」


「たしかに虫除けにはなるでしょうが、身持ちの悪い女と一緒にいたら閣下の評判を落とすのでは? それに先日の夜会で、あなたは結果的に我々のアシストをしています。その後で交流が発覚すれば、我々があなたと組んで婚約解消を目論んだと勘づかれやしませんか?」


「いいえ。アシストしたことで、縁ができたということにするの。私が公爵様に目をつけて付きまとっているという形にしましょう」

「閣下が拒否しないとなると、あなたを受けいれたと解釈されるか、実は押しに弱いことを自ら暴露することになりませんか?」


 他人を問い詰めることに慣れていない……というか、性格的にできないセオドアの代わりに、ジャスティンがアイリーンに聞いた。


「ジャスティンは今日も小姑全開ねぇ。まあ、あなたの場合はそれがお仕事なんでしょうけど。こと異性関係において、私は普通なら通らないことが通る摩訶不思議な存在なの。公爵様にまとわりついたところで『あのレディ・チャンドラーだから……』で納得してもらえるから大丈夫よ」


 何組も破局させているのに爪弾きにされるどころか、常に取り巻きに囲まれている。

 贈ったばかりのプレゼントを目の前で売られても笑っている男たちを、周囲は理解できない集団だと遠巻きにしていた。


「説得力ありますね」

「君はどうしてあんなことをして許されているんだ?」


 納得するジャスティンの隣で、セオドアはアイリーンに問うた。


「あんなこと?」

「その……プレゼントを本人の前で処分するとか……」

「それなら酌()の酒場を参考にしてるの」

「先日言っていた、男が給仕する店のことだな」

「ええ。彼らは私を通して、男同士で格付けし合っているのよ。だから敗者が持ってきたものが酷い扱いをされる様を見届けるまでが娯楽なの」


 いかに手頃な値段でセンスの良いものを選ぶか。

 無残な扱いをされた敗者を嘲笑いつつ、次は自分かもしれないというスリル。


「例の店は多くのお金を落とした者が勝者。自分の担当を勝たせるゲームであると同時に、同じ男を指名している女を蹴落とすゲームでもあるの。それを応用したのよ」

「商売として何故成り立つのかわかりません。一体なにが面白いんですか? 金を捨てているようなものじゃないですか」


 ジャスティンがしかめ面をした。


「パトロンに近いわね。ただし目的が限定的だけど」


 芸術家の支援者(パトロン)は、見いだした人材を経済的に支援したり後ろ盾になる。

 例の酒場は自分が選んだ男を勝たせてナンバーワンにする。

 アイリーンの場合は、彼女を社交界一の毒花にする。


「資産家がパトロンになる理由は大きく三つよ。その人物の作品に惚れ込んでの無私の奉仕。自分の手で育てて利益を出すため。施しを与える立場――いわば相手にとって神のような存在になり、承認欲求を満たすこと」

「……限定的と言ったのは、最後を指しているからだな」


 理解が早い弟子に、師匠は満足げに頷いた。


「自分に誇れるものがない人間、誰かに必要としてもらいたい人間が、店という箱の中から相手を選ぶの。正直に言って、相手は誰でもいいの」


 これぞと思って指名するのではなく、他と比べれば好みという程度で担当を決める。

 なぜなら探しているのは、自分の欲求を満たすことのできる相手だから。

 端から見たら滑稽だが、本人は満足なのだ。


「手っ取り早くお金で自己評価を買っているわけですよね」

「普通は努力と才能なしには為しえないから、簡単に結果が出るのがいいのよ」


 アイリーンに言い切られて、ジャスティンの眉間の皺が深くなる。


「仮初めの満足感で幸せになれるとは思いません。一歩間違えれば破綻する危険な行為ではありませんか」

「満足できるように適度に報酬を与えるのよ。それに失敗したら、前にレジェミア街で見た修羅場みたいになるの」

「報酬……自分の意思でやっていることなんだろうが。なんというか……君は自分を大切にした方がいいんじゃないか?」


 秘書に続いて、セオドアも苦言を呈した。


「もしかして体を与えているとでも思っているの?」


 ずばりと言われて固まる二人に、アイリーンは「そんな安直なことしか思いつかないなんて、二人とも経験浅すぎじゃない?」と鼻で笑った。


「俺は経験が浅いのか?」

「豊富とは言えませんね」

「婚約者との交流は盛んな方だったと思うんだが」

「閣下のあれは言われるままに手配(コンシェルジュ)して、財布になっていただけなので、経験値としてカウントされるどころかマイナスですよ」

お読みいただきありがとうございます!

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ジャスティンの言葉遣いがあらたまって何よりです。話の筋とは違うところでヘイト溜まるのとか嫌ですし。 アイリーンの手による鮮やかなざまぁのお話と思いきや、主人公はセオドアなんですよね。 彼がこの後どんな…
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