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レディ・チャンドラーは悪女であった  作者:
第一章 ミスター・アンダーソン

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 当事者だけが話していた空間に割り込んできた声。

 その主に視線が集中する。


「男爵様。ご息女の様子をちゃんとご覧になって。彼女が誰かに危害を加えたら、あなたは責任をとれるのですか?」


 いかにも心配です、といった感じに言っているが「怪我をさせた責任」というのは最大の皮肉だ。

 彼女の隣にいた男は、その意図を理解すると「もちろんですよ。だって十五年前に『怪我をさせたのだから、生涯償うべきだ』と主張した御方ですよ」と当てこすった。


 アイリーンと取り巻きのやり取りに、張り詰めていた場の空気が揶揄するものに変わる。


「……そうだな。今の彼女は非情に危うい。取り返しのつかない事態にならないよう、ナーサル病院へ入るのであれば、違約金と慰謝料は免除としよう」


「――!?」


 セオドアの提案に周囲は息を呑んだが、すぐに納得の顔になった。

 ナーサル病院は心を病み、人に危害を加えかねない人物を収容する場所だ。


 今のタチアナの様子を鑑みると、領地での蟄居や修道院行きだと更なるトラブルを起こす可能性が高い。

 アイリーンが「なら安心ですね」と微笑むと、周囲も似たり寄ったりな反応を示した。


「そんな――」


 周囲にナーサル病院に行くことを望まれている。その事実にタチアナは打ちのめされた。



「怖かった……」

「先日も同じことを言ってたわね」

「今回はギャラリーが多すぎて吐きそうだった」


 ギルスタン男爵とナーサル病院行きについて取り決めをするため、アンダーソン一行は別室を借りた。


 当のタチアナは、護衛に付き添われて一足先に帰宅。

 出立の日までは、厳重な監視のもと自宅待機だ。


 話し合いを終えた男爵が去った部屋にアイリーンがやってきたことで、セオドアはようやくすべてが終わったのだと実感した。


「相変わらず顔が強ばっていて、喋るスピードがやたら遅かったけど。周りはいい感じに誤解してたから安心なさい」


「……あれだけ練習したのに、いざ口にしようとすると自信がなくなるんだ。喉が渇いた。飲まないのであれば、そのグラスをもらえないか?」


「やめておいた方がいいわよ」

「酒には強い方だ」

「媚薬入りよ」

「び!?」


 さらっと出てきた単語に、部屋にいた他の面子も目をむいた。


「評判最悪だろうと私は伯爵家の後継者で、我が家はそれなりに栄えているのよ。既成事実を作ろうとする連中が後を絶たないから、夜会ではなにも口にしないことにしてるの」


 あからさまに手をつけないのは怪しまれるので、飲んでいるふり、食べようとするふりはする。


「それにしても意外ね。公爵様のことだから『帝都に足を踏み入れない』くらいの、軽い条件を突きつけると思ったわ」

「俺が昔、甘い対応をしたのがすべての元凶だ」


 セオドアは、幼い頃から自分の言葉が人の人生を簡単に狂わせかねないことを知っていた。

 だからタチアナに対しても、やんわりとした注意しかできなかった。

 その甘さが原因で長い間、自分のみならず周囲にも多大な迷惑をかけることになった。


 ジャスティンを陥れようとするタチアナの姿に、セオドアは彼女を野放しにしてはならないと悟った。

 温情をかけても感謝するどころか、セオドアの大切なものを傷つけかねない。


「守るべき者を見極めなければいけないと思ったんだ……」


 拙くも懸命に説明すると、主に「大切な存在」だと言われたジャスティンが涙ぐんだ。


「チャンドラー伯爵令嬢。この度はありがとうございました」

「母さん!?」


 アレイスター夫人がアイリーンに向かって頭を下げた。


「どういうことですか」


「今回の件はわたくしが彼女に依頼したのよ」


「あくまで依頼主は公爵様。夫人は私たちが接触する場を用意したけど、公爵様が拒否したらそれまでの話だったの」


「そうだったのか……」


 バルコニーでの出会いが仕組まれたものだと知って、セオドアは得心がいった。


「……お前。まさか母からも、金を巻き上げたりはしてないだろうな」


「いただいたわよ」


「どこまでがめついんだ! チャンドラー伯爵家はそんなに困窮しているのか!?」


「いやね。さっき『それなりに栄えている』って言ったじゃない。これは家とは関係ない、個人的なお小遣い稼ぎよ」


「お前まだ十七歳だろう。どれだけ散財してるんだ」


「ジャスティン。ご令嬢に対してその言葉遣いはいただけないわね」


「申し訳ない」


 母親に窘められたジャスティンは、苦々しそうな顔で詫びた。


「公爵様じゃないけど、別にいいわよ。話しやすいようにしてちょうだい。それよりこの先の話をしましょう」


「この先?」


「そう。晴れて公爵様は自由の身。この先は公爵様の婚約者の座を巡って、熾烈な争いが始まるわよ」


 アイリーンの言葉に、アレイスター親子も頷いた。


「気が優しくて、押しに弱い公爵様。望まぬ縁談を退けられる自信はいかほどかしら?」

「全くない」


 セオドアは即答した。


「でしょうね。なら私の弟子になりなさい」


「え?」


「月謝はそうね……月に金貨10枚ってところかしら、私の仕事を手伝えば、気弱なままでも断る術を身につけることができるわよ」


 あの日の夜のようにアイリーンは手を差し出した。


 その手を取るか迷ったのは一瞬だった。


 気がついたらではなく、今度は確固とした意思を持ってセオドアは手を伸ばした。

アイリーン「だからお手なんて求めてないの!」


一章完。

次章レディ・ショーン。

次のターゲットはモラハラ親子だよ!

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― 新着の感想 ―
なんでそこでお手すんのかなぁ…!? 外野の親子も同じツッコミをしていると信じたい。 ガイキチにはそれを上回るガイキチをぶつけるという強気な対応策がお見事でした。毒には猛毒…!!
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